暴君から解放されたので、暴君の弟と結婚することにしました
やっぱり大事にしてくれる人の方がいいですよね
私、思えば婚約者に気遣ってばかりでしたのね。
「ティナ!貴様、僕を侮辱する気か!」
「フレッド様…どう致しましたの?」
「なんだこの手紙は!」
「婚約破棄の通知及び慰謝料の請求書ですわ」
「何故!こちらから婚約破棄するのならともかく、そちらからの婚約破棄なのに慰謝料の請求など!」
「婚前から愛人を囲うからですわ。もう証拠は上がっていましてよ」
申し遅れました。私、コンスタンティナ・ノアイユと申します。侯爵令嬢ですわ。こちらは私の元婚約者、フレデリック・モンフォール様。公爵令息です。もう、正直顔も見たくなかったのですけれど…。
「愛人ではない!僕とリリは運命の恋人なんだ!」
「ではそのリリー様と新たに婚約なさればいいではありませんか」
「僕も父上と母上にそう言った!けれども父上と母上はリリとの婚約だけはならんと言って、お前との婚約破棄をどうにかしなければ僕を…」
「…廃嫡、ですか?」
「…そうだ。優秀な、弟を跡継ぎにする、と」
「まあ…それは…」
「ティナ、僕とやり直…」
「とても素敵ですわね!」
「え?」
「フィル様を応援致しますわ!」
「は?」
「あ、お義父様とお義母様に、フィル様との婚約であれば考える、その場合は慰謝料無しでも構わないとお伝えくださいませ。それでは」
ぽかーんとするフレッド様を使用人達に追い返してもらい、帰っていくのを部屋から見つめる。まさか私が、フレッド様をこんなに強気に追い返す日が来るなんて。嘘みたい。
もう、昨日までの私には戻りたくないな。
ー…
「ティナ!」
「はい、フレッド様」
「お前は侯爵家から我が公爵家に嫁ぐのだ!僕をもっと敬え!」
「はい、フレッド様」
「ふんっ!あのおもちゃを持ってこい」
「はい、フレッド様」
「僕の隣であの物語を朗読しろ」
「はい、フレッド様」
「僕はお前を貰ってやるんだ。感謝しろ」
「はい、フレッド様」
幼い頃からこうでした。フレッド様に気遣ってばかりで生きづらい人生でした。フレッド様は私に甘えているのだと自分に言い聞かせて、いつか分別のある歳になればフレッド様も変わってくださると信じてきましたが、むしろ歳を重ねる程にフレッド様の私に対する態度は酷くなっていきました。貴族学院に入ると、理不尽はさらに加速します。
ー…
「ティナ!なんだこの成績は!」
「え?フレッド様の婚約者として恥ずかしくないよう、一位を取ったはずですが…」
「何故僕より良い成績を取るんだ!僕を侮辱する気か!」
「…申し訳ございません」
「僕より格下の癖に!反省しろ!」
「申し訳ございませんでした」
フレッド様は、自分より出来のいい弟であるフィル様…フィリップ様に嫉妬していました。そしてそのフィル様にぶつけられない悪感情を私に向けていらしたのです。
それでも私は、フレッド様が好きでした。何故かは自分でも分かりません。ただ、気付いた時にはフレッド様を好きでした。いえ、もしかしたら依存していただけなのかも知れません。
ー…
貴族学園に入ってしばらくすると、フレッド様に女の影が見えました。名をリリー様。平民の方ですから姓はありません。私とフレッド様の不仲の噂を聞きつけてフレッド様を誑かしたようです。我が貴族学園において、平民…しかも特待生は、物珍しいのです。すぐにフレッド様との仲は公然の秘密となりました。
「ティナ!」
「はい、フレッド様」
「貴様、リリを虐めたらしいな!」
「そのようなことは…」
「惚けるな!リリに僕と別れるように迫ったのだろう!」
「いえ、ただ、愛人になりたいならもう少し大人しくしておいた方が他の貴族の皆様から虐められたりせずに穏やかに過ごせるとお伝えしただけですが…」
「なに!?リリを脅したのか!?しかもリリを愛人呼ばわりだと!?」
「…フレッド様」
「もう貴様の顔も見たくない!僕とリリの幸せを邪魔するな!」
「…はい、フレッド様」
その日から私はフレッド様の前に出ることは無くなりました。意図的にフレッド様を避けました。たまにリリー様とフレッド様がイチャイチャと過ごしているのを、遠くから見つめるだけの生活。地獄でした。寮の部屋で隠れて泣き続ける日々。辛くて辛くて、ある日ベランダに出て満月に向かって問いかけました。私は一体どうしたらいいのですか、と。そうしたら、なんと返事が返ってきたのです。
「別れちゃえばいいよ」
「え?」
「義姉上、薄着でそんなところにいたら風邪引くよ」
「フィル様!?何故女子寮の中庭に!?」
「そこは、ほら、ちょっと義姉上にしか見えない、聞こえないように透化の魔法と防音魔法をちょちょいと」
「…!?何故そんな上級魔法を…!?」
「ほら。俺、兄上と違って天才だからさ。あ、ちょっと部屋にお邪魔しまーす」
「テレポート魔法まで!?規格外過ぎませんか
