奮闘☆アバラ骨団!!~お布団大爆発作戦始動の巻~
お布団大爆発のお題から考えたストーリーです。
ネタバレですが、お布団が大爆発します。
どうぞ、温かい目でお読みください。
「はい? 今なんつった?」
「だぁかぁらぁ! お布団を大爆発させましょうよ!」
お分かりいただけただろうか?
俺、沖田騎翔の目の前に居る、おめめぱっちりの少女と見紛う容姿を持つ、歴とした成人女性の発言を。
ふざけて言っているのなら可愛いもんだ。
「なに言ってんだよ、可愛い奴だなぁー、あははは!」で済む。
彼女、照井愛瑠は真面目も真面目、大真面目な発言をしているから、困りものなのだ。
なんで冗談じゃないか分かるのかって?
それはいつもその発言に振り回されている俺だから分かる事だ。
ここで皆さんにも分かりやすいように説明すると、俺と愛瑠は悪の組織に加入している。
そして、日々悪巧みを考え実行するのが、俺達の仕事なのだ。
近年では、悪の組織の人気が高まり、多くの組織が結成されてしのぎを削り、活動が激しくなっている。
そのお陰で警察とは別に悪の組織を専門に潰してくる組織すらも現れたのだ。
悪の組織撲滅組織。
更にこちらもそれに対抗して、その撲滅組織と戦う組織を結成。
悪の組織撲滅組織壊滅組織。(画数が多くてただただ見づらい)
もうここまでくると何の事か俺にも分からなくなってきている。
そんな俺達悪の組織は、今こうして次なる悪巧みのアイデアを組織のアジトの一室で会議していた。
「布団なんて爆発してどうすんだよ? それなら家ごと爆発してしまった方が派手で良いじゃないのか?」
「えぇー……それはやり過ぎじゃないですか? あくまでも皆が快適に眠れる布団だけをこの世から消して、快眠を妨げる事で世界征服をするんです! しかもこれ、布団だけだから、保険とか適用されませんよ!」
地味に嫌だな。
んー、そっちの方が長期的なスパンで考えるとえげつない気がするんだけどな。
どっちにしても、そんな布団だけ狙うなんて事出来るのか?
どうやって爆弾とか仕掛けに行くんだよ。
このアイデアはないな。
「良いぞ、愛瑠君! 次なる計画はお布団大爆発計画でいこう!」
採用されただとっ!?
「やったぁー!」
「ボ、ボス! 考え直してください! そんなの上手くいくはずないですって! 布団に爆弾を仕掛けに行くリスクの割に、リターンは布団が爆発するだけですよ!」
「ふふふ、その方が燃えるじゃないか」
皆さん、お分かりいただけただろうか?
ウチのボスはいつもこれだ。
この二人に振り回される俺の身にもなって欲しい。
悪の組織【アバラ骨団】のボス、中年にして筋肉隆々、身長は百九十は越えているであろう大男、藤堂土冬がいつも愛瑠のとんでもな発言を採用してしまうから全てが可笑しくなる。
この前は確か……「猛暑に入るから日本中の梅干しを買い占めて、熱中症防止を阻止して苦しめましょう」とか戯けた事をぬかしやがる。
ボスもその発言にテンアゲ(テンションアゲアゲ)しちゃって、もう俺には止める事が出来なかった。
結局はスーパーに梅干しを買い占めに行ったら、思った以上に梅干しの値段が高くて買い占めに失敗したんだけどな。
梅干し農家襲うなり、全部盗むなりすれば良いんじゃないかって言ったら「農家さんが一生懸命作ってくれてるのに、そんな酷い事出来ないです! 騎翔さんは極悪非道です!」と悪の組織とは思えない台詞を言われてしまった。
ここまで回想して思ったんだが、それなら布団は良いのか?
どういう工程かは知らないけど、工場の人達が一生懸命作ってるんじゃないのか?
「ボス! そうと決まれば善は急げ、風の如しです!」
「そうだな、愛瑠君! では、早速頼んだぞエジソン君!」
「委細承知。とっておきの爆弾をご用意致しましょう」
ボスがエジソン君と呼ぶこの華奢で陰湿そうなボサボサの長髪の男、江島紫尊は、アバラ骨団の開発者である。
これがウチの組織のメンバー全員だ。
少ない。
非常に小規模な組織で、ほぼ無害故に撲滅組織にも目をつけられずに済んでいる。
「あのぉー、その計画お待ち頂けませんか?」
低く籠った声が背後から聞こえて振り返る。
…………。
………………。
その場に居た全員が瞳を見開いて黙ってしまった。
「あ、失礼しました。私は布団です」
布団が布団と名乗った。
そう、目の前に現れたのは布団なのである。
比喩、誇張、虚言、一切なく布団である。
一時期流行って色んなジャンルの物体を擬人化させているが、そうじゃない。
間違いなく、紛う事なく、純粋にして、正真正銘の布団が居るのだ。
質感がふんわりしていて柔らかそうだから、羽毛の掛け布団だろう。
「えっと……どちら様でしょうか?」
「え、だから布団です」
おふ……そういえば名乗っていた。
それでも尋ねてしまいたくなるこの状況。
「ボス! 向こうからやって来ましたよ! 早速爆弾を埋め込みましょう!」
「ふはは、飛んで火に入る夏の虫ではないか! エジソン君!」
「えぇ、爆弾はこちらに」
お前ら適応力高過ぎないか?
