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「で、ここが化学室で……」
それから約束通り一木に学校案内をしていた。若干暑かったのでペットボトルの水を飲みながら。ちなみに一木はパック紅茶を飲んでいた。ストレートティーが好きらしい。
「奥の図書室で最後だ」
図書室の方を指さす。三階一番奥の図書室は、場所が場所なだけあってあまり生徒が立ち寄らない。時々図書室がカップルのイチャつく場所になっていたが(爆発しろと俺は常々思っていた)、今年から変わった司書の人がそういうことに対しメチャクチャ厳しい人で、今はそれも含めて前以上に訪れる生徒が減った。普通に本を読んだり、勉強をするのにはもってこいだろう。
それを一木に伝えると、勉強が捗るのはありがたいと言っていた。
「これで終わり」
「ありがとう」
気付けばもう空の色は茜色と紺色が交わり始めている。想定していたより遅くなってしまった。
「……結構暗いけど大丈夫か? 送るろうか?」
それが気になるともうそう言うしかなかった。
一木は何を思っているのか、目を丸くしている。
「いいの?」
「おう」
「……じゃあ、甘えさせてもらおうかな」
そういうと口角を少し上げた。一木は意外と笑う。
下駄箱までとりとめのない話をする。
「イヅルくんは何が好きなの?」
「何が、っていうのは趣味的なやつか?
「うん」
「それなら二次元かな」
「二次元?」
「アニメとか、ラノベとか……。まぁ、そういうの」
「そうなんだ」
「おうよ」
話はここで途切れるかと思っていた。そうすると絶妙に気まずくなるから次は何を言おうか、と思っていたら、一木は話の深堀をしてくれた。
「何かきっかけとかあったりしたの?」
「う~ん……。そうだな、強いて言うなら俺一人っ子で、しかも親が家にいない時間が多かったからな。一人でできるものを必然的に好んだというか」
「ああ、なるほどね……」
「お前は?」
「私は読書。イヅルくんの好きなラノベとかではないけど」
「何読むんだ?」
「ミステリーかな。あとは人間ホラーとか」
「人間ホラーってなんだそのジャンル……」
「幽霊は出てこなくて、結局人間が一番怖いよねってタイプの本ね」
「そ、そうか……」
それからも好きな食べ物の話や、これまでの友人関係の話をした。俺も一木もなんとなく好みや行動が似ていて、共通点多いね、なんて話もした。
話していたら学校の端っこにいたというのにもう下駄箱だった。
「一木はどっから来てんだ?」
「私はU駅から」
「おっけ。じゃあ駅まで送るわ」
「イヅルくんも電車通学?」
「いや、俺は徒歩だけど。送るって言ったのは俺だし」
「……うん、ありがとう」
あ、また笑った。
校門を出てからもゆるく話をした。いつもの俺の歩幅だとどうしても一木の横に並べなかったので、少し速度を落とした。
学校から駅までは確か十五分程度の距離だ。現実の女子に対してあまり興味がなくて話が続かない俺でも、何故か一木とは水が流れるようにスイスイ進む。
もっと話をしたいと思うが、時間は進むし、歩けば駅に着いてしまう。
駅に辿り着くと一木がまたふわりと笑った。
「わざわざここまでありがとね。じゃ、また明日」
「……おう。また、明日」
でも、まだ、もっと。
話がしたい……。
そう思った時には、もう体は動いていた。
「……なぁ一木」
一木の手首を掴んで、声を掛けていた。
驚いたのか思わず向こうも振り返る。
「……?」
「そ、その連絡先……。くれるか?」
こういうシチュエーションなら言うべきはこれじゃないけど、言いたいことはそれだった。
しかし緊張していて噛んでしまった。情けない。
「……いいよ」
拒否されるかと思ったがそうでもなく、一木は了承してくれた。
するとブレザーのポケットからスマホを取り出す。メッセージアプリのQRコードを提示された。
「読み込んで」
「おっけ」
QRを読み込むと一木のアカウントのアイコンが出てきた。大きな木が美しい写真だ。
本人に確認するとそれだと言われた。俺はスタンプだけ一つ押して、それ俺のだから、と伝える。
「……今度こそ、また明日ね。イヅルくん」
「ああ」
そういうと一木は改札の方へ歩いて行った。
俺はそこから見えなくなるまで見送った。




