陰陽師の少年
『つまりソラがあの子の家の近くで鬼を発見して、空き地まで追い詰めたってわけか』
『そうにゃ、あちきは聖獣にゃからにゃ。そこ右に行ったらもうすぐにゃ』
それは追い詰めたんじゃなく誘導されたんだと言いたい。
ご丁寧に結界が張られてたんだ。邪魔者をおびき寄せて、その隙に青山陽子を狙う常套手段だと思うんだが。
だが、何のための陽動だ?
猫にしか見えないソラが、青山陽子を守っていると認識したのか?
魔塵粒子を認識しないこの世界の人間が、ソラを脅威に思うとは考えにくい。
いまいち一連の繋がりが見えない。
ソラの案内に従い青山陽子の家に辿り着いた時、私はようやく理解した。
おびき寄せたかった本命はコイツなんだと。
「元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る。我に力を貸したまえ、後五白虎金神家在申主疾病喪凶将!」
印を結ぶ少年の前に突然現れた白い虎が、3メートルを超す大鬼に飛びかかり、喉元に食らいつく。
大鬼は白い虎を掴み上げ投げ飛ばすのだが、食いついた牙が喉をちぎり取っていた。
「邪厄祓清。急急如律令」
少年の2本の指が上を向くと、トドメとばかりに白い虎が片膝をつく大鬼の喉元に再度噛み付いた。
大鬼が紙に返っていたのはそれからすぐのことだった。
少年が白い虎の頭に額をあてると、「ありがとうございました。お戻り下さい」と小さく呟く。
白い光と共に、白い虎も形代へと姿を変える。
「ふぅ。どうにか、間に合ったか」
腰を下ろしブロック塀にもたれかかる少年。
よく見れば服は破れ、顔のあちこちに擦り傷が見える。
しかしあの白い虎。ソラの何倍も強そうだ。
交換して貰えないだろうか?
私が近づくと少年は身構えたが、ソラを見てその警戒を解いた。
「君のおかげで助かったよ。あんたがその猫の飼い主かい?」
「あぁ、そうだ。話したいことは山ほどあるが……まずは治療だな」
私は少年に手をかざすと、魔塵粒子をまとわせていく。
少年の体は魔塵粒子に馴染んでるわけでもなく、他の地球人と変わらない。
つまり先ほどの式神は魔道とは全く別物ということだ。
これはじっくり話を聞かないと。
『リク、没頭しすぎにゃ』
治療というより少年の身体を調べることに夢中になっていた私は、ソラの声で我にかえる。
少年の苦しそうな顔を見る限り、ちょっと魔塵粒子を入れすぎたようだ。
「どうだ傷は?」
「傷は楽になったけど……気分が悪いな」
手を差し出すと、少年は掴まり立ち上がった。
「話を聞きたいんだが、いいか?」
「そうだな……こっちも聞きたいことがある。少し遠いけどついて来てくれ」
私が頷くと、少年は新たな形代を出し呪文を唱える。
出てきたのは公園で見た小鬼だった。
『ソラ、あの子のところに戻っていてくれるか? その方があの子も安心だろ』
『仕方ないにゃ。でも特製魔塵粒子はいらないにゃ』
あの小鬼が見てるんだ、大丈夫だろう。
私は少年と一緒に青山陽子の家を離れるのだった。
少年が立ち止まったのは、古びた平屋建ての前だった。
小屋と呼んでいいような小さな建物だ。
「ここが俺の家だから」
蹴れば吹き飛ぶような玄関の扉を開けて電気を点ける少年。中に案内されると畳の敷かれた質素な部屋に腰を下ろす。
「あー、なんか飲む? っても麦茶くらいしかないけど」
「いや、私はいい」
少年はやけにうるさい冷蔵庫の扉を開けてパックを取り出すと、コップを2つ円形のちゃぶ台に置いて座る。
明るいところで少年を見れば、白いカッターシャツに血のあとがいくつも見える。
短く刈り上げられた髪は埃にまみれ、鋭い目つきの顔も血と泥で汚れている。
「あんたが青山が頼った教祖だろ? まずは改めて礼をいうよ。俺1人じゃ青山を守れなかった。ありがとう」
ガバリと頭を下げる少年。
「いや、こっちこそありがとうだな。君がいなければあの子は危なかった」
頭を上げた少年は少し照れたように頭を掻いている。
「私はあの子の話を聞いただけで現状を知らない。可能な範囲でいいから教えて欲しいんだが」
特に式神のことを私は知りたい。
出来るなら今からレクチャーを受けて試してみたい。
「そうだな。まず俺の名前は賀茂 月保。賀茂一族……陰陽師の家系だ。あんたの名前は?」
「私は陸道教祖のリクだ」
月保は麦茶をコップに注ぐと一飲みして、肩で口元を拭った。
「リクさんね。あんたを信じて話せることは話すよ。俺がこの街に来たのは……はぐれ陰陽師、智徳法師がいると調べたからなんだ」
「智徳法師……確か千年前の陰陽師だったと記憶しているな」
「あぁ、自ら形代へと憑依する術を編み出し、生きながらえる化け物だ。俺の一族が何度封印しても蘇ってきちまう」
月保は怒りをあらわにちゃぶ台を強く叩いた。
そういえば私のいた世界にも永遠の命だとか言って貴金属や武器に自らを閉じ込め、身につけたものを操る馬鹿な魔道士がいたな。
私はその手のものには浪漫を感じないが。
「で、どうしてそれが青山陽子と繋がるんだ?」
「青山は見ちまったのさ。俺と智徳法師の式神が戦うところを」
「戦う? 私は話してるところだと聞いたぞ」
「その時は肉弾戦じゃなく法術の戦いだったからな。多分、勘違いしたのさ」
法術の戦い――それは私も見たいな。
「問題だったのは結界が張られた戦いに、青山が気付いたことさ。結界が張られていれば、他の人間は姿を見ることも、音を聞くことも出来ないはずなんだ」
それは私も習いたい。
私の隠密魔道は地球人には効果が薄くて困っていたところだ。
「見られたから狙われた……ってだけではなさそうだな」
「結界が張ってあったのに気付いた青山は、呪力……つまり陰陽師の力を無意識に持っている可能性が高い。俺の推測でしかないけど、智徳法師が狙っているのは青山の体だ。奴の法術は凄いが、呪力は千年の時の中で弱ってきている。多分青山の体を使って輪廻転生、生まれ変わるつもりだ」
なるほどな。
青山陽子は女。どれだけ特殊な能力があるかは分からないが、その子として生まれ変われば類稀なる呪力で蘇れると考えたのか。
「でも青山陽子はあの小鬼には気づいてなかったぞ」
「あぁ、あれは陰陽術以外の力も使ってるからさ。あんたが気づいたのに驚いたよ」
それってもしかして魔道か!?
私はちゃぶ台に身を乗り出した。
これは長い話になりそうだ。