化身顕現1
二作目です。不定期ですが、頑張って十万字目指すぞ!
「初めまして。先生のご紹介に預かりました――」
高校の二学期の春。新学期が始まって間もない頃に転入生がやってきた。
「僕の長所というか……その、体は丈夫です。地方にある実家は寺で……だから、その、荒行を成したので人一倍は丈夫……です」
初めて彼を見たクラスの生徒たちの印象は、あまりいいものではなかった。
「寺生まれだからって……坊主ではないです。荒行を成しても煩悩は塗れているので、よく怒られてます……ハハ、ハ……」
端麗な顔つきで細身だが肩幅がある。見た目は甘く女子生徒は放っておけない容姿だが、滲み出て醸し出す陰気な雰囲気が彼の評価を大いに下げる。
「だから、その、よろしくお願いします……」
最後は何の捻りもない定例文で締めくくった。
田舎からの転入生。どんな人が来るだろうか? そんな期待を胸抱いたクラスの生徒は落胆した。蓋を開けてみれば何ともパッとしない人物だった。
湧かずいつも通りの日常。最初は興味があった生徒たちも一人、また一人と彼の下に足を運ばなくなった。生徒は一人増えたというのにまるでそれを感じない。
そして現在――
「おいおい、誰が寝ていいって言ったんだ一如。まだイケるだろ?」
「ッ」
学び舎の校舎裏。誰も近寄らない鬱蒼とした場所で少年が起き上がる。
「ッへへ、行けナックルタイガー!」
『ヴォオ!!』
水色で濃い半透明。ボクシングポーズをとる人型の虎が大きな拳を掲げ、少年の腹部に深々と刺さた。
「ッグ!」
衝撃で吹き飛ばされ、コンクリート壁に叩きつけられた。
「いたそー。流石は虎徹の化身だ。あー嫌だねぇ、手加減しててもナックルタイガーの拳を食らうのは」
「ふースッキリしたー」
虎徹と呼ばれた少年が自身の髪を上げる様に撫でる。
「……ッグ」
口から苦悶が漏れる。
「タクヤ、今何時?」
「あん? ヤベ、もうすぐチャイム鳴るわ」
ッチ、と舌打ちをする虎徹。二人は倒れる少年に近づき、強制的に立たせた。
「ほら立て一如。顔見せろ顔」
「ッ」
立たされて顔を入念に見られる少年。掴まれる頬を動かされ息がしづらい。
「よーし今日も顔は綺麗なままだ。ほら戻るぞ」
虎徹とタクヤが翻し歩き出す。その後姿をただ瞳に写しながら息を整えている。
「おい! 早く戻らないと授業に遅れるぜ? "体が丈夫な一如"く~ん」
ヘラヘラと笑われる少年。土を払い乱れる制服を整える。
「……はぁ」
力なくため息を付く少年。整った息を吹き歩き出した。
少年の名前は鳩摩羅 一如
彼の立ち位置は弱者そのものだった。
◇
教室。授業開始間近だと言うのにクラスは賑わっていた。
「おいこれ見たか? また彗星男が現れたらしいぞ」
「それ昨日の動画だろ? 北海道に出たビーストを倒したやつ」
男子生徒が屯して盛り上がっている。スマホを横にして動画を再生。画面に映る尾を引く青白い彗星を生徒の目が写す。
「防衛隊より先に倒すなんてヤバすぎて草生えるわ!」
「しかもトップランカーも苦戦するSランのビーストらしいじゃん。見ろよコレ、すれ違いざまで倒してるぞ」
弾む会話に花咲く。
「あ~あかったりぃ。何かいい事ないかなぁ。なぁ?」
「どうだろ?」
女子生徒の会話が環境音の一つ。
「あいつらが盛り上がってる彗星男。イケメンだったらいいなー。クラス委員長としてはどう?」
「通称でそもそも男性かどうか分からないでしょ」
そんな他愛もない会話が途切れる。
「うぇーい。間に合ったぁ」
タクヤが教室のドアを開けズカズカと入る。賑わう教室がタクヤの登場により空気が変わる。
「おー間に合った間に合った」
続けて虎徹が入り少し遅れて一如が教室に入った。
「タクト、ジュース」
「ほれ」
教室の扉近くの席がタクトの席だ。吊るした鞄から紙パックのジュースを渡され、虎徹がストローを刺し吸い込む。
「~♪」
気分がいいのか吸う力が強い。果汁を舌で楽しんでいると、先ほど会話していた少女が力強い眼で話しかけてきた。
「二人とも、鳩摩羅くんを連れて何していたの!」
「んー?」
ジュースを吸いながら驚いた表情をする虎徹にタクト。ストローを離し少女に言う。
