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化身顕現2

「それではルールの説明をする。いつもと同じだが、今一度聞け」


 女教師、花の声がメガホンを通して拡散される。


「広大な森の中にビーストの義骸が放たれている。義骸だからと言って侮るな。訓練用とは言え本物とそん色ない強さだ」


 花の声が集まる二年生徒を奮い立たせる。


「ビーストの義骸を見つけたら化身で斃せ! チームメンバーと共に斃しまくれ! たったそれだけで評価が上がる!」


 緊張感が高まる。


「それぞれ定位置に着いたら合図し開始する! いいかお前たち! 決して舐めるな! さもなくば最悪死ぬことになる……」


 その言葉に誰も反論しなかった。何故なら前例があるからだ。訓練で絶命した例が確かにある。


「今からフォーマンセルを発表する! 力量評価に基づいたこのチームは運命共同体だと肝に命じろ! 由浅先生、お願いします」

「はい。……今から言うメンバーは直ぐに所定の待機場へと向かえ! 先ずはA班、山田 健吾、宇都宮 雫、前川 裕、朝比奈 瀬那は西ブロックに。B班の――」


「呼ばれたから行ってくる。お互いに頑張ろうぜ乙女」

「うん。瀬那も頑張って。ケガしないようにね」

「そっちもな。――おっしゃああやるぜぇええ!!」


 乙統女の友人である瀬那が激励を言って去っていく。続々とメンバーが発表され生徒同士で賑わうが、会話の環境音の中で乙統女は耳にした。


「朝比奈ってデケーよなぁ。あんな彼女が居たら学生生活はバラ色なんだろうなぁ」

「でもあの性格だしなぁ男勝りで。……女子の会話を聞いたんだけどさ、朝比奈って全生徒の中で一番デカいらしいぜ?」

「マジかよ!? っつかなに盗み聞きしてんだよ、女子に聞かれちゃマズイ――」


 猥談を楽しむ男子生徒たちに乙女が睨みを利かせる。それに気づいた男子たちは怖気づき、そそくさと場所を移した。


「大丈夫かなぁ。回復系の化身だけど、確か他の二人は戦闘系で一人は補助系だったから大丈夫……なのかなぁ」


 自問自答をする乙女の思考は、自分の名前が呼ばれるまで続いた。







「良かったな一如。俺たちがチームでよぉ」


 虎徹がニヤつきながら一如に言った。


「っま、よろしく頼むわ」


 虎徹の肩に手を回しながらタクヤが言う。馬鹿にする態度を取られた一如はハニカミながらこう言った。


「二人がチームで……僕は嬉しいよ」

「ぁあそうかよ」

「……」


 声を荒げる事もしない一如に、二人は少し驚く。


 その光景を側で見ていた乙女は、二人にを無視し一如を見ていた。果たしてその笑顔は本物なのか、それとも作られた偽りの笑顔なのかを。


「それにしても同じクラスでチームが結成されるなんてな。他は別クラスの連中と混在のチームなのに」


 タクヤが静かに思っていた疑問を口にすると、すぐさま相棒の虎徹がアンサーを出した。


「そりゃ花ちゃんが決めたんだろうが」

「でも攻撃型に特化しすぎじゃね?」


 花ちゃん。担任の教師を舐めた口調で言った虎徹に、乙女は軽蔑の視線を送る。と同時にタクヤの疑問に同意できるのも確かだ。他のチームは攻守がバランスよく分配される中、このチームだけは攻撃に特化した面子だ。


