声優の義兄と女優の私の熱愛報道!誤解にはさせません。
これは「女優の義妹と熱愛報道!?いや、誤解………じゃない!?」の柚視点です。
こちらを読まなくても楽しめますが、読んでからだともっと楽しめるので是非読んでください
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私が家族と血が繋がっていないと気付いたのは小学校卒業前の時だった。
仕事にいそしみながらも家族の時間を大事にする父。膨大な家事を一人でこなしながらも疲れた様子を見せず笑顔を見せる優しい母。そして子役として活躍し、最近は声優活動を始めた誰よりも愛情を注いでくれる偉大な兄。
そんな家族に包まれ、幸せに過ごしていた私にとってそれは衝撃的なことだった。
きっかけは生き物大好きの親友が小学校の図書館に置いてあった「ABO式血液型の遺伝形式」とかについて書かれた本の内容を事細かに説明してくれた時だ。
母がA型。父がO型。ついでにお兄ちゃんはA型。
そんな両親を持つ子供にAB型は生まれない。そのはずなのに私はAB型。
疑念が確信へと変わったのはアルバムをあさっていた時だ。
兄の出生時の写真はアルバム一枚に収まりきらないほどたくさん撮られていたのに、私は出生時の写真どころか一歳までの写真が一切存在しなかった。
「私は両親の実の娘ではない」
この事実をはっきりと認識したとき、しっかり固まっていたはずの足元が崩れ落ちていくようなそんな感覚に陥った。
自分が信じていたものは偽物で、あることを疑っていなかった繋がりは存在しなかった幻で。
今まで向けられた愛情も信頼もすべてが信じられなくなってしまった。
何よりショックだったのは血が繋がっていない云々よりも、その事実を教えてくれなかったということ。
私を信頼してくれていないことを証明しているかのように思えてしまった。
そして、心のよりどころを失った私に追い打ちをかけるようにいじめという悪意が押し寄せた。
発端は嫉妬。
虐めてきた先輩の好いている人が私を好きと公言したことが原因。
彼女達にとっては正義の断罪。間違いのない主張。
その声が奏でるのは不協和音。
すり減った心にさらに加えられる理不尽な傷。
頼るべきものを失っていた私にできたのはもう傷を受け入れることだけだった。
巻き込まないように親友を突き放し、事あるごとに構ってくるお兄ちゃんは完全に無視。
心の殻に閉じこもり、外から突き立てられるナイフにおびえる日々。
そんな日々はある日唐突に終わりを迎えた。
いつものように授業を受けていた時、教室の外が突然騒がしくなった。誰かの怒鳴るような声、教師の宥めるような、それでいてどこか怒ったような声。
先生は私達に教室待機を言い渡し出て行った。
ざわめく教室。そのざわめきはパトカーが一台学校に押し寄せてからさらに大きくなった。
不審者が侵入したんじゃないか。生徒の誰かが警察沙汰の事件を起こしたのではないか。
さまざまな憶測が飛び交う中、戻ってきた先生に突然名前を呼ばれた。
先生についていく形で向かったのは校長室。
そこにいたのは困ったような表情で話す警察と校長。泣きながら謝り続ける私をいじめていた上級生。
そして此処にいるはずのない、間違いなく騒動の原因であろう憮然とした表情のお兄ちゃん。そしてオロオロしているお兄ちゃんのマネージャー。
一体何をやったのか、私をいじめていた彼女達は私を見ると土下座をして謝り出す。いじめられていた彼女達に突然謝られて困惑した私は元凶を睨みつける。
しかし返ってきたのは「暴力は振るってない」という言葉のみ。
おそらくお兄ちゃんが私が虐められていることに気づいて学校に乗り込んできたのであろうことは目の前の状況から推測はできた。
