神の血筋
天文二十一年の春、大坂本願寺と喧嘩別れした私は、京の都の伏見稲荷大社に戻ってきた。
そして足利義輝と三好長慶に、面会希望の文を出す。
詳細については多くは語らず、三人だけで密談の機会を作りたいと言う内容だ。
するとすぐに返事が届いて日取りも決まり、私は足利義輝が仕事場として使っている花の御所に向かう。
立派な正門の前に立っている警護の者に、招待状を見せて中に通してもらった。
案内役の後ろを歩いて屋敷の廊下を進み、やがてある部屋の前で足を止める。
彼は襖の向こうに、喋りかけた。
「織田美穂様をお連れ致しました!」
「うむ、ご苦労。戻ってよろしい」
「では、失礼致します!」
案内役が襖を開けたので、私は速やかに室内に入る。
それから間を置かずに、背後で閉まる音が聞こえた。
続いて足音が遠ざかっていくことを確認して、円座ではなく中央に敷かれた座布団に腰を下ろす。
簡単に周囲を見回したが、足利義輝だけでなく、三好長慶も既に到着しており、のんびりとした様子で緑茶を口に運んでいた。
前に訪れた時と同じで、緩い空気だ。
「今日は二人に、重要な話があるわ」
しかし本日は大切な話があるので、私は自然と身なりを正して呼吸を整える。
「どうした? 大坂本願寺との関係が悪化でもしたのか?」
私が報告しようとした矢先に、三好氏に先手を打たれたので驚く。
すると彼は、おかしそうに笑って続きを話した。
「大坂本願寺の証如と交渉しても、結果は見えておるわ」
そう言えば私が証如と面会できたのは、三好家が裏から手を回したからだ。
ならば全ては、彼の手の内だったのだろう。
「三好様は、何故こんなことを?」
もしや織田家と大坂本願寺を争わせ、互いに消耗させた上で漁夫の利を得るためではないか。
悪い方向に勘ぐってしまうが、三好氏は私の考えなどお見通しだとばかりに、すぐに首を振って否定した。
そしてコホンと咳払いをしてから体を少し前に倒し、おもむろに説明を始める。
「俺は、古き慣習を変えようとは思わぬ。
しかし、自らに不利益をもたらす要因を放置するのは癪だ」
不利益をもたらしているのは大坂本願寺だとは、何となく想像がついた。
それでも決裂する交渉を勧める理由がわからないので、黙って続きを待つ。
「今代の大樹を立て直す、もしくは権威を私利私欲のために使おうと、古き制度は変えられん」
足利将軍家は、十三代ほど続いていると聞く。
その地盤が固まっている以上は、従来の制度を変えるのは難しそうだ。
しかしこういったモノは、時代の変化に合わせて柔軟に変えていくのが望ましい。
なお実際には、未来の日本では少しの変化でも物凄い反発を招き、思うようには進んでいない。
そういった事情を考えると、今代の大樹に寄りかかったままでは限度があると理解した。
ならばと、私は三好長慶に話しかけた。
「三好様が新しい大樹になれば、問題は解決するのでは?」
これには三好氏は予想していたとばかりに、苦笑しながら首を横に振って否定する。
ついでに今代の大樹も軽快に笑っているので、完全に身内のノリであった。
「誰が征夷大将軍になろうと、変革は成せぬよ」
あれも駄目、これも駄目である。
八方塞がりとはこのことかと、途方に暮れて溜息を吐く。
すると三好氏が不敵な笑みを浮かべて、口を開いた。
「だが、美穂殿は例外だ」
「私が? 何で?」
条件反射的に尋ねると、彼はすぐに返答した
「前にも言ったが、朝廷とは神道の位を重視する」
かなり前だが、一度目の上洛の時に聞いた覚えがあった。
朝廷の遠い先祖には天照大御神様がいることもあり、神道の制度を重視しているのはわかる。
「中でも稲荷神様の化身は、別格だ」
確かに三好氏の言うように、稲荷神様から直接御加護を受けている私は特別な存在なのは間違いなかった。
中身は脳筋ゴリ押し上等な元女子高生だが、肩書だけならとんでもないのだ。
「美穂殿は本来ならば、この国の全ての者が平伏して然るべき存在だぞ」
「……嫌すぎるわね」
私は永久不変の元女子高生だし、今もそう思っている。
なのに日本中でワッショイワッショイされたら、尻どころが全身が痒くなって蕁麻疹が出そうだ。
「それでも、理屈としてはわからなくもないわ」
古来から脈々と受け継がれてきた日本の最高統治者は、神の血を継いでいる。
そして私は、稲荷神様と対面して御加護を授かり、天下統一を命じられた。
新参者ではあるが、朝廷や神道の中で特別な存在なのは間違いない。
それどころか遠回しに、お前たちが頼りにならないから神様の代理として派遣されたんだぞと、主張しているのだ。
しかし、抗うな。崇め奉られる運命を受け入れろと言われても、私個人としては絶対にノウと答えるほど嫌だった。
なので溜息を吐きながら、愚痴を漏らす。
「私は教祖や独裁者にはなりたくないわ」
「独裁者? 何だそれは?」
まさか独裁者が通じないとは思わなかったのが、自分も曖昧でしか覚えていない。
取りあえず三好氏と足利氏に身振り手振りを混じえて説明すると、明らかに呆れた顔をして口を開いた。
「俺は美穂殿が独裁者にはならぬと確信しておる」
「うむ、我もだ」
三好氏だけでなく、足利氏も頷いた。
「桁違いの力を有していながら、民の幸せを第一に考え、権威や利益に執着せぬなど異常者……いや、優れた統治者だと思うぞ」
足利義輝が、異常者と口を滑らせた。
だがすぐにフォローが入ったので、反射的に殴るほどではない。
今重要なのは、二人揃って私を新しい征夷大将軍として担ごうとしていることだ。
そして困難を打破するには、自分が大樹になるのが手っ取り早いという現状も合わさり、いよいよ面倒からは逃げられなくなってきた。
これまで、行き当たりばったりで行動してきたツケが回ってきた。
遅かれ早かれ神輿として担がれて、歴史の表舞台に立たされるハメになるのは予想はしていたが、それでも自分から飛び込むことになるとは思わなかった。
だが結局、行き着く先は天下統一として戦乱の世を終わらせることなので、どの道を通ろうと結果は同じである。
それに危機的状況になった以上、自らの意思で征夷大将軍になり舵をとったほうが改革もゴリ押せるし、時間短縮によって戦による犠牲者を減らすこともできて、マシに思えた。
内心では嫌だ嫌だと愚痴ったり溜息を吐きながらも、袋小路から脱出するにはそれしか思いつかない。
しかし、希望を捨てたわけではない。
改革を成して治安が落ち着いたら、さっさと退位して信長に二代目の征夷大将軍になってもらう。
元女子高生として平穏を手に入れるにはそれしかないと、私は決心を固めたのだった。




