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卵と栄養

 天下統一の道は急がば回れだ。まずは尾張の国力を高めて、周辺諸国とも互角以上に渡り合えるようにならなければいけない。

 上洛をするのはそれからだと、古渡城ふるわたりじょうの一室でそれを父から教わったあとに、思わぬ発言が飛び出した。


「美穂の貢献に報いるため、褒美を与えようと思うが、何か望みはあるか?」


 褒美とは、優れた働きをした家臣に与えるものだ。

 私としては戦国大名は家族経営で、娘の自分は村民から徴収する以外は、基本的に無賃金だと思っていた。


「うーん、褒美ですか」


 しかし、直接褒美をくれると言うならやっぱり欲しい。

 それでも突然聞かれるとは思っていなかったので、口元に手を当てて思案する。


(そもそも少し前に綿花の種を取り寄せてもらうように、頼み込んだばかりなんだけど)


 尾張は経済的には豊かなので、娘に褒美を与えるぐらいの余裕はあるのかなと前向きに考えた。


 しばらく、ああでもないこうでもないと悩んだ末に、頭にパッと思い浮かんだことを大声で口に出した。


「では、美味しい物が食べたいです!」


 人には三大欲求があり、綿花を栽培してお布団を作って快適な睡眠は手に入れる。これで一つは解消されるが、あと二つは手つかずである。

 なお私は色気より食い気で恋愛経験がゼロなため、性欲に関してはノーカンとする。


 それはともかくとして、父は意外そうな顔をして私をじっと見つめてきた。


「美穂は、今の食事では不満か?」

「ええと、……その」


 大名の娘として、庶民よりも凄く優遇されているので、家族の誰もが満足しているのは間違いない。


 しかし残念ながら私の根っこは、遥か未来の元女子高生で記憶や人格が、ガチガチに固定されている。

 それしか食べる物がないので、文句を言うなんて罰当たりで、いつも米粒一つ残さず完食していたが、心の中ではいつも美味しくないと思っていた。


「怒りはせぬ。正直に申してみよ」


 そして父は穏やかな表情で続きを促すので、私は覚悟を決めて正直に告げた。


「その……少し、美味しくないなと」

「食の質は庶民や並の武家よりも上なのだが、……まあ良い」


 やはり、普通の食事よりも贅沢であったことを再確認する。

 それなのに不満を口にしてしまい、何とも申し訳ない。


 未来の日本は美食文化が浸透していたが、戦国時代は食材や調味料が不足しており、調理方法も発展途上なので仕方ないと言える。


「では、高級食材を取り寄せるとしよう」


 父が顎髭を弄りながら褒美を提案したので、私は慌てて待ったをかけた。


「いえ、お父様! 食材に関連した新たな施設が欲しいのです!」

「どういうことだ?」


 どういうことと尋ねられても、私は頭があまり良くない。

 咄嗟の思いつきを言葉にするべく、あれこれ考えながら説明していく。


「当たり前ですが、食材は食べればなくなります」

「で、あろうな」


 確かに高級食材で一時的な満足感を得ることはできるが、そんなものではまたすぐに不満が出てくる。


「なので、私が増やします」

「「は?」」


 父だけでなく吉法師も唖然となったが、私の突拍子もない発言をするのはいつものことなので、すぐに冷静さを取り戻す。


「ええと、綿花は現在進行中。なら次は、養蜂ようほう養鶏ようけいかしら?」


 なお、彼らが落ち着いていても頭の足りない自分は、色々と考えることが多すぎて、思ったことをそのまま口に出してしまう。


「聞き慣れぬ言葉だ。美穂、説明をせよ」


 説明しろと言われても、自分もあまり詳しくはない。

 論破するゲームの苗木君のように上手くできるとは思えないものの、あまりにもいっぱいいっぱいで素の状態のまま口を開く。


養蜂ようほうは文字通り蜂を飼って蜜を、養鶏ようけいは鳥を飼って卵を入手するわ」


 本当にふわっとした説明だったが、自分は大雑把おおざっぱな内容だけは知っているため、これ以上のことは殆どわからなかった。


