第9話:堕天使 VS ……?
今日は黎香と遊ぶ約束をした日。……約束っていうか、例の如く強制だったけど。
で、どこに連れてこられたかっていうと
お化け屋敷
…………。
いや、いいけどね。
色々言いたいことはあるが、とりあえず黙っておく。黎香が大はしゃぎだし。
「んふふー♪ 堕天使とお化けが夢の対決ー」
そしてルシフェルも興味津々だ。
「人はわざわざ怖い思いがしたいのか。変な生き物だな」
……うん、ほら、怖いもの見たさってあるじゃん。
結局あたし達三人で入ることに。
受付のお姉さんに三人って伝えたら、ちょっと怪訝そうな顔してた。わかってる、わかってるからツッコミはどうぞ心の中でお願いします!
クールな彼とお化け屋敷! あわよくばしがみついたりできるチャンス? とか軽く考えてたんだけど。
あたしは甘かった。怖すぎてそれどころじゃなかった。
もちろんあの二人が。……いや、主に黎香が。
あたしは本気でお化け達に同情した。だって女の子が悲鳴あげながら殴りかかってきたら誰でもビビるでしょ。(しかも超笑顔)
むしろお化けが悲鳴あげてたね。
どうやら彼女はお化け屋敷を、トレーニングセンターか何かと勘違いしているようだ。普通、お化け屋敷であんなアクロバティックな動きはしない。
……あ、でも一回だけ黎香の拳を受け止めた強者がいた。体育会系のお化けもいるもんだなと思ったよ。
そしてルシフェルはルシフェルで怖かったけどね。
全然驚かないんだもの。せっかく脅かしてるのに、「ほう」とか言ってまじまじと眺められた日にはお化けだって凹む。単純にルシフェルは楽しんでたけど、やっぱり楽しみ方間違ってる。
後で聞いたら、ルシフェルには最初からお化けが隠れてる場所がわかってたらしい。
「存在する全てが私の射程圏内」
とか言ってた。うーむ……。
というわけで、あたしは黄色い悲鳴をあげることもなく、ずっと引きつった顔をしていたのです。
「……あんた達ねぇ、間違ってるよ。色々と」
これほどぐったりしてお化け屋敷から出て来た人はいないだろう。
……なんか後ろが騒がしいから、多分お化け達がストライキでも起こすんだろうな。可哀想に。
「どーしたのさ真子ぉ! すっごく楽しかったじゃん!」
「具合でも悪いのか?」
「大変そうですねぇ」
お前らのせいじゃ!
……って、あれ?
1、2、3……
入る前はあたしを入れて三人。
今はあたしを抜かして三人。
…………?
「わぁーっ?!」
ひひひ一人増えた! そりゃ“シェー”の格好もするさ。(想像していただきたい)
黎香の隣に……おおお化けがっ!
「あー。お化けだねぇ」
「ふむ。お化けだな」
なんでそんなに冷静なのお二人さん!
いやお化け役の人とかじゃなくて、リアルに怖いんだって!
白装束に三角のやつ、口から滴る血……格好だけ見れば嘘っぽいけど、なんていうか――雰囲気、そう雰囲気が怖い。
虚ろな目、蒼白い肌、濃い影。心なしかどす黒いオーラも見える。
わわっ、こっち見た!
「…………」
自然とルシフェルの後ろに隠れようとしたあたしの前にぬっと近づいて
「どうも。面白そうなので憑いて来てしまいました」
ひーっ! お化け超フレンドリー! ってか漢字漢字ッ。
お化けは今度は黎香を見て首を傾げると、手を差し出した。
「そちらのお嬢さんは……はじめましてですね。貴女のパンチ、なかなかのものでしたよ」
「……じ、じゃああの時、黎香の必殺《揚げ物をレンジで温めるとべちゃっとなってムカつく》パンチを受け止めたのは貴様かぁっ」
技名長ぇ。つーかどんなだ。
握手しつつも、お化けを見る黎香の目は燃えている。
……ん?
「そちらのお嬢さん“は”……?」
あたしは会ったことあるの?
……誰? お化けの知り合いなんていない。堕天使ならいるけど。
――!