だが、訳が分からなかった。
最近の私は血が繋がっていない事実と虐めとで心が荒れ、お兄ちゃんにいい反応なんてしていない。話しかけてくれば「うるさい」といい、構ってくれば「うざい」という。
同じ家にいるのに目を合わせることはなく。無視か冷たい態度で突き放すばかり。
こんな私のためにわざわざ警察沙汰の騒ぎまで起こして学校に乗り込んでくる理由が思い至らない。
そもそも生徒が千数百いる中で私をいじめているこの三人を特定するのだって既に卒業してから二年たっているお兄ちゃんには不可能に近い。
さらに言えば警察沙汰の事件なんて芸能活動しているお兄ちゃんからすれば避けなければならないこと。
なのに今後の芸能活動すべてを棒に振ってまで私を助けようとする理由が分からない。
その後遅れてきたお母さんが、茫然としている私をよそに警察、校長先生。お兄ちゃんのマネージャーと話し合い、最終的にはいじめを表に出したくない学校側、芸能活動に支障をきたしたくないマネージャー、おそらくだが手続きが面倒くさいから丸く収めてほしい警察側の思惑が一致し、お兄ちゃんと先輩たちに厳重注意。そして私がこれ以上のいじめにあわないよう学校側は十分配慮するということで落ち着いた。お母さんはこの決着に若干の不満げな表情であったが。
先輩方はお兄ちゃんによほど恐ろしい思いをしたのか、厳重注意に涙ながらに頷いてこれ以上ない反省を見せた。
対するお兄ちゃんは厳重注意もどこ吹く風で反省の様子を一切見せず最終的にマネージャーに怒られていた。
その後、お兄ちゃんはマネージャーに引きずられる形で高校へと戻り、私と先輩方は学校の判断で早退という形になった。
「どうしてそんな不機嫌な表情を浮かべているんだい」
帰宅後お母さんが出してくれた紅茶を飲んでいると、今日の事件のせいで早めに帰ってきたお父さんが少し面白おかしそうに尋ねてきた。そんなお父さんから目線を逸らして「別に……」とつぶやくと、逸らした先で何もかもを見透かした優し気な笑みを浮かべるお母さんが代わりに答える。
「悠が柚を助けてくれたことがそんなに不思議?」
「別に、芸能活動できなくなる可能性があるのに私を助けたのがバカみたいだと思っているだけ」
今回は丸く収まったものの下手すれば今後の芸能活動に大きな影響が出るかもしれなかった。そこまでして私を助ける価値があったとは思えない。冷たい態度ばかりとってお兄ちゃんに何もしていない私に。
そんな私の考えをすべて理解したかのように頷くお母さんはそんな私の疑問に答える。
「家族だからよ」
その言葉に思わず机の下でこぶしを握ってしまう。歯を食いしばってしまう。
その言葉は私にとって禁忌だ。
だって……
「柚は私たちにとって大切な娘。悠にとっては大切な妹。だから…」
「でも私は本当の家族じゃない!!!」
お母さんの言葉をさえぎって怒鳴り返す。机に手をたたきつけ立ち上がった私のその声にお母さんとお父さんが驚いたようにこちらを見たのが分かった。
だけど両親の顔を見返す勇気はなかった。本当の家族じゃない。その言葉を口にしただけなのになぜか視界がにじみだす。
怖い。肯定されるのが怖い。認められるのが怖い。もう疑いようがない事実なのに、それが怖い。
でもあふれ出した感情は止まらない。
「生まれたころのアルバムがない!血液型も本来生まれるはずのないAB型!私は血が繋がっていないんでしょう!?本当の家族じゃないんでしょう!?捨てられていたいらない子だったんでしょう!?」
どこにも居場所のないいらない子。
神様が定めた私の立ち位置に怒りと悲痛をにじませ叫んだ私は、これ以上この場にいたくなくてリビングから出ていこうとして、
