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第58話:堕天使と芸術(季節外れ?)

「ねえ真子、ここには楽器はないのか?」

「楽器?」


 いきなりルシフェルがそんなことを言い出した。


「パイプオルガンとかチェロとか……」

「ないないない!」


 一人暮らしの部屋にそんなスペースがあると思って?! しかも高い楽器ばっか。

 そりゃーあたしもピアノは少し弾けるけど。さすがに納戸にもピアノは入ってないよ。せいぜいリコーダーくらいしかない。


「では、油絵の具やカンバスは?」


 んな美術部じゃあるまいし……。


「急にどうしたの?」

「芸術しよう、芸術!」

「え?」

 ……どうやら話を聞いてみると、先日テレビで『芸術の秋!』と言っていたのを聞いたらしい。

 《食欲》、《スポーツ》ときて、《芸術》とは……どこかの作者は安直だなぁ。しかももう秋終わるぜ。


「油絵の具なんてないけど、絵、描く?」

「描くっ」


 なんだか堕天使長様は何かしないと収まらないご様子なので、あたしは紙と色鉛筆やらの画材を用意。大したものはないけどね。


 

 するとその時。


 《ピンポーン♪》


 誰か来たみたいだ。あたしがドアを開けると、


「ちわーっす!」


 おおっ珍しい。玄関には私服姿の池田君が立っていた。


「あれ進藤さん?! 今日学校じゃない?」

「え?! うそ?!」

「……ははっ、冗談冗談」


 うわ本気で焦ったじゃんか! もう、今日は休みだよ。

 楽しそうに笑う池田君を部屋へと招き入れる。初めて来たっけ?


「池田君、今日はどうして?」

「んー、気が向いたからっつーか。同じマンションに住んでるのに、何にも付き合いないってのも寂しい話じゃん?」


 なるほどねー。良かった、(それなりに)片付けておいて。いや、主にルシフェルがやってくれたんだが。


「おや、圭か」

「ちわっす兄貴! ……って、何やってんスか?」


 居間へと足を踏み入れた池田君が躊躇したのもわかる。

 テーブルの前に座った堕天使長は奇妙に体を曲げていた。説明するのが難しいんだけど、上半身を直角にくねらせてみたり、テーブルを横から水平に眺めてみたり。


「……な、何してんの?」

「“インスピレーション”を求めて」


 ……?


「色々な物の見方をすることが大事だと、画家が言っていた」


 うん、その工夫は認めるが、せっかくだから真っ白な紙じゃなくて描く対象の方を色々な見方で見てくれ。


「兄貴、絵も描くんスか?」

「芸術しないといけない時期だからな」

「……?」


 理由になってないって。


 でもそのままってのも池田君に悪いので。


「……一緒に何か描く?」


 一応聞いてみた。ら、意外にも不良な少年はあっさりと頷いた。


「俺も小さい時はマンガ描くの好きだったし。まあ主に教科書に、だけど」


 そりゃ落書きって言うんじゃぁ……。


 ってなわけで、三人で画材を持ってベランダへ。んー、奇妙な展開。仮にもあたしら高校生だぞ。

 ま、あたしも暇潰しに絵は描くしな。少しやれば堕天使様も満足するだろうさ。


「描くぞー」

「イエッサーっ」


 男二人は何を描くのか相談中。池田君が明らかに腰が低めなのがちょっと笑えた。ルシフェルは憧れの兄貴だもんね。

 

 さて、あたしは……

 ふと見た電線にはカラスが二羽とまっている。よし、あれを描こう。


 濃いめの鉛筆で軽く線を描いていると、隣でもお絵描きが始まったようだ。急に二人は静かに、熱心に鉛筆を動かし出した。

 幸い天気はいいし。加えてモデルのカラスさん達も動かないし。うん、いい感じだ。

 ……そういえばルシフェルがカラスさんに直談判した時もあったなあ。おかげでうちのマンションのゴミ捨て場の問題が解決したっけ。

 あ、そうだ。今度はルシフェルにモデルになってもらおうかな。


 そんなことを考えていたら。


「できた」

「できたぜ」


 え、もう?! 早いね。


「見てよ真子」


 どれどれ……?

 二人が自慢気に見せてきたのは……は、白紙?

 正直者にしか見えない線なのか? それとも消えるペン?


「えーと……」


 反応に困って見上げると、池田君が紙の真ん中あたりを指差した。


「これこれ!」


 これ、って。何にも描いてないじゃん。強いて言うなら小さな汚…………じゃない?!

