脱力系迷作しりーず:桃太郎
お遊び全開のお話です(笑)。
むかーしむかし……と出だしから嘘八百、そんなにむかしでもないむかし、あるところにひとりの男の子がいました。
男の子というよりもはや立派な美青年である彼は、桃でも竹でもなく聖なる焔から生まれたのだと主張するので、しかし“だてんたろう”だなんてダサ過ぎて、とある悪霊仮面役人達が涙目な事態になりかねないので、仕方なく便宜上“太郎”とだけ呼ぶことになりました。思い切り洋風な顔立ち、出で立ちですが“太郎”です。作者は権力を乱用しました。
別段、彼はおじいさんとおばあさんに育てられたということもなく、気付いたらもうこのサイズの体で、並外れた知能と運動能力を持っていました。しかしその並外れた知能で彼は空気と文脈を読みました。そう、彼は“鬼退治”に行かねばならないのです。作者はまた権力を乱用しました。これは決定事項ですので文句がある人は後で個人的に来なさい。
というわけで、彼は“鬼”の住むという島へと出発します。何せ彼は生まれつきチート仕様なので、翼でひとっ飛びし、腰に帯びた剣、否、その卑怯くさい能力を行使すれば一瞬で片は付くのですが、やはり彼は空気を読みました。さすがは主人公です。
さて、彼が鼻歌なぞを歌いつつ、古き良き時代のガキ大将の如く木の枝を振り回しながら呑気に道を歩いていると、何やら後ろから呼び止める声がします。
「ルシフェルさ……じゃなくて太郎さま! お供致しますから、お腰につけたそのお菓子を僕にくださいワン!」
現れたのはふわふわとした金髪の少年堕天使……ではなく犬でした。太郎は見覚えのある白い羽根だなと思いましたが、金髪の間から獣耳がぴょこんと生えているのを見て、ひと違いだと思い直しました。
「お菓子?」
「そうですワン! 多分この流れだとエクレアだと思いますワン!」
犬は余計なことを言いました。けれど、事実は予想を上回りませんでした。
太郎が腰からぶら下げた袋には太郎の大好物のエクレアが入っていました。大好物なので、太郎はあろうことか逡巡しました。展開と食欲、どちらを優先すべきかが彼の中でせめぎあいます。
太郎はちらりと犬を見ました。犬はくりくりとした真ん丸おめめで太郎を見上げていました。見つめ合うふたり。BGMは某消費者金融のCMでお馴染みだった曲です。とうとう太郎は折れました。可愛い部下には勝てません。無条件降伏でした。
「ありがとうございますワン! ずっと太郎さまについて行きますワン!」
こうして太郎はひとり目の仲間を手に入れました。
彼らは適度に戯れ合いながら、三歩進んで二歩退がるくらいの速度で足を進めます。些か呑気過ぎる感もありますが、事は勝手に起きるので無問題です。
しばらく行くと、やはりまた太郎を呼び止める声がします。今度は頭上から。
「『太郎さま太郎さま、ボクもお供致しますウッキー』……って、ンだよこれ!? カンペ出してンじゃねェよ!!」
木の上にいたのはひとりの堕天使……ではなく、一匹の猿でした。やけに目つきと口の悪い猿です。蝿ではなく猿です。犬が震えていたので、太郎は足早に立ち去ろうとしました。犬の震えは恐怖ではなく笑いを堪えてのものだとは太郎は気付いていません。
「オイ、待てって! ……あー、そうだな、そのエクレアくれたらついてってやってもいいぜ?」
「いや、足りている。じゃっ」
「おー、そうかぁ……って、ぅおーいッ! 足りてねェだろどう考えても! 猿は必須だろうよ! つーかパラレルだからって笑ってンじゃねェよウァラク!!」
猿は“ノリツッコミ”というスキルを備えていました。が、戦闘で役立つスキルには思えなかったので太郎は足を止めませんでした。
すると太郎達の目の前に猿が降り立ちました。申し訳程度の長い尾が揺れています。それ以上の猿のビジュアルは勘弁してくれと、彼が断固拒否した結果でした。
「わァった、わァったよ。エクレアとかいらねェからついて行かせてくれ。でないと木の上で出番待ちしてた数時間が報われねェ」
猿は意外と流れを大事にする子でした。というか太郎と犬が遊んでいる間に猿は相当待たされていたようです。
