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第6話:元気爆発ぅ? 爆弾娘登場☆

 今日は平日。

 ということで今あたしは学校にいる。ルシフェルは留守番。せっかく外出はできるようになったけど、今日は部屋の掃除をしてくれるんだって。


「おはよ、真子」

「おはよー」


 さてあたしが席に着くと……


「おはようございマンドラゴラァ!」


 ……来たよ、爆弾娘。

 挨拶が大して面白くないからといって侮ってはいけない。勢いよく教室に入ってきたクラスメイトは、そのままあたしに飛び蹴りを放ってきた。


「てやーっ!」

「うぉぁ!」


 間一髪のところで避けるあたし。……毎朝やられていればさすがに慣れる。

 彼女は隣の机に突っ込んだが、数秒後には何事もなかったかのように立ち上がった。


「よっ。今日もキレのある動きで感心感心」


 それはあんただよ。

 心中でツッコミつつ腕組みをしている友人を見る。


「おはよ、黎香」


 三ノ宮黎香さんのみや れいか。ポニーテール、小柄で目のくりくりした可愛らしい友人。

 ……なのだが、その破天荒な行動からついたあだ名は“ミス・ニトロ”“爆弾娘”“ダイナマイト・ボディ”等々。もちろん、みんな口には出さないが。彼女の逸話は数えきれない。ちなみに、ボディはダイナマイトではないと思う。


 例えば入学式当日、玄関のガラス戸に気付かずに突っ込み鼻にティッシュを詰めたまま式に参加していたり。

 例えば授業中に居眠りを注意されて、寝ぼけて“カニ缶クラッシュ!”と叫びながら教師の頭をはたいてみたり。


 ……うん。こうしてみると単なるアホだな。

 まぁあたしのクラスメイトの中ではダントツ首位の危険人物なわけで。

 そんな彼女がいきなりあたしの机をダンッと叩いて詰め寄ってきたら、そりゃビビらないはずないでしょ。


「真子ちん!」

「な、何?」

「聞きたいことがあるんだけど!」


 そして黎香はびしっという効果音まで聞こえそうな勢いで指を突き付けた。


「昨日一緒に歩いてた、あの男は誰?! 彼氏か!」


 《……シーン》


 うん、教室が静まりかえったね。余計なことしてくれちゃったね黎香ちゃん。

 まさかよりによってこいつに見られてたとは……。

 でもとりあえず言い訳しなきゃ。まさか“堕天使がさー”、なんて言えないっつの。えーと、えーと……


 !


「あ、ああ。あの人はね、従兄だよ」

「いとこ?」

「そう! 今うちに遊びに来てるの!」


 ごめんルシフェル。あたしとルシフェルとじゃ全然似てないけど許せ。


「ふーん。そうなんだ。カッコいいね! そだ、今度会わせて! はいけってーい!」


 待て待て待て。


「じゃ、よろしくねー。あ、宿題見せて」

「いや、ちょっと困る……」

「そういえばさー、黎香今花火の研究してるんだけどぉ、実験する場所なくてさー……」

「よろしく伝えときます」


 ……ま、いっか。家が全焼するよかマシだわ。


「真子ーぅ! ノート貸して下さいこの野郎!」


 ……もう、疲れるなホント。


 

***



 が、事件は昼休みに起きた。


 お昼! お弁当! 学校生活の楽しみといえばこれだよね。

 だがうちのクラスには和やかなランチタイムは存在しない。昼休み、教室は戦場と化すのだ。


「待ぁてくぉらー!」


 入り口から二人の男子が駆け込んでくる。片方が握りしめているのは購買の超人気商品“クレープ”だ。競争率の高さはナンバーワン。争奪戦が教室まで持ち込まれるという驚異の代物だ。


「渡さんかーい!」


 そしてこんな時も絶対いるのが


「それはこの三ノ宮黎香のもんじゃぁ!」


 出た、トラブルメーカー。

 すごい勢いで男子に飛び掛かる。猫みたい。


 ……で、ここまではいつも通りなんだけど。

 なんかさぁ……この前のひったくりの時といい、あたしツイてないよね。

 何があったか知らないけど男子が――コケた。

 そうなると、黎香はそれを通り越して朝みたいに机に突っ込むでしょ。その延長上にいるのがあたしなわけで。つまり――


「あいたっ」


 机のスライディングが直撃。いってー!


