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仕事




エーレは、旅の薬師だ。

苗字はない。

この大陸は広いが、エーレに国籍はない。

母も同じく流浪の薬師で、親子共々、自分にどの人種の血が流れているかも分からない。


エーレが薬師になったのは、いわずもがな、母が薬師だったから。

旅の薬師である母に手を引かれて薬を見ながら大きくなったエーレは、気づいたら自分も各地を巡る旅の薬師になっていた。

それは確かに気づいたら薬師になっていたのだが、他の職業に就く選択肢が無かったから薬師になったわけじゃない。

エーレは別の選択肢が豊富に与えらえれていたとしても、薬師になることを選んでいたと思う。


エーレは旅の薬師だった母に手を引かれて大陸を渡り歩き、人を助けるその背中を見てきた。

心配そうな患者やその家族の前で、「必ず助ける」と強く頷く母がエーレの誇りだった。

憧れだった。


そんな腕の良い薬師だった母は不幸にも病で亡くなってしまったけれど、今は助けられなかった母の分まで良い薬師になりたいと思い、一人修行の旅を続けている。


旅は、良い。

旅には母との思い出がたくさん詰まっている。


エーレは母が生きていた頃もその後も、色々な場所へ訪れた。

ある時は、珍しい薬草のためにこっそり女神の泉に入ったこともある。

またある時は獰猛な毒トカゲのしっぽから作る薬がどうしても必要で、傭兵を雇って深いドワーフの洞窟の中に踏み入ったこともある。

ドラゴンの鬣が欲しくて、ドラゴン使いの一族を探してエルフの森を歩き回ったこともあった。




……旅は良い。

でも母のような道連れがいたら、もっとよかったんだけど。


朝から歩いて疲れたので、エーレは丁度良さげな木を見つけて、その木陰で一息つくことにした。

背中に背負った大きな薬箱を傍らに置く。

大切な母の形見。命程に大切な商売道具。心強い相棒。


着ている暗い色したローブの長い裾をちょこっとつまみ、芝生の上に腰かける。


そして肩から斜めにかけていたポーチも外して脇に置いた。

こちらにはお金や食べ物が入っている。

昨日街に寄ったばかりなので、物資は豊富に仕入れてある。

保存がききそうな食べ物と、好物の葡萄パン。それから野鹿のミルクティーも買ってある。

新しいハンカチも買ったのでそれを膝に敷き、休憩タイムを楽しむことにした。


……あー、空が青い。

雲が大きい。芝生が気持ちいい。向こうで風車が回ってる。

平和だなあ。


干された葡萄の果肉が入った甘いパンを頬張りながら、エーレは青い空と広がる牧草地をのんびり眺めていた。

この甘い葡萄パンはやっぱり空気が美味しいところで食べるに限る。





「そこの、旅の方ー!」


「ん?」


葡萄パンを食べ終わったので、心地よい風に吹かれて瞼を閉じていたエーレだが、切羽詰まった誰かが駆けてくる気配を感じて目を開けた。


「誰ですか?」


「あなたが、薬を調合することが出来るという、薬師様ですね。ゼイゼイ、わたくし、丘を越えた先にある街のギルデロイ侯爵家の、ゼイゼイ、従者をしております、アランと、申します」


「私、薬師のエーレといいます。そんなに慌ててどうしたんですか?どなたか薬師の治療が必要なんですか?」


「ええ、診ていただきたい人がいるんです。藁にも縋る思いであなたの事を追ってきたました」


肩を大きく揺らして汗を拭くアランの様子は真剣だった。

彼が言った丘を越えた先にある街はエーレが昨日一晩過ごした街の隣にあるが、エーレは寄らなかった街だ。

アランによれば、「その背負った薬箱に珍しい薬をたくさん詰めて、的確に処方する薬師が昨日立ち寄ってくれた」という話を隣町の住人から聞き、慌ててエーレを追ってきたのだという。


「それで、患者さんというのは?」


「ギルデロイ侯爵家の御長男レオ様です。奇病に罹ってかれこれ半年ほど、眠ったまま死んだように動かないのです。王都の医者を呼んだり国外から医者を呼んだり手を尽くしたのですが、未だに」


「……眠ったように」


「はい、でも眠っておられるだけで、死んではいないのです!だから我々は、諦めてはいないのです。魔女と噂の女が現れれば奇跡が起こるかもしれないと大金を積んで、異国のお医者様が王都にいらっしゃったと聞けばそういう方も必ずお呼びして……。そして今回、医者とは違った知識を持つという、薬師という方が街の近くに立ち寄られたと聞いたので」


現在エーレがいるのは王国エーガルディア。

はじめて訪れた国なのであまりよくは知らないが、この国の医療を担っているのは主に医者たちで、薬師という存在はメジャーではないらしい。


だがアランは、そんな得体の知れない薬師にまで必死に頭を下げてくる。

まさに藁にも縋る思いなのだろう。


「だから、どうか診察だけでも……」


「分かりました。とにかく、診ます」


「は、はい!よろしくお願いいたします!馬車は僕の後から……ああ、来ました。あれにお乗りください!」


馬車より早く走ってきたらしいアランは顎から伝った汗を手の甲で拭って、馬車に手を振って合図をした。

すっくと立ちあがり、大きな薬箱を背負いなおして肩掛け鞄も身に付けたエーレは大きく頷いた。


協力を求める人がいるのなら、手を貸す。

待っている人がいるのなら、駆け付ける。

苦しむ人がいるのなら、全力で助ける。

それが薬師の仕事だ。




作者に医療知識は全くありません。医療関係の記述は完全に架空のものです。

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