さっきまで俺と一緒にきょとんとしてただろ。
なんで爆弾が既に用意されてるんだよ、こうなる事を想定してたのか?
「あの、だから出来れば……出来ればで良いので、止めていただけますか?」
低反発だな、布団だけに。
「そんな命乞いが我らアバラ骨団に通じると思うなよ、小僧よ!」
「ボス、彼女は女性ですよ! ワタクシって言ってましたもん」
「む? いやいや、愛瑠君よ、男でもワタクシと言う男は居る。それにこの低い声は男であろう」
「えぇー、でもでも、それはお布団だから声帯が人間のそれとは違うんじゃないですか?」
「おぉ、確かにそれは一理あるな。しかし、この布団堂々たる佇まいではないか?」
「そりゃあ、お布団なんだから堂々としてるでしょ。萎まれてたら嫌でしょ?」
「とはいえ、それが女性である、という事にもならんだろう!」
「それを言うなら、男性だって事にもなりませんよ!」
「なにを不毛なやり取りしてんだよ……」
「あ、いえ、羽毛です」
「やかましいわ!」
そこツッコミ入れるなら、女性か男性か答えてやれよ。
愛瑠とボスもいつまで性別の話題に拘っているんだ。
「……思ったのですが、布団に性別は無いかと」
「「あっ」」
江島さんがずっと黙って考え込んでいると思えば、性別を真剣に考えていたのか。
「正解です♪」
何故、喜んでいる。
当てて貰いたかったのか?
当てて貰いたかったから、黙っていたのか?
「私、布団を代表しまして、その計画は出来るならば阻止させていただきたいなぁ、なんて恐縮ではありますが思っております」
今会議で提案されたばかりの情報だぞ、何処から漏れてどうやって来たんだよ。
白いシーツに包まれたポピュラーな羽毛布団は喋りながら、うねうねと動く姿がシュール過ぎて話の内容もちゃんと入ってこないしツッコミ所も多いしで、こっちは気がそぞろだよ。
「いや! 絶対に爆発させるもん!」
お前の血は何色だよ。
布団に親でも窒息死させられたのか?
どれだけ布団を爆発させたいんだよ。
「そこを何とか……私こう見えて病弱で幼い頃から、病院生活で……」
布団が嘘をつくな。
「え、可哀想……」
「お前は信じるな! 布団が病弱な訳ないだろ。病院に居たなら、それは病院のベッドの布団だ」
「あ、そっか」
「ちっ」
舌打ちした!?
布団の何処に舌があるかは知らないけど、絶対に舌打ちしたぞ!
「本当にお願いします。私達布団は皆様の快適な睡眠を守る宿命の元に産まれた存在なんです。どうかその使命を果たさせてください」
「うーむ、そこまで言われるとなぁ、どうだろ愛瑠君。ここは一つ爆弾を埋め込むだけで暫く様子を見るというのは?」
「えぇ、そうですね。何だか可哀想な気もしますし、そんな使命があるなら今回は見逃してあげましょうか」
「本当ですか?」
……いや、俺は良いんだよ、別に見逃そうが爆発させようがね。
だけど、最初は人々の睡眠を妨げる為に布団を爆発させる予定だったんだろ?
その理由で君達は見逃して良いのか?
「ただし様子見なので、我々の監視下に入っていてもらうぞ?」
布団の監視って何だよ。
「はい! ありがとうございます! うぅ、もう感激です!」
【うもう】とか布団の癖に寒い事言ってんじゃねぇよ、大人しく暖めてろ!
「では、騎翔君頼んだぞ」
「はい。って、え? なんで俺なんですか?!」
「それは我々の中で一番まともだからだよ」
自覚はあったんだな。自覚があってやってる方が質が悪いよ。
「てか、嫌ですよ! 喋って動く布団と一緒に居るなんて!」
「騎翔さん、そういう言い方酷いと思いますよ! 布団にだって心があるんです!」
その布団を爆発させるつもりだったんだろうが!
それに布団にだって心があるって、この少しの間のやり取りで布団の何を理解したんだよ!
