後日談――賀茂月保④
真っ白な髪に、赤褐色の肌。
鋭く切れ長の吊り上がった目の上、額の両端からは手のひらほどの真っ赤なツノが生えている。
白い切袴に黒い法衣から片肌を晒している立ち姿には隙が無い。
「我を呼び出したのはお前か?」
一瞥されただけで大量の汗をかきながら、俺は激しく首を横に振った。
「では――ほぅ、お前は確か……一撃で茨木の分身を屠った男だな。面白い。どうだ、我とも勝負してみるか? 力が欲しければ、その実力を我に見せてみよ」
「倒せば私の式神になってくれるのか?」
教祖の言葉に鬼は実に愉快そうに笑い出し、腰に差してあった刀を抜いて構えた。
「くっくっくっ、その心意気は小気味良いな。だが、我を茨木と同じと思っては、すぐに冥府に行くことになるぞ。我が名は朱天童子――いざ参る」
鬼がスッと前に踏み出したかと思えば、教祖が結界の際まで吹き飛ばされる。
まったく攻撃が見えなかった。
今まで見たどの鬼よりも遥かに強い。
――っ! ちょっと待て!
さっき、あの鬼は酒呑童子って言ったよな?
酒呑童子といえば、伝承に残る最強の鬼だ!
いや、確かに桁外れの強さだが。
それに……茨木童子を屠った?
訳がわからなくなっていると、俺の肩にキジトラ猫がピョンと飛び乗って来た。
『自分、月やんやろ? ワイはアカや、よろしゅうな』
脳内に呼びかけてくるような声がする。
辺りを見渡すと、キジトラ猫と目があった。
ま、まさかね。
『なんや自分。挨拶も出来んのかい』
「――っ! お前が喋ってるのか?」
『当たり前やん。他に誰かおるんか?』
やばい。
俺は幻術でもかけられたのか?
猫が喋るなんて……。
いや、前に教祖は黒猫のことを聖獣だと言っていた。
その聖獣が鬼と渡り合っていたのも知っている。
俺は気を落ち着かせるように大きく深呼吸した。
「……よ、よろしく」
『よろしゅうな、月やん。しかしリクやん、てこずっとるわ』
視線を戦闘に戻すと、教祖は右へ左へと大きく吹き飛ばされている。
何かをしようとするのだが、その度に顔をしかめ動きが止まり、酒呑童子の攻撃をくらう。
このままではジリ貧だ。
「助けなくていいのか? このままだとあの教祖やばいぞ」
仮にも聖獣なら力はあるのだろうと声をかけたのだが、アカと名乗ったキジトラ猫はキョトンとした顔をするだけだ。
『大丈夫や。リクやんがあの程度に負けるわけないやろ』
「――? でも今、てこずってるって」
『あぁ、それな。リクやんがその気になったらあの鬼は一瞬で死ぬわ。でも死んでもうたら式神になってくれへんやろ? リクやんがてこずっとるのは、殺さんように手加減することや』
「はぁ?」
こいつ大丈夫か?
どう見たって苦戦どころか負けそうだろ?
教祖が死んで結界が消えれば、ここら一帯は血の海になる。青山だって危ない。
俺は震える手でバッグから形代と理切丸を取り出した。
正直俺じゃ相手にならない。だが……。
俺が白虎を呼び出そうとしたその時だ。
酒呑童子が立ち止まり、刀を地面に突き刺した。
「なぜ攻撃して来ない? これだけの攻撃で傷を負っていないのだ、反撃出来ないわけではあるまい」
「殺したら式神になってくれないだろ?」
あっ、この教祖の頭も大丈夫ではないようだ。
酒呑童子の肩が震えている。
逆鱗に触れたか。
「くっくっくっ、なるほどな。心配するな。我は分身でしかない。たとえ我が死のうとも、本体に影響はない。ふむ、一撃だけお前の攻撃を受けてやる。さっ、遠慮などせず打ち込んでみよ」
「本当に! 良かった。じゃあ――」
轟音と爆風。飛び散る肉片。
体が熱風で熱い。
あー、うん。
これは夢だ。
悪い夢だ。
『ほんまリクやんは手加減下手やわ』
これで手加減とか意味が分からない。
酒呑童子の上半身が吹き飛んでるんだぞ。
最強の鬼だぞ。
でも……俺は少し理解した。
あの時茨木童子が爆散したのは、あの教祖の仕業だったんだと。
「おい、死ぬな! あぁ、私の式神ぃ!」
分かりやすく慌てている教祖。
『ほな、ワイは戻るわ。あー、ワイが月やんと喋ってたのはリクやんには内緒な。色々面倒やねん』
キジトラ猫はそのまま教祖のところに駆けていった。
教祖の肩に飛び乗ったところを見ると、何かしら話しているのかもしれない。
教祖は実に困った顔で俺に歩み寄ってくる。
「なぁ、月保。どうすればいいんだ?」
「いや、もう一回呼び出してみたら?」
「なるほど!」
教祖がもう一度血の梵字を描いた手を地面に置くと、腰から下しかなかった酒呑童子の上半身が、気持ち悪く再生していく。
元の姿に戻ると刀の前で片膝をつき、頭を垂らす酒呑童子。
「おぉ、よかった。無事だったか!」
絶対無事じゃなかったと思う。
そりゃあ分身とか言ってたし、今は無傷に見えるけど、上半身が吹き飛んだんだよ?
トラウマものだと思うぞ。
「主よ、我の完敗だ。約束通り我、朱天童子は主の剣となりて全ての敵を打ち滅ぼすと誓う」
「そうか! じゃあこれから私が呼び出すと、ドーンと出てきて貰えるんだな?」
「いや、忠誠を誓ったからには、常に主の傍に居させて欲しい」
あっ、すごく教祖が嫌そうな顔をしている。
多分、呼び出すことだけが目的だったんだろう。
「い、いや、ほら人間世界じゃみんな驚くだろ? 私は教祖とかしてるしさ」
「主よ、問題ない」
立ち上がった酒呑童子が目を閉じると、2メートルほどあった体格が2回りほど小さくなり、赤いツノが頭蓋の中に消えていった。
白い髪は黒く染まり、イケメンなのは変わらずだが人間そのものに見える。
言葉を失う教祖に笑い転げる2匹の猫。
よく分かった。
コイツらは陰陽道や智徳法師との繋がりなんてない。
間違っても関わっちゃいけない奴らなんだと。




