天下統一
天文二十二年の春、天下分け目の合戦が関ヶ原で起きた。
しかしそれは、たったの一日で勝敗が決まった。
最初は東軍三万と西軍七万でどうなることかと不安だったが、終わってみれば敵味方合わせて死者は一万以下で済んだ。
負傷者はその倍以上だが、そこはまあ仕方ないと諦める。
ついでに心がへし折れて、私に対してトラウマを抱える者も続出した。
だがまあとにかく、稲荷大明神様の化身としての力を示すことはできた。
些かやり過ぎてしまったものの、大は小を兼ねると前向きに考えた。
なお、この後に対決する大坂本願寺は、服従すれば存続は許すが、もしまだ歯向かうようなら稲荷神様に逆らった報いを受けてもらうと、良い笑顔で言い放った。
既に私が稲荷神様の化身と証明済みのため、流石に分が悪いし神に逆らって天罰が落ちるのを恐れたのか、諦めて武装組織の解体や大弱体化を受け入れたのだった。
天文二十二年の冬になり、三好長慶や足利義輝、さらには私の勝利を確信していた同盟国の根回しによって、今代の大樹が厳かな雰囲気で惜しまれつつ退位した。
それと入れ替わるように、私は新たな征夷大将軍に任命された。当然、サクラによって大歓迎ムードを演出する。
資格を無理やり簒奪したようなものなので、こんな私が受け入れられるはずがないのは、自分が一番良くわかっていた。
なお、何処に幕府を開くかだが、やはり故郷の尾張が一番気楽なので、那古野城を改築する際に、名古屋城に名称を改めた。
さらに統治機関や権威の象徴として、使用することになったのだった。
今後は戦がなくなり、新しく城や砦を建てる必要もない。
つまり、今回の建設が最後となるだろう。
そして新しい大樹が統治を行う城になるため、職人たちもとても気合が入った。
全国の大名の度肝を抜くために、絢爛豪華な改装作業を進めて、資金や人材を大量投入し、当然工事は長期間になる。
征夷大将軍に着任するまでは早かったのに、全てが一朝一夕にはいかないのだと、身を持って実感させられたのだった。
時は流れて、天文二十三年の春になった。
征夷大将軍になった私は、尾張に無事の帰還を果たす。
そして名古屋城が間に合わなかったので、仮拠点の清州城に全国から大名を呼び集めた。
大広間の一段高い位置に敷かれた立派な座布団に座り、平伏する彼らに簡単な挨拶を行う。
そのまま少しだけ間を開けて、頭を上げるようにと声を出す。
「格式張った話は好きじゃないから、悪いけどさっさと済ませるわ」
立場としては私が一番上になるので、堅苦しいのは初回の挨拶だけに留めて、あとは素を出して単刀直入に告げた。
征夷大将軍としての権威をこんなどうでも良いことに使うのも何だが、私はあまり長く勤めるつもりはない。
地盤を固め終わったら、弟に継がせてさっさと退位する予定だ。
たとえ歴代最低最悪の大樹と蔑まれても、それは一代限りである。
あとは野となれ山となれで、とにかく天下泰平の世になれば、何だか知らんがとにかく良しと開き直るのだった。
そんな思惑は置いておいて、私はこの場に集った者たちに向けて語りかけた。
「まずは、長き戦乱の世が終わったことは、大変めでたいわ」
稲荷大明神様の御加護と征夷大将軍としての権威を振るうことにより、脳筋ゴリ押しではあったが、戦乱の世に終止符を打った。
とは言え、自分の死後に各地で反乱が起きる可能性は捨てきれない。
なのでこれから改革を進めて大樹として確固たる地位を築き上げ、戦を起こして互いに奪い合わなくても、平和に生きていける世の中にしなければいけない。
そういった地盤固めを終えたら、次代の信長や同盟国の大名たちに丸投げするのだ。
彼らは賢いので、きっと上手いこと調整してくれるだろう。
私はコホンと咳払いをして、今の役目を果たすために口を開いた。
「では、征夷大将軍として最初の命令を下すわ」
その言葉に、この場に集った大名たちの表情が明らかに強張った。
しかし私は躊躇うことなく、打ち合わせ通りに家臣に視線を向ける。
すると彼らは小さく頷いて席を立ち、大広間の隅に積み上げてある書物を手に持って、順番に配り始めた。
「稲荷神様から授かった知識を、わかりやすくまとめて書き記した物よ」
渡された書物をめくり、食い入るように見つめている大名たちにそう告げる。
長さや量の単位、ミミズがのたくったような字と現代日本の平仮名や漢字。
効率的な稲作や米以外の作物、最新の道具の数々など、全国に普及したい項目は多岐に渡る。
「一先ずの目標としては、飢えをなくすことよ。
第二に病気や怪我などの命の危険を減らすこと。
まあ、後は追々ね」
取りあえずの目標は、こんなところだ。
まずは、征夷大将軍は恐ろしいだけの存在ではない。
従うと利益が得られるのだと、全国の大名にきちんと理解させることから始める。
やるべきことは山積みであり、どれもこれもが一朝一夕にはいかない。
「私が退位する頃には、天下泰平の世になっていると良いわね」
そう言って。私は席を立った。
地盤固めが終わったらすぐに退位するつもりなので、初代よりも弟の信長のほうが任期は長いだろう。
だが、それで良いのだ。
私は権力など握りたくないし、面倒に関わって仕事を増やすぐらいなら、さっさと身を引いて気楽な隠居生活を過ごすほうが断然マシである。
「悪いけど、頭を使うのは苦手なの。信長、あとは任せるわ」
「うむ、任された」
打ち合わせ通りに、補佐役である信長に一声かけてから私は大広間から退室した。
清州城の廊下を、変わらずお目付け役である林さんと一緒に歩きながら、今後についてあれこれ考える。
各地の大名に、厳しく接するつもりはない。
何故なら織田家は経済的には恵まれていても、領地は狭く弱いからだ。
自分が亡くなったあとに反旗を翻されたら、あっという間に攻め滅ぼされてしまうだろう。
理想としては皆仲良くが一番いいが、それが達成される目処は付いていない。
だがまあ何にせよ、稲荷神様の大望である織田家の天下統一は成った。
まだまだ仕事は山積みでお役御免とはいかないが、いつかは普通の女の子に戻れるように頑張ろうと、心の中でこっそり気合を入れるのだった。




