慣れている
「あ、あの!グラディウスさんって、ワイバーンのことどのくらい知ってます?」
「そんな質問をして何になる。なんの時間稼ぎだ」
「時間稼ぎなんかじゃないです。大事な事、知らないかもしれないので言っておきます。ワイバーンって気に入った一人だけに心を許してくれるんです。その人だけには何があっても忠実で、何があっても傍にいてくれます」
「それがどうした」
「得難いと思いませんか!」
コレちゃんはワイバーンだから、この世界の皆がグラディウスを裏切っても、彼を選んだコレちゃんだけは絶対に裏切らない。
絶対に味方でいてくれる。
何故ワイバーンがそういう性質を持っているのかは分からないけど、ワイバーンが裏切らないことは確かだ。
エーレは必死にワイバーンのセールスポイントを語って聞かせたが、グラディウスに心を動かされた様子はなかった。
コレちゃんでもエーレでもないどこかを見つめて、黙っているだけだ。
「それに成獣のワイバーンって、北の大国では空飛ぶ大砲って言われてるくらい強いんですよ。絶対に忠実な武器であり飛行手段です。北の大国ではワイバーン騎士団が最強なんです」
「……」
「グラディウスさんは戦線に行くことがありますから、強くなるコレちゃんを連れて行ったらグラディウスさんだって幾らかは安全になりますよ!」
「……安全?薬バカは薬のこと以外本当に何も分かっていないのか?北の大国とやらで何を見てきた?」
「えっ」
急に怒っているような憎んでいるような視線を向けられて、エーレは声を上げてしまった。
エーレを驚かせたことにバツの悪そうな顔をしてから、グラディウスは低い声で続ける。
「この国には、北の国と違ってワイバーンを兵器として使ってきた歴史もなければ、ワイバーンを生かせる戦術の教科書もない。援護し合える味方もいない。だがワイバーンが戦争兵器だなんて大層な名前で知られている事だけは知っているから、真っ先に特攻させられる。機動力のある駒として扱われて、これまで以上の無理難題を押し付けられるのは目に見えている」
「……」
「王宮の人間に見つかる前にコレはここを離れた方がいい」
「じゃ、じゃあ王宮の人に見つからないようにこっそり塔で匿いましょうよ」
「ワイバーンはすぐに大きくなるんだろう?無理だ」
「……でも」
エーレが言い淀むと、コレちゃんは小さく鳴いた。
まるで分かっているから大丈夫と囁いたようだった。
でも同時に、永遠に小さいままでいられるならいいのにと泣いているようだった。
「こいつまでこの国に使われることは無い」
グラディウスがコレちゃんに背を向けた。
そのまま振り返らずに歩いていく。
もうコレちゃんの事など忘れたかのように歩いていく背中を引き留めることはできなかった。
本当の本当に、お別れのようだった。
……コレちゃんの事あんなに可愛がってたのに。
飴玉をのどに詰まらせたコレちゃんを抱えていきなり部屋に入ってきたときはびっくりしたけど、グラディウスさんは必死だったなあ。
時々ボールでも遊んであげてるみたいだったし、コレちゃんの布団のタオルもこまめに替えてあげていたのを知ってる。
ねだられなくても撫でてあげたりしてたし、コレちゃんが足元に駆け寄ってこれば絶対抱っこしてあげていた。
からかうたびに可愛がってなんかいないって言ってたけど、絶対可愛がってた。
生き物は嫌いだって言ってたけど、絶対好きじゃん。
でも、だからこそグラディウスは言ったのだ。
良く分かった。
コレちゃんを戦争になんて連れてはいけない。
北の大国のようにワイバーンについて深い理解があるならまだしも、無知なこの国でコレちゃんが犠牲になるのはいけない。
エーレはお別れには慣れている。
旅の薬師だから。
「コレちゃん、またね」
草の上に蹲るコレちゃんの頭を撫でて、エーレは小さく言った。
旅の薬師は、また会えるなんて言葉は信じない。
ひと度別々の道を進めば、会えなくなることの方が多いから。
新しい土地を目指して放浪する薬師と誰かがまた会える可能性なんて、ほんの僅かもないから。
でも、またね。
生きていれば、また会えると思うことはできるから。
だから、元気でね。