「ただ遊んでただけだが? なぁタクト」
「おう。三人仲良く熱い友情を育んでるだよ」
あからさまな雑言を言われ、少女は苛立ちを覚える。
「おいおい委員長。何で怒るんだよ?」
「あなた達!――」
「一如ぉ、お前からも言ってくれよぉ。委員長が筋違いで困るぅ」
演技がましい文言を俯く一如は肯定する。
「……何も問題ないよ、委員長。僕は……僕たちは友達だから」
眉を顰め困った表情をする一如。その姿を見た少女は声を荒げようとするが、煩く響くチャイムで叶わなかった。
「ッへへ! さあ座った座った。自分の席に戻りなって」
虎徹に言われ大人しく席に着く。一番後ろの窓から二番目、それが彼女の席だ。
「……ッ」
隣、窓際の一如に妙な苛立ちを覚える。
(鳩摩羅くん、あなたは何故――)
思考すればするほど苛立ちが募る。ばつの悪い顔をしている一如は窓の景色を誤魔化す様に見ていた。
「よっとぉ」
扉が開かれ女教師が入ってきた。首に下げているカードに鶴瓶 花と明記されている。
「起立、礼」
毎回のルーティンを委員長から発せられる。クラスの全員が椅子に座ると、待っていたかのように教師が生徒を指す。
「伊藤虎徹に上田タクヤ。今日は遅れないで席についてるな」
「うす」
「当然ですよ」
軽い返事をする。
「……まぁいい。みんなも分かっている事だが、明日は実技訓練がある。二年の春だからって怠けるな? 内申点に関わる事だから真剣に挑むように」
教師の言葉が真剣そのもので、生徒は皆緊迫した表情だ。
「ん。いい緊張感だ。じゃあ息抜きに常識を話してもらおう」
笑顔を作りフランクな態度を取る花。
「んー上田タクヤ。世界の敵は何だ?」
呼ばれて直ぐに返事した。
「the Beastでーす」
ぶっきらぼうに答えたタクヤ。その後頭部には手が支えてある。
「そうだな。不良少年でもこれは分かる」
「ひっでー」
「そう思うなら手を直せ」
戻される手を他所に正面のボードに字が書かれる。
「約百年前に現れたthe Beastは人類を脅かす存在だ。渦巻くゲートから出現する大小様々なビーストが居るが、今では災害の一種と認定されている」
文字が書かれる度、教室に軽い音が響く。
「全く効果がない近代兵器は無用の長物に成り下がったが、その代わり人類は覚醒した」
振り返りながら説明したが、その目は誰かを選別している。
「学園上位ランカーの伊藤虎徹。無残にやられるのを黙っていない人類は、何を身に着けた?」
その質問に虎徹はしたり顔で答える。
「化身っす」
そうだ。と花は再び背を向け字と絵を描いていく。
「化身。唯一無二の化身を召喚しビーストと戦う。それが人類のステージを上げた力。ビーストに対抗できる手段だ」
図絵を描き終えると生徒に顔を合わす花。
「今では全人類がインカーネーションを持っているが、それを管理する為に各国が共同して機関を作った。その一環として対ビーストに対抗する学び舎、インカーネーションの教育に重きを置いている機関が全世界にある。ではここ日本にはどこにある?」
質問しながら目を配らせる。
「委員長の越前乙女」
名指しで指をさされ、椅子を引いて立ち上がった。
「関西の大阪と東京にある人工島、幼小中高一貫校の学園。ここ東京都化身学園です。学園の生徒はいずれ機関に配属され、ビーストから人々を守ります」
「そうその通り。補足もありがと、座っていいわよ」
当たり前を言って着席する。不良二人の視線に気づくが無視し、横目で一如を見た。
「さぁお子ちゃまでも分かる話はお終い。ここからは普通に授業するわよ~。教科書を開いて~」
学生の本文である授業が進む。昼からの授業は淡々と進み、教師も変わる。
そして本日最後の授業。ガタイのいい男性教師が指導する授業だ。
「お待ちかねの時間だ。これから各々の化身のレベルアップを図る。普段は緊急時以外での学園内、又は外で化身の攻撃行為は禁止だが、この授業と明日は違う」
ニヤニヤする虎徹とタクヤが一如を見るが、等の本人は気にせず教師の言葉に耳を傾けている。
「それを重々承知の上で励むように心がけろ」
整列する生徒に向けて叱咤した。
「では……始め!」
化身!!
