織田忍軍
稲荷祭りが終わり、伊賀国に直接乗り込んで、雇用契約だけでなく同盟まで結んだ。
紆余曲折はあったが、念願の忍者を雇用できたし、伊賀と甲賀の両方と繋がりを持てたのだ。
しかし微妙な村同士の仲が悪いようなので、吉法師から提案を実行に移すことに決定する。
それは、成績に応じて差をつける方針であった。
伊賀も甲賀も関係なく、個人の完全歩合制という、無慈悲な給与査定だ。
なお、最低成績でも高待遇には違いないので、問題はなかった。
何にせよ、隣村の者に負けてたまるかとばかりに切磋琢磨する姿は、頑張ってくれるならそれで良しである。
中でも百地三太夫と名乗る忍びは優秀で、織田忍軍の棟梁として全体の指揮を取ってもらっている。
それ以外に関しては、管理する村が十を越えてしまい、忙しさに拍車がかかった。
増えたのは蕎麦、大豆、小麦、てん菜、葱、油菜、じゃが芋、茄子、トマトといった野菜と、山羊、牛、豚などの畜産まで追加された。
ちなみにトマトは、欧州では観賞用で食べるという文化がなかったらしい。
なので、何故こんな物を欲しがるのかと疑問視するし、私は他にも珍妙な物ばかりを要求するのだ。
しかし高値で買ってくれれば文句はないようで、今後とも良い関係をと笑顔で取り引きを終えたのだった。
そして最近は、父だけでなく家臣や領民からも絶大な支持を集めることになった。
自分として凄い重荷だし、天下を統一するまで続くとか、冗談ではない。
早いところ綱渡りの人生から脱却して、普通の女の子には戻りたい。
事が終われば即、隠居なり退職なりして気楽な生活を送るつもりだ。
それはとにかく、忍びの者を家族引っくるめて大勢雇用したので、新しく村を作ることになった。
その際に、主に私が小説や漫画やアニメやインターネットで調べたり、観光地の参考資料や実地で学んだ技術を伝授する。
忍者屋敷はもちろん、走り方や意味があるのかないのか不明な謎の修行方法など、色々である。
自分は見様見真似だろうと稲荷神様の御加護でゴリ押せるが、忍びの技はやはりどれも難易度が高い。
しかし、百地三太夫が言うには、修得には時間がかかるが、不可能ではないらしい。
未来の忍者村で役者が実演していたのもあるが、アニメや漫画にしか登場しなかった技も多い。
それを稲荷神様の御加護で強引に再現した私としては、マジかと思ってしまった。
しかし可能ならぜひとも頑張って、習得して欲しいものだ。
伊賀国との交渉が、上手くいって良かった。
いつも通りの売り言葉に買い言葉で、下手をしたら戦争待ったなしであったが、結果的には同盟が締結されたのだ。
途中で酒を飲まされるのは予想外だが、稲荷神様の御加護のおかげで、私はどれだけ飲んでもほろ酔い止まりだ。
だが、わざと酒を飲ませる行為は、普通ならばその場で斬られてもおかしくない。
その女中に話を聞くと、どうやら戦災孤児で親族を失って路頭に迷っていたところを拾われて、武家屋敷で丁稚奉公をしていたらしい。
奴隷も同然の扱いだったが、他に行くところがないので仕方ない。
思うところがないわけではないが、戦国時代には普通に存在している制度だ。
私があれこれ口をだすのははばかられる。
だがしかし、彼女は主人に命じられて務めを果たしたが、結果的には彼らの思惑から外れてしまったのだ。
自分は罠に嵌められても許したが、この先も伊賀国に留まったら、酷い扱いを受けて無事には済まないだろう。
そこで私は、もし他に行くところがなければ織田家に来ないかと尋ねると、二つ返事で承諾して雇用契約を交わした。
切り捨てるぐらいなら自分が引き取るので、向こうにも文句を言わせないのであった。
そして彼女が尾張に引っ越したその日に、伊賀国は辛いことが多すぎるので心機一転をしたいので、新たな名前をつけて欲しいと頼まれた。