 よく見れば、ルシフェルの紙にも同じような点がひとつ。ま、まさかその小さな点は、ただの汚れではなくて絵なの?!


「……何の絵?」


 あたしが尋ねたところ、彼らは心外だと言わんばかりに驚いた。


「何って。人だよ」


 どこが?! ドットにしか見えないんだが。


「ここが頭で、ここが手で、……」


 と説明を始める池田君。ちっさ!


「向こうの川沿いを歩いている人間を描いたんだ」


 遠くを示し微笑むルシフェル。

 ……何もね、等身大に描く必要はないと思うんだよね。そしたら世の中に風景画はなくなってしまうよ、納まる紙がなくて!

 何とツッコミをしてやるべきかと思案していると、ルシフェルが手元を覗き込んできた。


「ところで、真子は何を描いたの?」

「ん? ああ、まだ途中なんだけど……」


 あたしが描きかけのカラスを見せたら、池田君は素直に感嘆の声を漏らしてくれた。


「すげー! 進藤さんって絵が上手なんだな」


 やあ照れるよ。ま、人並みには描けるかな。自信を持ってもいいなら、普通よりちょっとは上手いと自負しております、はい。いやいやっ、美術部なんかには到底かなわないだろうけどね。

 そして何故かルシフェルも嬉しそう。


「さすがは私の見込んだ娘だ」


 あたしはいつの間にかルシフェルに見込まれていたみたいだ。

 ……そういえばさ、ルシフェルと初めて会ったのも、ある意味あたしの絵がきっかけだったよね。ふざけて描いた絵……友達にあげたはずなのに何故かルシフェルが持っていて。


「ルシフェルが初めてうちに来た時、あたしの絵を持ってたよね」

「ん、そうだったな」

「兄貴と進藤さんって、どうやって出会ったんスか?」


 あたしは池田君にあの日のことを話してあげた。目覚めたら見知らぬ堕天使が部屋にいた、あの衝撃的な出会いの日。

 聞き終えると池田君は何やらニヤニヤ笑いながら


「へーえ。兄貴もなかなかやりますねぇ♪」


 と言った。


「いきなり部屋に、かぁ。ふふん、なるほどな」


 それから、


「――でも、羨ましいッスよ兄貴――」


 とかなんとか呟いた。羨ましい?


「い、いいだろう!」


 胸を張るルシフェル。多分、どうして羨ましがられてるのかわかってないと思う。


「なあ真子」


 するとルシフェルはわずかに笑みを引っ込め、少し真面目な表情で首を傾げた。


「まだ真子にとっての悪魔のイメージは、あの時のまま?」


 あの時……。あたしが描いた悪魔は、捻れた角と、大きなコウモリの翼を持っていた。典型的といえば典型的な。

 ルシフェルの問いには、笑って首を振る。


「今ならもっと人間っぽい悪魔を描くよ。真っ黒な服を着た美人をね」


 思えば堕天使だけでなく、たくさんの悪魔さん達に出会ってきた。ベルフェゴールさん、レヴィ、アスモデウスさん……みんな化け物とは似ても似つかない悪魔さん達だ。


「確かに兄貴も天使みたいだもんなー。兄貴、堕天使やら悪魔やらって全員美人なんスか?!」

「んー、人間にしてみれば美しいのだろうな。まあそういうように創られているから」

「創られて?――」


 二人の会話を聞き流しながら、あたしは違うことを思い出していた。


 ……そうだ。あたしは……

 ――天使も、見たことがある……



―――――


 夢の中の話だ。

 以前ルシフェルと一緒に寝た日、緊張していたからか妙な夢を見たのだ。次の日の朝、いきなり両親が来たからすっかり忘れていたけれど。


 ――夢。


 あたしは傍観者だった。

 

 青い空。一面に広がる緑の草原。……赤い花。

 無音の世界。風は確かに木々を揺らしていたのに。


 そこに、天使がいた。

 

 確証があったわけじゃない。直感だ。そのひとに生えた二枚の翼が、うっすらと金色をしていたから。ただの白とは違う、神々しいくらいの純白。

 彼は――多分男だ――あたしに背を向けて立っていた。真っ白なマントを纏った、長身。

 

 ――そしてもうひとり。

 背の高い天使の腕の中。小さな子供が抱き締められている。


 ――ウァラク君?