体の中心から青白い光が漏れると、光の線を出し眼前に光が集束する。
「来い! ナックルタイガー!」
虎徹の前にアストラル体の虎型の獣人が現れる。
「ヴォルカ! 現れろ!」
タクヤの前に燃え盛る体の弓兵が出現した。
「おお! 少しデカくなったんじゃねーか? お前のヴォルカ」
「まぁな! おかげで自信が付くぜ! ナックルタイガーも相変わらずだな」
「ッハハ!」
褒めあう二人に視線を送っていた一如だが、次々に現れる多種多様の化身を他所にし乙女を見た。
「おいで、パーシアス!」
形作るアストラル体。現れたのは守護騎士を彷彿とさせる鎧を纏った化身だった。
「おお……」
完成された美しさに誰かが息を漏らす。それがクラス全体へと波及していった。
「流石は越前だ。……見ての通りだ! 伊藤もそうだが既に二人は化身のレベルが違う」
張る声が室内訓練所に響く。
「いいかお前たち。二人を目標にするのは構わない。だがそこで止まるな! 我々に化身の成長を止める選択はない!」
凄みのある言葉が生徒の胸に響く。それは虎徹もタクヤも、乙統女も例外はない。
一人を除いては。
「では始めろ!」
次第と各々に用意された訓練具が激しい音を立てる。
「マッハジャブ!」
虎徹の声と共にナックルタイガーが動く。特殊加工されたサンドバックに残像を残す拳の突きが連打された。
「よし、もう一丁!」
跳ね上がるサンドバッグ。タイガーを操る虎徹の拳に赤みが出来るが、手を握り直し再びサンドバックに打った。
「ぃいーヨイショ!」
瞳の膜に照準が現れたタクヤ。化身のヴォルカと視界を共有し、指をまげて銃を作る。弓を構えるヴォルカの隣で合わし、遠くの的に弓を射る。炎を纏う矢が的の中心を射るが、タクヤはまだまだと首を振る。
「俺にもタイガーの破壊力が欲しいよ」
「なら精進しな! ッフ!」
額に汗を掻きながらニヒルに笑う虎徹。暫く打っていたが一息ついて一如を見る。
「おい一如ぉ! お前はいつまで見学してるつもりなんだよぉ!」
大きな声が発せられ近くの生徒たちの集中力が途切れた。
「お前何しに転校してきたんだ! 弱っちい化身で恥ずかしいのか?」
「ッかっかっか!」
笑う虎徹に馬鹿にするタクヤ。他の生徒が気まずさに駆られ訓練を再開した。
「そこの二人! 集中しろ!」
教師に言われ二人も再開した。
「……鳩摩羅。学長の命令でお前を尊重しているが、いつまで参加しないつもりだ」
「……」
近くに来た教師に心配を言われる。一如は無言の返答をした。
「この春に学園に転入して一人暮らし。その年で逞しい限りだが、教師の俺に化身すら見せてくれない」
「……」
「化身が弱い事は恥ではない。成長させていけば確実に強くなる。……どうだ?」
この授業の度に聞かされる似たようなセリフに、一如はこう返した。
「すみません……今日もちょっと……」
ため息を付かれた一如。高身長だが丸まる姿勢が頼りなさを醸し出す。
『ハァア!』
音速の斬撃で訓練具を細切れにした乙女の化身、パーシアス。
「先生! またお願いします!」
呼ばれた教師が頭を抱えた。
「優秀すぎるのも考え物だなぁ……。ちょっと待ってろ! 新しいのを用意する!」
張った声が響き教師がこの場を去る。
「……鳩摩羅くん」
委員長として呟いた言葉。彼女は馴染めない一如が心配だった。
◇
「タクヤ、ゲーセン行こうぜー」
「よっしゃ! 剛拳やろうや。ゲームなら拳で虎徹に勝てる」
「っは! 言ったなこの野郎!」
放課後。クラスの生徒がまばらに教室を出る。挑発に乗った虎徹がタクヤと喋りながら出ていった。
「鳩摩羅くん、途中まで一緒に帰らない?」
「……委員長」
一如が帰り支度をしていると、隣の乙女が誘ってきた。
「ありがとう越前さん。でもごめん。僕急いでるんだ」
「ッ」
見下ろされる優しい眼に乙女は吸い込まれそうだった。
「ほんとごめんね。じゃあまた明日」
「う、うん」
教室を出る一如に目が追ってしまう。ぼーっと立っていると友人が話しかけてきた。
「乙女大丈夫か? あの根暗に何か言われた?」
「別に何も言われてないよ。ただ心配なだけ」
目を合わせて会話する。
「顔は良いんだがねー。クラス委員長だからって構わなくてもいいんじゃねぇの?」
「うーん、どうかなぁ」
自分の化身も見せないミステリアスな一如を考えながら、曖昧に答えた。