連れていけ
屋敷の前に続いている、これから進む道と向き合う。
……え?
木の中にある、細いけれど確かな道。
ひとりで進むだけだと思っていた道の真ん中に二つの影があった。
荷物を背負って腰に剣を下げたグラディウスと、二つの鞍を付けたコレちゃんだった。
「俺たちも連れていけ」
「きゅう」
「……?」
「聞こえなかったか?お前の旅に連れていけ」
「え?」
ぽかんとした顔のエーレをまじまじと見つめて、グラディウスは急に心もとなさそうな顔になった。
「お、お前、一緒に旅がしたいとかそんなようなこと、俺に言ってただろ……」
殆ど聞き取れないような声で呟いたグラディウスは頬が赤くなっていて、発熱したのだろうかとエーレが思わず心配になってしまったのは職業病である。
「あの、聞き取りずらかったんですけど、旅ですか?私とですか?ここには側妃さんもマリーもいるのに、私と?」
「……ああ」
「でもマリーと側妃さんの事、心配じゃないんですか?」
「お前も知ってるだろう。マリーは恋人ができたし、母は麓の街で仕事を見つけている。心配なんてもうない」
グラディウスがしっかり頷いたのを見て、エーレは思わず飛び上がってしまいそうになった。
だがそれをぐっと抑えてきょろきょろとあたりを見回す。
好きな人ができたことなど生まれてこの方全くなかったエーレは、異性の好意なんてものは全く良く分からない。
まして、その相手が好きな人となれば真意が全然分からない。
つい糠喜びして傷つかないための理由を探してあたふたと言葉を続けてしまう。
「でも、なんで」
だがグラディウスがそんなエーレに向ける視線は、なんだかとても優しかった。
「そうだな、俺は祖国が嫌いだった。だが、あの頃の俺は反逆してまで国を出る気力もなかった。別にどう死んでもいいと思っていた。だが、今は気が変わった」
「……なんで?」
「お前の所為だ」
「なんで?」
「なんでなんでうるさいな」
「な」
「もうなんでもいいだろ。俺を連れていけ。理由がいるなら護衛でいい。それにコレもいるから歩いていけないところにも乗せて行ってやれる。便利だろう」
「……」
「何とか言え」
「本当に一緒に来てくれるんですか?」
「ああ」
嬉しい。
今度は素直にそう思った。
……本当に一緒に来てくれるんだ。
だって彼の所為で、旅の薬師なのに何度も何度も何度も、旅なんてやめようかと思ってしまった。
この人がここに残るなら、まだ見たことの無い薬も、未知の薬草も、みんな知らなくてもいいかなんて思ったりもしていた。
この人が優しげに笑う珍しい顔とか、困ったような顔とか、心配そうな顔とか、そういう発見ができれば知らない景色を見られなくなってもいいかなあなんて思ったりもした。
この旅人の血のおかげで結局は別れるという選択をしたわけだけど、それが揺らぐほど好きになっていた。
ボロボロボロボロ。
気づいたら大粒の涙がこぼれていた。
……一緒に来てくれるんだ。
一緒に歩いて、一緒に色々な物を見て、一緒に笑って一緒に泣いてくれるんだ。
こんな気持ち、もう知らない。
こんなに嬉しいなんて、なんて表現したらいいか分からない。だから、泣いてやる。
「道中辛いかもしれませんよ。歩きっぱなしとか、お風呂に入れないとか、ベッドが固いとか、グス」
「はっ。王子だった頃の暮らしも似たようなものだった」
「お金も稼がなきゃいけないから、グス、いろんな仕事しなきゃですよ。薬草摘みに行ったり、街かどで薬売ったり」
「戦線に駆り出されていた俺としては、薬草摘みも薬売りも楽な仕事過ぎて心配になってくるくらいだ」
「いろんな患者さんを診ますよ。それは不衛生なスラムの人かもしれないし、グス、嫌味な貴族の人かもしれない。いい人がいるかもしれないし、悪い人がいるかもしれない」
「それが、お前の言う旅の醍醐味の一つなんだろう?」
「それに私、また迷惑かけるかも」
「ああ。仕方がないから、何かあったら絶対守ってやる」
「きゅう」
「じゃあ、あなたたちに何かあったら私が絶対助けます。グス」
涙と鼻水で水浸しのエーレの顔をハンカチで強引に拭いて、グラディウスは行こうと手を差し出した。
傷跡がある方の手だ。
エーレの薬のおかげで随分薄くなったけど、まだ残っている。
これから毎日、この傷跡にだって軟膏を塗ってやる。
嫌がられてもエーレが塗って、その大好きな大きな手に触るのだ。正当な理由で。
広い背中の傷跡にだって毎日塗ってやる。
それから、料理の度に芋を爆発させて呆れ顔にさせてやる。
それから彼をいつか大陸亀に乗せて、それから箸っていう調理器具も見せてあげる。
秘湯めぐりにも連れて行ってあげたいし、いつか北の大国のワイバーン騎士団だって見せてあげたい。
でも、薬師の本分も忘れちゃいけない。
色々な国で、もっと薬を学ぶ。
たくさんの場所で、病気の人を助ける。
色々な人に出会って別れて、それぞれの人の人生を垣間見る。
その中にあった一人じゃ答えが出ない問題も、二人なら解けるかもしれない。
でも何が起こるかなんて誰にも分らなくて、これからどうなるかなんて誰も知らない。
でも、何かが起こっても彼がきっと助けてくれる。
きっと一緒にいてくれる。
グラディウスの手をぎゅっと握って、エーレは頭上にどこまでも広がる青い空を見た。