「ご安心ください、騎翔さん。爆弾は確と埋め込んでおきます」
江島さん、安心出来る要素は何処でしょうか?
「うむ! そうと決まれば今日の所はこれにて解散である!」
「俺は良いって言ってませんが……」
「騎翔様、不束者ですが宜しくお願い致します」
頭らしきものを下げているのだろうが、折り畳まれてるようにしか見えない。
てか、その嫁いで来たみたいな言い方は止めろ。
――こうして流れに流されて、布団を持って……いや、連れて帰る事となった俺。
街中では歩く布団が周囲の目を惹いて恥ずかしくて耐えられなかった。
少し年季の入った二階建てアパートの家へと帰って、夕飯を済ませ(無論、布団はご飯は不要である)、風呂に入り(勿論、布団は入らない)、テレビを観て(これは一緒に観た)、就寝の時間を迎えた。
「私を使われますか?」
「んー、さすがに生きてる布団を掛けて寝るには抵抗がある」
「そうですか……」
少し寂しそうに聞こえたが、そこまで受け入れるにはまだまだ時間が必要だと思う。
布団も俺の寝ている隣で横になる。(この表現は合っているのだろうか?)
「騎翔様は何故アバラ骨団へ入られたのですか?」
眠りにつく前に布団は問い掛ける。
静寂漂う夜に鈴虫の声だけが、背景音楽として心地好く鳴り響いている。
俺は間接照明の淡い光を見つめながら、苦い記憶を甦らせる。
別にそれが苦痛という訳でもない、今は気にしていない。
そう、気にしてなんかいない。
俺は今は、幸せである。
「あの、聞いてはいけない事でしたから無理には……」
布団の癖に気に掛けてくれているようだ。いや、掛け布団だけにというべきか。
「別に大して面白い理由でもないだけだよ。高校の時にイジメにあっていた」
「…………」
「イジメられた理由はよく分からない。だけど、それを相談なんてカッコ悪くて出来なかった。いや、当時の俺はそれがカッコ悪いと思っていた。陰でビービー泣きながら、イジメられる事に怯えている事しか出来ない自分の方がよっぽどカッコ悪いのにさ。それで何かそいつらを見返す、じゃないけど、俺が生きてきた意味みたいなのが、どんな形であれ欲しかったんだ。そんな時にボスと出会った」
相手は喋って動くとはいえ、布団だ。
何を話した所で独り言。
こういう振り返りも悪くない。
「泣き虫で臆病だった俺の事を必要だと言ってくれた。そして手を差し伸べてくれた。ボスの側に居ると勇気が湧いてくる気がするんだ。虎の威を借る狐ってヤツかも知れないけどな。つまり俺はアバラ骨団に救われて、ボスに憧れてるだけの何も変わってない臆病者さ」
あぁ、なんで最後に自分を卑下してしまうんだろう。
本当に自分は変われていないんだろうな。
変わりたい。
自分を変える為にアバラ骨団に入ったはずだ。
変われよ、俺。
「良いですね」
「はい?」
突拍子もなさすぎて何も理解出来なかった。
何が良いんだ?
相槌にしても適当じゃないか?
まぁ、俺がこんな返しづらい話をしてしまったのが悪いんだけど。
「私、布団だから泣けないんですよ。怒る気持ちも恐がる気持ちもよく分からないんです。布団はいつも寄り添うだけです。人が悲しい時は涙に濡らされ、怒った時は捌け口として当たられ、怯えた時はそっと包み隠してあげるだけです。羨ましいです。それにカッコ悪くて、カッコ良いですね」
カッコ悪くて、カッコ良い……。
どういう意味なんだろう。
カッコ悪いものはカッコ悪いじゃないか。
励ましのつもりか?
「……俺の何処がカッコ良いって言うん――」
「ぐがぁー」
嘘だろ……?