「貴方は私の本当の娘よ」
その言葉に思わず振り向いてしまった。
振り向いた先にあったのは、どこまでも慈愛に満ちたお母さんの笑みと、ちょっぴり後悔をにじませたお父さんの苦笑。
「血はつながっていなくても、あなたは間違いなく私の娘。私が、私たちが大切に育てた愛の結晶。血というつながりがなくても私と柚の間には揺らぎようのない絆がある」
私と翔さんだって血が繋がっていないけど間違いなく家族よ。と少しおどけた様子で言うお母さん。
後にお母さんはこの言葉を結構恥ずかしかったのよと顔を赤くして言っていた。
だが、頭と感情の整理がついていなかった私はお母さんが顔を赤くしているのにも気づかずただ茫然と見返していた。
「本当は高校生になったら教えるつもりだったんだけどね。そんなに抱え込んでいたならもっと早く伝えるべきだったかな」
そんな私に少し申し訳なさそうに伝えるのはお父さん。
その言葉の端ににじむのは私に対する心配。それは間違えようのない本物で。
「誰が何と言おうと貴方は私の自慢の娘よ。柚自身にも否定させない。あなたの居場所はここにあるから。血のつながりの有無で揺らぐことのない絆が」
幻は手を伸ばせば確かに存在するもので、私が幻と決めつけていただけの確固たるもので。
足場が崩れ落ちようとお兄ちゃんは伸ばした手をつかんでくれる。お母さんがお父さんがその手を引っ張り上げてくれる。揺らぎようのない土台に家族という土台に私を立たせてくれる。
「だから怖がらなくていいのよ」
次の瞬間には私はお母さんの腕の中で泣いていた。
怖かった。捨てられるのが、愛してくれないことが。
でも頭をなでる手のぬくもりが、なだめるようなその優しい抱擁がそんなことはないよと教えてくれる。
「いくらでも泣きなさい。泣いている柚を必ず見つけて助けてあげる。私たちが見つけられなくても悠が必ず見つけてくれる」
今日のように、柚と初めて会った日のように。
柚と初めて会ったのは山の中だった。
突然お兄ちゃんが「赤ちゃんが泣いている」と言ったそうだ。
お母さんの耳には泣き声など一切聞こえなかったそうだが、迷いなく藪の中に入っていくお兄ちゃんに慌てて後をついて行ったそうだ。
果たしてそこには生まれたばかりであろう私がいた。
お母さんは当時はそれはもう慌てたそうだ。
そりゃそうだ、捨て子に遭遇したら私でも慌てる。
とりあえず警察に連絡し、警察署に連れて行き、本来ならそこでお別れとなるはずだった。
そこで駄々をこねたのがお兄ちゃん。私を妹にしたいと泣き喚いたそうだ。
正直今のお兄ちゃんから泣き喚く姿など想像つかないが、お母さん曰く私と会うまではわがままばかりの子供だったようだ。
当然そんな駄々が通るはずもなく、お別れとなった。
しかしお兄ちゃんは諦めなかった。お母さんが出した私を育てるお金を自分で稼ぐという条件を満たすため子役に挑戦。見事に役を勝ち取った。
私の養育費は全部お兄ちゃんのお金なのかと聞いたら、流石にそんなわけないでしょうと怒った表情で言われた。
お兄ちゃんが稼いだお金は全部将来のために貯金してあるそうだ。
「悠がいる以上あなたは一人じゃないわ。いつどんな時だってあの子は泣いているあなたを必ず見つけて助ける。あの子にとって貴方は唯一無二の大切な存在だから」
もっと頼りなさい。
辛いことを一人で抱え込む必要はない。
お兄ちゃんはいつだって柚の味方だから。
お母さんの言葉にお兄ちゃんの声が重なる。
お兄ちゃんがいれば間違いなく同じことを言うのだろう。
「お兄ちゃんのために何が出来るかな?」
思わずでたその言葉。
いつも助けてくれるお兄ちゃんに何かお返しをしたい。
そんな私の言葉にお母さんは初めて困った表情浮かべた。
