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化身顕現5

導入はこんな感じですかね。

「陣形を乱すな! 戦闘系の化身は前衛へ、補助系と回復系の化身は後ろに下がれ!」


 教師、鶴瓶 花の檄が飛ぶ。


「機関の戦闘班が到着するまでは、身を守れるのは自分自身だ!」


 逃げてきた生徒たちに指示を出す花。その額には汗が滲み出ている。


「っく」


 額の汗を拭いながら思う。不測の事態だと。


 ビーストが現れてから百年余り。人類に牙をむく霧の生命体。何故人類を襲うのか、どうやってゲートから出てくるのか、そもそもゲートは何なのか、前触れもなく何故現れるのか。


 調査は続いているが目ぼしい情報は出ず、憶測だけが飛び交っている。


「鶴瓶先生! A班とI班が帰ってきました!」

「ッ!」


 同僚の女教師から報告が入る。


 花は教師の隣にいる生徒たちに顔を向ける。


「よく無事で帰ってきた」

「先生ぇ!」


 女生徒の悲痛な叫びに怪訝な顔をするが、すぐに人数が合わない事に気づく。


「必死に逃げてたらッ、朝比奈さんがいなくなっててッそれでッ!!」


 涙を流す女生徒に背中をさする教師。後ろにいる男子も不安を顔に出していた。


「……湯浅先生」

《はい、どうしましたか?》」


 端末に繋がる男性教師――湯浅に問う。


「こちらにA班とI班が帰ってきましたが、メンバーの朝比奈とはぐれた様です。そちらに朝比奈は居ませんか?」


 焦りが混じる声で伝える。


《……いえ、こちらには居ません》

「……」


 別地点の避難場にいる湯浅の所にも生徒は逃げ帰ってきているが、その望みが絶たれる。


「ッぅう!」


 涙を流す女生徒を見ながら、配慮が足りなかったと内心叱咤した。


 背中をさする教師に離れるよう誘導される生徒たち。その小さな背中を見ながら端末に話しかける。


「湯浅先生、先ほどのビーストの咆哮から変わりありませんか?」


 広く響き渡った上級ビーストであろう咆哮。不安を煽るその咆哮は、危険を知らせ、仲間を呼ぶものだったと花は記憶している。


 腑に落ちない。ビーストを窮地に陥いさせる程に生徒が逞しいなら嬉しい限り。だが花が周知している生徒には余りにも荷が重い。納得いかないのだ。


《警戒網は張っていますが、幸いにも今のところ動きはありません》

「……わかりました」


 何事もない事に安心するが、不安は拭えないでいる。


《――は? 何だって?》


 端末から声の遠い湯浅の疑問が聞こえた花。異変が起きたのかと頭に過る。


《あー、鶴瓶先生》

「はい。ビーストに動きが?」


 戸惑う湯浅の口から予想外な言葉が出る。


《一部の生徒たちからの報告ですが、その、……彗星を見たと言ってます》

「……彗星?」


 歯切れの悪い口調で言われた意味不明な言葉。連想されるのはニュースにもなっている彗星男だが、馬鹿なと何かの冗談に思えた。


「湯浅先生、少し待って居てください。こちらも確認してみます」

《はい……》


 返事をもらい端末を手で塞ぐ。そして声を大にして叫ぶ。


「今日この中で彗星を見た者はいるか! 先日北海道付近に出没した彗星だ!」


 その言葉に警戒する生徒たちが花を見る。一斉にざわつきが支配するが、そっと、ゆっくり手を挙げる生徒がいた。


「俺……見ましたよ、彗星」


 挙手した彼を周りの生徒が見るが、その不安混じる言葉が波及し、次々と手を挙げる。


「見間違いと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ!」


 挙手する女生徒の言葉が弾んでいる。


 彗星男の話題に湧く生徒たち。


「湯浅先生、こちらにも彗星の目撃情報がありました」

《そう、ですか。……ゲートの出現に彗星、いったいどうなっているんだ》


 湯浅の疑問に内心同意した花。


(市街地ではなく学園に直結するここにゲートが開いた。……生徒には申し訳ないが、一般人を巻き込まないのが不幸中の幸いなのは間違いない)


 冷や汗を流す花。


(それと世間を賑わす彗星がここに……? 偶然なの……?)


