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おつかい蝿王♪

【2010.07.31】、【2010.08.01】の活動報告より転載しました。あとがき・反省はそちらにて!

 首筋に冷たい感触がある。オレが恐る恐る見下ろすと、鏡のようなその凶器に自分が映った。


「…………」


 眼前には奴の顔。普段の柔和な笑みはどこへやら、紅い瞳は怒りに燃えている。きれいな顔してる野郎って怒るとマジで怖ェよな。恐ろしくてたまんねェ。


「……正直に言え」

「オレじゃねえって……!」


 ぐっと切っ先が食い込んだ。多分、奴があとちょっと力を入れたらオレの首が宙を舞うことになる。

 勿論奴が剣に手をかけた時オレも対抗しようとはしたさ。だが銃口を向けるより先に、奴は抜剣した勢いのままオレの手から武器を叩き落としやがった。こんな――言っちゃ悪いが――狭い部屋で剣振って、ソファーもテーブルもテレビも無事だってことには感動する。

 ちらと床を見れば無造作に転がった愛用の銃。腕を伸ばしても確実に届かない距離だし、何より銃に指が触れる前にオレの首が飛ぶだろうな。別にあんな媒体なくたって撃てるが……やっぱり先にオレの首が飛ぶんだろうな。


「残念だなベルゼブブ。貴様とは今日でお別れだ」


 低く唸るように言うと同時、ルシフェルの目がすうっと細まった。寒気がする。ダメだ、これ以上はガチで危険だ。


「……わかった、わかったよ。てめえの……」


 オレはとうとう観念して自分の腹を親指で示した。そして、叫ぶ。


「てめえのエクレアはここだッ!」


 やけくそに吐き捨てたと同時に白刃が煌めき――気付けばオレの体は窓の外に飛び出していた。

 一拍遅れて上半身に鈍い痛み。どうやら剣の腹で殴られたらしい。場外ホームラン。刃なら今頃オレは真っ二つだ。人間なら死んでる。マンションの五階だろ、ここ!


「ちょっ……おい!」


 慌てて翼を広げながら叫んだら、黒い物体が落ちてきた。わざわざ窓から放られた自分の銃を、空中でキャッチする。

 

「おいコラ、ルシフェル!」

「煩い。早く買って来い」


 奴の姿は見えない。が、ひどく静かな声だけが降ってくる。


「はァ?! なんでオレがそんな――」

『行け、と』

「ハイすみませんでした行ってきます」


 ……オレはいつも結局、なんだかんだ言って奴には勝てない。奴の“長”としての威厳のせいだろうか? それともオレは――

 いや。んなこたァどうでもいい。

 今重要なのは、オレがパシリの真似事をさせられそうだということ。次期魔王の、蝿王のこのオレが!


「……ったく。食い物の恨みは恐ろしいぜ」


 銃をしまい、ついでに翼もしまって(徒歩だなんて!)、オレは悪態を吐きながらスーパーマーケットへと向かった。

 

 ……のだが。女達で賑わう入り口を前にオレは動けずにいる。途中でかなり重大なことに気付いちまったからだ。

 オレ、金持ってない。

 銃ひとつで放り出されて当然手ぶらだ。そもそも人間界の通貨なんてそう持ち合わせちゃいないが。

 買い物には金が要る。堕天使にも適用されるルールなんだよなァこれが! 前に商品持ったまんま普通に帰ろうとしたら変なオッサンに捕まって、なんつったかな、くじ引き? なんかごちゃごちゃ言いやがるから面倒くさくなって「オレ様に喧嘩売ってンのか」ってメンチ切ったら、ビビったオッサンに警察連れて行かれそうになったもんな。さすがにヤバいと思ってモノ置いて離脱したが。もうあの町には行けなくなっちまったなー。今回も金払わないと店から出らんねェンだろ? ケッ、まあここは譲歩してやっか。バレたらまずそうだしな。特に進藤とか虎谷あたりに。あいつらは常識人だからな。

 

 だからこそ、動けねェわけだが。ああ終わった。八方塞がりだ。パシリが気に食わねェとはいえ、土産無しで戻ったらルシフェルの野郎に何言われるかわかったモンじゃないし。

 くそっ、あの時あのエクレアに手を出さなければ……っ! 名前でも書いておきやがれってんだ。大体あれだけ冷蔵庫にストックありゃ一個ぐらい食べたって構わないと思うだろ普通。「せっかく取って置いた“キャラメル味”だったのに……!」とか言われたって知るかよとしか言えねェよ。ああくそ、不運なオレ! 進藤も大変だな畜生!

 

 ――なんてことをグダグダ考えていたら。

 

『あー、お前っ!』

「あァ?!」

 

 うるせぇなァ、と振り向いて。

 

「……げ」

 

 オレを指差してニヤリと笑む茶髪の女を発見、思わず一歩下がる。だってこいつに捕まるとロクなことになりゃしねえからなっ。今でも覚えてるぜ……オレを教頭とかいうハゲオヤジの長話の囮にしやがって! あのジジイ、自分ちの自慢話しかしねェでやんの!