最初は親から貰った名前を捨てるのは不味いのではなかろうかと考えて、思い直すように説得したが、頑として聞かなかった。
むしろ余計に火に油を注いでしまい、結局こっちが根負けした。
なので、気が済むならと諦めて溜息を吐くのだった。
この日から、彼女の名前は陽炎銀子になった。
未来で得た知識の詳細は覚えてはいないが、確か有名なくノ一だったはずだ。
実在はしたかは不明だが、本人は嬉しそうなのでまあ良しである。
銀子は年が近い同性なので、側仕えとしても重宝する。
色々と身の回りの世話をしてもらって、本当に助かっているのだ。
林さんも頼りになるが、彼は大人の男性なので難しいこともある。
そして実家の使用人も、常に一歩引いて構えているので突っ込んだ話をし辛い。
ならば銀子はと言うと、私が直接雇用したし年も近いことから、気軽に話しやすい。
今は私よりも二歳上の女中さんとして、実家の使用人と一緒に働いている。
百地三太夫が顔見せで家に来た時に色々話したが、この娘には忍びの素質もあるので養子にしたいと申し出てきた。
私としてもちゃんとした親が居たほうが良いと思ったし、将来的にくノ一としても活躍できるなら、職業選択の自由にもなる。
なので、銀子が良ければと、条件付きで認めた。
何にせよ、同性で親しい友人ができたのは喜ぶべきことなのであった。
尾張と伊賀が同盟を結んで少し時は流れて、天文十二年の冬になった。
去年は我が家だけで行っていた寒天作りも、いつの間にやら尾張全土に広まっていた。
職人たちは、新しい特産品の生産性や作業効率を高めようと切磋琢磨している。
他にも美穂協同組合が普及するにつれて、座や市は廃れつつあった。
年会費という形で銭や物資を支払ってもらうし特権はなくなるうえに、厳守する規約も多い。
それでも新技術を提供したり情報を共有し、さらには美穂印の道具の販売が、領内に限り許可されているのだ。
売上から税金が取られるとはいえ、年会費はかなり安いのも決め手になった。
お天道様に背かずに真面目に働けば、座や市よりも美穂協同組合のほうが利益が出るので、そちらに乗り換える者が増えるのも頷けるのであった。
そんな天文十二年の冬に、私は古渡城に呼び出された。
林さんが言うには、父が尾張の発展を急ぎすぎたために、少し困ったことになったらしい。
いつものように正門から堂々と入り、廊下を歩いて奥の部屋へと通される。
襖を開けた向こうには、父だけでなく弟の吉法師も居た。
背後で閉まる音がした後、私もすぐにあらかじめ敷かれていた円座に、よいしょっと腰を下ろした。
「織田信秀の娘、織田美穂。ただ今到着致しました」
取りあえずその場で簡単に挨拶を行い、小さく頭を下げる。
「うむ、よく来てくれた」
すると父もすぐに返答して、まどろっこしいやり取りは省略して早速本題に入った。
ちなみにこの部屋は諜報を警戒しており、城の者や護衛だけでなく、新たに雇った忍者にも守らせている。
しかしいつも緩い雰囲気で話しているが、一応は重要な会議だ。
私も素ではなく猫を被って、丁寧に対応しなければいけない。
「実は最近になり、尾張のみで流通させていた道具、または作物や農法が、他国でも出回り始めたのだ」
尾張のみと制限していた技術や道具が他国に流出するのは、結局は早いか遅いかだ。
自分を呼んだのはこのためかと理解はしたが、足りない頭を捻っても解決策が浮かばない。
「それでお父様は、どのような対策を?」
なので私は、もう少し突っ込んだことを父に尋ねた。
「技術や道具の流出を、完全に防ぐのは不可能だ。
それは儂もわかっているし、その上で早急な技術改革に踏み切ったのだ」
父が尾張全土に一気に広めたのは、先を見越してのことだったらしい。
ならば対策とは領内のみでの普及に留めるように厳命だろうかと考えて、私は黙って話を聞くのだった。