「ちょっと黎香……」


 やりすぎ。そう言おうと思った時だった。

 ……何故か悪寒がした。背中にびしびし刺さるこの気迫は一体……?


「…………」


 いや、予想はしてたけど。振り向けば、窓の外、空中にそれはいた。


(ルシフェル――?!)


 見た目は完璧な現代人のイケメンお兄さん。でも翼があるなら見間違えるわけがない。

 彼は腕組みしたまま仁王立ち(仁王浮き?)して、最高に不機嫌そうな様子で教室の中を睨み付けていた。


(ちょっと何してんの?!)


 必死に伝えようとするが、全然気付かない。奏太もいるんだよ?!


「みゃぎーっ」


 幸い、まだ誰も気付いてないみたいだけど。争奪戦は続行中だし!


(早く隠れて!)


 あ、あーあ……。

 必死のジェスチャーも伝わらず。

 奏太は多分気付いちゃったわ。呆然と窓の外見てる。

 あたしの願いもむなしく、ルシフェルは人差し指をこちらに――厳密には大乱闘してる黎香達に向ける。

 ヤバーイ!!


(待っ――)


 もう! 全くあたしを見てないもの。でも何か言ってる……?


 ――調子に乗るなよ、人の子よ。


 唇は確かにそう動いた。

 あれ、あたし読唇術できた?! ……ってそれどころじゃないし! 何怒ってるんだよーっ。

 慌てるあたしを尻目に、彼は何かを引っ掛けるように指をくいっと曲げた。何したの――?!


(……あ、あれは!)


 あたしは目を疑ったね。超自然の力ってすげー。

 争奪戦が繰り広げられているその頭上、そこには棚にあったはずの花瓶が浮かんでいた。


 ……ん? でもあれって、


(まさか落としちゃう?!)


 ちょっと厳しいんじゃないのっ? 一応奴らも人間だし!


「黎香危ない!」

「ほひゃ?」


 あたしが叫ぶと、ようやく奴らは取っ組みあいを止めて上を見上げた。外では相変わらず手を構えたままだ。


「ル――」

「花瓶が空から降って来たぁー」


 黎香の能天気な声と、ルシフェルが勢いよく腕を振り下ろしたのは同時。瞬間花瓶は落下を始め――


 《――ダンッ!》


 けれど聞こえたのは花瓶が砕ける音ではなく、何かを叩くような硬い音。

 顔を向ければそこには……


「奏太!」


 さすがはバスケ部のエース! 彼は見事に跳んで花瓶を空中でキャッチした。あの音は奏太が机の上で踏み切った音だったのだ。 

 教室内がどよめく中、奏太はちらりとあたしを見た。あたしは顔の前に手をたてて、小さく謝りつつも頷いた。後でちゃんと説明します。


「……そうたぁーん!」


 黎香が今度は奏太に飛び付いた(ちなみに彼女は彼のことを“そうたん”と呼ぶ)。


「はいはい。大丈夫だった?」

「うん。そうたんすごいカッコ良かったぁ! カブトガニっぽくて!」

「カブ……っ」

「黎香もバスケやりたーい!」


 …………。


 クラスが混乱しているのをいいことに、あたしはどさくさに紛れて窓を開け、未だに浮いているその堕天使を小声で呼んだ。


「――ルシフェル!」


 彼はばさりと翼を羽ばたかせて、あたしの目の前で音もなく静止した。


「なんだ」


 顔が整ってるから無表情が余計に怖い。


「どうしてこんなことしたの?」

「どうして? あの者達は真子に危害を加えるからだ」


 あ、ああ……なるほど、守ってくれたわけか……。


「でもあそこまでしなくても。当たったら大ケガだよ!」

「無論当てるはずはなかろう。単なる警告のつもりだったのだが……」


 ルシフェルはちょっとだけ表情を柔らかくして教室を覗いた。


「……奏太といったか。なかなかやるな」


 あたしもつられて振り返る。うん、確かにさっきのはすごかったわ。

 するとルシフェルは目を細めてぼそっと呟いた。


「もしかすると奴は……あり得ないか――」

「どしたの?」

「いや、何でも」


 聞き取れなかったけど、まぁいいや。

 ……とりあえず!