布団が鼾をかいて寝やがった。
しかも話の途中じゃねぇか。
眠くて適当に会話してやがったな……。
「はぁ……寝る。おやすみ」
元々独り言のつもりだったが、何だか真面目に話して損した気分だ。
鈴虫と布団の鼾のデュエットに耐えながら、俺も就寝した。
――「騎翔様、起きてください! 朝ですよ!」
朝、聞き慣れない声に起こされる。
「…………起きた」
「起床しましたね」
そういえば喋って動く布団を押し付けられて、家に連れて帰って寝たんだった。
「にしても、布団に起こされる日が来るとは……布団はニ度目の眠りへ誘うばかりかと思っていた」
「何寝惚けた事を言ってるんですか? それより外が騒がしいんですよ!」
寝惚けた、というなら布団が喋ってるこの状況こそがよっぽど寝惚けた出来事だよ。
ん、じゃない、確かに外が騒がしい。
サイレンの音も遠くの方から微かに聴こえてきている。
「何があったんだ?」
「分かりません」
「とにかく外に出てみるか」
すぐに着替えて顔を洗い、すぐに布団と共に外へ出る。
アパートから見渡す景色は周りの建物が遠くの視界を遮っていて、いつもと変わらない日常風景でしかなかった。
だけど、騒音は部屋に居る時よりもはっきりと聴こえる。
あちらこちらで悲鳴や怒声のようなものが入り交じる音、サイレンや銃器のような音まで聴こえてきている。
「なんだよなんだよ……ヤバいんじゃないのか?」
「そのようですね」
アバラ骨団のメンバーの顔が頭に過る。
「行くぞ!」
不安に胸が押し潰されそうになりながら駆けた。
恐らくはどっかの悪の組織が暴れているんだろうが、これ程の規模でやらかしているのは、自分が知ってる中では二度目だ。
それ以来、警察だけでは抑えきれないと撲滅組織が設立されたのだ。
まだこの辺りまで被害はきていないようだから、アジトもきっと無事だろう。
角を曲がり、そのまま真っ直ぐ走っていると前方を自分と同じ方向に照井愛瑠が歩いている。
「愛瑠!」
俺の言葉に何の様子の変化もなく愛瑠が振り返る。
こっちに気付くと大きく手を振ってくる、なんてマイペースなヤツだ。
「騎翔さんだ! おはよーですぅ!」
ピョコピョコと跳ねながら、無邪気に挨拶をしている。
愛瑠には辺りの騒音が聴こえてないのか?
「おはよ。って、そんな事はどうでも良いんだ。それよりこの騒ぎは何だか分かるか?」
「そぉなんですよね! とっても賑やかだから、私も気になってしまって、いつもより早起きしてアジトに向かってました」
言われて見れば愛瑠がこんな早い時間に来る事はなかったな。
大体は昼過ぎくらいか、これはこれで珍しい出来事という訳だ。
あ、夢中になって走ってたけど布団の存在を忘れていた。
と、心配したが後ろにピッタリとくっつくようについてきていた。
息一つ乱れてない、はて、乱れる事はあるのだろうか?
「布団の癖に速いな」
「軽いですから」
「それは布団が速い理由にはなりません」
「おやおや、随分とお布団さんと仲良くなったみたいで」
「やめろ! その茶化しは厳禁だ!」
何に期待しているんだ!
止めてくれ、俺だって普通に人間と恋愛がしたいんだぞ!
「昨晩はとても激しかったです」
「お前の鼾がな!」
感情とか分からないとか言っていた割にはお決まりのノリには乗れるんだな。
「おっと、こんな所にも居やがったぜ?」
「しかも弱そうな奴じゃねぇか」
前の方向から四人……いや、五人警棒や木刀を持った連中が現れた。
悪の組織らしい黒を基調とした動き易さを兼ね備えた制服を全員が着ている。
胸の部分には赤字でGのアルファベットが大きく刺繍されている。
「あなた達は何者なんですか?」
止めろ、愛瑠。
余り相手を刺激させるような言い方をするな。
どうにかしてやり過ごすべきだ。
「はん! 俺達は悪の組織GODだ。今まで暗躍してきたがようやく世界征服を執行する時が来たんだよ。さぁ、お前ら服従か死か選べ」
GODだと? 聞いた事がない。
恐らく奴らの言うようにずっと陰に潜み勢力を集めていたんだろう。
「多くの悪の組織が俺らに屈服して、GODの勢力は一気に拡大! まさに破竹の勢いってヤツだな」
奴らは笑う。
厭な、厭な笑い方だ。
人を馬鹿にしているような、見下しているような、玩具としか見ていないような、大嫌いな笑い方だ。
条件反射だろうか、身体が緊張し震える。
「私達はアバラ骨団です! あなた達みたいな極悪非道な組織に屈する事はないです!」
止めろ……。
止めろよ……。
逃げるんだ。
立ち向かうな。
俺には……そんな勇気も力もないんだ。
誰も守れやしない。
「?!」
背中に柔らかくもずっしりとした感触が当たる。
「大丈夫ですよ。騎翔様はカッコ悪くて、カッコ良いんです」
「意味分かんねぇよ……」
何だよ、俺にどうしろって言うんだよ。
無理だろ? どう考えたって勝てる訳ねぇじゃねぇかよ!
