茸栽培
私が会議室に入ると、後ろから付いてきた関係者も囲炉裏を中心に、い草の円座に腰を下ろしていく。
そして林さんと三人の護衛が入室した後に、襖をしっかりと閉めた。
なお、秘匿性の高い話し合いなので内外の警備はしているが、基本的には彼らが口を開くことはないため、居ないものとして扱うようにと告げて、私も円座に腰を下ろした。
「では、定例会議を始めるわ」
私が代表なので進行役になるのは当然だが、見た目も年齢も子供である。
しかし集まった関係者が納得しているし、自分は農家ではないが未来の農法について一番詳しく説明できる。
菌の仕組みは説明しているが、顕微鏡のない時代なので彼らが全てを理解しているとは言い辛い。
なので内心で溜息を吐きながらも、諦めて役割に徹するのであった。
「菌床栽培の経過はどうなっているかしら?」
進行役の私が尋ねると、すぐに担当部門の代表が答える。
「温泉の熱とおが屑の苗床を利用した椎茸栽培は、順調に進んでおります」
中年男性からの報告を受けて、私は順調なのは何よりだと小さく頷く。
管理している村から温泉が出たのは偶然だが、せっかくなので利用させてもらった。
未来ではビニールハウスの中にパイプを通して、温水の熱エネルギーを利用しているのをニュースで見たが、戦国時代にはそんなものはない。
なので木材で代用することになったが、今の所は上手くいっているらしい。
だが報告を行う者の表情は曇っていて、続けて申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「しかし、おが屑の苗床の一部に、黴が出てしまいました」
茸もカビも菌なので、言われてみれば発生しないほうがおかしい。
それでも一部ならそこまで大きな問題はないため、楽観的に考えた。
「一部とは、どの程度かしら?」
「大変申し上げにくいのですが、八割……いえ、苗床の九割近くが……その」
「ふむ、殆ど全滅ね」
おが屑だけでは栄養が足りないと考えて、米ぬかも混ぜたのが駄目だったのかも知れない。
暖かくて湿度も足りているので、菌には過ごしやすい環境なのは確かだが、カビにとっても同じだった。
そして私が解決策を考えていると、この場に居る大勢の関係者が揃って青い顔をして、深々と頭を下げてきた。
「我々の努力が足りずに、美穂姫様には本当に申し訳なく──」
いきなり弁明を始めた彼らに驚いた私は、慌てて手で制する。
「謝る必要はないわ。会議とは改善点を洗い出して、対策を導き出す場よ」
ふわっとした発言や現状維持でなら、わざわざ皆で集まって話し合う必要はない。
それでは、時間や労力の無駄使いになってしまう。
「全てが現状維持で片付くなら、そもそも開く必要すらないわ」
あくまでも私がそう思っているだけだが、その点を考えれば今回は実りある会議と言える。
「失敗を諌めるなど、とんでもないわ。
むしろ反省や改善点を教えてくれたことは、本当に感謝しているのよ」
罰するつもりは毛頭ないことを伝えるため、怖がらせないように微笑みかけて感謝を伝える。
「みっ、美穂様!」
「何とお優しい!」
「一生付いていきます!」
そう言うヨイショは望んでいないので、冗談半分に受け取りながら、足りない頭で対策を組み立てていく。
うろ覚えだが、カビというのは不潔にしたり湿度が高いと発生するはずだ。
ならば逆に乾燥していたり清潔な場所では、ゼロとは言わないが多少は抑制される。
この特性を考えて、改めて説明を始める。
「対策としては、栽培施設を清潔に保つことね。
それと茸の胞子を付着させる前に、苗床を蒸気で殺菌しましょうか」
カビの生える原因を潰していけば、自ずと生産効率は上がっていく。
全てが上手くいくとは限らないが、やってみる価値はある。
「あとは施設に入る者も、常に体を清潔にしてないと駄目ね」
「わっ、我々もですか!?」
「そうよ。いくら施設内を清潔に保っても、外から雑菌を持ち込んだら意味がないわ」
戦国時代は農民どころか武家でさえも、簡単な布で汚れを拭き取る程度で済ませている。
未来の日本が潔癖すぎるとも言えるが、カビの発生原因の一つになっているのは違いない。
なので私は、彼らにあることを命令する。
「今後、貴方たちには一日一回の入浴を義務付けるわ」
「美穂様、入浴とは一体?」
村人たちの答えを聞いて、私はやはりこれも説明しないと駄目かと心の中で溜息を吐く。
しかし気を取り直して、真面目な表情をして口を開いた。
「茸村には温泉があるけど、これまで武士階級以外の入浴を禁じてきたわ。
なので今後は、村民が自由に入れる公共浴場を新たに作るわ」
「「「おおー!!!」」」
思わぬ方向に進んだためか、会議の場が大盛りあがりになる。
私だけでなく父や吉法師や家臣たちも、茸村で温泉を発掘してから割と頻繁に入浴しに来ている。
なお上流階級のみで村民の利用は禁止にしていのだが、生産効率を高めるためには解禁するのも致し方なしであった。
「ただし、上流はこれまで通りお父様たちが利用するわ」
それでも、あまり好き放題に浴場を作らせるつもりはない。
何しろ今の尾張は、先行投資に銭を使い過ぎて、財政的な余裕があまりなかった。
「下流に新たな浴場を作るにしても、お湯を入れ替えたり毎日の掃除も必要よ。
そのため、入浴の時間は朝と晩の二回に定めるわ」
最低でも一日一回の入浴だが、茸栽培に関わっている者は二回入って念入りに汚れを落とすのが望ましい。
「あの、本当に温泉に入ってよろしいのですか!?」
「規則を守れば構わないわ」
温泉に入る前に体を念入りに洗う。浴槽で泳がない。長湯しないなど色々あるが、そこはまあ実際に施設を作ってから伝えれば良いだろう。
「茸栽培の効率を高めるためなら、きっとお父様も許可してくれるわ」
椎茸栽培を軌道に乗せるには、雑菌の侵入をできる限り避ける必要がある。
何より現場の最高責任者が私なので、ある程度は融通が効くはずだ。
「それに入浴して体を清潔に保てば、病気にもかかりにくくなるわ」
「なっ、何と! そのような効果があるのでございますか!?」
村人たちが驚いているのを横目に、何となく林さんや他の護衛たちを見ると、熱心にメモを取っていた。
完全に温泉に話題が変わったからか、石鹸やシャンプーやリンスといった衛生管理の道具も欲しくなった。
しかし戦国時代の日本には、そんな便利な物はなかった。
「もし石鹸があるとしたら、外国かしら?」
「あの、美穂様。石鹸とは何でございますか?」
何となくの独り言に、一人の農民がオズオズと手を上げて尋ねてきたので、私は石鹸について簡単に教えた。
もし可能ならば外国から輸入するか、生産方法を知る者を雇いたい。
ちなみに後日になるが、父に呼び出されて長々と説明するハメになったのは、言うまでもないのだった。




