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化身顕現3

「行け! ナックルタイガー!」

『ヴォ!!』


 ボクシングのピーカーブースタイルで急接近するタイガー。


「ガアアアア!!」


 唾液が飛び散る程の咆哮を上げ、迫りくるタイガーに強靭な腕を振るう。


『ッ! ッ!』

「ッグオ!」


 まともに貰えば瀕死に陥るビーストの拳。その拳を同じくタイガーの拳で跳ねのける。


「ッ!!」


 拳同士がぶつかり合うと目に見える衝撃波が発生し、ビーストの右腕が大きく跳ねる。


「次が来るぞ!」

『ッヴォ!』

「グロロロ!?」


 無理な体制から左拳がタイガーに迫るが、冷静な目をするタイガーが、拳から衝撃波を発生させビーストの拳を粉砕する。


「いま!」

『ハアアア!!』


 片方の拳が砕かれ、ビーストは大きく仰け反る。それを空かさず乙女のパーシアスが追撃、脚の関節を光る刃で切り刻む。苦悶を上げ膝を付くビーストにタクヤが反応する。


「貰った!」

『ッ!!』


 放たれる迸る炎の矢が四つに分裂し、吸い込まれるようにビーストの眼へと射られる。


「グゥオオオ!!」


 倒れながら絶叫する中級ビースト。その光景を見ながらタクヤは思い出していた。


「三人でやるしかねーだろ!」

「でも相手は中級なのよ!? 低級のビーストとは訳が違う!」


 虎徹と乙女の意見がぶつかるが、続く虎徹の言い分に気が変わる。


「だから三人で倒すんだろうが! このままケツ振って逃げる方が分が悪い! なぁに、いずれは戦うはめになるんだ。それが今って話で、俺たちの本懐だろ? 俺たちならできる!!」

「!!」


 虎徹の自信ある説得に胸を動かされた二人。確かに背中を見せて逃げれば追いつかれる可能性がある。ならば戦う。


 この三人なら倒せる! そう確信じみた意志が三人に在った。


「グゥオオオ!!」

「ッ!?」


 ビーストの咆哮がタクヤを現実に引き戻した。倒れていたビーストが起き上がり、怒り心頭と息を荒げている。


「片目を潰し損ねたか!」

「ォオオオオ!!」


 タクヤの言葉を他所に再び襲い来るビースト。――だが。


「タイガーアッパアアアア!!」

『ッ!!』


 気焔纏う拳が顎を砕き体を浮かせ。


「スラッシュ!」

『フン!!』


 拘束の輝く刃が体を横に両断。


「スピニングショット!」

『ッハ!!』


 圧縮された炎の矢が、大気を焼きながら眉間を貫く。


「――」


 渾身のコンビネーションを受けたビーストは声を上げず、静かに霧へと姿を変えた。


「……倒した」


 タクヤが代表して言葉にした。心臓が張り裂ける程の緊張感、恐怖と武者震いが混濁した腕の振るえ、何よりも中級のビーストを倒したという達成感。


 対峙してから一分二分。諸々の感情が三人を包んだ。


「……ッ! ほらみんな! 移動するわよ!」

「「ッ!」」


 余韻に浸っていたが、委員長の乙女が叱咤。すぐに移動を開始した。


 人工的に作られた森林の道。そこを走ると周りから聞こえてきた。


「きゃあああ!!」

「うわあああ!!」


 誰かの悲鳴。


「ガウ!」

「ガウウウ!!」


 低級ビーストの慟哭。


「っはっは」

「ック」

「マジかよ!」


 走る三人と一人。必死に走る最中、目に見えない阿鼻叫喚が物言わぬ不安として心に残る。


「ガウ!」

「ッ! 来たか犬っころ!」


 進行方向に低級のビーストが林から現れた。数にして三匹。刺々しい漆黒の体に鋭い牙。その物々しいビーストに怖気づく事無く三人は前へ出る。


「各個撃破だ!」

「ええ!」

「あいよ!」


 敵意むき出しのビーストと対峙する各々の化身。素早いフットワークで翻弄してくるが、三人にはわけない低級のビーストだ。


「ガウ!」

「ッ!?」


 後ろからビーストの声を聴いた乙女。


(マズイ! 後ろの鳩摩羅くんが危ない!)