 グルグルと思考の海に沈む花。だが、その深い思考が現実へ呼び戻される。


 ――ォォオオオオオオオォォ。


「ッッ!?!?」


 ゲートから重く、そして体の芯を震わす雄叫びが響いた。


驚愕するのは花だけではない。陣形を取る生徒、取り巻く教師、その一切が息をのみゲートを凝視する。


「おい! アレ!」


 誰かの荒げる声。それを耳にした花の視界が広くなり、思考するより声が漏れた。


「ぁ」


 瞳を揺らす彼女の目には、青白い尾を引く彗星が映っている。







 大気を切る。肌を伝うその感覚を感じる一如は、渦巻くゲートの奥にある眼を睨めつけていた。


『……』


 脚のブースターを使い滞空する一如。ゲートの中の眼が消え、代わりにキラリと光る何かが見えた。


『――』


 刹那、ゲートから飛び出る大きな力に飲まれる一如。


 巨大な火球――着弾した火球は轟音を響かせ、大気と空間を焼き尽くす。


「きゃああ!!」

「ぅうう!!」

「ック!! みな姿勢を低くしろ!!」


 離れた地上にいる花たちにも衝撃波と熱が伝わる。花の一言で全員がしゃがみこむ。


『ッフン!』


 大気を灰燼と化す灼熱の炎。その火球をまともに受けた一如は、片腕を振って払拭した。


 着ていた衣類は焼かれ、布が僅かにしか残っていないが、当の本人には一切の傷を負っていない。


「オオオオオオ」


 ゲートから雄叫びが響くと、徐々に姿を現す。


 黒と朱色の配色、全体的にマッシブな体躯で、鎧の様な部位は黒。生物的な筋肉部は朱色。


「グゥロロロ」


 背中には体躯を支えるには十分な翼が。火球を放った鋭い口からは蒸気が発っているいるが、それを無視させる程の巻角が生えている。


「ガアアアアアアアア!!!!」


 耳を塞いでも震わされる体の振動がうるさくする。


「あ……あ……」


 花は息をするのを忘れていた。


(あ、あれは……まさかッ……!?)


 花の脳裏に過る知識。花が生まれる前の知識。


 それは三十年ほど前に起こった中国の大規模な厄災。下位種から上位種。それを束ねる最上位種に加わり、それらを統括する冠主が現れた災害。


 世界地図を変える程の規模。――通称


 ――黒龍江省壊滅災――


「ック!!」


 花の額に脂汗が滲む。空の彼方にいるが、そのおぞましい姿がはっきりと分かる。


 三十年前、当時の世界が誇る錚々たる面々が掃討に向かったが、件の終息を迎えた頃には大陸の一部が砕け、五体満足で帰路したのは十人もいないとされている。


(アレが冠種かどうかは分からないが、戦闘員を待っている時間はない……! 今すぐにでもここから離れないと!)


 空を向く生徒たちを一周しながら思考した花。端末を口に持っていこうとすると、ビーストの咆哮が聞こえ無視できず視線を向けた。


「ッッッ~~~!!」


 二重の意味で目が見開き口が塞がらなかった。


「――アアアアアァァァ!!」


 ビーストの咆哮。それは威嚇する咆哮ではなく、悲痛を含む咆哮。


「ブッ飛ばしてる……」


 彗星が仕掛けたビーストへの攻撃。瞳に映るその光景を、誰かが花を代弁する。


「ァァァ……」


 ――ゴォォォ


 遠くなっていくビーストが受けた衝撃の音が、遅れて聞こえてきた。


『まだまだぁあ!!』

「ッォオ!?」


 追撃。飛ばされるビーストに追いつく一如。厚い胸板に深々と突き刺さる左手を受け、ビーストは更に、より増して、唾液を散らして吹き飛んだ。


『――』


 脚部を噴かせもう一撃。そう仕向く様に一如は行動に移すが、突き出す右腕が立て直すビーストの大きな手に掴まれる。


「グワァッッ」


 顔近くに引っ張られる一如。瞳に映るのは炎。牙並ぶ大口から火炎が溢れ、一如を焼き尽くさんとしていた。


『――ッハハ』

「ッッ!!」


 轟ッッ!!


