ゲラン
「ゲラン様」
ゲランの傍付きはパタンと扉を閉め、主の名前を呼んだ。
エーレを王宮の最上階、厳しい護衛という名の監視が付いた部屋に案内したゲランとその傍付きは現在第一王子の執務室にいる。
執務室の中にいるのは彼ら二人だけで、他には鼠一匹虫一羽いる気配がない。
「あの女性は本当に聖女様なのでしょうか」
「どうしたの?君は彼女が違うと言ったことを真に受けちゃった?」
「確かにこの国では知られていない、あの側妃の病を見破り回復させたのはあの女性ですし確かに美しいですが、どことなく田舎くさいと言いますか……」
「あはは。そうかもね」
「笑い事ではありませんよ。もし聖女様で無いならば、南の国境での作戦が実行できません。聖女様が本物でないと、生ぬるい防衛線を張るだけの南の状況を変えられません。それでは国境を広げられない」
「大丈夫だよ。聖女が本物でも偽物でも、あの国は手に入れられるよ」
「え?どのように?」
「聖女の死者蘇生の力ありきの特攻を、数ありきの特攻に変えるだけ。簡単だよ。今の兵の10倍の数を集めよう。そうすれば、聖女が10回死者蘇生をしたのと同じことだ。どれだけ被害が出ようとも敵国首都は必ず落とせる」
「でも、そんな数の兵はどのように集めるのですか?」
ゲランは壁一面を覆う大きな大陸地図の前をゆっくりと歩きながら、うっすらと笑った。
「心配はいらないよ。日に透ける淡い色の髪と、森に薫る雨のような瞳の色を持つ、不治の病を治した女。そんな女の名の元に集まらない民はこの国にはいない。ちょっとお知らせすればみんな集まってくれるだろうし、ちょっと過激な命令にも喜んで従ってくれる筈だよ」
「過激な命令……決死の特攻を命令しても、ですね」
「そのとおり。それであの聖女が本物なら犠牲も出ないだろうし、偽物だったなら兵はたくさん死ぬことになるけど、敵国王都は獲れるから」
壁のかかった地図にある赤い印を指でなぞりながら、ゲランは目を細めた。
そんな主を見て安心したような眼差しを向けた後、従者はハッと何かに気が付いたようだった。
「しかし、あの聖女の真贋を確かめる前に兵を出陣させたとなれば、我々は咎められるのでは……?」
「咎められるだろうね。でも、罰はきっと大したことじゃない。私がこの国の為に南の領土を広げてやるのだからね。それにね、基本的に責任は全部聖女に取ってもらえばいいんだよ。彼女が死者蘇生の力を使えると言い張ったと主張してもいいし、聖女だと信じられないならこの国を見捨てると脅されたと言ってもいい。万一の時は彼女にあの青い薬を飲ませてもいい」
「それもそうですね。聖女が偽物だった場合はその衝撃が大きすぎて我々を訝しむような人間はいないでしょうしね」
「そういうことだね。じゃあ、作戦は出来るだけ早く実行しよう。誰かが聖女様の真贋を確かめてしまわない前に」
傍付きはすぐに心得たとばかりに頷いた。
満足気なゲランはすっと壁に掛かった大陸地図を指でなぞる。
彼は、もうすぐこの国は私のものと唇だけで呟いた。




