教団の聖獣
気分良く鼻歌まじりに車の運転をする海斗。
スーツ姿はここ最近よく見るが、いつものオールバックは爽やかな七三分け。たしか目は良かったはずなのに眼鏡を着用している。
「なぁ、海斗。それが俗に言う営業用か?」
私の視線に気付いたのだろう。少し照れ笑いをしている。
「ほらいつもの格好じゃ威圧感を与えちゃうじゃないですか。これもまた世を忍ぶ仮の姿ですよ」
私の知る海斗はいつも笑顔な好青年だが、ヤクザという職業はこの世界では近づきにくい存在らしい。
入れ墨を隠す為に長袖を着ているが、暑くはないのだろうか?
「ここですね。着きましたよ」
車を道路脇に停め外に出ると、そこそこ大きな公園が見える。
一角にある遊具広場には子供が数人と、手押し車を押す女性が1人。
私たちは敷き詰められた芝生のそばにあるベンチに腰を下ろした。
海斗はパソコンを開いて何やら打ち込んでいるのだが、きっと依頼者に連絡を入れているのだろう。
しばらくすると、様子を窺いながら少女が近づいて来る。
黒い髪を後頭部で一つにまとめて垂らしており、少し面長な顔は日に焼けている。
白いカッターに紺のスカートは、確かこの世界の学校に通う子供の正装だったはずだ。
そして私の好奇心をくすぐったのは……。
『リクあれは何にゃ?』
『あれが……鬼か?』
少女の後ろについて来ている体長50cm程の……鬼?
私のいた世界の小鬼に似てるといえば似てるのだろうか。
大きな頭にまんまるとした体躯。
目は細く、体毛の無いツルツルした体に青い布を纏っている。
「あっ、あの。陸道教の方でしょうか?」
「そうです。あなたが連絡をくれた青山さんですか?」
「はい。青山陽子です」
どうやら小鬼が見えているのは、私とソラだけらしい。
私は立ち上がると、挨拶を交わす2人をよそに、奇妙な小人へと歩いていく。
突き刺す視線と一直線に向かう私に異変を感じたのだろう。
小鬼は後ろを振り向き何もないことを確認すると、自分の顔を指差し、「えへっ、もしかして見えてます?」と言い出しそうな、困惑した笑いを見せた。
『つーかーまーえーたっ!』
手を伸ばし頭を掴もうとした瞬間――――煙のように小鬼は消え去り、ヒラヒラと何かが舞い落ちた。
突き出した手をしまうのも気恥ずかしく、私は地面に落ちたものを拾いあげる。
手に取ると、それは破れかけた人型の紙だった。
紙には文字が書き込まれ、その文字からは魔塵粒子の反応が見られる。
おそらく私が使用する呪符に近いものだろう。
「あの、リクさ……教祖様。こちらが依頼主の青山さんです」
「よ、よろしくお願いします」
私は紙を懐にしまうと軽く会釈をする。
つけていた小鬼のことを教えようとも思ったが、見えていない以上、混乱を与えるだけだろう。
「君に起こった出来事。詳しく聞かせてくれるかな?」
「はっ、はい。メールでもお伝えしましたが……」
再びベンチに座り少女の話に耳を傾けた。
内容は私がパソコンで見たものと変わりがなかったが、1つ腑に落ちないことがある。
彼女は鬼につけられていると言っているが、先程の鬼のことは気付いていない。
もともと2匹の鬼がいるのか……それとも。
「君は鬼につけられていると言ったね? 今もかい?」
「多分今は大丈夫です。明るいから。私が気付くのはいつも夕方以降なんです。電柱の陰からこちらを窺うように、じっと私を狙う鬼がいるんです」
悲劇のヒロインのような語り口なのだが、なんというか危機管理能力に乏しいのだろうか。
いや、こうして得体の知れない私達に会う時点で知れたことだな。
「なるほどね。ちなみにだが、どうやってこの教団を知ったんだ?」
「ネットで【西京府】【悩み相談】【鬼】で検索しました!」
あぁ、それなら場所が近いのも当たり前か。
しかし【鬼】で見つかるとか、海斗はいったいどんなサイトを作ったのだろうか? 今度よくチェックする必要がありそうだ。
「そうか。さて、今からのことなんだが、私は一度調査に戻ることになる。そこでだ、私が戻るまでの間、この猫を連れてってくれないか? これでも教団の聖獣でね、きっと君を守ってくれる」
「ほんとですか!」
突然話を振られ、逃げ出すソラ。しかし予想の範囲内だ。
すかさず首をヒョイと掴むと、ソラが猛抗議をしてくる。
『ちょっと待つにゃ! なんであちきにゃ?』
『ソラならあんな鬼ぐらい大丈夫だろ? それにソラにマーキングしとくから場所も分かるし』
『酷いにゃ! 虐待にゃ! ふがゃにゃゃ!』
有無を言わさずソラの体に、私特製の魔塵粒子を注ぎ込む。これならよほど遠くなければ感知することが出来る。
『いいか、今注入した特製魔塵粒子はソラが魔塵循環すると薄れていく代物だ。変化があればすぐに分かるから安心しろ。鬼を見つけたらすぐに魔塵循環しろよ』
『……鬼は目の前にいるにゃ』
私とソラのやりとりを不思議に思ったのだろう。
青山陽子は心配そうにソラを覗き込む。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、心配しなくていいよ。今、この聖獣に神様の力が宿ったところさ。君になにかあればこの聖獣が守るし、私もすぐにかけつけるよ」
青山陽子は私の言葉を鵜呑みにしたのか、安堵の表情でソラを抱きしめた。
ソラと青山陽子を見送ると、私は懐から人型の紙を出して注視する。
漢字を崩したような文字が中央に大きく書かれているのだが、解読は不可能だ。
「リクさん、それどうしたんですか?」
「んっ、あの子の後ろで拾ったんだ」
海斗は横から覗き見ると、何かを閃いたような顔をした。
「それって形代でしょ?」
「形代?」
「ほら陰陽師とかが使うやつですよ」
海斗はパソコンに【形代】【陰陽師】と打ち込んで、私に画面を見せてきた。
陰陽師……陰陽と五行(木・火・土・金・水)を元にして方位学と天文学による占術を使う者。
ここ日本で過去に実在した職業のようだ。
嘘か本当か、形代に鬼を宿して使役したとか。
私の手元の形代に、先ほどの鬼。
作り話とされているが、この目で見たからには鼻で笑うことは出来ない。
いや、先ほどから口元が緩んで仕方ないのだが。
「海斗、出来るだけ沢山の【陰陽師】にまつわる本を揃えられるか?」
「は、はい。すぐにでも」
私の笑みを見て海斗も察したのであろう、口角が上がっている。
こうして私と海斗は急いで車に戻るのであった。




