後日談――賀茂月保②
かなり大きな神社の拝殿のような場所に案内されると、中には10人足らずの人がいた。
年齢、性別はバラバラだが、宗教にのめり込んでいる感じはしない。どこにでもいそうな普通の人たちだ。
「すごく大きな建物だね。賀茂くん、奥にも部屋があるよ」
「多分あそこは本殿だよ。手前にある机が置かれてるのが幣殿。御祓とかをするところだな。一般的な神社と同じだよ」
「へぇ、賀茂くんは物知りだね」
青山はしきりに感心しているが、神社で御祓を受けたことのある人なら誰でも知っているだろう。それよりもここは違和感だらけなんだよな。
造りは神社を模してるのに、中身がちぐはぐというか。
まず御神体らしきものが見当たらない。
もちろん山や巨木などが御神体として祀られてる神社も多いが、ここに来てから注連縄1つも見ていない。
そりゃ陸道教は仏教や神道と別物かもしれないが、それだとやはり神社を模したこの建物に違和感を感じてしまう。
本殿に置かれた祭壇はシンプルだし、大麻や御幣といったものはない。
なんとも怪しい『陸道教』と書かれた青い旗があるが、肉球を現した紋様とかありえないだろ?
しばらく待つとあの教祖が白い作務衣姿でやってきた。あとに続く黒猫とキジトラ猫の2匹。
登場の太鼓もなし。
正装もなし。
厳かさなどは皆無だ。
「みなさん、お久しぶりです。どうです体調の方は?」
周りにいた人たちは「すっかり良くなりました」とか「教祖様のおかげです」など口々に感謝を伝えている。
まぁ、あの教祖が傷を癒すことが出来るのは身をもって知っているので間違ってはいないのだが……これが洗脳だろうか?
「それでは今日も始めますか。えーっと初めての方は」
「はい! 初めてです!」
元気に手をあげる青山。
俺も初めての参加だが、とても手をあげる気にはならない。
「あぁ、青山さんに月保……賀茂さんですね。分かりました。とりあえず私のいう通りにやってみましょうか」
他の人たちは教祖の言葉に従って座禅を組み始める。
青山も組み出したのだが、ワンピースのために生足が曝け出されている。
丈が長かったからよかったものの、短かったらパンツ丸見えのところだぞ。
「あー、賀茂さん。煩悩を捨てて早く組んでね」
くっ、俺は顔が熱くなるのを感じながら右足を左腿に乗せた。
「それではみなさん始めて下さい」
のそのそと歩く教祖は俺と青山さんの間にやってくる。
「いいかい。まずは目をつぶって深呼吸をしよう。吸って――吐いて。はい、吸って――吐いて」
呼吸を合わせていると、不意に背中に手を当てられた。
「そのまま吸って――吐いて」
妙に背中が熱くなり、なんとも言えない不快感が広がっていく。
この感覚は覚えている。
俺が教祖から治療を受けた時と同じだ。
「背中が変な感じがするでしょ?」
「はい」
「それをよく感じてごらん。拒絶するんじゃなくて受け入れるように。気がついてないだけで、頭から爪先まで体に眠っている力なんだよ」
言われたままに意識を体に集中すると、確かに背中だけじゃなく、指の先や腕、足からも小さな不快感を感じる。
「教祖様、なんだか変な感じです。まるで自分の体じゃないみたいです」
「大丈夫。間違いなく君の体だよ。ただ気づいてなかっただけ。次は背中に溜まったものを身体中に渡らせてごらん。そうだね、体に流れる血液をイメージするとやりやすいかな」
背中の不快感が身体中を巡っていく感覚。
不思議なことに体がほんのり熱くなり、不快感が消えていく。
「ゆっくりでいいから続けてごらん」
教祖の立ち上がる気配がすると、どこかに行ってしまう。
俺も法術の修行で座禅を組むことはあるが、今までのものとは全くの別物だ。
1つ1つの細胞が呼び覚まされるような、そんな感覚を覚えてしまう。
「じゃあ、今日はここまでにしましょう」
「みなさんお疲れ様でした。シャワールームの準備は整っていますので、ご自由にお使いください。また教祖様にお聞きしたいことがある方はお気軽にお声がけください」
気がつけば全身は汗でびっしょりだ。
「すごい汗だね賀茂くん。私もびっしょり。サウナに入ったみたい」
「そ、そうだね。シャワーがあるなら浴びてこようか」
汗で透けたワンピースに下着がくっきり映って目のやり場に困る。
まさか集会に着替えが必要なんて思わなかった。
みんなの後についていくと外では着替え用の作務衣を配っている女性がいる。
ありがたいが、さすがに下着の用意はないみたいだ。
「あぁ、賀茂さん。教祖様がお呼びです。青山さんはシャワールームの方へどうぞ。昼食も用意してますからゆっくりしていってくださいね」
「あっ、はい。賀茂くん、またあとでね」
青山と別れ、大きな袋を持っておいでおいでと手招きする教祖のところへ向かう。
俺もシャワーを浴びたいところだが、色々と聞くにはいいチャンスだ。
「待ってたぞ。今日こなかったら拉致しに行くところだった。ちょっと付き合え」
「あのさ、さっきのあれって――」
「説明するからついてこい」
ニヤリと笑う教祖のあとについていくと、神社の裏の獣道に入っていく。
人が2人横に並べるくらいの道のそばには樹々が生い茂り、隙間から吹いてくる風がひんやりとして気持ちいい。
教祖の両肩に乗った猫がニャーニャーうるさいが、その他の音といえば森の騒めきとセミの鳴き声だけ。
そのまま道なりに進むと、微かに地鳴りのような音が聴こえ始める。
樹々が減り視界が開けると音の全貌が見えた。
小さいながらも滝だ。
滝壺の前までくると、まるで当然のように作務衣を脱ぎ捨てる教祖。
「さっ、いくぞ」
「はぁ?」
全裸になり滝壺に入っていくのだが、俺にも一緒に滝行をしろと言っているのか?
何より目を引くのは教祖の体だ。
引き締まった肉体に、梵字とは違う変わった文字が所狭しと彫り込まれている。
「あぁ、もう!」
俺も覚悟を決めて服を脱ぎ捨てると滝壺に足を入れた。
山の中とあって水は冷たいが震えるほどではない。
「陰陽道で身を清めるのに作法はあるのか?」
滝の前でこちらを振り向いた教祖の質問。
どうやら行ではなく禊のようだ。
「とりあえず六根清浄を唱えていれば問題ないかな」
「分かった」
滝に入り呪文をゆっくりと唱える。
思っていたよりも水の衝撃を受けるが、立っていられないほどではない。
「六根清浄、六根清浄、六根清浄……」
チラリと横を見ると、信じられない光景だった。
教祖の体からは青白い光が立ち上り、水が避けるように落ちているのだ。
「六根清浄、六根清浄、六根清浄……」
5分ほど滝に打たれていただろうか。
肩を叩かれ滝から出ると、教祖は大きな袋から着替えを取り出した。
身につけてみると白と赤を基調とした狩衣だった。
狩衣は襟が円く袖が広く、袖口には袖くくりの紐がある、動きやすい昔の日本貴族が使用していた衣。
見た目的にもいかにも陰陽師といえるのだが、俺には嫌な予感しかしない。
いや、身を清めるなんて言い出した時点で薄々気付いていた。
「早速場所を移動して始めようか」
俺は教祖の謎を何一つ解明出来ないまま、強引に引きずられていくのだった。