「あの子が柚に注いでいるのは無償の愛よ。見返りなんて求めていない。柚が幸せであることをだけを望んで行動している」
だからお返しをする必要なんてないわ、とお母さんは言う。
その通りなのだろう。ただその言葉は、私はお兄ちゃんに何もできないということと同義であった。
弱音など吐かず立派に声優業を務めている兄には私の助けを必要ないのかもしれない。でも……
そんな私の泣きそうな表情を見てお母さんは苦笑いを浮かべ、ただ…と言葉を続ける。
「愛しなさい。愛されたのなら愛し返しなさい。具体的には言わないわ。それを考えるのは貴方自身よ」
難しいかもしれないけど、と苦笑いを浮かべながらお母さんは頭を撫で続けてくれた。
その日の夕方。
放課後にあった軽い仕事を終え帰ってきたお兄ちゃんを迎える。
玄関に立つ私を見て少し驚いた表情を浮かべたもののすぐに柔らかい笑みへと変わる。
「……ありがとう。今までごめん」
久しぶりの会話。そして素直に告げるのが少し恥ずかしくて俯きがちに伝える感謝と謝罪。
お兄ちゃんがどんな表情をしているのか見えないが分かる。優しいまなざしのいつものあの笑顔。
お兄ちゃんはそのまま何も発さず、横を通り過ぎる時に頭を二回優しくたたく。
まるで気にするなというように。
「ねえ、お兄ちゃんの幸せって何?」
そのままリビングへと向かうその背中に思わず問いかける。
お兄ちゃんが私の幸せのために無償の愛を注ぐならば、私はお兄ちゃんの幸せのために無償の愛を注げばいい。そう思って出たこの質問。
「お前が幸せになること」
そういって振り向いたお兄ちゃんはやっぱりいつものあの笑顔を浮かべていた。
* *
その後距離を置いていた親友(学校を抜け出しお兄ちゃんにいじめの全部を伝えたのもこの子だった)に泣いて謝られ、昔の関係を取り戻し、虐められることもなくなり穏やかな生活へと変化していく中、私は休日兄が仕事へと出かけた時、親に宣言した。
「私お兄ちゃんと結婚する」
そんな私の宣言にお父さんは唖然とした表情をうかべ、お母さんは心底おかしそうに笑う。
「お、お父さんじゃダメなのか?」
「お兄ちゃんが良い」
縋るような父の言葉を一刀両断して、ショックを受けたままのお父さんを放置。お母さんに語り掛ける。
「だから女優になりたい」
「ふふ、それじゃあ話が突然すぎて分からないわ。順序だてて説明してちょうだい」
ショックを受け固まるお父さんと私の突然の結婚宣言がよほどツボにはまったのか、笑いをこらえながら説明を求めるお母さん。
まじめに話しているんだから笑わないでと軽くにらみつけ説明を続ける。
「お兄ちゃんの幸せは私が幸せになることだって言ってた。だから私の幸せって何だろって考えた時に好きな人と結婚することじゃないかなって思ったの。ならば好きな人って誰?って考えた時に真っ先に思いついたのがお兄ちゃんだった。どんな時でも私を助けてくれて安心感を与えてくれる優しいお兄ちゃんが間違いなく私は好き」
「だからお兄ちゃんと結婚したいってことね。それで女優になりたい理由は?」
「お兄ちゃんと結婚することを想像したとき。私はその隣に立てるのか分からなくなったの。何でもできるお兄ちゃんの隣にいるのにふさわしいか分からなくなった。だからお兄ちゃんに少しでも近づきたくて、ならば女優になろうと思って」
両親の前で想いを赤裸々に語るのは恥ずかしいものがあったが、私が幸せになるためには両親の協力は必須なため顔が真っ赤に染まろうが気にしない。
「親族が結婚できないことは知ってる?」
「養子と実子が結婚できるのは調べた」
どこか試すような視線を向けてくるお母さんを真っ向から見返す。
この気持ちに嘘偽りはない。だから目を逸らす必要もない。
