滝行は男の浪漫
海斗が帰ってこない。
4度目の魔道化施術を行いたいと待ちわびているのだが、ここ2日は姿を見ていない。
読むべき書物はまだあるのだが、なんとも張り合いがない日々だ。
『最近の海斗は仕事を頑張りすぎだな。たまにはゆっくり休むように言わないといけないな』
『……リクのオモチャにされるのが嫌なだけだにゃ』
『なんか言ったか?』
『な、なんでもにゃいにゃ。リクも時間のあるうちに修行でもしたらどうにゃ?』
ふむ。確かに海斗やソラの実験に勤しむあまり、自身の鍛錬が疎かになっていたかもしれない。
すでに私の魔塵粒子は全快してるし、効率の良い回復方法も取得済みだ。
『そうだな。久々に基本からやってみるか』
宿舎の裏山を少し登ると小さな滝がある。
鍛錬を考えた私が向かったのはその場所だ。
滝の落差は5メートルほどで水量はそれほど多くはないが、水のカーテンの周りには太陽の光で輝く微かな霧が立ち込めている。
この世界の修行では滝行というものがポピュラーであり、いつかチャレンジしてみようと思っていたのだ。
『あれは冷たそうにゃ。水に打たれるのが修行なんて変にゃ』
『おぉ、リクやんついに挑戦するんか? ワイも人型やったらなぁ』
興奮気味のアカさんに対し、どうやらソラに男の浪漫は理解できないらしい。
自動防御を張っていると水そのものを弾いてしまうので解除しておこう。
滝壺に向かうため水面に足を入れれば、皮膚を突き刺す刺激が走る。
今は夏至と呼ばれる比較的暖かい季節らしいのだが、冷たいものは冷たい。
一歩ずつゆっくりと進むと、脛から膝、腿へと水に浸かる範囲は上に上ってくる。
身震いしながらそれでも前へ。
私を優しく包み込む霧を押し除け、一度屈んで全身を水に浸ける。
――いざ滝に。
全身を叩きつけてくる衝撃に、思わずよろめいてしまった。
『ご、ごでわ、べふっ。な、ながながにっ、どぼっ』
想像以上の冷たさと衝撃が私を襲う。
だが不思議なことにそれを堪えていると、徐々に苦しさが消え、水に打たれる感覚だけが残る。
激しい水音が雑音を消し去り、目を閉じていると自分1人の世界にいるようだ。
口や鼻から侵入する水に咽せはするが、私は両手を前に組み、ゆっくりと魔塵粒子を身体中に巡らせる。
魔道の基本である魔塵循環だ。
足の爪先から髪の毛まで全身を感じるイメージ。
魔塵粒子を練り上げると、少しづつ水の勢いが消えていく。
ゆっくりと目を開くと青い粒子が立ち上り、水を分断していた。
更に強く、早く魔塵循環を行うと、もう滝の水は私を避けるように落ちているだけ。
これほど集中した魔塵循環は久しぶりだ。
『へぶしっ』
『リクやん、かっこよかったでぇ。まるで超リクやんみたいやったわ』
『……化け物にゃ』
満足感はあるのだが、いかんせん寒い。
抑えようとしても体の芯から湧き上がる震えが止まらない。
私は駆け足で宿舎に急ぐのであった。
「ちょっとリク! アンタまた風邪ひくつもり?」
ずぶ濡れの私を見るなりため息をつく風吹。
奥の部屋からバスタオルを取り出すと、私に投げてくれた。
玄関先で作務衣を脱ぎ捨てバスタオルを纏うと、心地よい暖かさが押し寄せてくる。
「バ、バカ! こんなところで脱がないで、さっさとシャワーでも浴びてこいよ!」
顔を背ける風吹の言葉に従い、私は風呂場に直行するのだった。
シャワーを浴びている間に浴槽にお湯を張っておく。
この世界に来てからの私は、お湯に浸かる行為に取り憑かれてしまっている。
前にいた世界ではそもそも入浴といった概念がなかったのだ。
ぬるま湯で体を拭くか、せいぜいが川か泉での水浴び程度。
こんな贅沢をどうして今までしなかったのかと後悔したものだ。
体を洗い終えると、浴室の扉をカリカリと引っ掻く音が聞こえてきた。
『リクやん、ワイも入るで』
少し戸を引いてやると、駆け足で入ってくるアカさん。
浴槽にダイブして派手な水しぶきを上げている。
茶色の被毛をベッタリと貼り付け、顔だけがお湯から出すと、幸せそうな声が漏れる。
『ほふぅ。昼間っからこれはたまらんわ』
アカさんも入浴に取り憑かれた1人……いや、1匹だ。
ソラは残念ながらこの良さが分からないらしく、風呂どころか水に濡れることさえ嫌がっている。
一度風吹が体を洗おうとした時の拒否反応といったら、唸って威嚇するは、逃げて部屋を荒らすはと大騒動だった。
私も湯船に入ると、浮かんでいたアカさんが身を寄せてくる。
『なぁリクやん。瞬間移動の実験はどないするん?』
『そうだな。しばらくは様子見だな。この世界の科学はすごい。何かヒントがあるかもしれないだろ?』
『ほやな』
今でも地球の技術に驚くことは多々ある。
はっきり言って元の世界より遥かに利便性の高い世界だ。
魔道はなくとも空を飛び、高速移動する。遠方と簡単に話も出来るし、映像さえ送れる。
物事に対する理論が凄いのだ。
もし魔道に組み込む事が出来るならそれはもう目覚ましい発展を遂げるだろう。
『さっ、そろそろ上がるか』
『あっ、リクやん、また乾かしてぇな』
体を拭き作務衣を着ると、アカさんをドライヤーで乾かしていく。
『ちょ、リクやん、熱いわ。もうちょい離してや』
『これくらいか?』
『あぁ、ええ感じや』
ドライヤーの角度を変えながら、毛を指でとかす。
この熱風を送り出す機械も、魔道で再現してみたいものだ。
風呂から上がり居間に向かうと、そこで待っていたのは海斗だった。
「おっ、海斗お帰り。風呂沸いてるぞ」
「ただいま帰りました。お風呂に入りたいところですが……。リクさん、お仕事です」
また回復魔道の依頼かとも思ったのだが、妙に海斗が興奮している。
私は腰を下ろし、海斗の話に耳を傾けるのだった。