 と、灼熱の猛火が笑う一如を一瞬で包む。


「いったどうなってんだ……?」

「なにあれ」


 地上にいる生徒たち。その誰もが同じ方向を見るが、ビーストと彗星が雲の向こう側に行ってしまったため、状況が分からないでいた。


「……」


 まだ空は明るいが、裏から明るくなる雲を見る花は、ただ一点を見つめ一瞬思考が停止していた。


「鶴瓶先生! 朝比奈さんと越前さんたちが帰ってきました!」

「ッ!?」


 他の教師に名前を呼ばれて正気に戻る。


 顔を向けると、はぐれた瀬那の手を握り、班の女子が涙を流している。側に歩いて来た虎徹たちを見ると、花は口の血の跡を見る。


「負傷したか伊藤! 直ぐに――」

「まだ痛みますが、朝比奈がヒールしてくれたんで大丈夫です」

「そ、そうか。だが後で医療班に見てもらえ」

「はい」


 虎徹のハキハキとした返答と強い意志を宿す目。花はその態度に違和感の芽を感じる。


(……?)


 視野を広くすると、タクヤも乙女も、生徒を落ち着かせた瀬那も、他の生徒とは違い動揺している様には見えない。


「……っまて」


 一同を見渡す花。


「鳩摩羅は、鳩摩羅はどうした! はぐれたのか!?」


 直ぐに気づけなかったと花は内心自分に叱咤しながら問いただしたが、乙女が首を横に振る。


「はぐれていません」

「むしろ助けられました」


 乙女に続いてタクヤも言った。


「な、ならどこに……?」

「ん」


 それを聞いた瀬那が親指を空にさして訴える。


「……え」


 何かの冗談かと一瞬思う花田が、虎徹が言う。


「あいつは、一如は今、俺たちを守るために戦ってます」


 花から明るい雲に目を移して言った。


「だから……見届けないと……」


 自分に言い聞かせるように、虎徹は言った。


 そして場面は変わり、大空。


 一如を握る自分の手をも構いなく焼き尽くすビースト。


 ――骨も残さない。


 そういった意思があるのか、徐々に口元に近づける。


 ――アアアアア。


 ビーストの声なのか、それとも灼熱の炎の音なのか。大気を焦がすその場には、ただただビーストが地獄の猛火を吹いていた。


 ――が。


 ッドゴ!!


「ッッガフ!?」


 大きく開いた顎が強制的に閉じられ、より上へと吹き飛ばされる。鋭い牙同士が打ち合い、牙の隙間から猛火を漏らす。


「――」


 ビーストは何が起こったのか分からず、吹き飛ばされながら苦悶する。


『火加減は強火でも、俺には効果的じゃねぇぜ? ッフ!』


 顎にアッパーを突き上げた一如。余裕綽々と脚部を噴かせ追随するが、その頬には軽い火傷を負っている。


「グゥロロ、ガアアア!!」


 翼をはためかし態勢を整え、頭を覚ます様に竜の様な顔を振るビースト。咆哮と共に一如に向け拳を振るう。


『ッハハ! その気なら乗ってやるよ!』


 一如も右手を突き出し応戦する。


 ッブワオォォ!!。


 ぶつかり合う拳。両者有り余るその威力は、空間を一瞬歪ませ雲が晴れる程に。


『オラよお!』


 ぶつかり合う。


「ッグオオオ!!」


 ぶつかり合う。


『――』


 上からぶつける。


「――」


 横からぶつける。


 ッド! ッド! ッド!


 空中を縦横無尽に駆け回り、激しくぶつかり合う両者。


 方や赤黒い軌跡を残し、方や彗星の尾を残す。


「……」


 その奔放を遠くに見る虎徹たちは、ただ眺めるしかできないでいた。


『ッ!』


 ガイィイィンン!!


