祈りを捧げろ
「何をモタモタしている。早く治せ」
考えをまとめている最中のエーレの頭の上から、グラディウスの視線が落ちてきた。
苛々した声がする。
「聖女なら、祈るか何かしてぱっとやってぱっと治せるだろう。早くしろ」
「はい?」
「聖女は祈りで病気を治すんだろう?」
「い、祈る?」
「ああ」
頷いたグラディウスの目は真剣そのものだ。
だけど天使や聖女と感謝されることはよくあっても、祈って治せなんて流石に言われたことがない。
早く祈れと威圧してくる王子に、エーレは流石に戸惑った。
「ええっと」
「さっさとやったらどうだ。……まさかお前、俺が疎まれた王子だからと力を惜しんでいるのか?俺はきちんと礼はする。約束は違えない」
「いえ、全力でやるつもりですけど、でも、」
「でもなんだ。全力なら聖なる力でも何でも使えるだろう」
「だから、私は聖女なんかじゃないですって」
「は?!」
「さっきから言ってますけど、私はただの薬師です」
「な、何を言っている」
「私、聖女なんかじゃありません」
「だ、だがお前は王国中の名医が匙を投げた不治の病を治した。若い女がいとも簡単に人命を救った、それが奇跡でなくて何という?奇跡を起こした女が聖女ででなければそれは何だと説明する?それにお前、どこからどう見ても聖女だろう!」
「え、えっと」
この国では不治と言われたレオの病気だって、奇跡を起こした訳ではなくてきちんと薬で治したのに、どこでどう拗れてそんな話になったのだろう。
この国が死者蘇生の力を使う聖女を信じていることは知っていたが、こんなに真顔で間違えられるなんて初めてだ。
「っていうか、どっからどう見ても聖女って……」
……そんなに聖女みたいかなあ。
私、ローブも分厚くて長ったるいし、髪飾りだって一個も付けて無いし、フードも被ってたし、それに土っぽいけど……。
自分の腕や髪をぐるりと確認してからグラウディスを見れば、彼の肩がほのかに震えた。
彼は頑なに目を逸らして、何も答えない。
しかし、しばらく経ってグラディウスがようやく口を開けた。
彼は先ほどの発言を無かったことにすると決めたらしく、より高圧的な視線をエーレに向けてきた。
「お前、今の自分の立場を分かっているのか?」
「え?」
「お前は自らが聖女ではないと言ったな。ではなんだ。聖女ではないのだから、この病は治せないとでも言うつもりか」
「いいえ」
「聖女ではなく薬師なのだから、この不治の病を治すことが出来なくても仕方ないなどと……え?」
「私、治せるとは思います」
「な!……なお、せるのか」
大きく頷いたエーレの顔を覗き込んだグラディウスはとても驚いているようで、切れ長の目がまん丸になっている。
「はい。側妃さんの不調の原因を断てばいいんです」
「はっ。なんだそんな当たり前のことを。不調の原因など、そんなものがあるならばもう対処している」
「いいえ。対処出来てませんよ」
エーレはその手に載せた、青い粉末状の薬を示して見せる。
グラディウスと侍女のマリーが、鎮静剤と信じてやまないその薬を訝し気に見やった。