心優しい太郎はそこまで言われたらうなずく他ありません。こうして太郎にはまた仲間がひとり増えました。
太郎と犬、猿がのんびりと歩いていると、またまた後ろから声を掛けられました。賢明な読者諸兄はお気付きでしょうが、犬、猿とくれば次はあの生き物しかいません。
「太郎様、雉って、どのように鳴くのですかね?」
現れたのは銀髪の美青年……ではなく雉でした。雉は初っぱなから疑問系でした。
「さあ……ピヨピヨ、とかでいいんじゃないか?」
律儀に答えた太郎でしたが、これまでいくらか鳴りをひそめていた残念さがついに発揮されてしまいました。心優しく真面目な太郎は、真面目ゆえに悲劇をもたらすことがままあるのです。
「それはヒヨコか何かでしょう。なんかもう、いいですよね普通で。ベルゼブブ様もあんな感じですし」
雉はハリボテの翼や嘴を装備することもなく、至って普通の口調でそう言いました。流れ及び設定はオールスルーでした。だって雉だから。
「そうそう、エクレアをくださることになっているのですよね」
「あ、ああ、そうだな」
特に何の問題もなく雉が仲間になりました。否、問題なくというのは語弊があるかもしれません。実は太郎のステータスに“やや挙動不審”の文字が書き加えられていました。雉は強力な仲間なので、多少のダメージは致し方ないのです。雉も猿と同様に待たせてしまったのだと思うと、それだけで戦々恐々としてしまう太郎なのでした。
さあ、ここまでくればあとは鬼の住む島を目指すだけです。彼らは一応、海を渡りました。一応、舟を漕ぎました。島に着く頃に猿だけ異常に体力を消耗していた理由は、恐らく言わずもがなでしょう。
約一名を除き無事に島へと到着した太郎一行。ゴツゴツとした岩壁がそびえ、草木はあまり見当たりません。果たして鬼は見つかるのか……砂浜を進んでいた、その時です。
「――見ぃつけたっ! 僕の大好きな太郎っ♪」
やけにはしゃいだ声の方を彼らが見ると、そこには、ひとりの鬼(?)が岩の上に腰掛けていました。
「(?)って、何だ?」
「太郎さま、あれ、悪魔ですよね! 『あくま が あらわれた!』、ですよね!」
「何を言っている、ウァラ……じゃなくて犬よ?」
「“ふぁみこん”という娯楽機器ですよ太郎さま! うわぁー、ワクワクしますぅ!」
なんと犬は初期のゲームを知っていました。一体どこで覚えたのでしょうか。
ともかくそこにいたのは鬼と形容するにはあまりに妖しく、あまりに美しい金髪金眼の男でした。犬と太郎がそう認識したので、“悪魔”と呼ぶことにします。
細身の悪魔は軽やかに地面へ降り立つと、無駄に美しい微笑を湛えて太郎達を見つめます。厳密には太郎だけ、を見つめます。
「わざわざ僕に会いに来てくれるなんて……ああ愛しい僕の太郎!!」
不意に悪魔は地を蹴り太郎へ突っ込んできます。甚だしい勘違いをすると共に両腕を広げ、包容への準備は万端です。いくらチートな太郎といえどもこれにはたじろぎました。パラレルだからと油断していたのは明らかです。
「お下がりください太郎様。――貴方の相手は僕ですよ!」
と、わずかな隙をフォローしたのはこれまた怖い微笑を浮かべた雉でした。護衛者としての雉の反射神経と絶対防衛能力に適う者はそうはいません。
「邪魔しないでよ!」
「慎みなさいませ!」
もはや立場とか気にする彼らではありません。悪魔と雉は火花を散らしながら、そのままどこかへ闘いにいってしまいました。
唖然としていた太郎達でしたが、彼方から聞こえた爆音に我に返ると、再び島の中心を目指します。時折響いてくる地鳴りと爆発音にはそっと聞こえない振りをしました。
続いて彼らが見つけたのは大きな洞穴。中に何かがいそうな気配がぷんぷんと漂っています。
慎重に足を踏み入れる太郎達。岩壁に都合良く松明が灯っている点についても華麗にスルーします。生温い風に乗り、微かな音が聞こえてきました。徐々に大きくなるその旋律は、女声の歌のようです。
「~♪」
声を頼りに進んでいた一行は、何やら開けてはいけない雰囲気の扉にぶつかりました。ぴったりと閉ざされた岩の扉。上機嫌な鼻歌はその中から聞こえてくるようです。
