甘やかす
「なんだ、お前はよく食べるな」
十数日後にグラディウスが帰ってきて、コレちゃんは部屋の外に出てきた。
厨房のテーブルの上で、グラディウスに貰ったパンの耳を食べている。
なんだかまた一回り大きくなった気がする。
「きゅう」
食べ物を口いっぱいに頬張って、嬉しそうに鳴いた。
なんだ、パンの耳も別に食べるじゃないか。
エーレが部屋にいれるパンの耳は半分くらい残す癖に。
グラディウスの手に甘えるようにクルクル回ったりポテポテ走ったりして、パンの耳を頬張っているコレちゃん。
気に入った人とそうでない人との差別が酷いが、まあワイバーンは元々こういう気性なので、エーレは気にしてない。
気にしてない。
それは気にしてないが、しかし。
「コレちゃん、グラディウスさんがいないと全然外に出てきませんよ。ワイバーンなのに引き籠りとか不健康じゃないですか?もっと走り回って飛び回った方がいいと思うんです。薬師目線で、肥満とか気になっちゃうんですけど」
……だってコレちゃん、あんなに小さかったのに、すっごく大きくなっちゃったよ?
これ、肥満じゃない?
いざ翼が治っても体重重すぎて飛べないとか、なったりしない?
不健康じゃない?
病気はなってから治すんじゃなくて、なる前に治すのが一番いいんだよ?
これが俗にいう、職業病と言う奴である。
「まだ怪我が完治した訳じゃない。好きにさせてやれ」
「グラディウスさんは少し甘やかしが過ぎると思います」
「なに?俺は甘やかしてなどいない」
「でもこの前一緒に寝たんですよね?」
「こいつが勝手に布団の中に入って来ただけだ。それは俺が甘やかしたとは言わない」
「それにコレちゃんにチョコレート食べさせてたの、私知ってますよ」
「何だお前、覗き見か趣味が悪い。それにチョコレートごときでは甘やかしたことにはならん。庶民感覚で物事を測るな」
「それに極めつけは、コレちゃんの無限ともいえるお代わりを注意しないことですよ。食べさせ過ぎです」
「うるさい。余っていたものを食べさせて何が悪い」
プイっとそっぽを向かれた。
何を言っても、テコでも自分の親バカぶりを認めようとはしないらしい。
「はあ。どうしても自分は甘やかしてないと言い張るのですね………………ならまあ、それはそれでいいです。でも今日は、コレちゃんの運動の為に一緒に遊んであげましょうよ」
「きゅう」
エーレが大きくこぶしを握って訴えると、名案だとばかりにコレちゃんが鳴いた。
今日はグラディウスの3日目の休日だし、この間のように疲れた王子に無理なお願いをしている訳でもない……はず。
確かに少々お節介かもしれないが、エーレにも思うところがある。
何と言っても、コレちゃんもエーレの患者の一人だから。
薬師が患者の経過を鬱陶しい程心配してしまうのも、仕方のない事なのだ。
「コレちゃんも遊んでほしそうですよ。ボール投げでもしてあげたらどうです?いえ、ボールはないですけど、ほら、なんとここに芋が」
「きゅうきゅう」
コレちゃんが怪我した翼を不器用にパタパタさせ始めた。
出来るだけ丸っこい芋を袋から選び取り、エーレは厨房の端に向けてポイっと投げる。
放物線を描いた芋を追いかけて、コレちゃんがトンッとテーブルから飛び、とことこと走り出した。
「芋ってお前……」
「いいですよね、何にでも使える芋。万能です」
「お前が料理下手な理由を垣間見た気がするな」
グラディウスがちょっと笑いをこらえたような、呆れたような複雑な表情をしていた。
そして芋を追いかけて走ったコレちゃんといえば。
追い付いてじゃれ付いた芋を齧り、しゃくしゃくと食べていた。
「うわっ。コレちゃん、駄目だって。持って帰って来てよ~!」
何食わぬ顔で食べているコレちゃんに対し、エーレは肩を落として声を上げる。
これではボール投げをするたびに芋を食べて、コレちゃんが益々太ってしまう。
治療中に肥満で飛べなくなったワイバーンなんて前代未聞だ。ついでに患者を肥満に仕上げた薬師は失格だ。
「グラディウスさんも何か言ってやってください。コレちゃん、ボール食べてます」
「おい、芋持って帰ってこい」
助けを求めるようにエーレがグラディウスの方を向けば、彼は何気なくコレちゃんを呼んだ。
ぴくり。
コレちゃんは立ち上がり、一心不乱に食べていた芋から顔を上げた。
たたたた!