「ほぉ、女だと思って俺らが手を出さないとでも思ったのか? オラッ!」
GODのメンバーの一人が警棒を天へと掲げ勢いよく振り下ろす。
愛瑠は大きな瞳を瞑り、身を縮ませた。
そして俺は……俺は愛瑠の前に居た。
愛瑠に向けられた警棒は俺の頭を強打してきた。
意識が飛びそうな程の衝撃と激痛が襲う。
目尻の横を血が一筋の線を描く。
あぁー、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……恐い、怖い、逃げたい、戦いたくない、だけどそれ以上に大切な仲間を傷付けられたくない。
俺は……アイツと同じじゃない!
中学の時に親友だった。
そう思っていた。
だけど、高校に入って俺がイジメを受け始めたと知った途端に見る目が変わった。
いや、俺を視界から消した。
親友だったはずの俺は奴の存在から消えた。
それだけはしたくないんだ。
「おいおい、一丁前に女庇った癖に震えてやがるぜ?」
「ぎゃはは! ダッセー、正義のヒーロー気取っておいてそれかよ!」
止まらない。
罵られれば罵られる程に昔のトラウマがフラッシュバックする。
恐いんだ。
痛いんだ。
こんな時に都合よく強くなんてなれる訳ない。
痛いし、恐いし、悔しいし、頼りない自分に情けなくなって涙まで溢れる。
「騎翔さん……」
守るべき愛瑠にまでも心配される有り様。
本当にカッコ悪い……。
「おらおら! 正義のヒーローならちゃんと守って見せろや!」
警棒で俺の頬を殴る。
さっきよりかは軽めに殴っているようだが、脳が揺さぶられ、視界がぐるぐると回る。
気持ち悪さによろめき、踏ん張る事も出来ずに俺は地面へと這いつくばる。
痛い。
「や、止めてください! 騎翔さんにそれ以上の暴力は許さないです!」
愛瑠の言葉も虚しく他の連中も寄ってきて、腹や尻、顔に背中にと好き放題に俺を蹴る。
痛い。
「ぎゃはは! 泣いてやがるぜ! 男の癖に情けねぇ野郎だな、おい!」
心までも痛い。
やっぱり、俺は何も――
「そこまでだぁ!」
「だ、だれだ?!」
大きく響く声。
その声が聴こえて俺は更に涙を流す。
大丈夫だ、絶対にあの人は裏切らない。
俺達を見捨てない。
俺と違ってちゃんと守ってくれる。
それがアバラ骨団のボス、藤堂土冬という漢だ。
「ボ……ス…………」
虫の息の中、俺は声を絞り出す。
一軒家の屋根の上からこちらを見下ろして、大胆不敵に笑みで応えてくれる。
「騎翔君遅れてすまない。だが、よくぞ守ってくれた。そして生きていてくれた。後は我に任せたまえ!」
どうやって登ったのかは知らないが、屋根の上から高らかに叫んでいる。
ボスらしい。
屋根から塀へ、塀から地面へと飛び降りて俺達の元まで駆け寄って来た。
「お前がコイツらのボスか? ふん、少しは鍛えてそうだが、生身で俺ら五人を相手に勝てると思って――」
「黙らんかっ!!!!!!!!」
「「「「「………………」」」」」
鼓膜が破れそうな勢いの怒号が辺りの空気を振動させた。
「貴様らは我が同志の勇敢なる涙を侮辱した。その行いは万死に値すると思えっ!!!!」
さっきまでの厭な笑い声は聴こえない。
それどころか、あの見下し馬鹿にする声すらも。
「騎翔君。君の勇姿心へ刻んだ。この拳には君のその魂を宿し奴らを砕こう。それが君の強さだよ」
駄目だ……。
分かってる。
ただの慰めだと言うのは……だけど、嬉しい。
涙が止まらない程に嬉しい。
逃げなくて良かった。
何も出来なかったけど、殴られただけだけど、ちゃんと愛瑠を守ってやる事も出来なかったけど、何かよく分からない何かを守れた気がした。
「さぁ! クズ共、掛かってくるがよい! この藤堂土冬、とうとう怒涛の猛攻に耐えられるならな!」
ボス、それはちょっと何を言ってるか分からないです。
「な、嘗めやがって! やるぞ、お前ら!」
「「「「おぉ!」」」」
全力で振り下ろした警棒は、ボスの筋肉を纏った太い腕によって簡単に止められる。
「ノットジャスティスパーンチッ!!」
唖然とする男の顔面にボスの拳骨が炸裂した。
三メートルはぶっ飛んだだろうか。
人間を殴って、そんなに飛ぶんだな、なんて呑気に感心してしまった。
それほどまでにボスへの信頼は厚かった。
だけど俺の魂を宿したと言ってくれた拳の技のネーミングがあれではこっちが恥ずかしくなってしまうので、是非とも考え直していただきたい。
ボスは木刀を持った男を一睨みする。
男は一瞬身体を硬直させたが、すぐに叫びながら木刀を振り上げる。
その振り上げた手をボスは右手で止めて、がら空きの腹へとボディブローをぶちかます。
男は真っ青な顔をしながら膝から崩れ落ちた。
その二人のヤられっぷりをまざまざと見せつけられ、戦意を失い棒立ち状態の三人。
直ぐ様に近くに居た二人の頭を掴むと、互いの顔面同士をぶつけ合う。
物凄く鈍く痛そうな音と共に二人は地面へと沈んだ。
残りの一人が、ようやく自分の番だと気付いたのか発狂しなが逃げ惑い、距離を取ったと思ったら胸から銃を取り出した。
さすがにボスと言えど銃では太刀打ち出来ない……どうする?