「当然じゃね? だって実質三人だけだろ」

「ちょっと加藤くん!」


 虎徹の返答に思わず声が出た。虎徹のニヤつく顔が乙女にこう思わせる。


 お前もそう思っているんだろ? と。


 図星だった。化身を出さない一如に対して、自分もそんな下賤な事をひた隠しにしていた。それを否定したい願望が声として出てしまった。


「おいおい委員長。事実は変わらねぇんだよ。俺には花ちゃんの意図が見えるね、足手まといを頑張って守れってな! ッカッカッカ!」

「っぷぷ、マジでそうだ!」


 タクヤも釣られて笑うが、乙女の内心が穏やかではない。


「二人ともやめて! そうやって馬鹿にするのは良くないわ!」


 目くじらを立てて二人に言った。


「ッかっかっか! まぁそう怒んなって。今回は実質三人で義骸を倒すことになる。それは変わらない」


 タクヤが同意するように首を縦に振る。


「見方によっちゃ偉い人の護衛と一緒さ。だから一如にはしっかり護衛対象をしてもらわないとなぁ?」


 ニヤつきながら一如の肩に腕を回す。それを嫌がる素振りもしない一如は言った。


「よろしく頼むよ」


 嫌な顔する事無く言われた虎徹はッかっかっかと笑い手を退けた。


「よぉぉし。ゲームの桃姫よろしくぅ、お姫様を守るとするかぁ!」

「いやそっちは手遅れだろッ。攫われてんじゃん」

「やっべ! そうだったわ! 流石タクヤだ、ツッコミはや――」


 馬鹿な会話をする。そう思う乙統女は言われるがままの一如に思わず聞いた。


「鳩摩羅くんは何で化身を出さないの! 悔しくないの!?」


 自分でも驚くほど強く言ってしまい、少したじろした。乙女がチクリと胸を痛む中、一如が口を開く。


「……僕はね、あまり自分の化身が好きじゃないんだ」


 一如の言葉にバカ騒ぎしている二人が静かになる。


 化身が好きじゃない。その言葉は初めて聞いたからだ。三人にとって理解が不能だった。


「自分で言うのもアレだけど、僕って派手な部類じゃ無いでしょ――」


 同意しかなかった。


「昔は活発な性格だったけど、いろいろあってこうなった。……でも化身を使うとさ、抑えきれないんだ。ハイになる高揚感と胸が高ぶる興奮が」


 三人は胸の内で共感した。化身を使うと気が高鳴り高揚感が増す。だがそれを一如が嫌と言う。


「今の僕と化身を使う僕。……昔の自分に戻ったみたいで、どっちが本当の僕か分からなくなるんだ」


 どこか遠くを見る様に一如が言った。そんな姿をただじっと見た。


「でもそんな僕も間違いなく僕であって、その心は変わらない。だから――」

「いーやもうわかった」


 言葉を遮って虎徹が言う。


「転校初日から気なくせえ態度とりやがって。自己紹介は体が丈夫ってか? 舐めんじゃねぇぞ!!」


 虎徹が怒鳴る。


「ここはどこだ一如……」

「……化身学え――」

「そうだその通りだ! ビーストから人を守る人材を育成するための学び舎だ!」


 ヒートアップする虎徹。それを静かにタクヤと乙統女は聞いていた。


「それなのにお前ときたら化身すら出さない! ……増してや化身が好きじゃない? お前は何しに学園に来たんだよ!! 推薦されたんだろうが!! そんなんで人類守れんのかよ!!」


 感情的になる虎徹を初めて見た乙女は驚く。言い返さない一如を見た虎徹は更に憤怒する。


「ふざけんじゃねぇぞ! 守る力があるのに――」

「はぁ。もう止めて」


 制止を言う乙女と同時に会場全体に開始のブザー鳴り響くが、虎徹は止まらない。


「――それを鍛えようともしない! それでもお前は男なのかよ!!」


 制止を振り切って一如の胸倉を引っ張り掴む。今にでも殴り掛かりそうな状況に乙女は化身を出そうとするが、タクヤが二人の間に入る。


「もう止せ! 熱くなるな虎徹!」

「ッ!」


 タクヤに強く押され引きはがされる。恨めしそうに睨む虎徹。その目を向けられる一如はばつの悪い顔をしていた。


「虎徹の言い分は最もだが、一如の気持ちも分からんでもない……。だが今争ってどうする!」


 タクヤに続いて乙女も口にする。


「もう始まってるのよ。今は訓練に集中しなきゃ。いい? 集中よ。でないと大けがに繋がる」

「……ああ分かったよ」


 二人の言葉で冷静になる。だがどこか煮え切らないのか、キツイ口調で一如に言う。


「お前の訳の分からねぇ言い分はわかった。さっき言った通り俺ら三人で義骸を倒す。ついでにお前も守ってやる」


 だがな、と続けて言う。


「もし俺たちに何かあったら真っ先に逃げろ……。花ちゃん達も常に監視しているが、何かあってからじゃ遅い」


 一如は少し驚いた。怒鳴りつけてくると思っていたからだ。


「わかったな? どうなんだ!」

「わかった……」


 弱くうなずく一如。それを見た虎徹は続けて言う。


「いいか、別にお前の為に言ってんじゃない。俺たち三人の評価のためだ。例え倒した義骸数が一位じゃなくてもお前を守る事で加点ポイントが付く……はずだ。だから勘違いする――」