 パーシアスがビーストを両断すると同時に、後ろを振り向きパーシアスを移動させる。――だが。


「……あれ?」


 いるはずの低級のビーストが居ない。そこに居たのは後ろを向き背中を見せる一如ただ一人。


「どうした? 越前さん」


 まるで何事もなかったような態度をとる一如。その焦りも緊張感もない、どこか雰囲気が違う。そんな印象を乙女は受ける。


「今さっき後ろからビーストの声がしたから……」


 倒し終えた虎徹とタクヤも、認知出来なかった危機に耳を傾けている。


「ビーストの咆哮なんてそこらかしこに響いている……だろ?」


 確かにビーストの咆哮が辺りに響いている。――聞き間違い。その可能性が乙女を納得させた。


「なにニヤついてんだ一如。早くずらかるぞ!」


 そう言って虎徹は先導する。


「この状況でバグっちまったのか?」

「……」


 タクヤが独り言を言う隣で、一如が無言で走る。


「……」


 その後姿を見ながら乙女は不信感を募らせていた。


 移動する合間にもビーストは襲ってくる。


「ナックルタイガー!」


 殴り倒す。


「パーシアス!」


 一刀し倒す。


「ヴォルカ!」


 射貫き倒す。


 そしてたどり着いたのは広く開けた場所。ここは別チームの開始地点だが、誰もいない。


「逃げ伸びたのかな……」

「そうあってほしいぜ。何せ俺たちは森の奥に入りすぎた」

「だな虎徹。まだ避難場は遠いが、油断せずに行こうぜ!」


 生きのびる。頷く三人の意思が一つになる。


「よし! こっからはペースを上げる。気合い入れて――」


 ッド!!