「エジソン君!」
「委細承知」
ボスの掛け声と共に銃の発砲音が鳴り響く。
弾は間違いなくボスへと向かったが、透明な何かによって弾は防がれた。
「こんな事もあるかと思い、簡易式のバリアーを開発しました」
江島さん、こんな事をどう想定するんだよ。
「くくく、来るなっ!」
ボスは散歩でもしているかのように歩いていき、男は二発目、三発目と無駄である銃を射ち続ける。
「これが貴様らが馬鹿にし笑った漢の勇敢な涙がもたらした結果だっ!!!!!!!!」
ボスが渾身の一撃のアッパーを放つ。
人間が高く舞い上がり、どさりと音を立てて落ちた。
これがアバラ骨団のボスだ。
強くて、優しくて、面白い事が大好きで、変な指令を出してきて、行き当たりばったりで、大雑把で、俺に勇気を与えてくれる。
「だからアバラ骨団に入られたのですね」
布団が優しく起こしてくれる。
出来れば、あちこち痛いから布団なら寝かして欲しい所なんだけどな。
「ボスゥゥゥゥゥゥ!!」
愛瑠は泣きながらボスへと飛び付いた。
ボスは愛瑠の頭を軽く撫で、俺の方を見て笑う。
この笑いだ。
同じ笑うでも、俺はこの晴れやかな笑顔に惚れたんだ。
「さぁ、騎翔君。後は撲滅組織が鎮圧していっているようだから、安全な場所で休んでいたまえ」
「はい、そうさせて貰います」
「いえ、ボス。どうやらそうもいかないようですね」
「ん?」
江島さんは何故か空を見上げていた。
そしてその答えは、その視線の先にあった。
巨大な飛空艇が遥か上空に浮かんでいたのである。
『我らは悪の組織GODである! 東京の都民よ。無駄な抵抗は止めて大人しく我らに服従を誓え。ならば、命は助けてやろう!』
その飛空艇のスピーカーから、男の声が東京一帯に響き渡る。
「エジソン君、なんだねあれは?」
「恐らくはGODの秘密兵器かと……」
まさかあんなドデカイ兵器を奥の手に持っていたとは……いや、首都制圧の為には最初から隠すつもりはなかっただろう。
ある程度、地上が混乱をしている中で投入されれば、当然上空からの脅威に対する迎撃の準備は遅れる。
その隙をついて素早く制圧するつもりなんだろう。
「これはさすがの我でも手に負えんぞ……」
ボスですら苦い表情で天を眺めるばかりだ。
「まだ手はあります」
その言葉に全員が布団へと視線を向けた。
「お布団さん、どういう事?」
「私の中の爆弾です。あの飛空艇の中にさえ潜り込めれば、コクピットなり、エンジン部なりを一緒に破壊して止める事が出来るはずです!」
「いや、そもそもあそこまで行けないだろ!」
あんな空の上にどうやって行くんだ。
いくら羽毛でも翼は無いんだから、飛べる訳じゃないよな?
