残された障害
少し時は流れて天文二十年の冬になり、溜まっていた仕事もようやく片付いてきた。
色々あったが尾張と織田家の統一は成し遂げたのだ。
ならば今こそ、次の手を打つべきだろう。
だがその前に、清洲城に引っ越すことになった。
元々は守護代である織田信友の居城だが、信長が尾張の中心地や経済の要で統治に適していると強く主張した。
自分は正直わからなかったが、弟はとても頭が良い。
そこで守護代に確認を取ったら、居城の交換を承諾したのだ。
今の私は稲荷大明神様の化身で、尾張の国力や経済を底上げし、周辺諸国と同盟を結んだ立役者だ。
行き当たりばったりで行動した結果だが、おかげで求心力は鰻登りである。
那古野城下はお膝元で栄えているので、向こうも相応の利益が得られる決断したというのが、賢い弟の推測であった。
何にせよ、双方に問題がないなら別にいいかと拠点を移したのだった。
天文二十年の冬に、清洲城で今後の対策を練ることになった。
なので、大広間に家臣を集めて評定を開いた。
まずこの集まりの目的だが、戦国乱世を終わらせる天下統一について、次なる一手を打つためである。
そこで、大樹である足利義輝が全国の大名に拝謁を命じ、平伏して従順の意を示してもらう必要がある。
誰もが征夷大将軍に従う姿勢を見せれば、ようやく天下泰平の世になるのだ。
その際に織田家が立役者となれば、一応は稲荷神様の意思に沿ったことになる。
だがしかし、全国の大名が不平不満を飲み込んで、素直に従うかどうかは正直かなり怪しい。
なので、まだ容易には行かないだろう。
そこまで理解している私は、家臣たちよりも一段高い木床に敷かれた座布団に座り、集まった家臣たちに向けて口を開いた。
「皆の尽力のおかげで、尾張はほぼ統一されたわ」
ほぼと言ったのは、まだ障害が残っているからだ。
このままでは、またいつ足元をすくわれるかわかったものではない。
なので私はいよいよ時が来たと不敵な笑みを浮かべ、感情のままに発言する。
「私は負けず嫌いだし、黙って泣き寝入りするつもりはないわ」
これまでは相手が反抗的な態度を取ったり、こちらを馬鹿にしても、戦だけは避けてきた。
「お父様は生前に、浄土真宗とは敵対するなと言っていたわ」
しかし、尾張をほぼ統一した今は違うのだ。
「何故なら彼らは農民を扇動して、いつでも一揆を起こすことができるからよ」
だが今は、昔と比べて浄土真宗の勢力は大きく弱体化した。
その代わりに稲荷信仰は、天井知らずに高まり続けている。
次に私のすぐ側に控えている補佐役の信長が、すかさず補足した。
「現に尾張全土で起きた一揆は、刃を交えることなく沈静化した。
もはや浄土真宗に、かつての勢いはあるまい」
天下統一の邪魔をしなければ、お好きにどうぞと見逃しても良い。
だが向こうは相変わらず強気な対応を取り続けているし、こちらの隙を伺っているのは明らかだった。
「しかし、懸念がないとも言い切れぬ」
ここで信長は一度言葉を切り、息を吐いた。
「証如がどう動くかじゃ。
状況によっては、面倒になるやも知れぬ」
証如とは、大坂本願寺の法主である。
何でも顕如という息子がいるらしいが、それは今は関係ないので置いておく。
とにかくそこが、浄土真宗の本拠地だ。
日本の各地に深く根を張っていて、戦国大名と同じで相当の軍事力を有しているため、決して侮れない勢力なのは明らかだった。
「姉上が本願寺派と敵対すれば、証如も黙って見てはおるまい」
もし私が本願寺派に宣戦布告したら、証如も負けじと周辺諸国に檄文を飛ばし、美穂包囲網を形成するかも知れない。
尾張は同盟国に囲まれているので防波堤になってくれるが、向こうは完全にとばっちりである。
申し訳ない気持ちもあるので、できれば戦は避けたかった。
どうせそのうち戦乱の世が終わるので、それまで敵対せずに大人しくしているに越したことはないのだ。
確かに私は負けず嫌いでやられっぱなしが嫌だが、好き好んで血を流す気にはなれなかった。
なのでここで呼吸を落ち着けて、堂々と口を開いた。
「とにかくまずは、証如と会ってみるわ」
私の適当さ加減は今に始まったことではない。
それを見た信長は、苦笑気味な表情を浮かべる。
「姉上は相変わらず大胆不敵で、行き当たりばったりじゃのう」
相手が何を考えて一揆を起こしたのかは、十中八九で利権や自らの地位が脅かされることを恐れたからだろうが、実は日の本の国を思ってであったとも限らない。
そこで理由次第で和睦を結べるなら、それでも良いかなと考えいる。
「儂は止めぬよ。姉上の好きに動かれると良い」
弟は深く考えて、そう決断したようだ。
彼の思惑は見えてこないが、取りあえずの許可はもらった。
「信長、ありがとう」
そして私は、民を苦しめることは許さないが、これ以上の犠牲を出さなければ大目に見ようと判断した。
なので行動方針が決まり、清洲城での評定を終えて、早速動き出したのだった。




