天下人の器
天文十九年の冬、摂津国の越水城の大広間で、私は三好長慶と対面し、足利義輝との和睦を進めていた。
その際に大樹を庇護している細川晴元という管領が邪魔らしい。
これを排除すれば和睦に応じるという条件を、遠回しだが出された。
暗殺してしまうのが手っ取り早いのはわかっているが、恨みは買いたくないし織田家も権力争いに巻き込まれるのが嫌だった。
なので私は、たった今思いついたことを、はっきりと口に出した。
「細川晴元殿とその派閥は、織田家が引き取りましょう」
「「「えっ?」」」
大広間に居る者は、誰もが理解できないという顔をしているが、私は構わず説明を続ける。
「細川晴元殿と派閥の者には、尾張で隠居生活を送ってもらいます」
これも火種を抱え込むことになるが、殺して恨みを買うよりはマシだと判断した。
「細川晴元が納得すると?」
三好氏が、何とも言えない渋い顔で尋ねてくる。
「納得させます」
私は堂々と言い切った。根拠も何もないが、この場では言ったもん勝ちだ。
出来ませんと首を振れば和睦交渉が終わってしまうので、とにかくやるしかなかった。
「三好様は将軍様を庇護できれば、それで良いのでしょう?」
「確かにそうだが、……ううむ」
三好氏が渋っているのを見て、私は首を傾げる。
「何か問題でも?」
「下手をすれば、美穂殿がその場で斬られかねんぞ」
確かに交渉に失敗すれば、ゲームで言うところの貴様反乱軍だなと態度を豹変させて襲いかかってきてもおかしくない。
何より私は少し前に実際にそうなった経験があるので、それをはっきり口に出した。
「でしたら、既に斬りかかられています。もちろん返り討ちにしましたが」
「「「はぁ!?」」」
大広間に居る者たちが、驚きのあまり大声を出して固まる。
なお近くに控えている林さんと銀子は当事者なので、全く動じていなかった。
「そのような危機的状況に陥り、何故五体満足でこの場におるのだ!
この証書も和睦の誘いではなく、罠ではあるまいな!」
確かに圧倒的に不利な状況を無傷で突破するだけでなく、和睦の使者をしているのはおかしく見えるだろう。
三好長慶を罠にかけようと、画策していると疑われるのも当然だ。
「……話せば長くなりますよ」
大広間の空気がとても重くなったが、襲ってきても返り討ちにできるので落ち着いたものだ。
「申し開きがあるのならば聞いてやろう。
美穂殿の処分はその後だ」
三好氏が若干怒りを感じさせる表情で、私にはっきりと告げる。
本来ならば死刑宣告にも等しいが、自分は関係ないとばかりに当時の状況をかいつまんで説明していく。
これは和睦交渉とは関係ないし、話が長くなる。
何より自分がブチ切れて、大暴れしたことを告白するのだ。
黒歴史を暴露するようで気が進まないが、背に腹は代えられない。
なので私は、これまでの経緯を身振り手振りを混じえて、大広間に集まっている者たちに伝えたのだった。
足利氏の屋敷で乱闘騒ぎを起こした事実の告白を終えた。
すると、命を捨てる覚悟で征夷大将軍を諌めたのは前代未聞であることと、次から次へと襲いかかってくる強者を相手に一歩も退かず、たった三人で迎え撃って返り討ちにしたこと。
これらが高く評価されて、誇り高い武士には大変好評であった。
個人的には黒歴史を暴露して恥ずかしかったが、三好氏や家臣たちの信用を得られたのは良いことだ。
そして、説明が終わったので気持ちを切り替えて、私はおもむろに口を開いた。
「とにかく、細川晴元様は私が説得します。
いざとなったら首根っこを掴んだり簀巻きにしても、尾張に連行するので」
相変わらず行き当たりばったりで、脳筋ゴリ押ししかできないのが自分だ。
だからこそ、その時になったらまた考えれば良いやと、かなり適当で穴だらけの策である。
すると、三好氏が苦笑気味に呟く。
「そのような扱いを受けるとは、細川晴元に同情するぞ」
「死ぬよりはマシです」
そうはっきりと告げた。
京の都から逃げ出したのは、いつか再起を図れると考えたのだ。
しかし当時の状況をよく知らない部外者だった私にとっては、細川晴元は守るべき民を蔑ろにしているように思えた。
だからと言って雑に扱って良いはずがないが、少しぐらいはいいかなと開き直るキッカケにはなった。
とにかく説明を終えた私は、姿勢を正して三好氏を真っ直ぐに見つめる。
「最後に一つ、三好様に尋ねたいことがあります」
「ふむ、何だ?」
興味深そうにこちらを見下ろしていることから、質問を許可するということだろう。
なので、遠慮なく尋ねさせてもらう。
「和睦を結び、今代の征夷大将軍様を庇護したとします。
貴方はそれで、何を成すのですか?」
私の表情は真剣そのものだ。
しかし彼は違ったようで、不敵に笑う。
「ほほう! それを俺に聞くか!」
だが三好長慶は、質問の内容が気に入らなくて怒っているわけではないようだ。
そして、恥じることなく堂々と答えた。
「俺は大樹を支えて、人心の乱れを正す!
伝統や慣習、権威を蔑ろに出来ぬからな!」
なるほどと私が頷く。
すると彼は先程の真面目さは何処へやら、苦笑気味な表情で頬をかきながら続きを口に出した。
「だがしかし、人は霞を食うだけでは生きられぬ。
やはり、相応の見返りがなければな」
確かにその通りだ。
私も平和になったら、気楽な隠居生活したいという欲は持っている。
何処の国も、聖人君子の統治者など夢物語なのだろう。
「これで良いか?」
それはともかく、聞きたいことは聞けたので小さく頷く。
「はい。これで安心して、将軍様を三好様に預けることができます」
私は三好氏に向かって深々と頭を下げた。
「ちなみに、意に沿わない答えならば如何した」
彼の質問に、少しだけ考える。
嘘を言ってもすぐに見抜かれるだろうし、秘密にしたら印象が悪くなる。
「一発ぶん殴ってお説教ですね」
なので相変わらず正直に口に出すと、目の前の彼は吹き出した。
「はははっ! それは恐ろしいな!」
三好氏は大声で笑っていたし、家臣たちも呆れた顔で私を見ている。
しかし今回は上手く行ったが、これ以上答えにくいことを質問されると不味い。
なのでそろそろ出発することを、三好長慶に伝える。
「では、そろそろ失礼します」
「もう行くのか? 良ければうちの腕利きを護衛につけるが?」
やけに好意的で裏がありそうだと疑ってしまうが、彼の思惑はどうあれ本当に必要ないので、すぐに首を横に振る。
「人が増えると動きにくくなりますので、お気持ちだけ受け取っておきます」
「ならば構わぬが、命を捨てる真似はするでないぞ」
どうやら普通に心配してくれているようだ。
いつの間に好感度が上がったのかは良くわからないが、信用してくれるのはありがたい。
「私は怪我や病気では死にませんので、心配無用です」
そう言って三好氏に頭を下げて、大広間から退室していく。
廊下に出てから今後のことについて考えるが、上洛する前よりも面倒事が明らかに増えているのを実感する。
しかし天下統一を目指す以上、避けては通れない。
越えるべき壁が明確になったので良しとしようと、現実で重い溜息を吐くのだった。