 拮抗していたぶつかり合いに、亀裂を感じたのは一如だ。


「――」


 パワーが増している。……そう思考した瞬間、拮抗に負けた一如は軽く吹き飛ばされ――


『ッグ!』


 しなる尻尾による攻撃をくらう。


 はるか上空から地面に叩き付けられる彗星。地面が噴水のように爆ぜるその光景をみた生徒と教師は、理解が及ばなかった。


「ロロロロ……」


 空にひと際明るい光が光る。


「……おいおい、まさか俺たちに向けてんのかよ」


 焼き尽くされる。


 本能的に分かる死の予感。震える声で呟いたタクヤの言葉に、一同同じ予感と共感が波及した。


「……何してんだよ」


 震える声で虎徹が口にする。


「やられてんじゃねえよ……」


 光が大きくなる。


「ダチは死なせないんだろ……」


 周囲が虎徹を見る。


「こころが……、心が世界なんだろ!」


 光が輝くと、大気を歪ませ、放たれる。


「なら証明してみせろよ! 俺が心から思う光景を見せてみろよ!」


 夕暮れの様に辺りが橙色に色付く中、その場の人間は諦めが目に宿るが、帰ってきた虎徹たちだけは諦めていなかった。


「なあ! 一如おおおお!!」


 ――ッドワオ!!


 地上から彗星が現れ、大きく迂回して光に激突する。


「ッく!!」


 衝突の衝撃波が遅れてやってくるが、人々の眼には光と拮抗している――いや、彗星が抵抗する様に灼熱の光をまき散らせ、徐々に押していくのを見る。


「押してる……押してるぞ!」

「ぁああ! 行ける! 行ってくれ、彗星男!」


 男子生徒が希望を口にする。


「お願い! お願いします!!」

「彗星男ぉお! そのまま倒しちゃえ!」 


 女子生徒が腕を上げる。


「みんなを、私たちを助けて……」


 生徒だけではない。教師たちも彗星を見て希望を宿す。


 声を大にして声援を送る者。無言だが、確かな意思を宿す者。この場にいる一切の者が彗星男に、一如に託す。


『まったく、右手の涅槃を使っちまった。やるなビースト』


 髪の毛を激しくなびかせ、轟々と噴く展開された右腕を突き出し、笑いながら言った。


『さぁ、もう暴れるのを満足しただろ?』


 そう言いながら勢いのまま、ぐるりと一瞬で体制を変え右脚を突き出す。


『極楽浄土に行く説きだ!』


 脚部が拡張するように展開され、そこから膨大なエネルギーが噴射し、一如をも飲み込む。


「ッ!」


 彗星が大きくなるのを目に見えた。


 決着は近い。


 勢いよく加速する彗星に、誰もがそう確信めいた。


「「ぃいいッけぇえええ!!」」

「一如ぉおおおお!!」


 タクヤと瀬那、虎徹が叫ぶ。


『涅槃・ニルヴァーナァアアアア!!!!』


 ――音が無くなる。


「――――」


 一如の一撃がビーストの顔を貫く。そして一瞬遅れて衝撃波が躰を襲い、崩れ霧のようにこの世から存在を消した。


「……」


 地上にいる生徒と教師は、彗星がビーストを飲み込み進む光景を目にする。


 彗星が勝った。


 その事実を認識すると、人々は徐々に音を取り戻す。


「やった……倒した……」

「ッッ~~ッよっしゃぁあああ!!」


 ッドっと湧く歓喜の声が地上から溢れ出る。泣く者、抱き合う者、両腕を上げ歓喜する者。皆が皆、生還した喜びに震えていた。


「一如くん……」


 乙女が微笑む。


「やってくれたぜあの野郎!!」


 タクヤが飛び跳ねて喜ぶ。


「ヤバいって! 俺こんなの濡れる、濡れるって……!」


 瀬那が赤面しながら彗星を見る。


「一如……」


 優しい顔をする虎徹。


 各々が一如の勝利に喜ぶ。


「お、おい! 彗星男がこっちに来るぞ!」


 誰かの声に反応し、虎徹たちは空を見た。


「迎えに行こうぜ!」


 タクヤの提案に頷き、四人が人ごみを割って最前列に出た。


「……ッ!」


 キィイイチュドッッッッ!!!!


 ほんの数秒彗星を見ると、勢いよく地面に着地される。


 耳鳴りが止む。


 土煙が段々と晴れていき、白銀の四肢を纏う一如が確かな足取りで歩いて来た。


『ッハハ、よう。さっきぶりだな』


 白い歯を見せる一如。その姿を見た四人は、一如に駆けだした。


駆け足気味な展開ですが、これからもご愛読をお願いします。

十万字以上を目指すので、頑張ります。

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