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「イヅル~!」

 俺がちょうどマンションを出たタイミングで、アイツがこちらに向かって手を振りながら駆け寄ってくる。

 ふわふわとした黒髪が揺れる。

 ……なんというか、犬のしっぽみたいだ。

「はよ、ジョウ」

「おはよ」

 挨拶を交わしたのは幼馴染の楠木ジョウ。幼稚園の頃からの付き合いで、家は近所だった。だったという過去形なのは、俺の一家が途中で同じ市内とはいえ、マンションへ引っ越しをしてしまったからだ。それ以前に住んでいた、こぢんまりとしたアパートの隣がジョウの家だった。

 親同士も仲がすごく良くて、両親も多忙になる前だったので、夏休みには家族ぐるみでバーベキューをしたり、ちょっとした旅行に行ったりもしていた。

 中学に上がる直前にマンションへ引っ越したのと、仕事が忙しくなったのもあって家族ぐるみでの付き合いはなくなったが、ジョウとは疎遠にはならなかった。

 それどころか小学校も中学校もずっと同じクラスで、高校でも同じ所へ入学した。高一の時もクラスは一緒だったので、腐れ縁というレベルは越えているのではないかと思っている。 

高校に関していえばジョウのレベルに合わせて俺は学校選びをしたっていう下心は実はあるのだが、ここでは割愛する。

「今年も俺たち同じクラスだったらいいよな」

 思わず心の声が出てしまった。まぁこれくらいは許容範囲だろう。それにジョウはこれくらいのことで気持ち悪がったり引いたりしない。

「お~そうだな! うんざりするくらい一緒だしな!」

「うんざりは余計だ」

 通学路を歩きながら他愛もない会話をする。ジョウは余計な一言を度々発するが、嘘はつかない人間なので、気が楽だ。嫌なことは嫌だというし、曖昧なことを絶対に言わない。

 裏表のない性格で、誰とでも気軽に話せる上にスポーツ万能で顔良しスタイル良し。欠点として勉強は苦手だが、そこで親しみやすさがある。もうそうなればモテない理由はない。成長と共に美しさに磨きがかかっているせいか、バレンタインに貰うチョコの数は毎年毎年記録を上塗りしていく。

 今年の二月は五十五個と言っていた。恐ろしき親しみやすいイケメン……。ラノベ主人公だってそんな貰わねぇだろ……。

 ちなみに俺は何個かというと今年は七個だ。根が陰キャでオタクの割には貰っている方ではないだろうか。全部ジョウのおこぼれ的なものだけど。

 俺の趣味を知ると大抵の人は「何でジョウと一緒にいるの?」と聞いてくるが、実はジョウもアニメや漫画を好む。

 専らスポーツの話を周囲から振られるのでそっちの方面が好きだと思われがちだが、それこそ俺がオタクになる切っ掛けを与えたのは他の誰でもないジョウなのだ。

「なぁイヅル話聞いてるか!?」

「……悪い、聞いてなかった。なんだ」

 余計なことを考えている間にジョウが何か言っていたらしい。少し機嫌を損ねているのか、元より切れ長の目を更にきつくして睨んでいる。燃える炎のような真っ赤な瞳も、怒気を孕んでいるせいか、いつもより強い赤に見える。

「折角、頭痛ひどくないって話してたのによぉ~。俺の親友はひでぇなあ……」

 ちょっと怒ったと思ったら今度はしょんぼりしている。その様子は、まるで耳が垂れ下がった犬だ。

「薬なしで和らいでるのか?」

「そうなんだよ! 薬飲みすぎると今度は薬が原因で頭痛酷くなるらしいから、できれば飲みたくねぇし、ちょうどよかったわ」

「それは良かったな」

 ジョウは見た目通りの健康さでインフルエンザはおろか風邪もひかないような男だが、なぜだか中学生のころから頭痛だけは頻繁に起こす。低気圧による影響でも本人のストレスでもない。肩こりとも無縁なので、それでもない。

 実のところ、決まって俺がジョウの告白現場を見た後に、ジョウが頭痛を発症しているのだが、そんなことを言えるはずもなく、今に至る。

ジョウはなにも俺に隠さないのに、俺だけ隠し事をしているのはよろしくはないと分かってはいるがこればっかりは言いにくかった。

「今年もきれいに咲いたな」

 後ろめたさを出さないように話題を変えた。通学路の桜並木は本当に美しい。

 俺が桜並木を見ているとつられてジョウもそれを見る。

「おおそうだな! 終わる前に花見行きたくねぇ?」

「いいなそれ、いつにする?」

 次の土日とかどうよ? なんていいながら歩く。

 俺のこの穏やかだった春が今年で最後なんて、この時はまだ知らなかった。

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