第66話:堕天使と年越し!
「ルシフェルー、朝だよー!」
堕天使長様は、昨晩もこたつに入ったまま寝ちゃったみたいです。風邪ひくぞ。
「起きて起きて」
「ん、んー……」
形のいい眉をひそめ、擦れ声で呻くルシフェル。額にのせた手首で、ジャラ、と金属音がした。あたし、思わず赤面。
このブレスレットをあげたあの日、あたしはルシフェルと――……
は、恥ずかしい! 今でも夢に見る、なんて言えない!
「お、起きてルシフェル! 大晦日は忙しいんだから!」
「みそ……たべる………?」
ダメだ、完全に寝呆けてら。
うーん、と唸ったルシフェルは、ゆっくりと体を起こし……
《ごんっ☆》
「あぅッ」
背中をこたつの天板に強打。おいおい、大丈夫かー?
「……」
「……」
「……」
「…………痛い」
鈍い。
堕天使様はくしゃりと黒髪を掻き、大きく背伸びをひとつ。ようやくお目覚めかな。
「おぁよ、真子」
「おはよう。背中、大丈夫?」
「む、無論。目を覚ますべく、わざとやったのだ」
嘘吐け。目が泳いでるぞ。
「ところで真子、味噌がどうしたの?」
みそ? ……あ、ああ。大晦日のこと?
実は今日は大晦日。一年を締め括る最後の日だ。テレビでも、特別番組ばかりが放送されている。
「今日は大晦日って言ってね、今年最後の日なんだよ」
「最後? 世界が滅びる?」
「……じゃなくて。一年間お疲れ様ーっていう感じの日なの」
ふーん、と首を傾けたルシフェルはどこか上の空。……お腹空いたんだね、多分。毎日の経験でわかる。
「ま、とりあえず朝ごはんにしよう」
「ああ♪」
ほらね、嬉しそう。
***
「で、何か特別なことをする日なのか?」
デザートのヨーグルトを食べつつ、ルシフェルが言った。
「うーん。大掃除でしょ、明日のお節の準備でしょ……」
年越しそば、ルシフェルは食べたがりそうだから、それも用意しなきゃ。考えると、やっぱり結構忙しい。
「それほど大変なら、手伝い要員を喚ぼうか?」
手伝い要員?
「……ベルフェゴールさんじゃないよね?」
「今回はな」
ふう。こんなことでまた喚び出したら、何を言われるかわかったもんじゃないよ。でも、じゃあ誰を?
「どうせ地獄はいつもと変わらぬ。少しくらい、こちらに来てもらっても構わないだろう」
ちょっと行ってくる、とだけ言って、ルシフェルはいきなり消えた。
……と思ったら、すぐに帰ってきた。
「早っ!」
「まあな」
が、堕天使長は消える前と同様にひとり……。手伝い要員は?
「……来たぞ」
やがてルシフェルの報告と同時、恒例の耳鳴り。これは誰かが“向こう”から来る前兆だ。
すると、あたし達が座るこたつのすぐ近くに、黄緑色の光源が出現。間もなく床に描かれた魔方陣は、今までに見たものとは違う模様だ。ということは、アシュタロスさんでもベルフェゴールさんでもない?
と、急に魔方陣が激しく光ったかと思うと、黒い影が飛び出してきた。……しかも複数。彼らはすぐさま片膝を床につく。
『お喚びでしょうか殿下』
『殿下のためならば』
『どこへなりとも参ります』
『さあどうぞ我らに』
『何なりとお申し付けください』
うわわっ! 深々と頭を下げたレムレースさんは、全部で五人。真っ黒なスーツを折り目正しく纏い、光沢のある黒いシャツに、これまた黒いネクタイもしている。その隙のなさは公務員を彷彿とさせるが、相変わらず白い仮面だけは、芸術的な表情だ。
っていうか!
『ふむ……』
『少々狭いですな……』
そりゃーぎゅうぎゅう詰めだけど、余計なお世話ッ!
