名前
「好きなんですか、生き物」
ワイバーンの翼の治療をしながら、何となくグラディウスに声を掛けてみる。
ワイバーンを押さえて少し俯き気味のグラディウスの顔もやっぱり美形で、どこから見ても隙が無い。
「別に」
「そうですか」
「お前は」
「私ですか?」
「他に誰がいる」
別にといわれたときは会話終了のお知らせかと思ったが、思いがけず続くようだ。
ちょっと驚いたが、エーレは誰かとのお喋りが嫌いじゃない。
たとえそれが、不愛想な王子相手でも。
「私は好きですよ。旅のお供に、色々な生き物に乗りました。牛とか竜とか、鹿とか亀とか一角獣とか」
「亀か」
「亀はこの国では珍しいですか?でも、あれは結構いい乗り心地でしたよ。西の城塞都市に立ち寄った時です。大きな大陸亀に荷車を引かせている人がいたんですよ。何を引かせてるのかって聞いたら、移動図書館だったんです。ポカポカと陽気も良かったので、私は亀に乗せてもらいました」
「お前は、旅をしているんだったか」
「そうです。旅の薬師です。旅はいいですよ。そうそう、この国に来る前の前に立ち寄った国は雨の国で、年がら年中雨だったんです。だからそこでは雨の中を泳ぐレインドラゴンに乗ったんです。それから東の大国には竜がいて、長い体だったので、こう、乗り合いバスのようになっていたりして」
「ふうん……」
「他にもいろいろ珍しいものに乗りましたよ。ああ、酷かったのは熱い国の大きな狒々ですね。暴れ牛に乗るより酔いますよ。木をものすごい勢いで飛び移るんです。それから、乗るまでの作法が厳しいのが天馬で……あっ、色々喋り過ぎてしまいましたね」
「能天気そうで羨ましい限りだ」
よく喋るなと面倒くさがられたのか、うるさいと呆れられたのか、それとも他の事を思われたのかは分からなかったけれど、はっと乾いた声で笑われた。
「グラディウスさんは、旅に出たりはしないんですか?」
「旅?そんなもの出来る訳が無いだろう」
そう言い捨てたグラディウスの表情を読むことは出来なかった。
丁度ワイバーンの羽に木を添え終わって治療が完了したところだったからだ。
「これの怪我はすぐ治りそうか」
ワイバーンを押さえつけていた手の力を緩め、グラディウスは立ち上がる。
「ただの骨折なので、完治までにかかるのが長すぎることは無いと思いますが……っていうかさっきからグラディウスさん、この子の事これって呼んでますよね?!」
「なんだ。何か文句でもあるのか」
「これって呼ぶの可哀そうじゃないですか?」
「どうでもいいだろう」
「どうでも良くないですよ。ほら、君もこれなんて呼ばれるのは流石に嫌だよね~?うりうり」
エーレはそんな風に語り掛けながら、果物籠の中で自分の怪我した翼に巻かれた包帯をカリカリと掻いているワイバーンの頭を無理やりに撫でた。
「きゅう」
「ほら、この子もこれなんて呼ばれるのは嫌だって言ってます」
ぐりぐり撫でられて嫌がって鳴いただけなのかもしれないが、ワイバーンは良いタイミングで可愛く鳴いた。
エーレは期待を込めて見上げたが、グラディウスの頬が緩むことは無かった。
「じゃあ、コレとでも呼んでおけ」
「ちょっと発音変えただけじゃないですか……」
「ふん」
……コレちゃんか……。
コレちゃん、コレちゃん。
まあ、可愛くないことも無いような気がしてきたようなそうでもないような。
いやいや、名前が指示語なんてかわいそう。もっといい名前もあったはず。
「コレちゃん」
「きゅう」
試しにグラディウスが付けた名前で呼んでみると、コレちゃんは明らかに反応した。
「あれ?返事した?」
このワイバーンという生き物が人間が付けた名前を受け入れた時。
それは、ワイバーンが自らの乗り手を決めた時だ。
ワイバーンという生き物は賢く気高いことで知られていて、エーレが知ってる北の大国ではワイバーンに乗った最強の騎士団が有名だった。
ワイバーンは獅子ほどに力も強く、そして天馬よりも忠誠心が厚く、一角獣のように人と心を通わせることが出来る生き物で、戦場で最強格の生き物の一つと言われている。
しかしワイバーンに気に入られる人間は珍しいらしく、乗り手は常に不足しているとのことだった。
そんな逸話を持つワイバーンであるコレちゃんは、どうやらグラディウスを自らの主人、または乗り手と認めたらしかった。
あっという間の出来事だったが、こんなに変な名前を付けられてもコレちゃんは健気に嬉しそうにしているのだから、これは認めた以外の何物でもない。
「この子、グラディウスさんが付けた名前受け入れちゃったみたいです」
おそるおそる申告すると、グラディウスはぶっきらぼうにワイバーンの名前を呼んだ。
「コレ」
「きゅうきゅう」
コレちゃんは前足をパタパタさせて最高に嬉しそうな声で鳴いた。
なんて可愛いんだとエーレは思わず目じりを下げたが、グラディウスの方は眉根にしわを寄せただけだった。




