第62話:黒と白の贈り物♪
「大変だったんだからな、本当に」
「そっかそっか」
皆さんお久し振りな気がしますねー♪ 真子です。昨日、修学旅行から帰ってきたばかりで、ええ。
あたしがいない間に色々あったみたいだね。珍しく、こたつ越しに美青年がむくれている。
「疲れたんだよ、私も」
「そうなんだー」
「そうなんだよ」
「……でさ、ルシフェル」
「ん?」
「なんで顔に包帯なんて巻いてるの?」
美青年っていうか、ミイラ男? 顔のほぼ半分を包帯で覆った姿を見た時は絶叫した。昨日は疲れ果ててたからツッコミすらできなかったけど。
「怪我を……」
えっ、怪我?! どんだけ大怪我だったんだろう。
ルシフェルはするすると包帯を取っていく。
「……」
「……」
「……どこに?」
相変わらず美しい顔には傷ひとつない。あたしはちょっと手を伸ばして、ほっぺたに触ってみた。あ、すべすべ~♪
「もう治ったのかな」
「だろうな。……全く、あいつらは本当に大袈裟で困る……」
ぶつぶつ言うルシフェルの頬を軽く引っ張ってみる。どうしてそんな気分になったかはわからないけど。むいー、と変な声をあげながら堕天使長もなされるがままだ。
「ふえぇ、はほ……」
「あっ、ごめん!」
可愛いからつい!
「……いや、構わないが」
心が広いな魔王。ちょっと面白かったよ。
ふにふにと自分の頬をさすって、魔王様はあたしに向かって口を開く。
「ねえ真子。私、真子が出かけている間に気付いたことがあるんだ」
「なに?」
「真子がいないと、人間界での生活は大変だってこと」
……う、うん。
「風呂を沸かしたり、電気の管理をしたり、手紙をとったり、ゴミを出したり。何より食事がないことが、これほど退屈だとは!」
言われてみると大変そう。いつもやってるあたしってすげー! みんなも家の人には感謝しよう。
でも“真子がいないと”って言ってくれたのが結構嬉しかったり。
「ルシフェルも今日はなんか、優しいんだね」
「へっ?」
「あ、いや、いつも優しいけどさ……」
なんだか距離が近いっていうか。親しげって言ったら変だけど、旅行に行く前とちょっと違う気がする。女の勘だが。
「そ、それはまあ。会えない時間が……と言うだろ」
ん? 声が小さくて聞き取れなかった。それでもルシフェルの顔が赤いから、ま、多分恥ずかしいことを言ったんだろうさ。変なのー。
「そっそんなことより、お土産!」
催促されて思い出す。そうそう、ルシフェルにもちゃんと買ってきたんだよ!
「何にしようか迷ったんだけど、」
あたしはお土産を選ぶのって好きだ。相手が欲しいものを想像して、そこに小さなサプライズも混ぜて。貰った人が喜んでくれればそれでいい。
袋の中には箱がいくつか。後で鈴木さんのところや、ご近所さんにもあげる予定。で、その中のひとつは我が家用。
「じゃーん」
「わあ」
堕天使長様へのお土産は、《黒糖饅頭》です♪ パッケージには向こうのゆるキャラなんかが描かれている。迷ったけどやっぱり食べ物、しかも評判がいいやつをチョイス。
「黒い!」
素直な感想ありがとう。
「食べよう食べよう」
「はいはい」
食いしん坊だなー。目の輝きが違う。
「お茶いれるから。ルシフェル、コップ取って」
「ああ」
喉つまるからね。さてお茶お茶~♪っと……
……あっ?
