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美形の来る喫茶店?

【2010.07.09】の活動報告より転載しました。あとがき・反省はそちらにて!

 ある夏の日の昼下がり、その男はやって来た。

 


 

 駅前通りの小さな喫茶店。うだるような暑さの中、クーラーの効いた店内は、主に外回りのお父さん方の避難場所となっていた。とはいえ昼時を過ぎれば閑散としたもの。ゆったりした音楽が流れる小さな店内は広々として見える。一応はそこそこ有名なコーヒーショップの系列店なのだが、夏特有の空気も相まって、店員達も気だるそうにすっかり暇を持て余している模様。

 数十分ぶりに、ドアにつけた鈴が、鳴った。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 どうせまたコーヒー一杯で新聞持ち込んで粘る親父か、アメリカンドラマを彷彿とさせるかしましさのママ友か。楽しいとは言い難い気分で、しかし仕事だからとドアに目を遣る店員達。入ってきたのはひとりの青年。

 そして。

 

「暑……」

 

 ――瞬間、店内の空気は凍った。

 若い男性客が久しぶりだったということもある。だが理由はそこではなかった。

 

(((ふぁ、ファンタジー!!)))

 

 声には出さないが、全員が絶叫したという。

 別に青年の服装が残念な電波くんチックだったとか、そういうことではない。暗色のスラックスに白いシャツと黒いベストを合わせた、至って普通のシンプルな出で立ち。

 店員達が凍った理由はむしろ、その逆だった。

 ふらりと入店してきたその彼は……美し過ぎたのだ。浮世離れした美貌。まさしく創作の中の住人。故にファンタジー。

 すっきりとした鼻筋、切れ長の瞳、やや細めの顎。白磁の肌を僅かに火照らせ、熱い吐息を洩らす唇はきれいな桃色。非の打ち所のないパーツと配置。

 もちろん、万人の好みに迎合することは不可能だ。こんな長身痩躯よりぽっちゃりした可愛い人が好き、とか、あんな堅そうな男より金髪鼻ピのチャラ男が好み、とか。それでも好みを別にして、彼が美しいということだけは誰も否定しないと思われた。十人に聞けば十人全員が「美形」だとうなずくだろう。

 多分に漏れず、そこの店員達はほとんどが女性。イケメンを前にすればそりゃあ色々批評してしまうってもの。

 二十代。身長高し、やや痩せ形。黒髪、非くせ毛、襟足やや長め。身だしなみ、清潔。持ち物、茶色い大きなカバンがひとつ。変な目の色だけどカラコンか? 外人? ひとりで来店。え、まさかのフリー?! いやそれはないだろ。常連? や、初めて見る顔。たまたま来てくれた……神様ありがとーう!!

 ……等々、そんなことを考えたかどうかは知らないが、誰もが一瞬仕事を忘れたのは事実。

 ちなみに美を体現したかのようなその青年は甘い王子様というより、騎士様に近い鋭さがあった。……とはファンタジー好きの店員談だ。

 

 さて彼は窓際のテーブル席に着いた。メニューを開きながら、色白な手の甲で額の汗を拭う。手首で煌めく銀色のブレスレット。普段なら『せめてタオル使えよ汗が飛んだらどうすんだコノヤロウ』と思ったり思わなかったりする店員達も今日は黙認。汗というよりフェロモン全開。悶絶した店員の数が何よりの証拠である。

 しかしそう遊んではいられない。仕事は仕事。お客様は神様です。早速ひとりの店員がオーダーを取る。

 

「い、いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」

「アイスコーヒー。と、」

 

 ぺらり、ぺらり。メニューが捲られる。

 

「とー……」

 

 どうやら決めかねている模様。むぅ、と人差し指を唇にあてて悩む青年。

 

(((もっと他に悩む体勢あるでしょうよっ)))

 

 可愛過ぎるそのギャップに総ツッコミ。嬉しい悲鳴ともいう。

 ぺらり、ぺらり。なかなか引っ張る青年。だがオーダーを取る店員は決して苛立ったりしない。むしろもっと側にいたいので存分に悩んでください。公私混同も甚だしいが、彼女の心を否定できる同僚はそこにいない。カップを磨く者、レジ打ちする者、コーヒーを煎れる者、それらどの顔にも“羨ましい”と書いてある。

 と、ずっと悩んでいた青年の顔が急に輝いた。開いたページには、デザート。

 

「パフェ!!」

 

 嬉しくて堪らないというように声をあげた彼、どうやら結構な甘党のようだ。嬉々として「どれにしようかな……」なんて言っている。うん、とうなずいて。

 

「チョコレートパフェを――“三つ”」

 

(((み、三つ?!)))

