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「ああ、ここにいたか」


ある日の夕暮れ時だった。

厨房で氷水に浸したタオルを絞っていたエーレの耳に、いつもより掠れた声が聞こえた。


「グラディウスさん?そういえば今日帰ってくる日でしたね。どうしましたか」


声のする方に振り返れば、北端の侵略を抑えに戦線に出向いていたグラディウスが帰ってきていた。

彼は薄暗い石造りの廊下と厨房の扉の間に寄りかかるようにして立っている。


「お前、怪我は治せるか」


「どんな怪我です?」


訝しげに答える。


何となく、匂う。

ざわっと肌を撫でていくようなにおいが。

鉄のにおいが。


「大した怪我ではない、はずだが」


「顔が青いですね」


平静を装うグラディウスの顔に覇気がない。

唇の色が少し薄い。


嫌な感じがする。

薬師のエーレがそう直感するのには十分な異変だった。


ハッキリ怪我したと言わなかったグラディウスだが、彼が血を流しているのはもう分かった。

さっと真剣な表情になったエーレは「すぐに診ます」と頷いた。



グラディウスを手近な椅子に座らせる。

彼の全身を見れば怪我の位置はすぐにわかった。

右の後肩だ。


エーレは戸惑うことなく、血が染みている部分から剥ぐように上の服を全て脱がせた。

決して筋骨隆々は見えなかったグラディウスの体には、鍛えられた筋肉がついている。

流石、戦場に何度となく駆り出されてきた王子だ。


傷口を確認する。

彼の肉を抉って傷を作っているのは矢じりだった。

出血は急を要するレベルではない。


今はそれよりも。

エーレは眉をしかめる。


矢じりが突き刺さっている傷口だ。

傷口は紫に変色している。

薬師の勘が告げる。


ああ。嫌な紫だ。




「グラディウスさん。時間がありません。でも一つだけ質問があります」


「なんだ」


「これ、毒矢です。矢を受けたのはいつですか。矢を受けてあなたは何をしましたか。正確に教えてください」


「……射られたのはさっきだ。兵を連れて王都に帰って来る途中、兵の中に敵が潜んでいた。そいつに後ろから矢を射られ、そいつを切り捨ててからここに来た。塔の中でしばらくお前を探した」


何故王宮の医師の所に真っ先に行かなかったのだろうとも思ったが、今はそんなことどうでもいいと思い直し、薬箱の中身を漁る。

必要な物だけを取り出し、今は治療に専念する。


「矢を受けてから動き回りましたね……。分かりました、まず矢じりは抜きます。麻酔を使っている余裕はありません。耐えてください」


「分かった」


背後でテキパキと動いているエーレの問いに、グラディウスは戸惑いなく頷いた。

痛みに物怖じする様子など欠片も見せなかった。


「っ」


特殊なニッパーのような道具を使い、体をこれ以上傷付けないように最大限の注意を払って矢じりを引き抜いた。

用意していた皿の上にカランと血の付いた矢じりを落とす。


この間、痛みに耐えたグラディウスが漏らしたのは、小さな息だけだった。

毒が神経を犯しているから、相当痛い筈だ。

だが声も我慢するとは恐れ入る。


いや、本当は感心している暇もない。

まだ手を休めるわけにはいかない。


「患部周辺の血を出します。耐えてください」


「分かった」


二つ返事で頷くグラディウス。

彼の額に汗がにじんでいるのを見ながら、エーレは薬箱から取り出した特殊な道具をテキパキと組み立てた。

血を絞るように吸い出す特殊なこの道具は、機械職人が多く居る洞窟の国で特別に作ってもらったものだ。

この世界は毒の種類が多くて、薬師としても毒に侵された患者を診る事が多くある。

だからこの道具は山を歩いて蛇や蜘蛛に噛まれた村人を助けたり、足が千本ある百足や巨大蜂に刺された時にも散々使ってきた。


かくいうエーレも一度自分で使ったことがある。

毒を持った蛭に足を噛まれて、その毒を吸いだすために使った。

小さなヒルが付けた大きくはない傷跡だったが、その時のエーレはあまりの痛みに叫び散らかして何度も失神しかけた。

毒が体に入っていると痛みが何倍にもなって感じる事を身をもって知った瞬間だった。



「痛いでしょうから、声を出しても構いません」


「つ」


「爪が手のひらに食い込んでいます。タオルを」


「……っ」


拳を握りこむグラディウスにタオルを握らせ、毒濃度が濃い患部周辺の血を抜けるだけ抜き取った。

やっぱり彼は声を上げなかった。

そんなに我慢しなくてもいいのにと思う反面、自分だったら泣きわめいて失神していただろうと考えて少し尊敬した。



さて。ここまでしたら、傷の縫合の前に解毒薬を選ぶ。


エーレは新しい国に入る時は必ず、その国で良く使われている薬や流行っている病気を調べる。

また、解毒は薬師の得意分野でもあるので、良く使われている毒も調べることを忘れない。


こうしてエーレが事前に調べていた、この国で人を傷付ける為に良く使われる毒の種類は2つ。

他の毒の可能性も捨てきれないが、それら二つの毒であればこの国に入った時に解毒剤は作ってあるので素早く処置できる。

ただの薬師には毒が体から消えるように祈ることはできないから、ここはそのどちらかの毒であることを祈ろう。



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