!?」
「姉上、確かに俺透化の魔法と防音魔法使ってるからバレないけどさ。声大きい」
「!…失礼しました」
「うんうん、素直は好きだよ。でさあ、義姉上。あのバカ兄と別れる気ない?」
「それは…」
だって、どんなに辛くても、フレッド様が好きだし、そもそも侯爵令嬢が公爵令息に婚約破棄を突きつけるなんて出来るわけない。家族の立場が悪くなるかもしれないのに。なんでフィル様はそんな意地悪なことを言うのだろう。私の胸が痛むだけなのに。フィル様は、いつもは優しく紳士な方なのに。
「義姉上さぁ。もしかして自分だけが苦しんでると勘違いしてない?」
「え…」
「言っとくけど。俺も父上も母上も、あのバカ兄の義姉上に対する態度は目に余るし何度も窘めてるから。それでも変わらないバカ兄と、一つも弱音を吐かないお優しい義姉上にどれだけ心を乱されたことか。義姉上のご両親とお兄様も相当腹に据えかねているよ。特にあのリリーとかいう女の存在が決定的だったね。我が公爵家は君の侯爵家に婚約破棄され慰謝料を請求されることが決まった。このままじゃ社交界の笑い者だ」
「…!?」
「だからさ、もういっそ、周りに流されて婚約破棄するんじゃなくて、あのバカ兄と心から決別してくれない?んでもって、あのバカ兄が廃嫡された暁には、次期公爵である俺の婚約者になってよ」
「は、廃嫡!?」
「公爵家の面汚しだもの。それより、お返事は?」
「え?え?」
「あのバカ兄を捨ててくれる?」
「あ、えっと、でも、私はフレッド様が…」
「俺じゃダメなの?」
「え」
「俺なら浮気しないし、こんな風に泣かせないし、そもそも邪険にしないし。大切にするし、そもそも義姉上のこと好きだし、なんなら愛してるし」
「!?」
「あれ?義姉上は覚えてない?まだバカ兄が俺に対して暴君だった頃、俺が隠れて泣いてたら義姉上がにっこり微笑んでハンカチ貸してくれてさ。俺、それで義姉上が大好きになって、なのにそれをどこからか知ったバカ兄に先に婚約を申し込まれて。俺の代わりに義姉上が虐められるようになったのを知ってから、俺、何度も両親に掛け合ったんだよ?義姉上をあの暴君から解放しろって。んでもって出来れば俺の婚約者にしてくれって。でも、なんかオトナの事情とやらで無理だった。…ごめんね、こんなに遅くなって」
「…フィル様」
「…あのバカ兄につけられた傷は、まだこんなもんじゃないでしょ。もっといっぱい泣いていいよ。俺が抱きしめてあげるから、泣いて泣いて、そのまま涙と一緒にバカ兄への気持ちも枯らしちゃいなよ」
「…ぅ、ぐすっ…うっ…」
「うん、声上げて泣いていいよ。部屋にも防音魔法使ってるから」
「ぅ…うぁああああああ!」
「ごめんね、義姉上。遅くなって、本当にごめんね」
ー…
そして現在に至ります。
「義姉上ー。あ、もう違うか。コンスタンティナ嬢ー」
「フィル様!?テレポート魔法でいらしたのですか?」
「うん。なんか兄上からコンスタンティナ嬢が嬉しいこと言ってくれたって聞いたからさ。本当に俺を選んでくれるの?」
「えっ。あ、えっと、その…」
「うん」
「は、はい…」
「ありがとう、コンスタンティナ嬢。ティナって呼んでもいい?」
「はい、フィル様」
「大好きだよ、ティナ。愛してる」
「フィル様、私、あの」
「うん」
「今すぐには、難しいですけれど、いつか私もフィル様を愛したいです」
「…!」
「私の目を醒ましてくれてありがとうございます、フィル様。まだ恋愛感情じゃないですけれど、大好きです」
「ティナ!」
私を抱きしめてくるくる回るフィル様。すぐに私の両親とお義父様とお義母様にフィル様との婚約を伝えました。
ー…
私とフィル様は学園も無事卒業し、今日はフィル様との結婚式。ついでに言っておくと、フレッド様は廃嫡されて貴族学院も自主退学。その後すぐリリー様に捨てられたとか。今は平民として貧しく苦しい生活を送っているそう。リリー様も、それまで静観していた学園が突然態度を変えてリリー様の行動を問題として退学処分に。多分、公爵令息が廃嫡にまで追い込まれ、その後捨てられたのが問題になったのだと思われます。退学処分になったリリー様は、奨学金として認められていたお金の一括返済を求められ、借金まみれになったとか。
「ティナ。ウェディングドレス、すごく良く似合ってる。可愛い」
「フィル様もタキシード姿がとっても素敵ですね」
「ティナにそう言ってもらえるだけでタキシード着た甲斐があったよ」
フィル様は私の頬にそっとキスを落とすと、真剣な表情で私を見つめます。
「フィル様…?」
「ティナ、愛してる。ティナは…?」
そんなの、決まっています。
「もちろんフィル様を愛しています!」
「ティナ…!」
私、とっても幸せです!
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