 

 それはちょっと多いだろ。あ、連れ? 連れが来るのよね?! 三つなら友達ね。はいはいなるほどー。……と無理矢理納得する店員達。

 オーダーを取る彼女もそんなことを考えたので、わずかに反応するのが遅れた。彼はきょとんとした顔で彼女を見上げ。

 

「売り切れ、とか?」

 

 なんてことを聞いた。

 

「い、いえいえ! 大丈夫です、ご用意できますっ!」

「そうか。なら、よかった」

「あの、三つ一緒にお持ちしてもよろしいのですか?」

「ああ、一緒で」

 

 そうか、すぐにお友達がいらっしゃるんだな。――機転を利かせた彼女の問い掛けは、されど、彼自身の食欲によって無意味となる。

 テーブルの上に並んだコーヒーカップと三つのチョコレートパフェ。青年はスプーンを華麗にくるんと回して臨戦態勢。そして両手を合わせて

 

「いただきます♪」

 

 ……彼を見ていた店員達は、まるで手品のようだと思った。彼は決してがっついているわけではない、ちゃんと味わっている。一口頬張る度にそれはもう幸せそうに笑う。アイスクリームとチョコレートソース、そしてシリアルを絡めるという、いちばん美味しい食べ方も器用に丁寧に実践中。

 が、その食べる速さが尋常ではないのだ。ぺろっと、という表現がぴったり当て嵌まるようなペースで一つ目を“片付ける”と、続けて何食わぬ顔で二つ目に手を出す。どんどん消えていくパフェの山。見惚れる店員、入る邪魔。

 

「すいませーん。アイスコーヒーまだですかー?」

 

 いや、邪魔と言ったら天罰が下る。お客様は神様です。イケメンじゃなくとも神様です。

 手を挙げる親父。動こうとしない店員。喉カラカラな親父。目の保養中の店員。

 

「すんませ……――?!」 

 《だんっ!》

 

 痺れを切らした親父。何故かキレる店員。ビビる親父。テーブルに置かれた、水。

 

「…………」

「アイス、です」

 

 確かに(アイス)ではあるが。笑える洒落ではない。親父が求めていたのはキレるとんちお姉さんではなく、一杯のコーヒーと休息だというのに。

 

「ごゆっくりどうぞ」

「……い、いただきます」

 

 親父には言外に「邪魔するな」と聞こえた。神様に喧嘩を売ったお姉さんは再びイケメン鑑賞へ。まったく不憫な神様である。


 

 三つ目のパフェが半分近く無くなった頃。再びドアの鈴が来客を告げる。

 なんてタイミングの悪いお客様。誰もが同情することだろう。……その客に、件の美青年が声をかけなければ。

 

「あ、真子!」

 

 にこやかな一つの視線と、突き刺すような数多の視線。喫茶店にはあり得ない張り詰めた空気に、入店してきた少女は一瞬顔を引きつらせた。

 

「あ、あの。アイスティーを一つ……」

 

 無論、少女だけでなく、店員達の心中も穏やかではなかった。疑心、疑心、疑心。様々な憶測が飛び交う。

 きょうだい? んなわけないよ、似てないし。じゃあ友達か。それっぽいかも。年離れてない? あの子の服、あそこの高校の制服だよ。どんな関係?! ……

 

「おまちどおさまです」

「あ……ありがとうございます」

 

 カップを運んできた店員の奇妙な視線。会釈をしながらも、彼女は向かいでニコニコとパフェを頬張っている青年を見る。

 

「……何かしたの?」

「いいや、私はパフェを食べていただけだよ。あ、ちょっと思ったんだが、アイスコーヒーをホットで頼んだらどうなるんだ?」

 

 少女は更に笑顔を引きつらせた。

 

「さ、さあ……ホットコーヒーが出てくるんじゃない? ……そっ、それより遅くなってごめんね!」

「ん、平気。これ美味しいよ。一口、食べる?」

 

(((ええぇぇえっ?!)))

 

 立てていた聞き耳も疑いたくなるってもんである。

 

「いやいやいや、恥ずかし過ぎでしょうよ!」

「私の食べ掛けなんて要らない……? そうか、そうなのか真子。……はぁぁー」

「~ッ! わかった、わかったよ! じゃあ一口味見ね……!」

「ん♪ あ、その刺さってるやつも食べていいぞ。今日は機嫌がいいんだ、譲ってやる」

 

 あのやり取り……確実にそういう関係だ。さすがに“あーん♪”でなかったことが救いか。誰にとっての救いかはわからないが。

 ともかく答えが出た瞬間、店員達はまたしても絶叫する。

 

(((ふ、普通ーッ!!)))