 

「久し振りじゃないか~! 何時以来だ? 飲み会?」

「てめえの学校の“文化祭”以来だ、適当女」

 

 誰がてめえと酒飲むか。記憶も適当だなこいつ。まったく、よく進藤達はまともに育ってるぜ。

 

「まさかこんなところで会うとはなー。なんだ、買い物か? 主夫か?」

「オレらは家庭なんざ持たねえの! ……買い物は、まあ、そうなんだけどよ」

 

 言い淀む。これはピンチなのか? それともチャンスだってのか? この女もここにいるってことは、確実に金は持ってるだろう。そこまでテキトーではない、はず。

 ならとにかく今は金を借りてさっさと――

 

「なァ、今だけちょっと金貸してくンねェ? 後で返すからよ」

「ぶひゃー! このご時世に無一文か。まあ貸してやらんことはないが、条件がある」

 

 さっさと……帰れるわけないよなー。なんか一瞬ものすごい憐れまれた。こいつに地獄のオレの財産見せてやりてぇ。

 仕方ねえさ、な。魔王の逆鱗に触れるよかマシだ。

 

「条件? なんだよ」

「うむ……、私に飯をおごれ」

 

 本末転倒っつーか馬鹿なのかこいつ!? オレ金持ってねえって言ってンのに!

 

「いやいや冗談だ。ちょっと魔が差して風が吹いた」

 

 なんだそりゃ。てめえの頭ン中はすきま風が吹きまくりか。本物の魔が、目の前にいるんだぜ。言わないけどな。

 結局提示された条件は“買い物に付き合い、ついでに食事も付き合うこと”だった。おごりだから我慢してやるが、このオレに荷物持ちさせるたァ、本当にイイ度胸してやがるな女。気に入らない、が、気に入ったから食事まで付き合ってやった。ラーメン? なかなか旨いな、アレ。――……

 

 

***

 

 

「……てなわけで、オレも忙しかったンだよ!」

 

 進藤家。ダイニングのテーブル。

 三時には間に合わなかったが、夕飯前に戻っただけ褒めて欲しい。だがオレが如何に頑張ったかを熱入れて語っても、目の前の怜悧な王者はにこりともしない。腕組みしたまま、冷めた視線はテーブル上の“ソレ”に注がれている。ソレ――オレの努力の結晶、戦利品。

 

「お前が如何に私の命令に忠実かはよくわかった。こんなに私を待たせた理由もよく理解した」

「だろ?! あー大変だったンだって本当に――」

「が、」

 

 魔王サマは盛大に顔をしかめて。

 

「何故に“シュークリーム”なのだ!」

 

 キレた。と、というか半泣きだと?! ちょい待て待て待て……!

 まさかの展開に慌てるオレ。こいつにとってエクレアであることはそんなに重要なのか?! 今度は剣は抜かれていないが、むしろこっちの方がタチが悪い。

 

「いや、しょうがねェだろ?! エクレアは売り切れてたンだからよ!」

「だからといってシュークリームが代用になるか! 別物だ別物! 貴様は何もわかっていない! チョコが……あのチョコレートと滑らかなクリームが一体となる瞬間こそが、我が口内に至福が満ちる最高の時であるというのに!」

「…………」

「しかもキャラメル味はどうした!」

 

 喚くなよ。オレだってそりゃ悪かったと思ってる。けど必死こいて買ってきてやったんだぜ〜?!

 

「……あー、じゃあ返して来――」

「誰が要らぬと言った!」

「はァ?! 食うのか?!」

「当たり前だっ! 私の心の広さと甘味の力を侮るな!!」

 

 面倒くせェガキかてめえはッ!

 なんだこいつ。人間界に来てから、とりわけ食い物が絡むとキャラ崩壊を平気で起こしやがる。いくら天然だの可愛らしいだの地獄で言われてても、ここまでじゃなかった気がするんだが。

 ん? パシられてるオレもキャラがおかしいんじゃ……や、やめろぉぉ! オレ様を巻き込むんじゃねぇぇぇ!

 

『――ただいま~。あー、疲れたぁ』

 

 救世主! 救世主の声が!!

 

「あれっ、ベルゼブブさん? いらっしゃい」

「どこ行ってたンだよ進藤! てめえが朝からいればオレはこんなことしないで済んだのによっ!」

「は? え?」

 

 泣き付く勢いのオレに対して曖昧に笑う進藤曰く、“課題研究”とかっていうので友達ん家に行ってたらしい。提出期限に間に合わないからってんで休みの日も進めなきゃならないんだとか。うへー、人間も大変だな。

 

「お、シュークリームじゃん。ベルゼブブさんが持ってきたの?」

 

 緊張が走る(オレとルシフェルの間にだけ)。一瞬交錯する視線(オレとルシフェルの間でだけ)。あっちも恐らく同じことを考えてるだろう。進藤を味方につけた方が――勝つ!!