「こんな事もあろうかと、パラジェットを用意してある」
「なんでだよ!」
江島さんはひょっとしてドラ○もんか何かなのかも知れない。
パラグライダーの形をしており、小型ジェットが搭載されたパラジェット。
これであの飛空艇まで行くのか。
甲板部まで乗り込めたら、何とかなるな。
「ふむ、なら我が行くとしよう」
「ボスは無理です」
「何故なんだ、エジソン君!?」
「重量オーバーです」
確かにボスは百九十以上の高身長の上に、肥満と間違う程の筋肉を持っている。
「じゃ、じゃあ、私が行きます!」
今度は愛瑠挙手する。
「いや、駄目だ。俺が行く」
「え、でも騎翔さんは身体がボロボロです! 騎翔さんこそ無理したら駄目ですよ!」
「パラグライダーもやった事あるし、乗り物の運転は得意な方だ。乗れれば良いってもんでもないんでしょ、江島さん?」
「そうだな。騎翔さんの方が適任だな。後、脱出用のパラシュートだ。これは自動で開いてくれるから、飛び降りるだけで良い」
なんでそんなに用意周到なんですか、江島さん。
「分かりました。ありがとうございます」
「では、騎翔様。行きましょう」
「騎翔君! 無理は禁物だ! 我がアバラ骨団に君は必要なのだからな!」
「ボス……」
また泣きそうになるのをぐっと堪えた。
その言葉が俺を強くしてくれるんだ。
ボス、ありがとうございます。
「はい、行ってきます!」
布団を身体に巻き付けて、パラジェットに乗る。
ジェットがゆっくりと唸りながら、勢いを増していき前へと進み始める。
そして、そのまま空へと飛んだ。
想像以上の勢いでコントロールが難しかったが、次第に慣れていき何とか乗りこなせた。
愛瑠でなくて本当に良かった。
飛空艇へと徐々に近づくと向こうからの射撃が、パラジェットの間近を掠める。
「気付かれた!?」
一発でも当たれば洒落にならない。
直線で向かうのは諦める。
飛空艇の周囲を旋回しながら、時には高度を下げて、何発か弾がパラジェットに掠めるもすれすれで避け続ける。
「あの、騎翔様。大丈夫でしょうか? このままでは――」
「大丈夫! 頼りなくても、情けなくても信じてくれ! 操縦だけは自信がある。慣れるのに時間は掛かったけど、もういける!」
「騎翔様……」
一瞬、ジェットを弛めて急激に減速する。
前方には狙っていたであろう弾が何十発と横切る。
そして、一気に加速。
真上には上昇出来ないので目一杯の角度をつける。
フルスロットルで飛空艇の表面すれすれまで近付く。
ここまで密着すれば、そう簡単に射撃で狙えないだろう。
予測通り射撃される気配は無くなり、そのまま上昇を続けて甲板部まで駆け上がる、いや翔け上がった。
「到着だ! だが、もうバレてるはずだ! 俺が囮になるからその隙に布団はコクピットを目指してくれ!」
「その必要はありません。私は布団です。怪しまれても何かされる事はありません。ですので、騎翔様はすぐに飛び降りてください」
そう言われれば確かにその通りだ。
だが……流れでここまで布団を連れて来たけど、つまりは布団は爆発して失くなるって事だ。
「騎翔様」
「ん?」
「私は騎翔様が本当にカッコ良く思いました。そして、私の憧れにもなりました。自分という人間を変えるなんて簡単になんて出来ません。なのに、貴方はとても強く変わっていった。私も布団として人々と寄り添う存在として生きるだけでなく、一度くらい人々を救うヒーローとして大それた野望を抱こうと思います。布団としての宿命に猛反発してみます、なんてね」
「……やかましいよ」
「だから、ここでお別れです。さよなら!」
「おい、待て! まだ!」
布団に押されて飛空艇から落ちる。
落下速度はジェットコースターの比ではない。
あっという間に布団の白が小さく見えなくなってしまった。
息が、苦しい。
それもすぐに無くなる。
江島さんのパラシュートはしっかりと作動して、一瞬ぐいっと引っ張られるような感覚がしてダメージを受けていた俺の身体には堪えたが、その後ゆっくりと降下していった。
布団がどうなったか、どうなるのか、もう分からない。
布団の言う通り、黙っていればただの布団だ。
不審に思われたとしても、わざわざ引き裂かれたり、拘束されたりはしないだろう。
何やら声が聴こえて下を見る。
アバラ骨団のメンバーが心配そうに俺の事を見ている。
いつかこの眼差しも、ボスと同じような安心と信頼の眼差しに変えていきたいな。
そんな想いを抱きながら、地上へと着地した。
上手く着地出来ずに地面に倒れながら、パラシュートの紐が邪魔で上手く起き上がれずに皆に手伝って貰う。
どこまでもカッコ悪いな俺。
「お布団さんはどうなりました?」
「分からない。だけど甲板には辿り着けた。後は布団が上手くやってくれる事を祈るしかない」
「なるほど、だったら後はこの起爆ボタンを押すだけだね」
江島さんの手には布団に埋め込んだ爆弾を起爆するためのスイッチが握られていた。
布団が上手くやるって何だよ、と心の中で自分にツッコミながらも、そのスイッチを見て、作戦成功は布団の消滅を意味する事実と向かい合う。
悪い奴ではなかった。
『おい! なんだ、この布団は!? 身体に巻き付いてきやがった!』
