後日談――賀茂月保①
「あのね、賀茂くん。気持ちは嬉しいの。でも、お付き合いはもっとお互いのことが分かってからじゃないと……。ち、違うの。賀茂くんのこと嫌いじゃないよ。その、お友達からでもいいかな?」
顔を赤らめた青山に突然話しかけられたのは、あの戦いから6日後。
俺の怪我が治り、ようやく学校に登校した時のことだ。
もう彼女には関わらないと決めたのだが……予想外の展開でブチ壊した犯人は分かっている。
戦いの翌日朝早くから治療といって俺の家に入り浸り、連日法術のことを根掘り葉掘り質問していった、あの胡散臭い教祖だ。
奴しか考えられない。
陰陽師や鬼のことを青山に話した感じではないが、おそらく俺が声をかけたのは好きだからとか言ったに違いない。
失敗したのは突然の事に面食らった俺は冷静に考える間もなく、「あ、あぁ。なら友達からで」と、選択を間違えたことだ。
せめて「何のこと?」と、とぼけていればそこで終わらせられたはずだったのに……。
それからの青山はちょくちょく俺の教室に来ては話しかけてくる。
彼女は陸上部なのだが、もうすぐ夏合宿だとか先輩が引退したから頑張らなきゃとか、そんなたわいもない話だ。
少々クラスメイトからの視線は痛かったが、転校の多かった俺には友達と呼べる人間はほとんどいなかったし、何より智徳法師を追いかけるのに必死だった。
これが一般的な青春なのかと思うと、まぁ、そんなに悪い気分ではない。
「ねぇ、賀茂くん聞いてる?」
俺を覗き込んでくる青山は、眉間にシワを寄せている。
「ご、ごめん。何の話だっけ?」
「もぅ。だから一緒に陸道教の集会に行こうって話だよ」
陸道教?
あぁ、あの教祖のいる宗教か。
確か親に内緒で入信したとか話していたが、大丈夫なのだろうか?
「んー、でも胡散臭くない?」
「そんなことないよ! 私の悩みをちゃんと解決してくれたもん。こうやって賀茂くんとお話ししてるのも教祖様のおかげだよ?」
それについては反論があるが、あの教祖には借りがある。
それにちょっと調べなきゃいけないとも思っていたんだ。
後から考えると謎だらけなんだよな。
結界から俺を出したし、あの黒鬼達と戦ったにしては怪我も無かった。
智徳法師の怨念を見えるようにしてくれたのもあの教祖だ。
法術とは別の、何か特殊な能力を持っている可能性は高い。
黒鬼の強さは本物だ。
もしかすると智徳法師と繋がりがあり、俺を欺いている可能性だってある。
あの教祖に法術のことをベラベラ喋ってしまったことは、今更ながらに後悔している。
本家に智徳法師を倒したと電話をした時に、ジイちゃんに言われた。
しばらくは様子を見るためにここにいろと。
気を許すなと。
何も無ければそのまま卒業まで普通の生活を送れと。
修行はサボるなと。
「分かったって。一緒に行くよ。集会はいつあるんだ?」
「次の日曜日だよ! ちょっと遠いから迎えに来てくれるって」
宗教の集会に送迎があるとか、めちゃくちゃ怪しいだろ?
なんというかこの子、危機管理がなってない。
簡単に騙されて身ぐるみを剥がされそうだ。
「分かった。用意しとくよ」
「約束だよ!」
青山はとても嬉しそうに俺の小指に小指を絡ませた。
あぁ、またクラスの男子からの視線が痛い。
日曜日。
俺は万が一に備えて御霊刀と大量の呪符や形代をスポーツバックに詰め込み、青山の家の前で待っている。
「賀茂くん、おはよう!」
玄関から出てきたのは白いワンピース姿の青山。
私服姿というのは不思議なもので、学校で見ている活発な姿と雰囲気が違って見える。
なんというか……女の子だ。
玄関の奥には品定めをするような目つきのお父さんと口元を押さえて「あら、やだ」と落ち着きのないお母さんが見える。
一応会釈をすると、「陽子、早めに帰ってきなさい」とのお父さんの怒りを押し殺した声が聞こえる。
青山家では娘がデートに出かけると思われているのだろう。
「はーい。行こっ、賀茂くん」
両親に振った手を俺の右腕に絡ませてくる青山。
――えっ!? あれっ? まじデート?
物凄い形相でお父さんが睨んでるんだけど。
俺と青山って友達だよね?
「今日は道連公園に迎えに来てくれるんだよ」
歩きながら無邪気な笑顔を見せてくる青山にドキリとしてしまう。
相変わらず腕は組まれたままだ。
こんな事なら動きやすいという理由でジャージで来なきゃよかった。
いやいや、俺は何を考えてるんだ。
「あ、青山さぁ」
俺の視線を追った青山は、途端に顔を赤らめると腕を離し両手をバタバタと振り出した。
「い、いや、違うの! やだっ、違わないけど違うの! 今日楽しみにしてたから浮かれちゃったの!」
必死に弁明する姿がすごく可愛い。
って、俺も浮かれてるのか!?
妙に気恥ずかしくなって無言のまま歩いていると、道連公園の脇に止まる黒塗りのアルファードが目につく。
車から男が降りて来るのだが、青山が手を振っている。
「海斗さーん」
「青山さん、お待ちしてましたよ。じゃあ行きましょうか」
もう夏だというのに長袖を着たスラリとした長身の男。眼鏡をかけ七三分けなのだが、よく見ると手や顔に僅かながらも傷跡がある。
白いシャツから微妙に派手な絵が透けて見えるし。
ナンバーが『8888』だし。
ーーヤクザじゃね?
青山が乗り込むと、俺に近寄る海斗と呼ばれた男。
「君が賀茂くんだね。リクさんから聞いてるよ。さぁ、乗って乗って」
後部座席に慣れた手つきで押し込まれる。
あっ、これは本物だ。
青山さんは笑顔でヤクザと話しているが、気づいているのだろうか?
いや、絶対に気付いていないだろう。
教団×ヤクザって最悪な組み合わせだろ?
もう俺の頭からは教祖の謎とか智徳法師とかは吹き飛んでいた。
まるで借金のカタに連れ去られた気分だ。
行き先は山奥の工場か、はたまたロシア行きの船か……。
どんどん人里を離れていく車は、案の定山の中に入っていく。
どうやらマグロ船ではなく、ヤバイ廃棄物処理施設のようだ。
舗装された道が砂利に変わり、怪しい木造の建物が見えてくる。見た感じ本当に宗教のようだ。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「着いたよ。もうすぐセミナーが始まるから本殿に案内するね」
門をくぐり建物横まで来ると、他にも数台の車があった。
俺はバッグを握ると、陸道教の本拠地に足を踏み出したのだった。