「お茶がない!」
切らしてたのか。うわあ想定外。
「お茶ならあるじゃないか」
言ってルシフェルが戸棚を指差す。そこには紅茶の茶葉が入った缶やティーパック。
「あれはダメなのか?」
「いや……」
ダメじゃないけど。あたしが探しているのは緑のお茶、グリーンティーなのです。
饅頭に合うのは、紅茶やコーヒーより、やっぱ緑茶でしょ。そこはあたし的にこだわりたいところで。まあ黒糖なら何でも合うかなー……と思いつつ、実は緑茶が飲みたいだけだったりして。
「よし、買いにいってくるよ」
「ええっ?」
いつもはおうち大好きなあたしも、食べ物に関しては活動的だ。あはは、これじゃルシフェルのことを食いしん坊だなんて言ってられないかも。
いずれにせよ、緑茶は家にストックしておきたい。そう言うと、ルシフェルが立ち上がった。
「な、なら私が行くよ」
「いやいいよ。あたしが行く」
「真子は遠征帰りで疲れてるだろう。私が行く」
「大丈夫だって。ルシフェルこそ疲れたでしょ?」
「いや私が」
「いやいやあたしが」
……という名乗り合戦の結果。
「じゃ、間をとって二人で行こう」
「うん」
ってことになりました。まあ、そうだろうね。
***
「寒……」
隣を歩くルシフェルが、ほうっと白い息を吐き出した。そのままマフラーを巻き直す。
うん、もう普通に。普通にイケメンお兄さんだ。
「どうした真子?」
「え、いや。マフラー、似合ってるね」
「そうか?」
嬉しそうに笑う彼が身に付けているマフラーは、以前奏太にもらったものだ。上から羽織っている厚手のジャケットも頂き物。ありがとう奏太!
ちなみにあたしも上着を着ている。なんだか急に寒くなったよねー。
……なんて思いながら、近所の公園を通り抜けようとしたら。
「……あっ!!」
「おおっ」
ぴと、と鼻に冷たい感触。
雨かな?、と見上げた低い空から、ゆっくり舞ってきた白い一片。
「雪、だ……」
呆然としたような堕天使様。切れ長の紅い瞳を見開いて、じっと空を見上げている。
「初雪ってやつだね」
「すごい……すごいよ真子。地上というのは、同じ場所で様々な気候が経験できるのだな!」
堕天使様のポイントは若干ズレてる気もしなくはないが。それでも初雪はテンション上がるね~。犬が庭を駆け回るのもわかるわ。
「地獄でも雪は降るの?」
「ああ、寒い地域ではな。私、ずっと食べてみたかったんだよ!」
た、食べる? って雪を?!
「だってまさか従者達が大勢いる前で、そんな真似できなかったし。私は堕天使長だからな、威厳というやつは保たないと」
ルシフェルは悪戯っぽく笑んだ。確かに自分達のリーダーが雪食ってたら、ちょっとがっかりするよね。
しんしんと降り積もる欠片を指差して、
「食べていい?」
堕天使長は首を傾ける。マジ?
そりゃぁあたしも小さい時は食べてみたかったし、実際口に入れたこともあるけど。決まってお母さんに「お腹壊すわよ」と注意されたなあ。そんなたくさん食べてはいないけど!
「でもさルシフェル、雪って空気中の塵とか入ってるし、なんか色々と体に悪いものが含まれてるらしいよ? あんまり食べない方が……」
あ、でも堕天使はそうそうお腹壊したりしないのかな?
ところがルシフェルは違うところに引っ掛かった模様。
「そ、そうなのか?」
と言いながら再び空を見上げると、
「それほど危険なものが空から……!」
そう続けて呟いた。いや、あの、えーと。
「綺麗な見た目で、侮れんな! こうしてはいられない、そんなに危険な物質が直接皮膚に……」
おーいルシフェルさーん……
「真子が危ない!」
言うなりルシフェルは右腕を空に向けて掲げる。
「《防御》!」
途端に、開いた手のひらの上に光の幕が展開する。まるで半透明な傘だ。その上に雪が降っていく。つーか堕天使長すげー!
「ル、ルシフェル、そんなこともできるんだね」
「私の辞書に不可能という言葉はないっ」
料理を除けばね。
「この結界自体は私の能力ではないが。他の者の技の《存在》を借りてきたんだ。まあ、理論的には私に扱えない能力はないからな。戦いの時はよくこうして借りていた」
んー難しい。他の堕天使さんとかが使った技を、ルシフェルが利用するってことなんだね。
……ん? 他の堕天使さん?
