加減が分からん
書店で陰陽師関係の本を買い漁り、私と海斗は宿舎に帰ってきた。
大量の本は今、アカさんが恐ろしいスピードで頭に叩き込んでいる。
さすがは世界の記録にアクセス出来なくなったとはいえ、それを司る精霊。
30冊に及ぶ本の内容を1時間もしないうちに自分のものにすると、猫のくせに得意満面の顔をこちらに向けてきた。
『リクやんが欲しいのは歴史上にあった実務的なもんやなくて、いわゆる創作と言われる伝説的な部分やな?』
『あぁ。アカさんにさっき形代を見せただろ? あれは間違いなく鬼だったよ』
帰って早々にアカさんに説明と形代を見せたのだが、アカさんの悔しがりっぷりは凄かった。
尻尾をピンと立て、『なんでやねん。ワイも見たかったわ』と部屋の中を走り回っては至るところに爪を立てていた。
いや、今はそのことはいい。
『ほな、いくで』
アカさんは私の頭の上にヒョイと飛び乗ると、前足をこめかみに当ててくる。
ズシりと頭が重たくなると、私の知らない知識が記憶としてインプットされていた。
『なるほど、式神か。私がアカさんを呼び出すのに似ているが……』
『そうや、依代を使う事で具現化しとる。つまり――』
『この技を覚えれば私の魔道が更なる進化を遂げるわけだ』
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
なにせこちらには、アカさんとソラという実験しがいのある精神体が2人もいる。実験の過程でアカさんが猫の体から出ることが出来るかもしれない。
何より、鬼を使役出来るなんて魅惑的だ。
過去の大陰陽師と呼ばれる人間は、神さえも呼び出したとか。
そうと分かれば座っている暇などない。
すぐに半紙と筆ペンを用意して、人型にくり抜き文字を書いていく。
もともと呪符作りには慣れている。
しかし何十枚作っても、文字に魔塵粒子は宿るがそれ以上の変化はない。
『うまくいかへんな。やっぱりあれだけの資料じゃ足らへんわ』
文字が違うのか、はたまた根本的なやり方が違うのか。
試行錯誤を重ねたがうまくいかず、大量の形代に埋もれながらアカさんと2人で寝転んでいた時だ。
私は異変を感じ取った。
ソラに注入した特製魔塵粒子の反応が弱くなっていっている。
つまりソラが何かしらの危機に魔塵循環しているということだ。
まだまだ実験し足りないところだが、あの形代を作った本人に会えるチャンスかもしれない。
心がはやるが身体強化で走って駆けつけようにも、実験で私の体内の魔塵粒子は半分程度になっている。戦闘になる可能性も考慮するなら無駄に使いたくはない。
私は風呂に入っていた海斗を引き摺り出し、車の運転を頼むのだった。
「この先を左だ」
「左ですね」
車のライトを頼りに普段の倍以上のスピードで鮮やかに運転する海斗だが、その顔は興奮に満ちている。
ギラつく目に薄ら笑いを浮かべて、細い隙間を通り抜ける。
もうかなり近い。
「ここで止まってくれ」
体が前のめりになりながら車が止まると、私は扉を開けて外に躍り出た。
「リクさん、俺は――」
「そのまま待機してくれ」
「そんなーー」
海斗が何かを言っていたが、身体強化した私は全力でその場を離れていた。
2メートル程の高い塀に片手をついて飛び越えると、草っ原のような空き地で対峙するソラと鬼が目に入る。
以前見た小鬼ではない。
私の2回りほど大きく、筋肉の盛り上がった赤い鬼だ。
私の世界でいうところのオーガに似ている。
ソラの息は上がっているが怪我は無さそうだ。
『来るのが遅いにゃ』
『すまんな、少し距離があり過ぎた』
悪態をつくソラだが、安心したのか弓形の尻尾が垂れていく。
鬼の体を見ると小さな裂傷がいくつも見られるが、傷は浅い。
ソラの攻撃力不足だな。
私も敵と見据えた鬼は、棍棒のような木の塊を両手で持ち直している。
ここでの第一目標はこの鬼を使役している人間の確保。
捕まえて式神の使い方を根掘り葉掘り聞かねばならない。最悪でもこの鬼を確保して持ち帰りたいところだ。
使役する人間を探すが、周りに人気はない。
いや、むしろ無さすぎる。
そういえばすでに夜とはいえ、仮にも住宅街の一角。おそらく10分近くソラと鬼が戦っていたはずなのに、野次馬1人いない。
辺りを注意深く見ていると、距離を一気につめた鬼が棍棒を私目掛けて振り落としてきた。
右手で棍棒を掴むように受け止めると、その重みで足が地面に少しめり込み、遅れて微風が私の髪を揺らす。
鬼は歯を食いしばりそのまま押し潰そうと力を込めてくるが、私の腕はピクリとも動かない。
この鬼はなっていない。
私の体重など70キロにも満たない。
こういった時は左右か、もしくは上に力をかければ私などこの鬼の力なら簡単に振り回せるのに。
もちろんその場合は体重を増やす魔道や、力に逆らわずに受け流すなど対応するが。
膠着状態になると、痺れを切らしたソラが言葉を投げかけてきた。
『なんで攻撃しないにゃ?』
『力加減が分からん』
私の意図を理解した黒猫が呆れた顔をする。
アカさんといいソラといい、表情豊かな猫だ。
左手から出す束縛の魔道で鬼に帯状の魔塵粒子を絡ませるのだが、やはり効果は薄い。
そうすると打撃系で気絶させるか、それとも弱めの魔道を試してみるか。
ふと棍棒の力が抜けて、丸太のような腕が私の顔を目掛けて突き出される。
軽く屈み、鬼の腹に手を当て極小爆発魔道を発動させたのだが……。
夜の静けさを破る炸裂音に巻き起こる突風。
鬼は爆散していた。
咄嗟とはいえ加減を間違えた。
いや、私なりに極小のつもりだったのだ。
『けほっ、やり過ぎにゃ』
体を震わせ身にかかった粉塵を落としながら、目を細めてじとーっとこちらを見てくるソラ。
文句は簡単に爆散する鬼に言ってくれ。
肉片となった鬼は掻き消えるように紙へと姿を変える。
まるで散らかした紙吹雪のようだ。
『収穫なしか……。しかし変だな。今の音でも騒ぎにならないのか』
『リクらしくないにゃ。ここに来るとき気づかなかったのかにゃ?』
私は好奇心から夢中でソラの特製魔塵粒子を頼りにここに来たのだが……。
あぁ、確かにこの空き地の四つ角に何かしらの力が窺える。
確認に行くと、護符が大きな釘で打ち付けられていた。
『結界か……これは是非とも作成者に話を聞かないとな』
『更に趣旨がズレてる気がするにゃ』
ボソボソと喋るソラ。
『まぁ、いい。あの子は無事なのか?』
『あちきの活躍で無事にゃ。何も知らずに自宅の部屋にいると思うにゃ』
それはまずい。
もしこの時間に別働隊が動いていたらアウトだ。
私はソラを掴み上げる。
『道案内しろ、その間に今までのことを聞かせてくれ』
『わ、分かったにゃ。まずはそのまま真っ直ぐにゃ』
ソラを肩に乗せ、私は青山陽子の自宅へと急ぐのであった。




