奇病と鎮静薬
鋭い印象の男は何も言わずにエーレをひょいと馬の前に載せ、自らは後ろに乗った。
これから走りだすとか、掴まっているように注意するとか、そんな気遣いもなかった。
というか、エーレなど乗っていないかのように無言で馬を飛ばす。
振り落とされそうになると、男にフードの根元を掴まれて引き戻された。
喉がぐえっと締まった。
エーレは猫じゃないのだから、もう少し優しくしてほしい。
色々な国で色々な経験をして色々な人に会ってきたエーレだが、彼は一二を争うほどの強引さと不愛想を持ち合わせた人間のようだ。
そんなことを思ったが、流石に名前くらいは教えてもらわないとどうにもならない。
揺れる馬の上で舌を噛まないように気を付けて、後ろに乗る男に尋ねてみた。
彼は、少々乱暴な態度でグラディウスと名乗った。
知ってて名付けたのか知らず名付けられてしまったのか、どこかの国の伝説の宝剣と同じ、これまた御大層な名前だ。
「それで、グラディウスさん」
「馴れ馴れしい」
「じゃあ……グラディウス殿?」
「……」
返事もしてくれなくなった。
エーレは馴れ馴れしいと注意されたが、この男性は馴れ馴れしくなさすぎる。
愛想がない。冷たい。
だけどまあ偉い人は多かれ少なかれこういうものかなと思い直し、エーレは質問を続けることにする。
「患者さんはどなたですか?」
「母親だ」
「王子様のお母さんなら、王妃様ですね」
「王妃ではない。母は側室だった」
「側妃さんですか。分かりました」
王国エーガルディアは一夫多妻を認めている国だ。
確か、この国の現国王は3人の妻を持っていたはずだ。
正妃は既に亡くなっていているらしいが、2人の側妃は健在だ。
そしてグラディウスは側妃が生んだ2番目の王子だという。
「側妃さんの容態はどのような?」
「母は体調を崩し、それから時々発作的に癇癪を起し暴れるようになった。もう何年にもなる」
「……体調を崩しているのに、暴れるのですか」
「ああ。体の震えが止まらず、やせ細って昔の面影はまるでない。暴れる時は薬を飲ませれば治まるが、体調はどんどん悪化していっているように見える。王都の中の医者も何の役にも立たなかった」
「どんな薬を飲んでいるんですか?」
「支給された沈静薬だ」
「それは誰から支給されるんです?」
「王宮からだ」
「そうですか。なら信頼できる薬ですよね?」
「……信頼」
エーレの両脇に見えるグラディウスの両こぶしが、小さく力んだのが見て取れた。
不思議に思って首をかしげる。
「どうしたんです?」
「ああ、薬はただの鎮静薬だ。信頼するもしないもない」
駆ける馬に乗りながら後ろを振り向くなんて芸当は流石にできないので、グラディウスの表情は分からなかった。
素っ気ない口調からも何の感情も読み取れなかった。
……やせ細った不健康な体と発作的な癇癪。
それから鎮静薬、か。
ぎゅ、とエーレは眉をひそめる。
鎮静薬、果たしてそれは本当に鎮静薬と呼べる薬だろうか。
なんだか、少し違和感があるような。
……いやいや。
王子であるグラディウスが母と呼ぶ人物は、側室だろうと国王の妻。
そんな大切な女性に王宮が鎮静薬以外のものを飲ませるなんて、そんなことはいくら何でもないだろう。
「おい」
エーレが険しい雰囲気を醸し出していたからか、グラウディスがぶっきらぼうに呼んだ。
「治せるか」
「まだ診察もしてないので何とも言えませんが、私で治せるものならば、必ず」
何度となく繰り返してきた応酬だ。
エーレは、出来る限りの手は尽くす。
旅の薬師に助けることができるのなら、必ず助ける。
「治せ。礼は必ず用意する」
「そんな偉そうな言い方しなくても、こっちは治す気ですけど……」
「何か言ったか」
「別に悪口は言ってませんけど」
「それは悪口を言ったということか」
「い、言ってません」
ツンとそっぽを向けば、グラディウスの方も後ろでフンと鼻を鳴らしていた。
それから彼は到着まで一言もしゃべらなかった。