「オイ、引き返した方がよさげじゃね?」
「んっ?」
猿が顔を引きつらせたのも宜なるかな、ちょっと残念な太郎さまがやってくれやがりました。オープン・ザ・ドアー。時既に遅し。犬はクリ○ン的な絶句状態で固まっています。
ふと、彼らは歌が止んでいることに気付きました。
「――何すんのよ変態ッ!」
代わりに響いたのは悲鳴でした。それもそのはず、そこにあったのは何故かお風呂。岩窟風呂というやつでしょうか。本家ではあり得ないであろうお色気シーンを演じていたのは、これまた妖艶なショートヘアの美女でした。
「はぐぅっ!」
「ごばぁっ!」
そうこうしているうちに、魔力の水弾がけしからん男達に命中していたみたいです。詳しくは行間を読んでください。不幸なことに、うっかり太郎さまは防御用の装備を身につけていませんでした。むしろ奇襲を仕掛けた側なのに先手をとられていました。
油断による防御力マイナス、そして女悪魔のお怒りによる向こうの攻撃力増加という相乗効果で、放たれた水弾は太郎と猿の額に的確にクリティカルヒットしました。「かいしんのいちげき!」でした。悪魔は、錬成により作り上げられた特別な指輪を装備していたのかもしれません。
元々ヒットポイントが残りわずかな赤ゲージだった猿は、この一撃でとうとう力尽きて最後にセーブした場所へと強制帰還させられました。
「あ?! 勝手なこと言ってンじゃ……」
不当な過剰労働により、せっかくの仲間の体力もここまででした。
「だからっ、オレ様がこの程度のことで――」
賢い猿は空気を読みました。
「…………」
空気を読みました。
「…………くそっ」
さらば猿よ。太郎と犬は寂しそうに見送りました。黒い翼を生やした猿は主役級というよりもどちらかといえば魔物の眷属寄りの姿をしていましたが、賢い彼にはきっと幸運が訪れることでしょう。
ちなみに先程の水弾ですが、何故か犬は免除されていました。それどころか、
「キャー! 可愛いわねぇ、この犬耳!」
女悪魔にかなり気に入られていました。これも愛らしい子供の役得です。
というわけで、太郎は犬をその悪魔に預けていくことにしました。
「な、なんでですか太郎さま?!」
「次の敵は手強いからな。お前を危ない目にあわせたくないんだよ」
太郎の必殺技、“天使の微笑み”が発動しました。“甘い声”とのコンボは、従順で太郎さまラブ!な犬には効果は抜群です。
「はいっ、太郎さま!」
「良い子だ」
そして太郎はひとり更に島の奥地へと向かいます。
女悪魔に言われた通りの獣道を辿り、何故か唐突に襲ってくるようになった仮面のスーツ集団を全て指先ひとつで撃破し続け、あれよあれよという間に彼は山のてっぺんに到達していました。能ある鷹は爪を隠しきれなかったようです。
島で最も高い岩山の頂上。そこには誰が見ても時代錯誤としか思わないであろうような、立派なお城がそびえていたのでした。ラスボスの雰囲気が満載です。
太郎は入り口前で一度立ち止まり、恒例の装備と所持品の確認をしました。けれど持ち物らしいものといえば猿にあげ損ねたエクレアと、結局使うことのなかった無駄に立派な長剣ぐらい。自信家な太郎はここまでの冒険を記録するという慎重策はとりませんでしたが、小腹を満たすために残りのエクレアを食べました。これで先程の水弾によるダメージも回復です。
いよいよ扉をくぐると、期待を裏切らない広間と赤い絨毯、その先にはちゃんと玉座があります。賢い太郎は薄々感付いていたので、玉座の前で白銀の髪の悪魔が仁王立ちしていてもさして動じませんでした。
「……遅い」
唸るように言った悪魔は鋭い瞳をもっと鋭くして太郎を睨み付けています。太郎の防御力が少し下がりました。
「何故そんなに機嫌が悪いんだ?」
防御力低下の勢いで素に戻りかけている太郎は、ラスボスを目の前にしても何ら恐れる様子も見せずに近寄ります。さすがは性格“てんねん”の太郎です。
悪魔は思い切り顔をしかめると、一冊の紙の束を太郎に突き付けました。表紙には“台本 かぐや姫”と書かれています。