「ふふ、面白そうだしどんなにつらくても弱音を吐かず頑張るというのならば手伝ってあげる」
そこからは目まぐるしい日々が始まった。
最初はいろんな芸能事務所に挑戦しては落ち挑戦しては落ちを繰り返し、落ち込む日々が多かった。
更に中学二年生に上がるころ、高校を卒業したお兄ちゃんが一人暮らしを始めた。
妹離れしないといけないからと家を出ていくお兄ちゃんに不満げな表情を浮かべていたのを覚えている。
お母さんが「妹離れする必要ないのにね」とからかってきたので「うるさい」とだけ返した。
そこからはお兄ちゃんの家の近くの高校に行くため、高校からはお兄ちゃんの家に住むために勉強も頑張るようになった。
暇さえあれば勉強とオーディションの練習を繰り返し、とある縁で知り合った女優にスパルタな指導を受けながら頑張った結果、冬にやっとのことオーディションを突破。そこからは芸名を青井柚としてドラマや映画にほんの少しづつ出演しながら、様々なオーディションを受け中学三年の時にとある映画のヒロインの座を獲得。その映画が大ヒットした結果、様々なドラマや映画、番組に引っ張りだこになった。
高校のほうもお兄ちゃんの家の近くの高校に無事合格。ちなみに二年からはまたクラスが一緒になった親友も同じ高校へと進むことになった。
中学卒業と同時にお兄ちゃんの家に上がり込むことはや三年。
私とお兄ちゃんの熱愛報道が週刊誌に挙げられた。
* *
私がその報道を知ったのは仕事の、明日に控えた映画の完成披露試写会の打ち合わせの帰りだった。
事務所からきた連絡はこういう報道されているよーという軽いものだった。私はお母さんと事務所の先輩の助言に従い事前に自分の目的を事務所に伝えていたため多少の混乱はあったものの、上からの指示で速やかな落ち着きをみせた。
私個人の感想としては、これでお兄ちゃんも少しは意識してくれたらうれしいなあといったあっさりしたものだった。
正直いくら人気と言ってもまだまだ新米。そこまで大げさにはならないだろうと楽観視していた。
一応お兄ちゃんに連絡しておこうかなと電話をかけてみるがつながらない。
今の時間なら家にいるはずだが何か取り込み中なのか。
私を優先してほしいのにとちょっとした嫉妬心にかられる。
家に帰るとテレビでセリフ合わせの練習に使うお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんは外で食べてきたというので、昨日の残り物で夕飯を済ませ風呂に入り汗を流すとお兄ちゃんの膝の上に陣取る。
「………なあ」
「なあに、お兄ちゃん」
「暑苦しい」
「可愛い妹のスキンシップを暑苦しいってひどくない?」
まったくなんてひどい兄だろうか。
ここまでしているのに私の好意に一切気づかないなんて。
まあ、どうせ妹だからとか思っているんだろうけど。
「そんなこと言うと明日の料理全部お兄ちゃんの嫌いなナス料理にするよ」
「いや、それはマジ勘弁」
お兄ちゃんはナスが死ぬほど苦手だ。
私には分からないが、皮と実の食感の違いが受け付けないんだとか。
だからナス料理は私が手に持つ大事な脅迫材料だ。
お兄ちゃんの安心感あるからだを背もたれに台本の読み込みを再開する。
私たちの熱愛報道がどのようにニュースで流れているか気になったが、お兄ちゃんがセリフ合わせをなんとかしたいそうなのでまあいいかと流す。
正直ニュースよりもセリフ合わせを頑張るお兄ちゃんを見ていたい。
誰よりも努力しているお兄ちゃんのその姿が一番かっこいいから。
その日はもうすでに頭に入っている台本を読むふりをしながらセリフ合わせを頑張るお兄ちゃんの声を楽しんだ。
翌日。
映画の完成披露試写会へと向かうマネージャーの車の中で衝撃的な事実がもたらされた。