 しかし父は今の言葉でも十分に理解したようで、小さく頷く。


「大体の意味は理解した。

 思い出したが養蜂ようほうは古来より試みられてきたが、成功例は殆どなかったな」


 父の言葉を聞いて、私は今の日本にも養蜂ようほうが行われていることを知った。

 だが成功例が殆どないということは、きっと大陸からの輸入で蜂蜜を手に入れているのだろう。


「そして養鶏ようけいで卵を手に入れると言ったが、どう用いる。

 かえして肉を食すのか?」


 鶏肉を食べる文化はあるので、父もそう思っているようだが、私は首を振ってはっきりと答える。


「もちろん、卵を食べるわ」

「恐怖心や、それが悪行とは考えぬのか」


 卵を食べるのに抵抗があるかと聞かれて少しだけ考えたが、アレルギー反応も出なかったし、雛が入っていないので別に何とも思わない。

 そもそも未来では普通に食べられているので、今さら何も恐れることはなかった。


「雛鳥が入っていれば忌避感はあるけど、無精卵なら平気よ」

「無精卵? 卵に種類があるのか?」


 戦国時代には、まだ有精卵と無精卵の概念がなかったのだと知らされて、父の質問に答えるために私は再び頭を回転させて、たどたどしく説明していく。


 先程からの怒涛の質問責めで、もし自分が機械だったらオーバーヒートしそうだ。


にわとりは交尾をしなくても、雌だけで産めるわ。

 でもその卵は、どれだけ温めても孵化しない無精卵よ」


 それとも、一羽だけ雄を混ぜなければ駄目だったか。私は養鶏業者ではないので、その辺りはかなり曖昧だった。

 こちらも農法や道具と同じように、幾度となく試行錯誤をする必要がある。


「つまりは、食べても殺生にはあたらぬということか」

「命が宿っていないから、そうなるわね」


 何で殺生が出てくるのかはわからなかったが、命が宿っていない卵だ。

 食べても雛鳥が死ぬことはない。


 私は父の言葉を肯定するために、小さく頷いた。


「理屈はわかった。ならば何故、鳥の卵を食べる」

「美味しくて栄養が豊富だからよ」

「美味いのか? それに、栄養だと?」


 何だか、自分が戦国時代にない概念を口にするたびに面倒が増えていくような気がする。


 しかも父は自分が納得するまで、何度も質問責めをするのだ。

 吉法師は小姓こしょうとして会話の詳細を書物に書き残しているし、二人揃って楽しそうな表情を浮かべているので、好奇心が強いのかも知れない。


 これはもう逃げられないと諦めて、栄養について簡単に伝える。


「栄養は食物から摂れる、肉体を成長させる力のことよ」


 成長以外もするが、細かく説明しだしたらきりがない。


「そして卵は、栄養の全てを補えるの」


 物凄くざっくりした説明であった。

 しかしビタミンや栄養素について詳細を述べたところで、二人はちんぷんかんぷんだ。

 何より私の足りない頭では、彼らの質問責めで耐えきれる自信がなかった。


 そして未来では、卵は完全栄養食品と言われていた。

 食物繊維やビタミンCは含まれていないが、今はそんなことはどうでも良い。重要なことではなかった。


「にわかには信じられぬが、事実なのであろうな」

「私は嘘はつかないわ」

「で、あろうな」


 ぶっちゃけ私は嘘をつくのがド下手くそだし、正直者でありたいと思っている。

 そして未来で女子高生をしていたときから変わらずに、今では人格固定もあり、多分一生の付き合いになるだろうなと、心の中で大きな溜息を吐くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 辞書や学者先生の詳細な説明よりもザクッとどんな物かの説明の方が、私を含めて素人には分かり易いです。
[気になる点] まだ、13話目ですけど…。 まだ、内政パートで食事改善とか…。 完結するまで500話以上かかるのでは? 作者様、気力が持つのでしょうか…。
[一言] 稲荷様も、「卵」やってましたな。
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