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丁度いいタイミング



コレちゃんがいなくなったからか、毎日はぐんぐん飛ぶように過ぎていった。


側妃の具合も良くなっていき、顔色が戻って来ただけでなく美貌も元に戻ってきた。

最初の予想通り、グラディウスの母親らしい美しい人だった。


病気になる前は花が好きだったようで、体調が戻ってからは外の庭に花を植えたいと言いだした。

王宮の影にある塔の庭は雑草ばかりで鬱蒼としているが、小さく日の当たる一角に買ってきた花を植え、彼女はそれを愛でるようになった。

今まで塔に閉じこもっていた彼女が外に出て微笑んでいる。

素敵な光景だった。


そんな側妃の回復にグラディウスはホッとしたようだったし、マリーなんかは事あるごとにエーレにお礼を言ってくるようになった。


そういえば、側妃が庭によく出るようになった頃からだろうか。

普段は塔の周りで人なんて見かけることは無いのだが、日に何人か行ったり来たりしている人を見かけるようになった。

皆街人のような装いで、忙しそうに歩いていたり、何食わぬ顔して歩いている。

多分季節が秋に近づいて、収穫も近づいてきたから人も増えてきたのだろう。

エーレはそんな風に結論付けた。


夜も冷たくないし、昼間も熱すぎるわけでもない。

側妃ももう薬だけで大丈夫そうだし、エーレが次の街に行くには丁度いいタイミングでもあるのかもしれない。



「もうそろそろ側妃さんの禁断症状の発作もないし、私もここを離れる準備をしようかなあ」


「えっ!」


食堂でマリーが作った夕食のチーズ粥を食べながら独り言ちたエーレに、マリーがスプーンを取り落とした。

カランカラン。

銀が床を打つ音がした。


「こ、コレちゃんに続いてエーレさんまでいなくなるなんて。嫌です」


「私も寂しいけど、薬師がいないってことは病気の人がいないってことだから、それはそれでいい事なんだよ」


「でもエーレさんがいなくなったら、エメラリーネ様もグラディウス様も私も、寂しくなります!」


「寂しいけど、私は旅の薬師だから……」


チーズ粥を掬って口に入れる。

これまで何度か食べた、マリーのチーズ粥の味だ。

これから、色々な国でチーズ粥を食べるたびに思い出すだろう。

真面目そうな顔して、実は恋多き乙女だった働き者の友人の事を。


ふと目の前の彼女を見れば、半泣きだった。


「でも今すぐじゃないよ。多分、3日後とか」


「短すぎます……」


「そうだねえ。私は生まれた時から誰かに出会って別れる事ばっかりしてたけど、やっぱり別れる時は寂しいね」


本格的に泣きだしてしまったマリーの肩を抱き、背をポンポンしてやる。

彼女はエーレのローブで鼻水を拭いてきたが、まあ今日は大目に見ることにした。




さて。マリーには知らせた。

後はグラディウスに伝えて、側妃に伝える。





コンコンコンコン。

ガチャリ。

両手に荷物を抱えた状態だが、器用に扉を開ける。


「グラディウスさん。ちょっといいですか」


「お前、俺の許可が出る前に部屋に入ってくるな」


扉を叩いたら返事かあったので、開けてそのままズカズカ踏み込んでしまった。

窓際の肘掛椅子に座っていたグラディウスは夕食後のお茶を飲んでいたらしく、持っていたティーカップを不機嫌そうにカチャリと置いた。


「あっ、すみません。高貴な人の礼儀とか、油断してるとすぐ忘れてしまって」


「本当にお前は薬の事しか覚えていないな。本来なら不敬罪で首を切られているところだぞ」


「暴君ですねえ」


「人の部屋に勝手に入ってくるお前の方が暴君だ。それより何の用だ。そんなに薬を抱えて」


「ああ、そうですね。私、3日後くらいにここを出ようと思っています。だから漢方薬と塗り薬はできるだけ用意しておきました」


「……3日後?」


そうですよ、と返事をしながら、両手に抱えていた漢方薬と塗り薬をテーブルの上に並べていく。

薬箱の中にある材料をかき集めて作って、ざっと3ヶ月分くらいはある。

本当はもっとずっと続けた方がいいのでもっとストックを作っておいてあげたかったが、この国の市場では目的の材料が手に入らなかったので無理だった。


「……お前、」


「はい、なんです?」


呼ばれたので顔を上げたが、続きは何も言ってくれない。


「なんですか?」


「……」


しつこく聞けば、更に不機嫌な顔で目を逸らされただけだった。

呼んできたのはそっちなのに。


「話すことがないなら、こちらの話を先にしちゃいますね。漢方薬の煎じ方、教えたので分かっていますよね?沸騰直後ではなく、沸騰して火から離して10秒後がベストですから。あと、塗り薬も毎日欠かさず塗ってくださいよ。届かない部分があったらマリーに塗ってもらってください」


「自分で塗る」


「そうですか。人に頼んだ方が満遍なく塗れると思いますけど、まあいいです。えっと、あと側妃さんの体調には気を配ってもらって、グラウディスさんは新しい怪我は作らないように。あとは……」


テキパキと小言を並べながら、指で数えていく。

本当はもっと色々言いたいことがあったが、あれもこれもと思ったらキリがない。

それを知ってか知らずか、グラディウスがエーレの言葉を遮った。


「もういい。明日から俺はまた北の戦線だ。だから3日後見送りは出来ん。世話になったな」


「あ」


そういえばそうだった。


3日後にグラディウスも見送りをしてくれるんじゃないかと勝手に思っていたが、明日塔を出なければならない彼は3日後ここにはいない。

今日はただ離れることを伝えに来ただけだと思ったのに、サヨナラの挨拶をする羽目になってしまった。

忘れていたエーレが悪いのだけど、心の準備はできていなかったというのが本音だ。

拍子抜けしてしまったというのも正直なところだ。


「なら、これが最後のお別れの挨拶ですか?」


「そうなるな」


「えっと、じゃあ、無理はしないように気を付けて。それでは、また」


「……じゃあな」


あっさりとしたものだった。

呼び留めるなんてこともなく、エーレに倣って「また」なんて言うことも無かった。

呼び留めてもらえるなんて期待はしてなかったし、彼の事だから特に考え無しに「じゃあな」と言ったのだろうけど、エーレは少しだけ寂しかった。


パタンと扉を閉めてから、「やっぱり最後だからもっと話しましょう」とか言いながらもう一度部屋に入って行こうかとさんざん悩んで、結局やめた。






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