「そんな大ごとになってるの?」
「こっちは上の方針でかかってきた電話に対してノーコメントを貫き通していたんだけど。お兄さんの事務所のほうもお兄さんとの連絡が繋がらないとかでこれと言った対応が取れなかったそうなの。両事務所から大した情報がもらえなかったことから憶測に憶測を呼んで話題が大きくなったみたい」
ほらと言って渡されたスマホの画面に映るのはSNS、トレンド上位のほとんどが私たちのワードで埋め尽くされていた。
更には『高校生に手を出すとかマジあり得ね』『柚ちゃんと同棲とか滅びろ』『クソじゃん』などお兄ちゃんのことを散々にいうコメントが続く。
突然不機嫌になった私にやっちゃったと言った表情を浮かべたマネージャーは慌ててスマホを回収すると、「披露試写会までには不機嫌直しておいてくださいよ」と少し情けない声を上げる。
女優だから演技はお手の物です、と返すと不機嫌さを直す気はないんですねと少し呆れられた。
当然だ。お兄ちゃんをボロクソに言われて不機嫌じゃないほうがおかしい。
時間が許すならあのコメント書いた人一人一人に会いに行っていかにお兄ちゃんが素晴らしいか力説しているところだ。
予想以上の騒ぎになったため、監督映画関係者に事前に謝罪と詳細な説明を行い完成披露試写会を迎える。怒られると思っていたがしっかり説明すると意外と好意的に捉えてくれて、監督なんかはその話ネタに活用させてもらってもいいかなと身を乗り出してきたほどだった。
そして迎えた完成披露試写会。
質問はやはり映画のことではなく私たちに関する話題。
映画に関係ない質問に司会の人がおろおろしているのをみて申し訳ないと心の中で手を合わせる。
「柚さんが同棲しているというのは事実なのですか」
「はい。ですがどちらかというと同棲というより同居ですね」
「では赤坂悠さんと同居していることは親御さんは知っているのですか」
「はい。流石に親の許可なく転がり込めません」
「転がり込むといいましたが、柚さん自ら悠さんの下へ行ったということでしょうか」
「はい。そうです」
お兄ちゃんが今頃この報道を見て慌ててそうな気がする。
早く兄弟であることを明かせよみたいな幻聴が聞こえる。
だがその期待には答えられない。私はこの場を有効活用するって決めたのだ。
「同居はいつごろからでしょうか」
「高校に上がった時からなのでもう三年になります」
「赤坂悠さんとはいつ頃知り合ったのでしょうか」
「生まれた時からです。なのでもう18年の付き合いになりますね」
カメラのほとんどが私に向いている。これほどの数のカメラを向けられるのはそうそうない経験のため少しワクワクしている。
「生まれた時からということはお二人は幼馴染だったということでしょうか」
「いえ?幼馴染でなく兄妹です」
そんな私の気分をよそに会場の空気が凍る。
恋人関係かと思っていたらただの兄妹だった、大ニュースがとるに足らない茶番に成り下がったのだからこの空気も納得だ。
「……兄、妹ですか?」
「はい、青井柚は芸名で本名は赤坂柚です。赤坂悠とは兄妹関係にあります」
だがこの話を茶番で終わらすわけにはいかない。このままだといつまでたってもお兄ちゃんに意識すらしてもらえない。だから私は燃料を注ぐ。
「では、お二人の間に恋愛関係はないということですか?」
「いえ?ありますよ。私の一方的な片思いですが」
ざわめきが大きくなる。再び大ニュースになりそうな予感に記者の目に再び光がともる。
「で、でもお二人は兄妹関係なのでは?」
「はい。でも血はつながってませんので」
「つながっていない、ですか?」
