欲しい物
古渡城の一室で内密な話をしていた私は、父に突然褒美をくれると言われて、養蜂と養鶏を事業として始めたいことを伝える。
それに関しての返事はまだもらっていないのに、途中で話が脱線して栄養についても大雑把に教えて何とか納得してもらった。
とにかく話が一段落ついたとことで、私はまた思いついたので父に声をかける。
「お父様、もう一つ頼みたいことがあるの」
「ふむ、何だ?」
相変わらず興味津々といった表情で、父は娘の言葉を待っている。
それでも聞く姿勢になっているので、高望みが過ぎると怒られるよりは余程良いかと前向きに考えた。
「薩摩芋が欲しいわ」
「薩摩……芋? ふむ、自然薯と似たようなものか?」
自然薯は山芋とも呼ばれており、尾張にも自生している。
そして私の提案した芋だが、名前に薩摩とついているので九州地方が原産だと思っていた。
だが父は知らないらしく、ここで私も実はさっぱりですとは言ったら話が終わってしまう。なので、わかる範囲で少しずつ答えていく。
「ええと、薩摩芋は甘くて、荒れ地でも良く育つわ」
「ほほうっ! そのような芋があるのか!」
養蜂や養鶏と同じように、父は興味津々であった。
戦国時代は食糧が不足していて、特に甘味は貴重であると否応なしに実感させられる。
実際私も未来で女子高生をしていた頃は、甘い物は大好物だった。
今は大名の娘なのでたまに口にできるが、それでは全然足りないのである。
「お父様が知らないのなら、薩摩国が秘匿してるのかも知れないわ。
外国商人を頼ったほうが良いでしょうね」
尾張の情報に詳しい父が知らないことから、秘匿してるか伝わっていないかも知れない。
それならばと、明か南蛮の商人に探してもらうのだ。
取りあえずパッと思いつく褒美を口に出し終えた私は、父が許可してくれるかどうかと、緊張しながら待つ。
すると彼は吉法師のほうに顔を向けて、今までのやり取りをきちんと書類に書き記したことを確認する。
次に私に向き直って、真面目な表情で声をかける。
「美穂に詳しい説明を求めるが、問題はない。詳細が判明し次第、順次手配しよう」
「ありがとうございます」
問題なく褒美を授かると聞いて、私は父に深々と頭を下げる。
これで終わりかなと思ったのだが、その後に何故かまた声をかけられた。
「それで、他に褒美はないのか?」
養鶏と養蜂と薩摩芋の三つも褒美を貰ったので、これ以上は不遜ではないかと思い、おずおずと口を開いた。
「あの、お父様。これは私への褒美なのよね?」
先程のお礼は畏まった態度だが、あまりに予想外だったのでつい素に戻ってしまう。
「その通りだ。しかし、尾張の発展に繋がる物は褒美とは言えぬな」
父にそう返答されて、私は首を傾げる。
「そうかしら?」
「そうだ」
私は自らの欲望に忠実なので、高級食材の増産と安定供給を目指す。
父が言うように上手くいけば尾張が豊かになるが、それも絶対ではないのだ。
「でも、必ず成功するとは限らないわ」
なので私は小さく溜息を吐いたのだが、父は逆に挑発的な笑みを浮かべる。
「ならば、できぬのか?」
「できらぁ!」
売り言葉に買い言葉であり、またもや父の挑発に乗ってしまった。
だがしかし、私も自らの食欲を満たすために、絶対に成功させるつもりで挑む。
なお父だけではなく吉法師も、笑顔でこちらを見ていることに気づいたので、反射的に声をかける。
「吉法師はあとでボコるわ」
「理不尽!?」
「姉を嘲笑った罰よ」
その後は、パッとは思い浮かばなかったので、後日に回すことになった。
そして父に頼まれて医学に関しては他の業務の合間に少しずつ執筆しているが、それとは別に欲しい物をまとめた書物の作成も要求された。
こちらは順次林さんが回収することに決めて、本日の会議を終えるのだった。
しかし、退室する前に思い出したことがあったので、立ち上がった状態で父のほうに顔を向ける。
そして、おもむろに声をかけた。
「一つ、伝え忘れていたことがあったわ」
「ふむ、何だ?」
私はここ最近の父の食生活を、使用人や家臣、さらに吉法師に聞いたことを思い出しながら口に出す。
「酒の飲み過ぎや塩の摂りすぎは体に毒よ。
少しでも良いので、控えてちょうだい」
「むっ、わかった。善処しよう」
私は別に医者ではないが、学校で習った保健体育や家庭の医学はある程度知っている。
他人の生活には極力口を出すつもりはなかったが、聞いた限りでは父の飲酒や塩分摂取はかなり多く、このままでは早死しかねない。
なので、忠告ぐらいはさせてもらう。
「お父様には、長生きしてもらいたいわ」
「ああ、儂も早死はしたくはない。
稲荷神様の知識は、事実なのであろう」
私は小さく頷いて肯定を示した。
ついでに子供は大人以上に酒は毒だと伝えて、吉法師には飲ませないことも伝えた。
どうやら日常に潜む毒物も、現在執筆中のなんちゃって医学書に書き記さないと駄目そうだ。
仕事が増えてしまったことに大きく溜息を吐いて、退室する前に褒美の感謝を込めて深々と一礼するのだった。