「――」

「――」


 強い意志を眼に宿す虎徹。その虎徹が吹き飛び太い木に激突した。


「ッガハ!?」


 口から鮮血を吐き、うなだれる様に倒れる虎徹。タクヤと乙女は何が起こったのか一瞬分からなかった。


『グゥウ……!』


 苦悶しながら起き上がり膝を付くナックルタイガー。どうやら攻撃を受けたのは化身の方で、その衝撃がフィードバックし虎徹を吹き飛ばした様だった。


 虎徹に駆け寄る三人。こうなった元凶を目に写す。


「グロロロ」

「そ、そんな……」


 驚愕を口にする乙女。タクヤは唾を飲み込み、痛みに耐えながら虎徹も身震いした。


「ガアアアアア!!」


 弩級の咆哮が発せられ、大気を震わし木々も荒れる。耳を塞ぎたくなる咆哮は三人に切り傷を負わせ、間違いなく一行に向けられた敵意だった。


「おいおい……こりゃあ死んだわ……」


 漆黒を纏う肥大化した筋肉。人を容易く握りつぶす巨大な手に、踏みしめる度に地面を割る強靭な脚。巨体で蒸気を発する口には恐ろしいほどの鋭利な牙が並んでいた。


「っクソぉ……こんな所で……上級ビーストかよ」


 痛みでうまく発せられない声で虎徹は暗い影を落とす。


「グロロロロロ」


 唸るビースト(絶望)に三人は目が離せなかった。離した瞬間に潰されそうだからだ。


「あ……あ……」

『……』


 乙女は瞳を揺らし、パーシアスは乙統女を守る様に前へ立つ。


「キャパ超えてるって……」

『ッム!』


 タクヤは半場諦めたように笑うが、ヴォルカは燃える弓を構える。


「くそがぁあ!!」

『ッッ!!』


 精一杯の悪態を付く虎徹。化身のナックルタイガーは意気揚々だ。


 三者三様の絶望を表現したが、化身達は諦めていない。


 ――それは何故か。


「ッハハ!」


 ――この男が口を開く。


「絶望と言う名の壁を前にして、その心意気や良し!」


 一歩前へ。


「諦めても尚、心の奥底では諦めてはいない」

「お、おい……」


 三人を背に一歩前へ。


「中々できる事じゃない……そうだろ?」

「鳩摩羅……くん……」


 化身達を背に一歩前へ。


「ッグ! 何やってんだ一如ぉ! 逃げろ! 言った通りに逃げろ!!」


 怒りの感情と焦りの感情が言葉に乗る虎徹。その必死の形相と声を背中に感じてか、体を半身向けた一如がこう言った。


「バーカ」

「――」


 少し笑いが入った予想だにしない言葉に、三人は固まる。


「白馬の騎士たちが姫を守る様に、姫が騎士を守らねぇ通りはねぇんだよ」


 何も、何も言えなかった。


 この状況で気が触れたのか。そう思うに難くなく一如が豹変していた。


「っま、そう言うこった」


 ブラウンだった瞳の色が色の軌跡を残す淡いブルーに。陰気な雰囲気が一変し、自信に溢れる顔に態度。


 ――まるで別人。


「お前何言って――」

「虎徹にタクヤ」


 タクヤの言葉が遮られ一如が語る。


「自他に不良と認識されているが、俺からすれば気取ってるに過ぎねぇ。ッハハ、根は優しいんだ」


 風が吹き髪が乱れる。


「一番最初に話しかけてきたのがその証拠だ。何とかクラスに馴染ませようとするのをしっかりと感じた」


 心臓の音をかき消す一如の言葉。そのどこか聞いておきたい言葉が遮られる。


「グガアアアアア!!」

「「「!?!?」」」


 奥に佇むビーストが痺れを切らし襲い掛かってきた。


 強靭な肉体と恐ろしいほどに巨体。鈍足な見た目だがそれを裏切る俊敏さ。


「――」


 ――来た――死ぬ――馬鹿な。一瞬の思考しかできない程に慄いていた。


 一如に迫る必死の腕。容易に想起させる潰れる体。


 ――だが。


「はぁ」

「ガアアア!!」


 音速ほどのビーストの攻撃。それをため息交じりで跳躍し避ける。陥没し砕けるさっきまでいた場所。


 ッドボ!!