 

「おい言ってやってくれよ進藤!」

「聞いてくれ真子!」

「アァ?! てめえは黙ってろルシフェル!」

「何?! 貴様こそ入ってくるなベルゼブブ!」

「ぐぬぬ……!」

「うぬぬ……!」

 

 なんて早ェんだこいつっ……!

 

「ちょ、ちょいストップ、ストップ! あたしの耳は二個だけど頭と口は一個しかないから!」

「でも、でもっ」

 

 あぁぁまずい! あいつの涙目が発動したらオレに勝ち目はねぇ! オレもやればいいって? やめろ気持ち悪ィ!!

 ところが進藤は「ちょっとたんま」と言って手を突き出し、何故か数歩後退りする。何してンだ?

 

「あんたの、上目遣いは、危ない。今回はちゃんとベルゼブブさんの話も聞くんだからね」

 

 なるほど! 長く一緒にいるだけあって、こいつはいくらか耐性があるわけか! これで公平な判断が期待できるぜ。

 

「はいっ、じゃあそれぞれの言い分を言ってくださーい。まずはベルゼブブさん?」

 


 ……全て話し終えたオレ達に与えられたのは公正なジャッジではなく、呆れ果てた進藤の大きなため息だった。

 

「……なに、それ。そんなんで喧嘩?」

「そんな、って! 私がどれだけあれを食べるのを楽しみにしていたか、お前は知っているだろう?!」

「何も今じゃなくても……それに言ってくれれば、あたしが買ってきてあげるでしょ?」

「うぅ……」

 

 そしてオレを向き。

 

「ベルゼブブさんも。もっと冷静に対応すればいいのにさぁ」

「剣でぶん殴られたンだぜ?!」

「まぁそれはちょっとどうかと思うけど。あと一応言っておくけど、エクレアならコンビニでも探せるし、売り切れってことはそうないと思うよ?」

「え?! だってあの適当女が『どうやらここにないということはもう日本中のどこにもないな。何せここはエクレアの原産地だからな!』って!」

「エクレアの原産地……ベルゼブブさん完璧に騙されてるよ。買い物を早く切り上げたかったんだろうね、楢崎先生」

 

 あンのアマぁぁ!! 次見つけたら容赦しねェぞゴルァ!

 

「あのさー、あたしが言うのも失礼かもしれないけど」

 

 オレらを交互に見て、最後に進藤は

 

「大人げないよね、どっちも」

 

 と堕天使のハートにクリティカルヒットさせて台所へ消えた。思わずルシフェルと顔を見合せちまった。あいつもなんだかぽかんとした間抜け面してて、それが妙に笑えたんだが。

 

 で。流れでオレも夕飯をご馳走になることになったわけだが(牛丼、とかいうやつ。やっぱ進藤の料理は旨ェな)、進藤はその夕飯後に“答え”を出したのだ。

 

「ルシフェルもベルゼブブさんも、これで水に流すこと!」

 

 オレらの目の前に置かれたデザート。チョコでコーティングされた菓子に赤いソースがかかってて、更にアイスクリームらしきものが添えてある。見た目はかなり豪華で、やたらと……甘そうだ。

 すっかり機嫌を直したルシフェルがはしゃいでいるのは、オレから見てもなんだか和む光景だ。こんなデザートが出てきたらそりゃ嬉しいよなあ。と、よく見ればこの土台……エクレア?

 

「ルシフェルは甘いのが食べたかったんだよね。キャラメル味はもうないけど、冷蔵庫にあったエクレアに、作り置きしてた苺のソースをかけてみました! アイスもつけたらなんかそれなりに見えない? あ、上のトッピングはグラノーラだよー」

 

 にこにこ笑う進藤は、本当に作ることが好きなんだなーと思う。すげぇ。すげぇの一言しか出てこないぜ救世主!

 

「美味しいー甘いー♪ なっ、ベルゼブブ?」

「えっ? お、おう!」

 

 ルシフェルにとられちゃ堪ンねぇ、とちょっと慌ててアイスを口に運ぶ。ん、見た目よりくどくないなコレ。

 料理に感心しつつ、オレはルシフェルがずっと進藤の傍に居たがる理由が少しだけわかったような気がした。どうやら単に飯につられてるとか、そういうのだけじゃないらしい。

 

「サンキュな、進藤」

「ん? うん、どういたしまして」

 

 色んな意味を込めて礼を言う。そうだな、確かにこいつなら“救世主”になれるかもしれねェ――。

 ……さあて。これ食い終わったら帰るか。まぁ悪かねぇ一日だった、と思いたい。終わり良ければなんとやらってな! せいぜい仲良くしろよ凸凹夫婦。オレはいつかまたあの女に会って復讐を……の前に金返す約束だったか?! ヤベー!!

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