「これは?」
「俺が聞きたい。あまりに貴様らが遅いから、次回作だといって渡された書類に目を通していたのだ」
「ふむ、それで」
「……何故、俺が結婚を申し込まねばならない!」
太郎はぱらぱらと台本を捲りました。キャストの欄を見れば、確かに目の前の悪魔は“五人の貴公子”のうちのひとり、つまりかぐや姫に求婚した挙げ句に鬼畜な要求を受ける羽目になる貴族の役、ということになっていました。
「……」
「……」
「……」
「……ひとまず、これは置いておくとして」
なんと太郎は意を決して話題を流すという反則技を繰り出しました。某資本主義的トランプゲームにおける“八きり”を彷彿とさせる脈絡の無さです。しかし実はこの時、その貴公子役の中に自分の名前があったのを太郎は見てしまったのです。早く話を打ち切りたい、っていうかもう太郎でいるのすらしんどい――その気持ちが果敢な決断を可能にしました。
「あ、そうだ、宝……宝は、どこにあるんだ? 私が取り戻すという手筈になっているんだが」
キョロキョロと辺りを見回すも宝はおろか、部下らしき者も見当たりません。ちなみに悪魔お抱えの仮面集団は自分が道中で既に全員倒してしまったことなど、呑気な太郎は知る由もありませんでした。
けれどそれにしたって、物が少なさ過ぎます。不審に思った太郎が艶やかな黒髪を揺らしながら首を傾げると、白銀の悪魔は実に大儀そうにぼそりと洩らしました。
「……宝など最初からここにはないぞ。そんな端金をかき集めるほど俺も貴様も困窮していないだろう」
「あ、……で、ではさらわれた村の者は?!」
「村? ああ、そういう設定だったか? 生憎だがそれもいない。大体、俺は人間が嫌いだといつも言っているだろうが」
ラスボス悪魔は凄腕のセオリーブレイカーでした。
しかしながら、これは配役ミスと言わざるを得ないでしょう。嫌いなものワーストワン・ツーを争うのは女子供だという悪魔に、誘拐犯たる鬼の役が勤まるはずもありません。
取り戻すべきものが何一つなかった……という衝撃の展開にしばらく立ち尽くしていた太郎でしたが、やがて気を取り直すと、その優れた知能をフル活用して今後の分岐を見出だそうとしました。お供はなく、宝もなく、倒すべき鬼もやる気ゼロの有様。あまりに多発したランダムイベントのお陰で、彼がとるべき行動はただひとつに絞られていることがわかりました。
「……帰るか」
太郎は潔い子でした。そして作者の息切れのタイミングを良く理解していました。さすがは恋愛沙汰には疎いくせに妙な勘の鋭い男です。
「一応聞いてみるが……帰る、とは?」
白銀の悪魔は眠たそうな半眼で、否、どちらかといえば胡散臭げに太郎に尋ねました。
「む? ああ、“あっち”の世界にだよ」
「そうではない。“どこに”、帰るのかと聞いている」
「それはもちろん――」
と、太郎は悪魔の言わんとすることを悟りました。太郎には“あっち”の世界において少しばかりやましい事情があるのです。
「……」
太郎はコマンド“にげる”を選択。
「待て貴様。今日こそは溜まった執務を片付けてもらうぞ」
しかしまわりこまれてしまった!
「…………くすん」
というわけで、太郎はしばらくの間、悪魔の指示の下で“都市事業計画承認の押印”イベントをエンドレスリピートさせられることとなりました。彼が解放されたのは五百周を過ぎた頃だったそうです。桁違いの凄まじいやり込みです。
――さて、その後、お供の三名はどうなったかと言いますと。
雉は金髪悪魔との勝負がなかなか着かず、結局、仮面スーツの島民の悲鳴が相次いだため休戦と相成りました。女悪魔に気に入られた犬は、悪魔の気が済むまで存分に可愛がられたようです。他意はありませんので悪しからず。強制帰還させられ、ひょっとしたら忘れられている可能性大な猿はといえば、最後のセーブ地点であるあの木の上で第二の太郎が通り掛かるのを待っています。そろそろ自分が太郎をやろうかと思い始めた頃かもしれません。
こうして、村も島もいつもと変わらず平和であり続けましたとさ。めでたし、めでたし。