ルシフェルは今、一体どこから結界を借りてきた?
「ほら」
ルシフェルが空いた左手で示す先には。
「――わはー! 雪じゃ雪じゃあっ!」
「あ、あれ? おかしいですね。せっかく張った結界が……」
ポニーテールの小柄な少女と、黒衣の銀髪美青年。三ノ宮黎香とアシュタロスさんがそこにいた。
「あっ、真子ちん!」
「ルシフェル様!」
アシュタロスさんが駆け寄ってくる。
「ルシフェル様、お怪我は……」
「案ずるなアシュタロス。単なる切り傷だと言ったろう。大した怪我ではない」
「良かった」
「ふふ、お前達が大袈裟なのだ」
心配そうに見上げたアシュタロスさんの頭を、ルシフェルは宥めるように軽く撫でる。な、何この美しい画はっ! 二人の間の独特な空気に、あたしと黎香は置いてきぼりだ。
「……はっ!」
しばらくしてルシフェルは空を見上げ、
「結界張らないと!」
慌てる堕天使長。アシュタロスさんがきた瞬間に解いてしまっていたのだ。
「ねえルシフェル、雪ってそこまで危険なものじゃないよ」
「そ、そうなのか?」
ルシフェルは挙げかけていた腕を下ろす。
「先ほど僕の結界を持っていったのは、やはり貴方でしたかルシフェル」
アシュタロスさんは苦笑い。
「いきなり消えたのでびっくりしましたよ」
「すまないすまない。ところで、お前はどうして結界を?」
「それが……」
眉をひそめるアシュタロスさん。雪が薄らと積もった向こうの地面を指差す。
「見て下さいよ、あれ」
ルシフェルと二人で近づいてみる。何かな?
「ルシフェル様、あんなところに……」
悪魔が来た形跡があります……とか言うのかと思えば、
「とっても美しい花が咲いてるんです!」
堕天使様は花を愛でていただけでした。な、なーんだ。
アシュタロスさんはすごく嬉しそう。ピュアだね!
「けれどアシュタロス、あまり甘やかしてはいけないぞ。草木とて、厳しい環境に耐えてこそ強く育つ」
「そういうものですか。ふむ、では上からたっくさんの雪を被せてやりましょうか♪」
ピュア……だよね?
悪気はないんだろう、と思う。でもルシフェルの笑顔が凍り付いた。アシュタロスさんなら花以外にもやりかねない、とか思ってたりして。
「んで、黎香達は公園で何してたの?」
「お散歩☆」
そうかー幸せだな高校生。
「だぁって久々にアッシュと一緒なんだもん! 修学旅行中、会えない時間が愛を育てたのさ♪」
「あ、そ……」
ようわからん理論だなあ。何故かぴくんと反応したルシフェルを目の端に捉えつつ、あたしはアシュタロスさんに抱きつく黎香を見る。ま、大胆っちゃあ大胆だ。
「ほいで真子ちん達は何してんの? お散歩?」
……なんだっけ?
あ、そうだ。買い物ね、買い物。
「今からスーパーに行くところだよ」
早く帰って黒糖饅頭っ。すっかり忘れるとこだったぜ。
「ふーん、そっか。行ってらっしゃ~い♪」
ひらひらと手を振った黎香はしかし、別れた直後に叫ぶ。
「そうだ真子ちん、ルーたん!」
あたし達が振り返ってみると、満面の笑みの爆弾娘、そして何とも言えない苦笑気味の表情を浮かべた堕天使様。
「冬のヴァケイションも三ノ宮家にお任せあれー! 遊びに行く予定だから、スケジュール空けておいてよぅ!!」
「はいはーい!」
叫び返して、今度こそ二人に背を向けた。
……やはりそうなるか。大体予想はしてたけど。さて、冬は何をするんだろう。まさか山籠り、とか言わないよね?!
「どっちにしろ、“雪焼け”には気をつけないとね」
何気なく呟いてから気付くも、時既に遅し。隣の堕天使長が歩みを止める。
「雪とは発火物なのか?! 冷たいと思っていたのに……」
いや、違っ……!