稲刈り
時は流れて天文十二年の秋、今年は天候に恵まれたのか尾張全土が豊作となった。
そんな中で私は、米村の四角い田んぼの中に入り、米村の農民と一緒に収穫作業に勤しんでいた。
だが別に、農作業をしたくなったわけではなく、新しい農具の鋸鎌の使い心地を試しているのだ。
「切れ味は上々ね」
鋸鎌自体は大昔からあったらしいが、あまり普及は進まなかった。
生産コストの高さが足を引っ張っているようだが、作業時間を短縮できるのは魅力的なのでぜひとも広めたいところだ。
尾張の財政は火の車ではあるものの、これを何とかするには、労働力を底上げして一発逆転を狙うのが手っ取り早い。
もし失敗したら酷いことになるが、どうせ私の人生は綱渡りだ。少しぐらい歩ける道幅が狭まったところで、今となっては誤差の範囲である。
なのでガンガン改革を進めて、尾張の国力増強に務めるのであった。
しかし、一緒に稲を刈っている農民たちが大喜びしているので、何だかんだでやって良かったと達成感を味わえるのだ。
近くで稲を刈り取っている一人が、嬉しそうに私に話しかけてくる。
「正条植えで、収穫作業がここまで楽になるとは思いませんでした!」
例年よりも収量が増えたので、豊作なのは間違いない。
しかし、腰を沈めて無理な姿勢で刈り取るので、かなりの重労働になる。
それでも適当にばらまく乱雑植えではなく、規則正しく苗をまとめる正条植えに変更して、切れ味の鋭い鋸鎌で、収穫の労力を大幅に削減することに成功した。
皆が良い気分になるのはわかる。
「美穂様のおかげで、今年は大豊作でございます!」
「これなら収穫作業も早く終わりそうですし、ありがとうございます!」
「いよっ! 豊穣の美穂様!」
皆が口々に褒め称えるので、聞いているこっちとして顔を赤くして照れてしまう。
中には手を叩いて調子の良いノリで、囃し立てる者もいるが、ここで水を指すのは野暮なので止めなさいとは口にしない。
「私は何もしていないわ。皆が稲荷神様の教えを守って、頑張り抜いた成果よ。
胸を張って堂々と誇ると良いわ」
農民の努力だけでなく、職人の創意工夫。さらには中間搾取を排除したおかげで、彼らの取り分が増えたのだ。
それらの功績や喜びを、自分ではなく稲荷神様に押しつけることで、何とか照れ臭い気持ちを誤魔化した。
「それにしても、無事に実ってくれて良かったわ」
「はいっ! とても嬉しゅうございます!」
私としては、大失敗しなくて良かった。全体的な収量が増えただけでなく、去年よりも明らかに実が大きいように見える。
きっと去年のうちに肥料作りを行ったり、田打車で念入りに除草したおかげだろう。
「でも、この程度で満足や慢心をしては駄目よ」
一年目は何とか上手くいったが、やはりゲームと現実は違った。やること成すことが初めてなので、殆ど手探り状態だ。
中には思うように進まずに良い結果が出せず、改善するべき点が残ったモノも多かった。
「来年はさらなる収量増加と効率化を目指すわよ」
私は鋸鎌で稲刈りをしながら、来年度の目標を口に出した。
去年までの乱雑植えが非効率的だったことと、たまたま天候に恵まれた豊作なのだ。
新しい道具や農法を得た程度で思い上がるなど、慢心も良いところだろう。
「品種改良を進めて、冷害や病害虫に強くて収量や味が良い稲に、一歩ずつでも近づけていくわよ!」
言うだけならタダなので、取りあえず堂々と発言しておく。
なお、いつ達成するかは口にしていないので、その気になれば十年、二十年先でも可能である。
そして農民たちは言っている意味はわからなくても、その場の勢いで見事に騙されたようで、口々に褒め称えてくる。
「美穂様は何と志が高い!」
「一生付いていきますだ!」
「どうかオラたちを、お導きくだせえ!」
父は私の求心力を高めろと言っていたが、こんな場当たり的で本当に良いのだろうか。
だからと言って必死に頭を働かせても、脳筋ゴリ押ししか思い浮かばない。
なので結局、行き当たりばったりに落ち着いてしまうのだ。
嘘偽りのない馬鹿正直な発言しかできないのは、上に立つ者としては致命的だ。
それでも美穂協同組合の最高責任者ならば、辛うじて務まるのは幸いだった。
「美穂様ぁ!」
「これぞまさに! 豊穣の美穂様よ!」
「稲荷大明神様の化身に嘘偽りなし! ありがたや! ありがたや~!」
明らかに分不相応なワッショイワッショイや信仰が集まりすぎて、内心では羞恥のあまり顔真っ赤にする。
それでも何とか、表情には出さないように努める。
だが限界を越えると危険そうなため、鋸鎌は十分に実用に耐えられると判断して、近くの農家に手渡した。
そして皆は引き続き収穫作業を続けるようにと適当な命令を出して、私は逃げるように米村の下宿先に駆け込むのだった。