あたしの視線に気付いたのか、レムレースさん達がこちらを見た。
『……あっ』
…………。
『い、いえ、あの』
『あ、ああっ、進藤真子様でいらっしゃいますよね!』
『お噂はかねがね……』
『かっ可愛らしい方ですな!』
……ふむ。悪い気はしないから、まあ許してやろう。
慌てふためくレムレースさん達を見て、ルシフェルは楽しそうに笑う。もー、こんなに喚んでくれちゃって。
「このひと達ってレムレースさんだよね?」
「ああ。しかも格別に仕事ができる者を集めた」
仮面さん達は更に深く頭を下げる。うん、確かに見た目からしてエリートっぽいもんね。
『我々は幹部の方々のために、特別編成された部隊でございます』
『そして特にここにいる我々は、ルシフェル様のもとで働かせていただいているのです』
『主な仕事は身辺警護などですが、仰せとあらば、もちろん何でも致します』
へえぇー。
「今日は私ではなく真子のために働いてもらう。頼むぞ」
『『はっ!』』
「さあ真子、何でも指示してくれ」
う、うわあ……。あたしはあんたと違って、人にものを言うのに慣れてないんだよ。しかもいいのかな、こんな家政婦みたいなことばかり頼んで……。
「え、えーと。お願いしたいのは家の掃除と、買い出しなんだけど」
『お任せください、進藤様』
五人は立ち上がると、何かを話し合い始めた。
……レムレースさん達って、背丈も色々、仮面も色々なんだなあ。なんて思ってたら、彼らはすぐにてきぱき動き出した。
『進藤様、どちらを掃除致しましょう?』
「え、えっと、とりあえず納戸の整理とか……」
『了解いたしました』
『買い出しは我々が担当することになりましたが、ご入り用なものは?』
「え? あっ、いや、じゃあ一緒に行こう」
『わかりました』
すごーい! もう働き始めたレムレースさん達。これならすぐに片付きそう!
と、そんな光景をぼんやり眺める男がひとり。
「やることがなくなってしまったな……」
あ、あはは。全部レムレースさんに仕事取られたもんね。
「……ふむ。では私も片付けを手伝うか。この家の、勝手を知っているのは私だからな」
うんっ、お願いしまーす。
「よーし、それじゃあ買い物行こうか」
『は!』
***
……は、はは。だよね、レムレースさんも普通の人には見えないんだよね。全然考えなかったわ。
「お帰り真子。どうかしたか?」
「いや……気疲れ?」
(傍から見たら)宙に浮く買い物袋、独り言全開の女子高生……。周りの目を気にしていたら、予想以上に疲労感が。
『進藤様、こちらはどこに?』
「ああ、台所に置いといてくれたら嬉しいな。ありがとね」
でもレムレースさんもお疲れ様。大食い居候のために、かなりの食材を家まで運んでくれたんだから。
「見てくれ、真子」
誇らしげなルシフェルに促され、視線を移すと。
「おおっ!」
「かなり片付いたと思わないか?」
納戸が! 納戸の扉が開いているよ!
もちろん中身も整然としてる。いや、リビング自体がピカピカだ。プロいよ君たち!
「ありがとう!」
「うむ」
すごいなー。あたしだったら1日じゃ終わらなかったろうな。頼んで良かった。
「あれ、レムレースさん達は?」
「ん? ああ、彼らなら真子の部屋に」
げっ……。ありがたいけど、ちょっと恥ずかしい。
あたしが様子を見に自分の部屋へ行くと、レムレースさん達は仮面を突き合わせて、何かひそひそと話し合いの最中。
『(こっ、これは一体…?)』
『(おかしいとは思っていたが……。あのような装飾品、かの首飾りしか)』
『(ば、馬鹿! 殿下の首飾りはただの飾りではないだろ。あれは……)』
『(おお、恐れ多い。それ以上は言うなよ。しかし、いずれにしてもこれは)』
『(まさか契約の証か?)』
「あのー」
『『わああ?!』』
そんなにびっくりせんでも……。何かやましいことがあるのかい。
「お掃除ありがとう。あたしの部屋は自分でやるから、もし良かったら風呂掃除をお願いできる?」
『は、はい!』
あたふたと出て行った仮面三人。うん、もう大体片付けてくれたんだ。すぐに終わるな、こりゃ。
と、レムレースさん達が集まっていた机を見ると。
「……あ」
小さな包み……クリスマスプレゼントだ。み、見られた?!
だって狙ってないのに堕天使長とお揃いだし。勘違いしないでねレムレースさぁん!
「……真子」
とか考えていたら、いつの間にか背後には美青年。彼は背中にくっつくくらいの距離で、あたしの手元を覗き込んで。
「そろそろ、“やっても”いいと思うんだ」
へ? と見ると、肩口に悪戯っぽい笑顔がある。そしてするすると腕が伸びてきて……って、ええ?! や、や、やるって?!
「ほら、早く」
堕天使長が積極的! 耳元で響く声がエロいよ!
後ろからすっぽり包まれそうになり、あたしがドキドキしていると。
「これ」
「……へ?」
彼の腕はあたしを素通りし、机の上にある包みを掴む。
「せっかくあげたのだから、身につけてくれないと」
…………。
「……ごめん、ルシフェル」
「ん?」
恥ずかしい! 恥ずかしい勘違いだわあたし!
