天文十一年の初夏
織田家に天下を取らせるために、稲荷神様に転生させられた私だったが、気づけば天文十一年の初夏であった。
ちなみに現在は九歳の幼女の姿で、武家屋敷の寝室で熟睡していた。
それが早朝の雀の鳴く声で、ぱっちり目が覚めたところだ。
「知らない天じょ……いや、これ私の部屋だわ」
使用人たちは朝餉の支度で忙しいため、屋敷の寝室に居るのは私一人だ。
近くには人の気配はないので、存分に独り言をつぶやける。
天井の染みをぼんやりと眺めながら、現在の状況を順番に整理していく。
別に突然記憶が戻ったわけではない。未来の日本で過ごしたことは覚えていても、今まではただの夢だと考えていたのだ。
元女子高生の記憶や人格が根底にあるとはいえ、もう一度赤ん坊として生まれて、織田美穂として育てられた。
知恵も年相応でしかなかったこともあって、元の世界の出来事が他人事としか思えなかった。
「でも、夢だけど夢じゃなかったのよね」
九歳になった今は、あちらの記憶も現実の延長としてはっきり自覚できた。
おまけに戦国時代で長く過ごしたことで、元の世界への帰還や、家族や友人への未練が薄くなり、何というか諦めがついてしまった。
ふと天井に向けて手を伸ばし、握ったり開いたりを繰り返すと、今までよりも格段に力が増した気がした。
「抑制が解除されたってことかしら?」
稲荷神様から授かった御加護は、今までは一割も発揮できないように抑制されていた。
しかし現在はそれも解除されたようで、その気になれば岩を持ち上げるだけでなく、粉砕することもできる気がした。
「家具や食器をうっかり壊しそうだけど、何より人に向けて使う際には気をつけないと」
言うなれば赤ん坊の歩行器ではなく、今初めて二本の足で歩き出したのだ。
力加減に気をつけないと、大惨事になりかねない。
昔から怪我や病気もせずに、五感や身体能力にも優れており、疲れ知らずでよく野山や町中を駆け回って遊んでいた。
このことから普通の子供とは違い、稲荷神様の御加護は確かにあった。
織田家に天下を取らせるのも本当のことだと、否応なしに実感させられる。
「自分の髪が切れなかったのも、使用人が嫌がったからじゃなくて御加護を授かったからなんでしょうね」
貴族や武士の娘は長髪が多いが、私は自分で切って比較的短めにしている。
その際に、最初は使用人に整えてもらおうとした。
しかし、何故か刃が通らない。だったら自分がやろうと小刀を借りると、抵抗もなく髪を切ることができた。
本当は男性のような短髪にしたかったが、使用人が泣きながら止めてくれと懇願するので、切るのは胸元までという暗黙の了解ができた。
「人並み外れた力が出せるのに、筋肉がつかずに華奢なのも、御加護のおかげかしら?」
私はゴリラのようなマッチョ体型ではなく、あくまでも年相応の武家の女児だ。
今になって考えれば、その辺りは稲荷神様が見た目に気を遣ってくれたのだと思った。
「あとは、下の名前が美穂なのはありがたいわ」
名字は違うが、向こうと同じ美穂だ。おかげで小さい頃も、言い間違えは起きなかった。
何にせよやるべきことを思い出したからには、天下統一を成し遂げなければいけないが、正直に言えば物凄く気が重かった。
「あーでも、全くやれる気がしないわ」
稲荷神様は美穂ならやれると太鼓判を押してくれたが、やっぱり達成困難にも程がある。
「歴史は赤点で、他の科目も決して得意じゃないわ。
そんな私が織田家に天下を取らせるとか、ぶっちゃけ無理でしょ」
逆に得意なのは、ゲームや漫画やアニメといったサブカルチャーだが、そんな知識を戦国時代でどう活かせと言うのか。
しかし織田信長が、天下統一あと一歩まで迫ったのは知っている。
つまり彼を手助けすれば、稲荷神様の大望を達成できる可能性は高いのだが、それをするためには一つの大きな問題があった。
「幼名じゃわからないし、一体誰が信長なのよ」
成人すると名前を改めるのは戦国時代の一般常識であり、今の織田家に信長という名の武将は居ない。
個人的には現在の正室から生まれた長男の吉法師が怪しいとは思っているが、まだはっきりとは断言できなかった。
その後も足りない頭で知恵熱が出るまであれこれ考えたものの、これと言った名案は思い浮かばなかった。
なので私は、一人で悩んでいても埒が明かないと気持ちを切り替える。
「取りあえず、お父様に相談しましょう」
昔から野山を駆け回って遊び歩き、女の命である髪を短く切っている私のことを、母は嫌っている。
さらに、吉法師の教育に悪いと何度も注意されているし、影では狐憑きと気味悪がられているのも知っていた。
しかし父は、のびのびと遊べるのは子供のうちだけだと、こんな私でも嫌わずに大目に見てくれた。
馬鹿な子ほど可愛いというやつだろうが、頼りになる大人で相談しやすいのはどちらなのかは明白であった。
何にせよ、稲荷神様からのお願いを思い出した以上は、何が何でも織田家に天下を取らせるしかない。
ならば、今はあれこれ思い悩むより行動あるのみだ。
そう考えて、よっこらしょと身を起こして、掛け布団代わりにしていた着物を跳ね除ける。だが決して乱暴には扱わずに、解放された力の調整も兼ねて、丁寧に畳んで部屋の隅へと置く。
そして着物ではなく村娘のような動きやすさ重視の和服を来て、簡単に身嗜みを整える。
あとは床板を踏み抜かないように忍び歩きをしつつ台所に向かい、朝餉の支度に忙しく駆け回る屋敷の者に声をかけた。
流れ的に朝ごはんを食べた後に、お父様に会いたいコールを連発して、数年前に築城した古渡城まで、道案内をしてもらうのだった。
余談になるが私は小さい頃に駄々をこねて、武家屋敷の庭に稲荷神様を祀る小さな祠を建ててもらった。
昔は御加護が抑制されており、未来の出来事を夢だと思っていたので、きっと深く考えずに何となくの行動だったのだろう。
しかし、いつの間にか毎日欠かさず参拝しなければ落ち着かなくなった。
そのため今日も出発前に、お供え物と二礼二拍手一礼を忘れずきっちり済ませるのであった。