人類魔道化計画
西京府のとある山あい――
実に綺麗な夕日だ。
オレンジ色に染まる空を見上げ、私は大きく空気を吸い込む……黒猫を踏みつけながら。
『ギブ、ギブにゃ! リク、もう魔塵粒子が尽きるにゃ』
『心配するなソラ。限界ってのは自分が思ってるよりずっと先にあるから。ほらほら、制御が甘くなると背骨がボッキリいくぞ』
『人でにゃしー』
下から喚き声が聞こえるが、別に動物虐待をしてるわけではない。
そもそも教祖や教団といっても、信者数は数えるほど。私が治療を施した人のみが入信したと聞いている。
信者獲得などは海斗の仕事なので、暇を持て余……魔道の発展の為にソラを鍛えているところだ。
『しかしこの世界の鍛錬は進んでるな。背中に重石を乗せて負荷に耐えるとは、理に叶った修行方法だ』
『リクやん、それ新しい漫画やろ? ワイにも後で読ませてな』
私とアカさんが最近ハマっている漫画という書物。
空想をもとに書かれたらしいのだが、私のいた世界を彷彿させる話があったりと、中々侮れない書物である。
わたしが昨日読んだ漫画を思い出していると、髪をオールバックにした青年、海斗がこちらにやって来た。
「リクさん、ご飯出来ましたよ!」
夕飯ならば鍛錬は終了だ。
海斗の呼びかけに足の力を弱めると、ソラはそのまま地面に突っ伏した。
私はヒョイとグロッキー状態のソラを肩に担ぐと、宿舎へと歩き出す。
「ほら、腕によりをかけて作ったんだ。しっかり食べろよ」
食卓の上に並ぶ料理を前に、腕を組み、ドヤ顔で仁王立ちする女。
海斗が外に出かける事が多いので、親分さんがこちらに向かわせてくれた風吹である。
私と入れ替わりで異世界に行ったであろう大地の件があるので、微妙に目を合わせづらい。
私でも負い目は感じるのだ。
若鳥の唐揚げを堪能していると、風吹が箸を私に向けてきた。
「なぁ。なんか宗教団体が出来るって叔父さんから聞いたけど、名前ってあるの?」
「名前か。どうなんだ海斗?」
話題を振られた海斗は私と風吹を交互に見て、申し訳なさそうに呟いた。
「一応、リクさんの名前から『陸道教』にしよかなと」
「なんかパッとしない名前だね。意味もないんだろ?」
「そ、そうなんですよね。リクさん何かアイディアありますか?」
教団名か……。
『リクと愉快な仲間たちなんてどうにゃ?』
『却下』
『リクやん、これしかないやろ。救国魔導団や!』
『アカさん、それ今ハマってる小説の団体だろ?』
ソラとアカさんがあーでもない、こーでもないと騒いでいると、何を勘違いしたのか風吹は「なんだもっと欲しいのか?」と衣をとった唐揚げを皿に追加していた。
まぁ風吹にはニャーとしか聞こえないのだから仕方がないか。
ソラもアカさんもすぐさま飛びついてるし。
結局教団名は保留となった。
私は食べ終えた食器を流しに持っていくと海斗の肩に手を置き、そっと囁いた。
「海斗、今夜は出かけないだろ? 後で私の部屋に来てくれ」
一瞬ビクリと震えた海斗は静かに頷いた。
私が部屋に戻りしばらくすると、ジャージと呼ばれるラフな格好で海斗はやってきた。
「リクさん……今日もですか?」
「当然だ。さっ、横になるんだ」
不安な表情ながらも私の用意した布団に寝転ぶ海斗。
「始めるぞ」
目を閉じた海斗の体の上を私の手が行き来すると、苦しみに似たうめきが上がる。
もうこれで3回目というのに、まだ慣れないようだ。
「ううっ、リクさん。もうちょっと優しく」
「大丈夫。慣れれば痛みもそのうち快感になるさ」
大きなモノを入れる前には、十分に体をほぐしておかなければならない。
「さっ、そろそろいくぞ」
「えっ、ちょっとリクさん、大き過ぎます! む、無理ですよ!」
目を開き私を見た海斗はうろたえるが、私は止めるつもりはない。
「大丈夫だ。心配するな」
「うぅっ、あ、あぁぁぁ」
少しづつだが受け入れていく海斗。
眉間にシワをよせ、シーツを握る手に力を込めている。苦痛に耐え、歯を食いしばり声を殺す海斗にそっと囁く。
「声、我慢しなくてもいいんだぞ。私は海斗の反応を感じたいんだ」
「リ、リクさん……うっ、あうっ、うぅぅ」
そして全てを入れ終わろうとした時だ――部屋の扉が勢いよく開けられる。
「ちょ、ちょっと何してんだよ!」
何故か顔を真っ赤にした風吹だ。
私はただ、海斗の体に魔塵粒子を馴染ませていただけなのだが。
「リ、リクさん今日はここまでで」
慌てて出て行ってしまう海斗。
もうあとちょっとで終わったのに……残念だ。
「……風吹もしていくか?」
「知るか! 馬鹿!」
風吹は勢いよく扉を閉めて出て行ってしまう。
一体なんだというんだ?
『あのにゃリク。会話だけ聞いてるといかがわしいにゃ』
ソラが呆れたように首を振る。
はて、何がいかがわしいのだろうか?
『人類魔道化計画はいかがわしいか?』
そう。人類魔道化計画とは、この世界に魔道を広める計画だ。
名誉ある第一被験者が海斗なわけだが、中々の成果を出している。
すでに体内での魔塵粒子は定着しつつあり、感じ取ることも出来るようになってきた。さっきも私が入れ込もうとした魔塵粒子の大きさを把握していたしな。
魔道を使えるようになるのはまだまだ先のことかもしれないが、すでに多少なりとも身体能力は上がっているはずだ。
もちろん海斗には異世界から来たことは別として、魔道に関しての説明はしている。
「超能力ですね」と目を輝かせてくれた海斗。
快く現地人調査に協力してくれた。
『あのなリクやん。この世界には77億人もの人間がおるんやで? 仮に1日100人に魔道を教えたって21万年かかるんや。諦めたほうがええで』
『甘いなアカさん。例えば1人に1ヶ月かけて魔道を教え込むだろ? そいつもまた1ヶ月かけて他の人間を教える。それを繰り返していけば倍々で33ヶ月後には世界人類みな魔道が使える!』
1ヶ月は厳しいとしても、その仕組みさえ作り上げてしまえば後は見ているだけだ。
そう思っているのだが、やけにアカさんとソラの反応は薄い。
興味なさげにあくびをしながら尻尾を振っている。
『にゃんか目的がズレてきたにゃ』
『ぐっ』
この黒猫め。正論を出してきた。
確かに1番の目的は元の世界に戻ることだ。
だが現地人の調査やこの世界にしかない文明を魔道に組み込む事は有意義なことだ。
人類魔道化計画はその礎である。
私は夢を膨らませつつ、次の計画を練るのであった。
※『救国魔導団』は八刀皿 日音様の『4度目も勇者!?』に出てくる組織名ですが、今回この作品に名前をお借りすることを快く了承してくださいました。
ありがとうございます!