何故気付かなかったあたし! カツラにしては自然過ぎる、あの銀髪は……ま、まさか――!
「アシュタロスさん……?!」
お化けはあたしを見て口端を吊り上げた。
「ご名答」
なんで?! なんでアシュタロスさんがこんなところに?
「何故お前がここにいる」
疑問を代弁したのはルシフェル。ちょっと呆れ顔だ。
「んー、アルバイトというやつでしょうか」
堕天使がバイトすんなよっ。
「何のために」
「貴方の監視ついでですよ、ルシフェル。せっかく地上にいるんですから楽しまないと」
か、監視……。
どんまい、ルシフェル。
「まぁ住む場所があれば完璧なんですが」
にこやかに笑うアシュタロスさんに、ルシフェルは一層顔を引きつらせた。アシュタロスさん、お化けメイクなのに何故か爽やかだぜ。
「真子さんのところにはルシフェルがいますしね」
うん。別にいいんだけど、でも……ちょっときついかな。
………はっ! “別にいい”とか考えてる時点で、あたしの感覚はズレてきてるのかな? えーん!
と、ここで黎香が手を挙げた。
「黎香と……」
もしや住ませる気か?!
「黎香ともういっぺん勝負しろー!」
……え?
空気読め黎香。今はそれどころじゃ――
「貴様が勝ったら住ませてやってもいいぜーっ」
おいおいおい。何言ってんの。もちろん断るよねアシュタロスさ――
「いいんですか?」
こらー! そこ、腕捲りするな!
「いや、ちょ……」
「あ、動きにくいので着替えて来ます」
「ふん、逃げるなよ!」
止める間もなくアシュタロスさんは歩いて行ってしまった。これどういう展開――
「アシュタロス!」
おお、ルシフェルが!
あれ……でもすごく優しく笑ってるんですけど……?
「なんですか?」
「……お前はやはり白が似合う」
「ふふ……ありがとうございます」
……ええぇぇえっ。何ですかこのほんわかしたやり取りは!
ツッコミたい! けど“画”が綺麗過ぎてツッコめない!
二人共いわゆる美形なんだもの。お互い微笑みあってれば、そりゃ見惚れるような画でしたよっ。
「けれど僕は貴方と同じ側ですから……黒が好きですよ」
そう言って、アシュタロスさんは今度こそ踵を反した。
……もうどうにでもなれ。
***
しばらくして、お化けじゃなくなったアシュタロスさんが戻ってきた。ちなみに服は以前ルシフェルが着ていたような黒衣だ。
「お待たせしました」
さっきのような陰鬱さがまったく感じられない笑顔。
対して黎香は既にぴょこぴょこ飛び跳ねている。
「汚名返上だぜー!」
……返上するような汚名ありましたっけ。
あたしとルシフェルはそんな二人の様子を、少し離れたところでぼんやり眺めていた。
「……面白いことになったな」
「面白いけどさ。大丈夫かな……」
三ノ宮黎香。彼女はあの小柄な体からは想像もつかないような攻撃力をもつ。おまけに予想できない場所から飛び掛かってくる。更に今の奴は闘志が満ちているので、全ての能力が二倍と考えてもいい。
何故知ってるかって? 毎日私が相手してるからだよ。ぐすん。
ルシフェルは腕組みをして頷いた。
「確かにな。あまり派手にやらないとは思うが……。しかしあの娘も、なかなか命知らずだ」
……ありゃ? どうやらあたし達は心配している相手が違うみたいだ。
「アシュタロスさんってそんなに強いの?」
「ああ、まぁな。あれはそういう奴なんだ」
ふーん。全然そんな風には見えないけど。
あ、でもナイフ投げはすごかったしな。あの時はホントにビビったよー。
けど今のアシュタロスさんは丸腰だ。まさかナイフを出してくるわけもないし。
「さて……私はどうなっても知らないぞ」
言ったルシフェルの視線の先では、もう黎香が空中で腕を振り上げていた。
***
……で、結果はどうなったかというと。
「すご……」
見事ルシフェルの言った通りになりました。