「そこまで心配してくれなくてもいいんだよ?」


 色々と痛い思いしてるのは事実だけどね。


「多分あたしを傷つけようとか思ってないだろうし」

「しかし……」


 躊躇うルシフェル。

 ありがたいんだけど、ちょっとねぇ……。


「うーんと……、そう! あれは愛情表現!」

「愛情……?」


 こうなったらどうにか納得してもらうしかないっ。


「あの子達不器用だから。ああいうことするのは好意の裏返しなの! 友情があるから為せる技? みたいな」


 ……あー、自分でも何言ってんだかわからない。

 しかし意外にもルシフェルは納得がいったようで。


「そう……なのか? ならば、まぁ、いいが」


 いいの?!

 ルシフェルはしばらく何かを考えて、やがて首を傾げた。


「……あまり長居しない方がいいのだろう? 私は今日はこれで帰る」

「え? あ、うん」


 なんかあっさりしすぎてないか。……凹んじゃったかな?


「ルシフェル」

「ん?」

「えーと……ありがとね」


 あたしが言うとちょっと驚いて、それでも彼はようやく笑った。


「礼には及ばない。真子を守ることも私の務めだから」


 そう言って、すっと離れていく。が、去り際。


「今度からは寛容な判断を心がけよう。だがもしも万一のことがあればその時は――容赦はしない」


 …………。さらっとすごいこと言ったね堕天使さん。

 一度瞬きして目を開いた時には、既に彼の姿は消えていた。


「――真子?」


 気がつくと、友達があたしの顔を覗き込んでいた。


「んぇっ?」

「大丈夫? 顔赤いよ」


 …………だってやっぱり照れるじゃん。

 あたしはさっきのルシフェルの言葉を思い出して少し恥ずかしくなった。


「だ、大丈夫! それより黎香は……」


 見ると、小柄な彼女は奏太の前でぴょこぴょこ飛び跳ねていた。


「ダンクッ。ダンクッ!」


 ……黎香は身長が、ね。

 でも楽しそうだったから何も言わないでおいた。


 と、ここでちょうど良くチャイムが鳴る。

 げ! 弁当ちゃんと食べ損ねた!



***



 いつも通り何事もなく午後の授業は終了ー。

 まぁ授業中にあの爆弾娘が“ダンク!”と叫んで教師の頭を鷲掴んだのなんて些細な事だし。ちなみにその教師は丸坊主だ。


 あたしは放課後、帰る前に奏太を呼んだ。


「あのね、昼のことなんだけど……」


 さてどう話したものか……。


「えーっと……ルシフェルはさ、人間じゃないんだ」

「みたいね。浮いてたもの」


 それからあたしは掻い摘んで事情を説明した。我ながら作り話みたいだと思ったけど、奏太は真剣に聞いてくれた。


「――と、まぁこういうこと。嘘みたいでしょ?」

「そうねぇ。でも実際にあれ見ちゃったし……。それに真子ちゃんは嘘吐かないと思うよ」


 にこりと笑った奏太に、あたし涙出るかと思った。


「ありがと奏太!」

「うん。……でも不思議ね」


 彼はちょっと笑って首を捻った。


「堕天使って今のトレンドなのかしら? この間、うちにも堕天使だって名乗る子が来たのよね」


 トレンドって……。


 …………でぇ?! 堕天使だって名乗る子?!


「ちょっとそれ――」

『奏太ー、部活行くぞ!』

「はぁーい♪」


 問いただそうとしたのに、奏太は友達に応えて朗らかにあたしに手を振った。


「話してくれてありがとね! じゃあまた!」


 ちょっ、待っ……!