なんとコレちゃんは、食べかけの芋を咥えて走り出した。
真っすぐに、グラディウスの方へ。
そしてグラディウスの足元に、ころんと食べかけの芋を置く。
やはりコレちゃんは子供でも肥満予備軍でも、ワイバーン。
認めた人間の言うことは聞き、気に入った人間には忠実だ。
コレちゃんは満足そうにグラディウスを見上げた。
懐いてはもらえているけど言うことは聞いてもらえない複雑な心境のエーレでも、可愛いと叫びたくなるような仕草だった。
「えらいな」
この従順さと可愛さに、流石のグラディウスもコレちゃんを褒めて撫でずにはいられなかったようだ。
「きゅうきゅう」
大きな手で撫でられて褒められて、コレちゃんはくすぐったそうに声を上げていた。
身をよじったりして嬉しそうで、とてもかわいい。
「おい」
「はい?」
撫でまわされているコレちゃんをエーレが微笑ましく見ていると、グラディウスがぶっきらぼうにエーレを呼んだ。
「何か投げる物はないか」
「? 芋があるじゃないですか」
「おま……なんでそんな芋は投げて当然みたいな顔をしてるんだ」
「これなんかどうです?丸くていい感じです」
芋袋の中を漁って、手に収まるくらいのまん丸の芋を探し当てたので、グラディウスに譲ってあげたエーレだった。
グラディウスはこれまた微妙な顔をしていた。
「なんです?投げないんですか、芋」
「だから、真顔でそんなことを聞くな。俺の常識が麻痺してくる」
「芋」
「もういい。お前に聞いた俺が馬鹿だった。タオルを使う」
芋を突き返してきたグラディウスはその辺に畳んで置いてあったタオルを手に取り、丸くして結んで器用にボールを作っていた。
そしてそれをポイっと投げる。
コレちゃんは嬉しそうに跳ねてそのボールを取りに走って行く。
ボールを咥えると待っているグラディウスの元に一目散に戻ってきて、誇らしそうにボールを見せる。
褒められると両の翼をパタパタさせて、とっても嬉しそうにしていた。
表情が読みずらいが、グラディウスも可愛いコレちゃんにまんざらでもない様子だった。
「そういえばお前、さっきから気になっていたんだが、その髪をまとめているのは何だ?」
何度もボールを投げてはコレちゃんに拾わせているグラディウスは、思い出したように切り出した。
エーレの長い髪はくるりと器用にまとめられていて、ぶすっと刺さった一本の細い木で留められている。
「ああ、これですか?これは東方の島国に行った時に手に入れた物なんですけど、箸といいます」
「へえ。変な髪飾りだな」
「ああ、そりゃもちろん変ですよ。だってこれ、調理器具ですもん」
「……お前、調理器具舐めてるといつまでたっても料理上手くならんぞ」
呆れた顔をしたグラディウスが面白くて、エーレは肩を竦めて笑った。
塔に居候をし始めて奇病にかかった側妃の治療をしながら、侍女と仲良くなってお風呂に入る。
王子がワイバーンを拾ってきて、今は厨房でボール遊びをしている。
こんなことをすることになるとは、ちょっと前まで想像もしていなかった。
全然全く、夢にも思わなかった。
でもこういう予想外のことがあるから、旅は面白いのだ。
色々な人と出会って、別れて、旅をする。
何が起こるかなんて誰にも分らなくて、これからどうなるかなんて誰も知らない。
だからこそ旅は面白い。
だからこそ人との出会いは面白い。
面白いんだ。
この時のエーレは、暢気に平和にそんなことを思っていた。