「はい。私は養子縁組候補児として今の両親に引き取ってもらったのです。兄も両親も血がつながっていないことを教えるつもりはなかったようですが、両親の血液型がA型とO型なのに私がAB型である理由を問いただしたところあっさり教えてもらいました」
まさかの血液型あああああという兄の心の叫びが聞こえた気がするが、こっちはそれどころじゃなかった。こんなたくさんのカメラの前で好きを宣言するのはやっぱり恥ずかしく顔が赤くなるのを感じる。
「赤坂悠さんは柚さんの恋愛感情を容認したうえで一緒に住んでいるのですか?」
「いえ、恋愛感情以前に私が血がつながってない事実に気づいていることすら知らないと思います。あくまで妹としてしか接してくれないので」
質問がヒートアップする。お兄ちゃんのどこが好きですか?ってそんな質問恥ずかしくて答えづらいよ!とりあえず収拾がつかなくなってきたので手を上げ記者を落ち着かせる。
「まず、先に映画関係者の皆さん、披露試写会をこのような状況にしてしまい申し訳ありません。貴重なお時間をこのような私事に付き合わせてしまい、恐縮の体でございます」
事前に謝ってはいるが、大衆の前でも謝罪の意思は見せたほうが受けがいいということで謝罪から入る。共演者の皆さんは頭を下げる私に気にしなくていいよと笑いながら手を振る。
よし、ここからが本題だ。ため込んだ鬱憤を解き放つ。
「そして、ファンの皆様。この度はお騒がせしてしまい申し訳ありません。ただ、一つこの場を通して伝えたいことがあります。今回兄はただ巻き込まれただけです。ネットの記事やコメントで兄を悪しく書く内容が多く見受けられましたが、そのような誹謗中傷は避けてください。兄のことなので私の誹謗中傷がなければいいと、自分の誹謗中傷は気にも留めていないと思います。ですが兄は捨てられ死んでしまうかもしれなかった私を見つけて拾ってくれた。拾った責任を取ろうと子役業まではじめ毎日必死に私のために頑張ってくれた。つらいことのほうが多かったはずなのに私のために弱音を一切吐かず努力し続けたそんな人です。私がどんなに冷たい態度をとっても変わらぬ愛情で接し、私がいじめられた時には学校にまで乗り込んで私を守ってくれた。そんな偉大で尊敬できる素晴らしい兄です。兄がいなければ私は今この場にいなかったと思います。決していわれなき誹謗中傷を受けるようなそんな人ではありません。どうか兄を悪く言わないでくださいお願いします」
視界の端でマネージャーがまだ不機嫌だったんですか、と頭を抱える様子が見えるが無視。
お兄ちゃんを馬鹿にすることは誰であろうと許すわけにはいかない。私の幸せを一番に考えてくれるそんな優しい兄にクソとか滅びろとか言われて腹が立たないわけがない。
私の笑みの奥の怒りのオーラに本能がおびえたのか、司会の人に促されてあげられた手の数は先ほどより激減していた。
映画の披露試写会である以上これ以上この話題を続けるわけにはいかなかったのか、司会の人が私に関する質問を次で最後にするという。
監督はネタの参考にしたいからもうちょっと伸ばしてもいいよと小声でつぶやくが司会の人は完全に無視していた。
「では、最後にお兄さんに伝えたい事ってありますか?」
最後の質問に指名された記者は嬉しそうに質問を投げかける
伝えたい言葉などいっぱいある。お兄ちゃんがいたからお兄ちゃんのあの言葉があったから私は今ここにいる。
『ねえ、お兄ちゃんの幸せって何?』
『お前が幸せになること』
思い出されるのはいつかの問いかけ。
だから今伝えるべきなのは……
カメラを向き、満面の笑みを浮かべ宣言する。
「お兄ちゃん。大好きです。結婚してください」
私はあなたを幸せにしてみせるから。
お読みいただきありがとうございます
評価よろしくお願いします。