でもルシフェルも、なんでわざわざ後ろから腕を伸ばしてくるかなあっ。ややこしいっつーの。
「せっかくこの私があげたのだからな。似合うと思うぞ」
は、はいはい。ちょっと躊躇ったが、ルシフェルのうるうる光線に負け、ブレスレットをつけることに。学校も休みだし、いいかなあっていうね。
「ふふ」
ルシフェルにつられて、あたしも思わず照れ笑い。ま、ちょっとくらいはいいよね。
「さ、さあ! みんなでお昼ご飯食べよう?」
「そうだな」
ルシフェルは素っ気なくうなずいてあたしに背を向ける。少し名残惜しい気もしたけど、恥ずかしかったのも事実で。あたし達は、レムレースさん達がいるであろうリビングへ向かった。
『あっ、殿下、進藤様!』
ちょうど掃除が終わったのだろう、雑巾やら箒やらを持った黒スーツ集団が一斉に振り返った。
『任務完了いたしました』
「お疲れ様! ね、お昼ご飯食べていかない? お腹空いたでしょ」
『えと、』
『あの、』
『その、』
彼らは顔……というか仮面を見合せる。そんな部下を見てルシフェルは微笑んだ。
「わざわざ来たのだから、甘えさせてもらいなさい」
『あ……は、はい!』
うむ、良かった♪ あたしだって、ちゃんとお礼したいもの。
まあ部屋が狭いのが不安だけど……そこはどうにかなるさ。
***
『美味ですな!』
『これは素晴らしい』
で、皆さんがパクついているのはサンドイッチ。これならテーブルにたくさんの皿をのせなくていいし、レムレースさん達も食べやすいだろう。
ちなみに彼らは仮面をどうしているかというと、なんと食事の時も外していないのです。下の部分をちょっと持ち上げ、素早くパンを口に入れる。全然顔が見えないや。
「食べにくくないの?」
『いえ、慣れていますから』
ふーん。素顔が見られるかと思ったのに、残念。
「ところで、何か万魔殿で変わったことはあったか?」
『はっ。我々が認識しておりますところでは何も』
手をとめ、ぴんと姿勢を正すレムレースさん。そっか、仕事中なんだもんね。昼食タイムとはいえ、お疲れ様です。
「忙しいのに呼びつけちゃったみたいだね。ごめんね、レムレースさん」
「気にするな真子。今の時期は、地獄でこれといった行事もないのだからな。なあ?」
『その通りでございます殿下。仕事とはいっても……』
レムレースさんは手帳を取り出し、
『えー、これからの予定はですね、管理課の報告書取り纏め、庶務課決算、門の修繕、……』
結構忙しいんじゃん!
あたしがふとルシフェルを見やると、彼は素知らぬ顔で視線を逸らした。ったく……。
『ふむ、しかし』
『あまり長居するのも』
『もぐ……お二方に申し訳ありませんな』
あたしが何か言うより先に、レムレースさん達は顔を見合せて立ち上がった。ちゃんと皿は空っぽにして、ね。
「ねえレムレースさん、」
『何でございましょう?』
「……ルシフェルに付いてるのって大変じゃない?」
「ま、真子!」
いやいや、ちょっと思ったからさ。あたふたする堕天使長は……可愛いけど。
ところがレムレースさん達は小さく笑う。
『とんでもございませんよ進藤様』
『むしろ我々は幸せ者です』
天然堕天使長に仕えても?
『これほど素晴らしい御方のお側にいられるなんて光栄至極』
『幹部の方々は七名おられますが、殿下は最もお優しく部下思いな方ですし』
『身分を振りかざすこともありません』
そんなことを言われたルシフェルは、僅かに頬を赤くして声をあげた。
「やっ、やめろお前達。事実を改めて言われると、照れるじゃないか!」
……さすがだなルシフェル。
苦笑してしまったが、レムレースさん達はうっとりしたように小さなため息をもらした。そしてあたしだけにそっと耳打ち。
『……ね。こういうところも大好きなのですよ』
「……愛されてるね、ルシフェル」
『後は放浪癖を治してくださればいいのですが』
あはは、確かにねー。
『では』
『おいとましましょうか』
『ルシフェル様、お願いいたします』
ルシフェルはひとつ頷き、片手を挙げた。
「どこへ飛ばそうか」
そっか。ルシフェルの能力で帰してあげるんだね。
『え、えーと……よろしければ万魔殿内の“塔”へ』
「塔? 何故だ?」
『いえ、少々気になる噂を聞きまして……大丈夫です、殿下のお手を煩わせるほどのことではっ』
「そうか。まあ後で行くとするか。あちらの大事は我が大事、報告は抜かりないように」
『お任せください』
あたしにはわからない応酬の後、ルシフェルはいつも通りに指を鳴らす。
「ありがとね、レムレースさん達!」
『こちらこそごちそうさまでした』
『殿下の御身をよろしく頼みます』
《パチン♪》
……。行っちゃったか。いやー、一気に家が広くなった気がするよ。
「さてとっ。明日のお節料理の準備するんだけど、ルシフェルも手伝ってくれる?」
「おせち? 私でも作れる?」
「えーと……箱に詰めるの手伝って?」
「承知」
ってなわけで、二人で台所へ。まだまだ大晦日は忙しいのだ。
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それでは次回、最終話へ続きます。