知る必要
爆風がおさまり粉塵が舞うなか、地面を這いずる智徳法師がうめく。
「ば、馬鹿な。一体何が……。ワシの呪術は完璧なはずじゃ。拒否反応などあろうはずが――なぜじゃ!」
「自分の力を過信しすぎたな」
身体中ボロボロになりながらも智徳法師の前に立った月保は、短刀を下に向けて構えた。
「なぜじゃ……なぜじゃ……なぜじゃ…………なぜじゃ」
智徳法師の目に月保は映っていないのだろう。
茨木童子の突然の爆発を受け入れられないまま、虚な表情で同じ言葉を繰り返すだけだ。
「なぜじゃ……なぐふっっ――」
真直に振り下ろされた短刀は智徳法師の背中を貫き、白い光が迸る。
智徳法師の肉体が砂のように崩れていくと、白い紙が短刀によって地面に縫い付けられていた。
「終わっ……た」
月保は両膝をつき短刀を離すと、暗い空を仰ぎ見る。
「――月保、まだだ!」
異質なものを目で捉えて、私は叫んだ。
空中にうっすらと浮かぶ青白い老人。
月保は智徳法師が形代に憑依することで生きながらえてきたと言っていた。
つまり青白い老人が智徳法師の精神体なのだろう。
だが月保には見えているようなそぶりを見せない。
私が魔塵粒子を放出し智徳法師の精神体に纏わりつかせると、青白い光の強さが増していく。
網にかけられたようにもがく精神体。
「な……んだよ、これ」
ようやく姿を認識した月保が呆気に取られた表情でボソリと呟く。
「智徳法師の精神体……つまり奴の本体だ。このまま私が消し去る事は可能だが、月保、お前がとどめを刺すべきだ」
私を見て小さく頷いた月保。
満身創痍ながら膝に手をつき、歯を食いしばって立ち上がる。
そして大きく息を吐き出すと、両手を組み人差し指を立てた。
「毘沙門天
十一面観音
如意輪観音
不動明王」
言葉に合わせ組み替えられた印が結ばれる。
「愛染明王
聖観音
阿弥陀如来
弥勒菩薩
文殊菩薩」
月保が印を組み終え両手を伸ばすと、不思議なことに智徳法師の苦悶の表情が穏やかなものへと変わっていく。
まるで救いを与えているかのようだ。
そして青白い光が薄れ、消えていった。
「ヲン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・ヲン・バザラド・シャコク」
智徳法師が消え去ると、月保はこちらに振り向くのであった。
「いいのか?」
「あぁ、そのまま家に返してやって欲しい。アンタから上手いこと伝えてくれ」
「……分かった」
私が青山陽子をおぶると、月保が少し寂しそうに笑った。
「アンタには……世話になったな。俺がいつまでこの地にいるかは分からないが、借りは返すよ」
そう言って、体を引きずりながら歩いていく月保。
私も青山陽子を家まで届ける為に歩き出した。
『にゃあリク。これでいいのかにゃ?』
『本人がそう言ってるんだ、いいんだろ? 青山陽子はこれで狙われる心配はない。月保も一族の悲願を達成したんだ。実は月保が守っていたとかわざわざ知る必要がない』
『そうにゃんだけどにゃ』
静かな夜の街中を歩きながら、ソラは納得の出来ない顔をしていた。
家の前まで来ると私は少女を降ろし、額にトンと左手をあてた。
ゆっくりと瞬きをしながら目覚める青山陽子。
「あ、あれっ? さっき部屋に聖獣さんが入ってきて……。あの、教祖さん?」
「大丈夫かい? ちょっと悪い夢を見てたみたいだね」
「夢……ですか?」
私の差し出した手を取り彼女は立ち上がる。
「あぁ、夢だ。もう悪い夢を見ることはないから安心して」
「……あの、鬼や賀茂くんは?」
私がゆっくり首を振ると、青山陽子は俯いた。
「鬼なんていなかったし、賀茂君って子も調べたけど何もなかった。賀茂君は君に惹かれて声をかけただけらしい。今回のことは、ちょっと嫌な夢を見る呪ないをかけられていたんだよ。それは祓ったから……もう大丈夫だよ」
自分でも強引な話だとは思うが、下手に何かを話すよりは押し切った方がいい。
私は青山陽子の肩をポンと叩き、そのまま立ち去ろうとする。
「あ、あのっ。ありがとうございました」
背後から聞こえた彼女の声に、私は振り返らずに右手を上げて応えたのであった。
『あそこに地縛霊がいるにゃ』
ソラの指摘通り、車の中から恨めしい目つきでこちらを見る海斗。
大人しく待っていてくれたようだ。
ドアを開け中に入ると、車のエンジンがかかる。
「お帰りなさい。リクさん、今日の出来事は詳しく教えて貰えるんですよね?」
「そうだな。まっ、世界は不思議に満ち溢れてるってとこだ」
「俺、訳も分からずずっと待ってたんですからね!」
ソラのため息が漏れると車は走り出す。
海斗の文句を聞きながら暗闇を流れる景色を見ていると、ふと、目の端に蠢く何かを捉えた。
ここには私の知らない世界が広がっているようだ。
これにて一章完結です。
月曜から後日談が4話ほど続きます。