 

 そしてまたしても見事に心中で唱和した。こういう時、得てして女性は自分を棚上げするのだ。

 高校生と思われるその少女。美青年相手に全く平然と対応する彼女は美人でもなく、可愛くないとも言い難い。言うなれば中の中。ザ・凡。

 パターン的には“全く釣り合わない娘”か“美男美女”が王道ではないのか。どちらにも微妙に当てはまらない、どこかちぐはぐな雰囲気。恋人、と傍から見ても思わないかもしれない。

 それでも青年が少女に好意を抱いていることは、パフェを食べている時以上の彼の笑顔が物語っていた。夢破れたり。ひそかに電話番号を渡そうと用意していた店員達は涙を飲んだ。

 

 そんなドラマが繰り広げられていることなど露知らず、ふたりはのほほんと会話を続ける。

 

「その荷物は?」

 

 尋ねる少女が指差す先には、青年が唯一持ち込んだ茶色いカバン。平素持ち歩くには大き過ぎ、宿泊道具か何かにしては形が奇妙。どちらかといえばスポーツ用品でも入っているかのような、長く出っ張った荷物。随分と重たそうだが。

 

「これは“魔剣――”」

 

 “まけん”? 店員達は誰も変換できず、首を傾げ合う。

 青年はカバンのファスナーを少しだけ下ろした。中から金色っぽい棒の先のようなものが、ちらりと顔を覗かせた。ある店員は「ルビーが見えた!」と言い、またある店員は「サファイアがはまってた!」と言った。が、全て見間違いとして片付けられたそうな。まあファンタジーじゃあるまいし、もっともなことである。

 

「またそんなもの……」

「そんなものとは失礼なっ。希少価値の高い、強大な魔剣なのだぞ」

「喫茶店にある時点で、結構威厳は失墜してるよね」

「……」

 

 宝石云々の真偽は定かではないが、そこから先のふたりの会話はますます店員達の理解を越えた。

 

「いつも使ってる剣は? あれは魔剣なの?」

「いや。お前達に言わせれば普通の剣だな。私の技量を以てすれば、魔力という付加価値などは不要」

「じゃあそれ、何に使うのさ」

「旧友がな、貸してくれと言ってきたから。わざわざ地獄まで行って封印を解いてきたんだ」

「え! 今は?!」

「もう一度封印し直した。運ぶ間に暴走されては困るから。……まあ万が一にもこの私の言うことを聞かぬ魔剣など、なまくらとして葬り去ってくれるがな」

「そっかぁ」

 

(((何が?!)))

 

 あの少女はどこで何を理解し納得したのだろう。剣? 封印? 地獄?! ……小説やマンガの話? そうか、そうに違いない。そんな単語が日常生活で出てくるはずがない。……多分。

 “高嶺の花”を見るような気分で一歩引いていた店員達は、更に黙ってもう一歩さがった。憧れとは別の意味で。ついでに少女の認識を改めた。あの子、なんか強い、と。

 

 あくまでマイペースに会話を続ける青年と少女。ほのぼのとした会話、なのに飛び出すのは物騒でファンタジーな単語。「悪魔が……」とか、「突き刺さって血が……」とか。語る青年は常に美しく微笑ったままだ。

 

「……そろそろ?」

「あ、そうだね。ご飯支度もあるし」

「私、今日は炒飯が食べたいな」

「はいはい」

 

 やがて彼らは席を立つ。物騒な話を笑いながらする美青年に唖然としていなければ、店員達はきっと気付いたはずだ。彼女が彼にご飯を作ってあげるという会話が何を意味するのか。

 伝票をレジに持ってきた少女が財布を取出し、店員のひとりが慌てて応対する。支払ったのがどう見ても年下の――未成年の少女の方であることに彼女らはひどく戸惑ったが、更に不思議だったのは。

 

「ごちそうさま。美味かったぞ」

 

 少女に奢らせ、最後に極上の笑顔で店員を腰砕けにしていった彼の、奇妙な奇妙な置き土産。会計の後に、ひらりと。

 

「羽根……?」

 

 誰かが呟く。それは一枚の漆黒の羽根。烏のそれよりも美しく、作り物にしては艶やかな。衛生上よろしくないなんて現実的で野暮なことを誰が言おう? クーラーの風に微かに靡く羽根は、角度によって虹色の光を反射した。まるで空想の産物。

 一体これは。問うべき相手は既にドアの向こう。暫くの間、店員達はただ惚けたようにそこに立っていたという。

 

 

 それはある夏の日の話。

 結局彼が何者だったのかを知る者はいない。ただその喫茶店、彼の再びの来店を待つべくバイトがなかなか辞めたがらなくなったとか、チョコレートパフェが一押しのメニューになったとか、金庫の中に一枚の黒い羽根がしまわれているらしいとか、そんな噂は、また別の話なのだ。


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