いやー、あたしはあんな美しい喧嘩を見たことがないよ。まるで何かの演舞みたいだった。
素人が見てもわかる。動きに無駄がないし、軽やかなのにアシュタロスさんにはひとつも攻撃が擦ってもいない。……弟子入りしたい。是非。
今は黎香の首にアシュタロスさんが手刀を突き付けている。もちろん微笑んで、ね。
「僕の勝ち、でよろしいですね」
「…………」
だが手を離されても黎香はぼけっとしたままだ。
「どうしました? どこか痛めましたか?」
心配そうにするアシュタロスさん。
でもそんなはずはない。あたしはずっと見ていたけど、怪我した様子なんてなかった。だってアシュタロスさんは一度も黎香に手を出していないんだから。
少しして、黎香がぼーっとしたまま呟いた。
「…………肉……」
「はい……?」
そして途端にアシュタロスさんに抱きついたのだ。
頭に手をやるあたし、素知らぬ顔のルシフェル。ただひたすらアシュタロスさんだけが狼狽えている。
「え?! は??」
「みゃはー! 筋肉ーっ」
黎香はかなりご機嫌だ。
「これ、どういう……?」
「あー……あのさ、その子筋肉が好きでさ……」
「んふふー♪」
はぁ、とわかったようなわからないような返事をして、アシュタロスさんはしがみつく物体を見下ろした。
と、筋肉フェチな黎香がその顔を見上げて――ニヤリと笑った。
仰け反るアシュタロスさんに向かって爆弾娘は堂々宣言。
「――お持ち帰りぃ♪」
あたしは心中で手をあわせた。合掌。そして必死のフォローを試みる。
「ま、まぁよかったんじゃない?! 住む場所が見つかって!」
「そ、そうだな。よかったじゃないかアシュタロス」
ところが、だ。
悲劇(?)の堕天使はあたし達三人を順番に見て、そしてなんと…………微笑んだ。
「ですよね♪」
明るく言うと彼は黎香を引き剥がし、首を傾けた。
「これからよろしくお願いしますね、黎香さん」
唖然としているあたし達の方が変なんだろうか。黎香なんてかなりはしゃいでるし。
「よろしくね! 足太ろ……ふぃ?!」
す、すげー……。黎香の不意討ちをあの至近距離で完璧に防いだ人、初めて見た……。
「アシュタロス。名前、早く“正しく”覚えてくださいね」
「はひ…………」
しかもあの爆弾娘を黙らせた?!
すごすぎるよアシュタロスさん……! 本気で弟子入りしたい。
彼はニコリと笑って黎香の頭に手を置いた。
「お家まで、案内をお願いしますよ」
おとなしかった黎香もびしっと敬礼。
「ウィ、ムシュー!」
アシュタロスさんはくるりとこちらを向いて、ぺこんと頭を下げた。
「お騒がせしました。今日は失礼しますね」
…………。
それなりに楽しそうに去っていく二人を見送ると、自然とため息が出た。
「なんか色々大変そう……」
当然、あたし達が、だけど。
「まぁいいのではないか? あれはあれで楽しそうだ」
しかし、とルシフェルは言い淀む。
「まったく……監視とはな。私はどれだけ信用がないんだ」
本当に軽く落ち込んでいる様子なので、あたしは苦笑するしかなかった。
「でもさー、アシュタロスさんのお化け、迫真の演技だったよね。血とかすごいリアルに見えた」
「ああ、あれか」
ルシフェルは肩をすくめてあたしを見た。
「あいつは戦いを司る者だからな。あいつの本来の姿はあんな感じかもしれないぞ」
戦いを司る者……?
え、え、それって……
「じゃああんなに強いのって……」
「武人としてのあいつからすれば、余裕だったろうな。あの娘も結構健闘していたが」
マジかよー! そりゃ強いわけだ。
「ねぇ、」
それ聞いてふと思ったんだけど
「……あの二人が一緒に住んだらどうなるのかな」
「…………」
ルシフェルは遠い目をしたまま、何も言わなかった。
「…………」
あたしは明日、家屋倒壊のニュースが流れないことを密かに祈るばかりだった。