「!?」


 飛び散る地面の破片をものともせず体を捻り、ビーストの胸部を回し蹴りした。


「アアアアア!!」


 鈍い音と衝撃を受け、絶叫しながら奥へと吹き飛ぶビースト。遠くなっていくビーストの声を聴きながら、着地した一如は言う。


「まだ喋ってる途中だろうが! 大人しくしてろ!」


 八つ当たり混じりに言う一如に、三人は目が離せなかった。


「――」

「――」

「――は?」


 理解が、意味が不明だった。辛うじてタクヤが漏らしたが、本当に理解が及ばなかった。


「あれ? 何話したっけか?」


 頬を掻く一如を理解できない。重火器をものともせず、化身でしか対抗できないビーストに対して、瞳の軌跡を残すこの男は蹴り上げたのだ。


「あー。まぁ何が言いてぇかって言うと、()とテメーらはダチってこった! ついでに乙女もな!」


 方眉を上げ白い歯を見せ笑う。


「何言ってるんだ……一如……」


 口走ってしまった虎徹。思考が追いつかない。


「流石の俺も、ダチが死ぬのは御免だからな」

「ッ! グウオオオオオオ!!」


 蹴られたビーストが奥から跳躍し戻ってくる。着地ざまに地面を抉り、空に向けて咆哮した。


「俺は俺の化身が好きじゃない……。そう言ったよな」


 一如が聞いて来る。


「ッググウ!」

「ガワッ! グゥワア!!」


 咆哮に釣られて同じ上級ビーストが次々と集まる。


「だが別に化身を嫌ってもいねぇ。ッハハ!」

「ガアアア! ガアアア!!」


 一如に向けてビーストが吼える。


「しっかり目に焼き付けておけ、俺の――」


 一歩前へ。


「――化身顕現(インカーネーション)!!』


 瞬間、一如を中心に強い光が迸る。


「グウ! グウ!?」


 眩しい光にビーストが。


「まぶッ!?」


 三人が目を細める。だがしっかりと目に写していた。


 両肩から手の先にかけて光が包み、鋭利な腕へと形作られ再構築する。


「――」


 腕だけではない。脚の付け根もからも鋭利な脚へと同じように再構築されている。


 変化する四肢からはやがて、集約した光の粒子が弾ける様に爆ぜる。


「マジかよ……」


 タクヤの瞳に映るのは白銀。鋭利な白銀。


「う……そ……」


 乙女の瞳に映るのは青い流動。両手の甲にある雫模様。そこから流れる青い流動が腕を覆う隙間に流れている。


「一体化……してやがる……」


 虎徹の瞳に映るのは白銀の脚部。尖る部位に脚裏のブースター。


 生物的だがどこか機械的な一面も覗かせる。細身であるのにマッシブな四肢。


『化身顕現………如意宝珠(にょいほうじゅ)!!』


 瞬間、一如を中心に風が吹き荒れる。ふぶく風に三人はたじろしたが、ビーストはお構いなしに襲ってきた。


「ガアアアッッ!!」


 奥から一気に間合いを詰めてきた。


「フン!」


 キィイイイイドワオッ!!


 ビーストが動き出すと同時に、一如の脚部からジェット機の様な音が響くと一秒もしないうちに噴射され、ビーストと肉薄した。


「――」

『――』


 ビーストの胸部に一如の腕が捻じ込み刺さる。唾液をまき散らすビースト。――そして。


 ッスパァアンン!!


 と、破裂音を辺りに響かせビーストは四散し霧に帰る。一撃のもとに倒す一如に、三人は口がふさがらない。


『お前らも爆ぜとけ!』


 ブースターを噴かし宙に停滞する一如。その言葉を切り目に、集まった上級ビーストたちに拳を突き付ける。


「ッガ!」

「アアッ!」 


 スパパァンッッ!!


 一体、また一体と、ジグザグの軌跡を残し、重く鈍い破裂音が響く。


「オオオオッッ!!」


 最後の一体。唾液を飛び散らせ怒り心頭な形相。そのビーストが大きく跳躍し、浮く一如よりも高い上から襲ってきた。


『ッへ!』


 ビーストと目を合わせた一如。同時に左手の雫模様が輝き、一体化した腕が拡張する様に展開する。


「ガアアアアア!!」


 大きな口を開き、体全体で襲い来るビースト。


 脚部のブースターが轟々と噴かれるが、展開し引いた左腕からも轟々と噴く。一直線に飛び出す一如。


 ――そして。


『涅槃――』


 左腕を突き上げる。


『ニルヴァーナアアア!!』


 轟――と耳を塞ぎたくなる重音。空間が歪む程の目に見える衝撃波を発生させ、ビーストの胸に穴を開けた一如が過ぎ去る。


「――――」


 青い軌跡を残されたビーストは、悲鳴や絶叫を上げる間もなく霧に消える。


「……」


 静寂。さっきまでの慟哭が嘘のように掻き消えた。風の音、擦りあう草の葉、そして一如から発せられるブースターの音。それだけが辺りを包んでいた。


『……』


 ゆっくり降りてくる一如に、目が離せない三人。その視線に気づいた一如が問う。


『何を驚く……』


 続けて言う。


『化身は己の写し鏡。己の心が成長すると共に、化身もそれを応える』


 誰かが唾をのむ。


『世の中には色んな姿の化身がいるが、俺はこうだったって訳だ』


 瞳が揺れる。


『俺が化身(おれ)として戦う。ッハハ、当然なんだよ。……あーまぁ何が言いたいかってぇと――』


 笑う一如。


『心が世界ってことだ!』


 笑顔を振りまく一如を他所に、三人は難解を顔に出していた。


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