飛空艇に搭載されているスピーカーから声が聴こえてきた。
『ふふふ、私をただの布団だと思っているならお門違い、いいえ寝床違いとでも言いましょうか』
『ふ、布団が喋っただと!?』
何やら向こう側がざわついている。
当然の事だ、布団が動いたり喋ったりしていれば、誰でもそうなるだろう。
『私はある組織の人と一日だけですが、お世話になりました。その方は自分の事を情けなくてカッコ悪い、そう思っている方です。でも私はその方の強さとカッコ良さを目の当たりにしました。まぁ、目はありませんが!』
「布団……」
大事な所で、そういうの挟まなくていいんだぞ。
『ふざけるな! さっきから訳の分からん事を布団ごときがごちゃごちゃと! おい、コイツを引き剥がせ!』
『私だって、布団としての意地があります。騎翔様が命懸けで作ってくれたチャンスなんです! 感情のない私が少し熱くなってしまうくらいです! 私だって命を懸けて――』
「ちょっとお布団さんの話が長いので、押しますね」
「はい?」
「えいっ!」
「「「あっ」」」
止める間もなく、愛瑠は江島さんの持つ起爆スイッチのボタンを『ポチッとな』していた。
「あなたは鬼ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
『ピピピピピピ』
『お、おい! なんだこの音は?』
『えっ? ちょっとまだ話を!? くっ、布団がふっとん――』
天空から轟音と共に激しい衝撃波を放った。
巨大な飛空艇は猛烈な爆発により、文字通り粉砕される。
爆風は地上にまで伝わり、立っているのが精一杯な程の風圧を全身に受ける。
ボスが機転を利かせて、全員を抱え込むように庇い爆風を凌いでくれた。
……。
…………。
………………。
時間にすればほんの一瞬だったのだろう。
だが、その一瞬が俺達に強烈なインパクトを与えて、ボスに抱えられたまま暫くの静寂。
完全に爆発が収まったのを確認し、ボスは俺達を解放する。
そして、皆で先程まで空を占拠していた飛空艇の場所へと視線をやるも見る影も無くなっていた。
色々と、色々とツッコミたい事がある。
まず……何故あのタイミングでボタンを押した?
普通、一般的にああいうのって最後まで聞いてから、涙を流しながら、意を決して押すものだろ?
次に、最後に残す台詞が何故駄洒落なんだ?
あれだけ良いことを言おうとしてて、なんで最後に絶対言っておかなければいけないみたいに必死に「布団がふっとんだ」を言おうとしたんだ。
そして三つ目は、爆弾の威力可笑しくない?
ね? ね? ねぇ?!
だって、当初は家にある布団を爆発させようぜ! って計画でしょ?
俺が家ごと吹き飛ばすって話には反対だったよね?
あれ、町ごと吹き飛びますよ?
何なら、あんな危ない爆弾を埋め込んだ布団と俺は一夜を共に過ごしたんですよ?
江島さん?
どういう事かな?
「ふふ、こういう事態を想定して最大火力の爆弾を用意しておいて良かった」
「うむ、エジソン君! さすがだぞ!」
おいっ!
そんなご都合主義があってたまるか!!
そもそもこんな事態を想定出来るなら、こうなる前に叩き潰しておいてくださいよ!
「ふん、きたねぇ花火ですね」
「いや、何処の戦闘民族の王子だよ……」
こうして俺達の奮闘は静かに終わりを告げた。
勿論、飛空艇とボスを失ったGODの士気は下がり、大方は撲滅組織と警察に取り押さえられ、自ら投降する者も少なくなかった。
――それから一週間の時が過ぎた。
「じゃあ、今度は何を爆発させましょうか?」
やめろやめろやめろやめろやめろ!
あの威力の爆弾を江島さんが作れると分かった以上、洒落にならない。
「爆発以外で考えろ! あんなのもう二度とごめんだからな!」
「ふむ、では何をしてくれよう」
「そんな事もあろうかと新しい爆弾は用意しておいたのですが?」
「いや、止めようって言ってるじゃないですか?!」
「そうですよ。私ももう爆発は懲りごりです」
低く籠った声が背後から聞こえて振り返る。
…………。
………………。
その場に居た全員が瞳を見開いて黙ってしまった。
「あ、申し訳ありません。お久しぶりです、布団です」
布団が再び現れた。
確かに爆発したはず。
なのに、ここに存在し喋っている。
幽霊ではない。
そもそも布団が幽霊になるのかも不明だ。
「って、なんで布団が生きてるんだよ!」
「何と言いましょうか、私の羽毛はフェニックスの羽が詰まっているもんでして、何度でも舞い戻ります」
「やかましいわ!」
この後、布団はちゃっかりとアバラ骨団の一員となった。
ドタバタで、奇想天外なこのメンバーに振り回される日々は、これからも続きそうだ。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
アバラ骨団の由来は、『内臓(大切な物)を守る為の骨』と言う意味と『アバランチ(突然襲い掛かってくるもの)』という意味を混ぜています。
……だから、と言ってどういう意味かと問われると意味はありません。
本当に最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。