武田二十四将
武田信玄は私を二十名ほどの武将で取り囲み、長期戦を仕掛けたうえで、疲れさせて倒す作戦らしい。
だが自分は、時間をかける気は毛頭なかった。
しかし今は完全に包囲されているうえ、総大将にも護衛についている。
そんな状態で私は、大声を出した。
「もしこの者たちを全員倒したら、降参してくれるかしら!」
「皆の者! 敵将を即刻斬り捨てい!」
会話になっていない。
聞く気はなさそうだと察した私は、取りあえず倒せばわかると前向きに考えた。
しかし、身にまとう気迫は前に戦った柴田勝家と同格か、それ以上の猛者ばかりである。
ならばこちらも、出し惜しみをしている余裕はない。
私は大きく息を吸った。
「八門遁甲! 二門……開!」
「はっ、八門遁甲だと!?」
聞き慣れない単語に、武田氏だけでなく周囲も大いに驚いている。
なので私はなるべく説得力を持たせるために、これで二度目となる嘘っぽいが割と的を射ている説明を行う。
「封じていた力を解放したのよ。
二門を開いたのは初めてだから、勢い余って殺してしまうかも知れないわ」
言うまでもないが、力を封じる八門遁甲など現実には存在しない。
普段手加減しているのを、ほんの少しだけ緩めるだけだ。
稲荷神様の化身を証明するために、あえて宣言したのだ。
声に出しただけで演出などは何もないが、周りで見ている側からすれば、私のイメージ映像は凄いことになっているかも知れない。
黒歴史になりそうだが、今は犠牲を減らして戦いを早期に終わらせるのが最優先だ。
羞恥心に耐えられなくなり、顔が真っ赤になる前に片付けるべく、ヤケクソ気味に大声を出した。
「この日輪の輝きを恐れぬのなら! かかってきなさい!」
何処かのロボットアニメの台詞を何となく口にした私は、不敵に笑った。
稲荷神様も天照大御神に関連性があるし、広義的に見ればセーフだろう。
そして大地が陥没する程に力強く一歩を踏みしめて、敵将に向かって走り出したのだった。
手加減を緩めているため、私の攻撃は一層激しくなる。
隙を見つければ、多少無茶な姿勢からでも一撃を叩き込んで、確実に戦闘不能にしていった。
その際に鎧や兜を破壊したり骨が折れたり血が流れたが、殺すことだけは何とか避けている。
彼らも合戦で死ぬことなど覚悟の上だし、これも全ては天下統一のためだ。
私だって敵と同じで、家臣や領民の命を背負って戦っているのだ。
なので殺さなきゃいいやと考えて、大怪我をさせることに躊躇わないのだった。
どれだけの時間が経ったのか、気づけば襲いかかってきた武将たちが、一人残らず地に伏していた。
無事なのは遠巻きに様子を窺っている者たちと、息も切らさずにに無傷で立っている自分だけであった。
なので私は大きく息を吐いて、再び武田信玄のほうに顔を向けた。
「何故だ!」
こちらが再度の降伏勧告を行う前に、向こうから声がかかった。
「えっ?」
彼がいきなり叫んだので、自然と変な声が漏れてしまう。
「何故美穂殿は! 此度の大戦を起こしたのだ!」
その質問に、何の意図があるのかはわからない。
しかし、武田氏は顔を真っ赤にして怒っていることだけはわかる。
歴戦の武将たちを残らず戦闘不能にしたのだから、腹に据えかねるのは当然だ。そして私は、あれこれ考えるのは苦手だ。
なので、思いついたことをそのまま口に出す。
「今回の大戦は、決して褒められたやり方じゃないのはわかってるわ」
足利義輝や朝廷を私利私欲のために利用して、さらに日本全国を巻き込む大戦だ。
参戦しなければ逆賊扱いだと脅された大名たちからすれば、私という存在は諸悪の根源である。
「でも、全ては戦乱の世を終わらせて、日の本の国に天下泰平をもたらすためよ」
私の目的は、最初から天下統一である。
それ以外は全て、ゴールに到達するための手段に過ぎない。
「世の中が平和になったら、諸悪の根源はさっさと隠居するわ。
征夷大将軍なんて面倒な仕事をするより、自由気ままに暮らしたほうが断然マシよ」
代わりに、今だけは迷惑をかけても許してねである。
なお、武田信玄がそれに納得するかは不明だ。
それに今は合戦の最中で、まだやるべきことが残っている。
あまり時間をかけるわけにはいかない。
彼は深く考えているが、どれだけ待っても返事がない。
なので私はこのままでは埒が明かないと考え、こちらから声をかけた。
「ところで、まだ降参してくれないのかしら?」
すると彼は顔をあげて、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「ああ、まだ降伏はせん」
何とも往生際が悪い武田信玄に、溜息が出てしまう。
「はぁ、強情ね」
いっそ指の一、二本へし折って無理やり言うこと聞かせるか、人質として連れ回そうかと考えた始める。
だがその時、彼が再び口を開いた。
「降伏も何も、武田軍は元々美穂殿と志を同じくする友軍だ」
一瞬何を言ってんだコイツと思ったが、何とか混乱から立ち直って平静を取り戻した。
そして武田氏を真っ直ぐに見つめて、声をかける。
「足利義昭を、裏切るのかしら?」
私の質問を聞いた武田氏は、不敵に笑った。
「それは違うな! ……表返ったのだ!」
まるで何処かの竜騎士が俺は正気に戻った宣言するような、見事な手の平返しであった。
しかし武田信玄は、これを押し通すつもりらしい。
「物は言いようね」
「これぐらいできねば、乱世では生きていけんぞ」
どの家も生き残りに必死で、処世術に長けている者が御家断絶を免れると聞いた。
だがまあ理由はどうあれ、味方の戦力が増えるのは大歓迎だ。
なので武田陣営を屈服させた私は、次の敵軍を探すために外に目を向ける。
「美穂殿」
私としては役目は済んだのだが、武田信玄が話しかけてきた。
なので、新しい敵を探しながら視線だけをそちら向ける。
「美穂殿を信じきることができず、申し訳なかった」
何だそんなことかと、私は特に気にせずに返答する。
「今後の働きで返してくれれば良いわよ」
「ああ、そうさせてもらおう」
心なしか嬉しそうに返事をしたので、本当に少しは悪いと思っていたようだ。
そして私は、もっとも近い敵陣に目星をつけた。
「ふむ、あれは上杉憲政の軍だな」
こちらの視線を追って、目標を判断した武田氏が口を開いた。
「知っているのかしら?」
横目で彼を見つめると、すぐに答えが返ってくる。
「奴とは領地が隣接しており、敵同士の間柄よ」
「……何で同じ陣営に居るのよ」
普通は敵同士になるのではないかと、私はしかめっ面になる。
「敵の敵は味方ということだ」
より強大な敵を倒すために、一旦手を組むという何ともわかりやすい理由だ。
これには私も、納得せざるを得なかった。
しかし、相手が上杉憲政だと明らかになろうと、やることは変わらない。
その後、武田氏から厄介な武将が居ることを伝えられた。
面倒だなと思いながらも、天下統一のためには避けて通ることはできないのだ。
なので私は、次なる目標に向かってイノシシのように真っ直ぐ突撃するのだった。




