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甘い顔の男



王宮から遠くもなく近くもない場所に、下級兵たちの訓練場がある。

数だけは多い兵達が訓練できるように広さはあるが、設備が整っているとは言い難い。

特に、王国騎士団や上級兵らの訓練場を見てしまうと尚更だ。


そのただっ広い下級兵の訓練場には、弓を一心不乱に引き続ける男の姿があった。


ギリギリと引き絞った弦の音が空気を振動させ、矢が空気を裂く。

もう日も沈みかけて暗くなってきているというのに、狙いは寸分たがわず正確だ。

訓練場の外から主を眺めている黒馬は、矢が的を貫くたびフンと鼻を鳴らしていた。


と。

矢を構える男に近づいていく影がある。

身なりは下級兵のそれではなく、見るからに質の良さそうないで立ちだ。

腕には蔦と鷲の紋章が付いている。


金糸のような髪に、新緑の瞳。

華々しく女性受けがよさそうな甘い顔をしている男。

男は足を止め、その顔に笑みを張り付けた。


「やあ、グラディウス。エメラリーネ様の具合はどうだい?」


「……ゲラン」


グラディウスは矢を放つ寸前だった手を止め、男に向き直る。


「嫌だなあ、何その顔?薄気味が悪いね」


男は唇の端を持ち上げた。

口が綺麗な弧を描いているから笑っているのかと思いきや、その両の瞳はひたすらに冷たいばかりだ。

蔑んでいるような色さえうかがえる。


「ああ、そういえば。はいこれ。王宮から支給されたエメラリーネ様の薬を届けに来てあげたよ」


「……」


「高価なものだから、しっかり飲むようにね」


「……」


グラディウスは何も言わず、男から手渡されたいくつかの白い薬包紙をゆっくりと内ポケットに仕舞い込んで見せた。

男は満足そうに微笑む。

そして鋭い視線で射るように見つめてくるグラディウスなどものともせず、訓練場をのんびりと歩き出す。


「それにしても、下級兵に交じって訓練?なんでこんなところで?……ああ、そっか。お前は騎士団の訓練に混ざりたくても入れてもらえないものな」


「……」


「それに、何も知らない下級兵との訓練の方が気が楽だよね?」


男はそのあたりに落ちていた模造剣を拾い、戯れにひゅんひゅんと振ってみせた。

悪い剣筋ではない。


ひとしきり剣で遊んだ男はくるりと一回転して、もう飽きてしまったかのように模造剣を放り投げた。


ザッザッザと音を立てて出入り口の方に向かって歩いていく。

そしてすれ違いざま、男はグラディウスの肩をポンと叩いた。


「まあ、頑張ってよ。明日からは北の戦線だったっけ?今は膠着状態が続いてるからあまり危険はないだろうけど、でも気を付けてね。特に背後とか。お前、背中の守りはどうも薄いみたいだから」


「……お前」


「何?もしかして何か言いたい事でもあるの?あはは、何か言ったら状況が変わるとでも思ってる?」


諦めたように口を噤んだグラディウスを見て、男は再び満足気に微笑んだ。

そして軽い足取りで訓練場から去っていく。




男の背を視界から排除して、グラディウスは白い薬包紙を内ポケットから取り出した。

ぎゅっと捻り潰すように握りこむ。

薬包紙が弾けて青い粉がサラサラと指の間から零れていく。

砂糖のような砂のようなそれは、青すぎる色をしている。


それを忌まわし気に見つめて、彼は薬を火の中に放り投げた。




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