 あー……行っちゃったよ。

 ま、後で聞けばいっか……。



***



「ただいまー」


 家に帰ると、ルシフェルが食器棚の扉を閉めるところだった。


「お帰り」

「……す……っ!」


 いや確かに部屋の掃除は頼んだんだけど。


「すげー!」


 まるでテレビの“お宅紹介”とかで取り上げられるような整然とし(すぎ)た部屋になってた。生活感はない。きっとモデルルームってこんな感じなんだろうな。


「ルシフェル、掃除もできるんだね……」

「当然だ」


 畏敬の念を抱きつつ呟くと、ルシフェルはちょっと得意げに胸を張った。か、可愛い……。

 綺麗すぎて使いづらいなんて言えない。まぁどーせあたしがすぐに汚しちゃうんだけどねー。ははは。


「ところで真子、」


 ルシフェルはあたしを上から下まで眺めてから小首を傾げた。


「怪我は?」

「怪我……あぁ、うん。大丈夫。無事だよー」


 昼間の騒ぎを受けて心配してるんだろうけど、学校行くだけでこの会話って。

 ……あ、そうだ。


「今度友達が遊びに来るからよろしくね。ルシフェルに会いたいんだって」

「私に? 構わないが……。珍しいな、真子が会わせようとは」

「……家が全焼するよかマシよ」

「?」


 あいつはホントに恐ろしい。やるとなったらマジでやりかねないからね。うちは実験場じゃないっ。


「しかし友達……というと、あの奏太とかいう男か?」

「ううん、違うよ」


 まさかあんたの機嫌を損ねた娘だなんて、間違っても言えない。


 ああ、そういえば奏太も変なこと言ってたな……。


「でもなんか奏太が妙なこと言ってたんだ」

「妙?」

「よくわかんないんだけど、堕天使だって名乗る子が来たんだって」

「ほう……」


 顎に手をやるルシフェル。しばらく考え込んだ後にあたしを見つめた。


「その奏太とやらに会いたい。確かめたいことがある」


 本当にその子は堕天使なのかな? あたしには厄介事の匂いしかしないけれども!


「いいけど。奏太、部活とかで忙しいからすぐにってわけにはいかないと思う」

「あぁ。別にすぐにとは言わない。それでなくても、時間が経てば自ずとわかるだろうから」


 ルシフェルは意味有りげに薄く笑う。


「なにー? なんかルシフェル全部知ってるみたいじゃん」

「まさか」


 あたしの言葉にルシフェルは肩を竦めたが、それ以上は何も言わなかった。


「そんなことより、今日の夕飯は?」


 なんかわざと逸らされた気がするんだけど……


「え? ……うーんと、今日はシチューのつもりだよ」

「しちゅー……というのは初めてか」


 楽しみだ、とルシフェルは笑う。

 ああ、あたしはこの笑顔に弱いんだってのに!


 ……もう。

 さっきの話もっと聞きたいけど、もう今更聞くのもね。 ついつい笑い返してしまう。


「んじゃご飯支度するかー」



 ……と台所に立ったはよかったんだけど。


「ルシフェル! シチューのルーどこ?!」


 整理整頓されすぎてて、どこに何があるかわからない!


「シチューのルー?」


 あたしの声にルシフェルがひょっこり顔を覗かせる。


「それはどんなものだ?」

「どんなって……平べったい箱に入ってて、ほら四角い白いやつが――」

「ああ、ああ。それなら見た」

「どこっ?」

「…………」


 彼は顎に手をあて、眉間に皺をよせた。やがて虚空を彷徨っていた視線が一点に定まる。


「上……」

「ん?」

「上の戸棚……右から二番目の扉、中の一番下の段、缶詰めの奥」


 まるで中身が見えるみたいにすらすらと並べ立てるから、あたしびっくりして。


「もしかして場所全部覚えてるの?!」

「いや。でも、わかる」


 ……これももしや堕天使の力なのか?

 軽く目眩がしたのは気のせいだ、きっと。


 けど更に困ったことに。


「ルシフェルー……」

「まだ何か探してるのか?」

「いやぁ……」


 そうじゃないんだけど


「…………届かない」


 情けないとか言うなッ。あの上の棚はあんまり使ってなかったんだい!


「仕方ないな」


 ほら、ルシフェルは簡単に取ってくれた。


「はい、真子」

「ありがとー……って」


 やっぱこういうオチかい。


「ルシフェルこれ“チーズ”……」


 言ったけど! 確かにあたしは四角い白いやつって言ったけど!


「違うのか」

「……うん」


 ――結局ルーを探すのにかなり時間がかかったわけで。

 ルシフェル、全部正確に場所は覚えてるんだけど、いかんせん“シチューのルー”がわかるまでが大変で。


「ルシフェルそれ豆腐……!」

「これも違うのか……」


 まぁなんていうか、堕天使さんとの生活も、なかなか大変なんだなあと思ったよ。

 でもシチューは好評でした。やった。


 ……ルシフェルには人間世界のものの名前を覚えてもらわないとね。

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