「ツンデレ乙!」

「うっせぇぞタクヤ!?」


 騒がしく義骸を見つけるために歩き出すチーム。


「はぁ……」


 委員長の乙女は不安な先行きにため息を付く。







「バスターブロウ!」

『!!』


 虎徹の意思と共にタイガーの拳が炸裂。


「キャウン!」


 と、獣型の義骸が悲鳴を上げ霧のように消えていく。


「トリプル・アロー!」

『ッ!』


 ヴォルカから放たれる矢が意思を持つように動くと、襲い来る三体の義骸に命中し得点が入る。


「パーシアス! お願い!」

『ハアアア!!』


 騎士風の化身が素早く動く。目にも止まらぬ速さで一刀し次々と義骸を屠る。


「~♪。流石は越前、化身の動きが違うね」

「茶化さないの。……ほら進もうよ」


 広大な森林の実技場。義骸にエンカウントする度に倒していたが、運よく義骸の群れに遭遇し多量の得点を重ねた。


「……あのさ、アドバイスしていい?」


 一如を中央にフォーメーションを取りながら歩いていると、突拍子もない言葉が出てきた。


「お前がアドバイスだと? ッかっかっか! 面白いじゃん、言ってみなお姫様」


 化身を先行させ後頭部を手で支える虎徹が言う。少し後ろを向く虎徹の顔はどこか馬鹿にしている。


「虎徹くんの化身は破壊力がずば抜けてるけど、もっと足腰を鍛えたらずっと強くなる……と思うよ」


 疑惑な目線を一如に向ける虎徹だが、続けて言う。


「飽くまでも僕の意見だけど、虎徹くんのポテンシャルってバカにできないんだよね」

「それはどうも……」


 一如の言葉に耳を傾ける三人。指摘されている虎徹は疑心に満ちた心で聞いている。


「化身の姿が半透明から色濃くなるにつれて成長するのは常識だけど、虎徹くんと越前さんは既に濃くなり始めてる」


 確かな意思が言葉として響き、一如から耳が離れないでいた。


「二人だけじゃない。タクヤくんもその兆候が現れてる……」


 見てよ、と化身ヴォルカの瞳部分を指で指し、注目させる。


「タクヤくんがヴォルカの右目を共有して経験を積んでるからここ、瞳が濃く色づいてる」

「……マジだ」


 言われて初めて気づいたタクヤ。ヴォルカと右目を合わせると、確かな瞳の輝きが見て取れた。


 成長した。


 その事実がタクヤを内心奮い立たせる。


「片目だけでなく両目を意識していこう。化身と視界を共有するのは難しいはずなのに、タクヤくんは容易く共有できた。……センスあるね」


 タクヤの抑えきれない興奮が笑みとして表現される。自分の表情に気づかないタクヤを虎徹が睨むが、的を射る一如の言葉に虎徹は複雑な面持ちだ。


「越前さんのパーシアスは――」

「……どうしたの?」


 一如のアドバイスに興味を抱く乙女。次は自分の番だと期待していたが、言葉を途中で切り空を向く一如。青空を写す曇りなき瞳に乙統女は疑問を口にする。


「……どうした一如」

「――来る」

「え、何が来る――」


 瞬間、空に禍々しく渦巻く巨大なゲートが出現し、今度は乙女の言葉が遮られる。森林全体にうるさく鳴り響く警告音。ビーストの出現音だ。その音に三人は臨戦態勢を取り、気持ちを切り替える。


《訓練は中止! 中止だ! 速やかに指定の避難場に移動しろ! 繰り返す! 訓練は中止! 速やかに避難場に移動しろ!》


 緊迫した湯浅の声が響き渡る。


「こいつはヤベェぞ虎徹!」

「早く避難しないと!」


 タクヤと乙女が焦りを上げるが、一如と虎徹は空に浮かぶゲートを見ていた。


「何してんだよ! 早く避難するぞ!」


 空を見る二人にタクヤは声を荒げるが、帰ってきた返答は――


「……そうも言ってられない」


 ッドン!!


「ック!?」

「っきゃ!?」


 衝撃波を体に感じる。ゲートから高速で落下し一行のすぐそばに激突した。土煙の奥に敵意を感じる眼がこちらに向けられる。


「グロロロロ」


 戦慄する。


「……ビースト」


 静かに唸り声を上げている。その姿は生物的で二足。光沢ができる漆黒の体に筋肉質。そして巨体。


「――マジかよ」

「ッ!!」

「ッ中級の――ビースト」


 驚愕する三人を他所に、一如だけは続々とビーストを投下する空のゲートを瞳に写していた。


「……The Beast(ビースト)


 この場でただ一人、頬を吊り上げ白い歯を見せていた。


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