 そう思ったが、違った。

 ウァラク君よりも淡い金髪。波打つ柔らかな髪。


 ふと、その子が顔をあげた。

 夢というのは曖昧で。あたしはその表情をよく覚えてはいない。けれど……こちらをしっかりと見たあの鮮やかな蒼い瞳だけは、今でもくっきりと焼き付いている。

 強い光。深い蒼。情愛と悲哀がない交ぜになったような色。


 ……その時あたしは、長身の天使に振り向いて欲しかった。金髪蒼眼の子を抱き締めたまま、微かに震えていた彼に。

 でも実際は、もうわかっていたのかもしれない。

 クセのない艶やかな黒髪。どことなく見慣れた背中。振り返ったらきっと、その瞳は宝石みたいな紅。

 あれは……あの天使は……


―――――




「――子?」


 そうだ。あの時、目覚めたあたしは……泣いてたんだ。どうしてだっけ……?


「……――子!」


 うん。もしもルシフェルの騎士服が白かったなら、もしもルシフェルの翼が黒くなかったなら……あんな感じだったに違いない。やっぱりあの天使は――


「真子!」

「はいっ?!」


 大声で我にかえると、ルシフェルと池田君が心配そうにこちらを見ていた。うわ、ごめん……。ぼーっとしてた。


「大丈夫?」

「う、うん。ちょっとね、考え事してて」

「ならいいが」


 ふう、と息を吐いた堕天使長様はやはり見目麗しい。完璧な美貌を見ていると、その……堕ちる前はどれほど美しい天使だったのかと考えてしまう。


「ごめんごめん。待ってて二人共、今ジュースとか持って来るから」

「ああ」

「あざっす!」


 よし。次はあの天使の絵を描こう。忘れてしまわないように――


 台所へと立ちながら、そんなことを考えた。



 テーブルにコップとジュースのペットボトル、それにお菓子ののった皿を置き、あたしは新しい紙と鉛筆を手にとる。記憶を頼りに絵を描くのは、ちょっぴり難しい。


「……いやここは……」

「でも……だから……」


 ちらりと見ると、二人も一枚の紙を前に額を寄せている。何を描いてるの?

 と思ったら……


「あのフェンスには一ヶ所穴があって、校庭の隅に出られるんスよ」

「ほう。で、そこから理科室の非常口へ――」


 学校の抜け穴や秘密の通路について池田君が説明中でした。ご丁寧に地図まで描いて……さすがは不良、そういう情報には詳しいな。


「忍び込んで、それから鍵は?」

「そりゃ兄貴、マスターキーが――」


 うぉぉいっ! うちの堕天使様に変な知恵を与えないでください。つーか芸術はどうした。


「だが圭、私は鍵がなくとも瞬間移動が可能だぞ」


 意味ねぇじゃん。


「カッコいいッス兄貴! 不法侵入し放題じゃないスか!」


 おーぃ。


「ふふ……この私に人間界の法は適用されん!」


 コラー! でも最初はルシフェル、思い切り不法侵入者だったよね。

 

 ……ていうかそのセリフ、どこかで聞いた気がするなぁ?



***



 ほどなくしてあたしの絵は完成した。その頃には男二人はすっかり絵描きに飽きていたが。

 

「お。真子、今度は何を描いたの?」

「ん、いや何でも……っ」


 うーん、やっぱり似ちゃったな。後ろ姿だけど。

 これはルシフェルには見せられないな。彼は天使だった頃の話が好きじゃないみたいだし。机の引き出しにでも入れておこうっと。


 それからしばらくグダグダととりとめもない話をした。学校侵入計画はちゃんと阻止したよ!


「――うし、そろそろ帰るかな……っと」


 ぐい、とジュースを飲み干して池田君が立ち上がる。


「そうか。楽しかったぞ、圭」

「俺もです兄貴!」


 微笑んだルシフェルを居間に残し、あたしもお見送りのために立った。

 

「悪ぃな、いきなり来ちまって」


 玄関で靴の爪先を地面に打ち付けながら池田君が言った。礼儀正しいわ。

 それから彼はワックスで立てた茶髪をくしゃっとやって、些か言いにくそうに口を開く。


「……あのさ進藤さん。もし、さ。その、良かったら……」

「ん?」

「またこうやって遊びに来ていいかな?」


 ……う? そんなこと?


「もちろんいいに決まってるよ。いつでも来て」

「マジ?!」


 池田君は大きな息を吐いて胸を撫で下ろす。なんだなんだ? 気軽に来てくれていいのになぁ。

 ……あ、でも!


「池田君、できれば来る時に連絡くれたら嬉しいな。片付けなきゃいけないからさ」


 というわけで、あたし達はメアドと電話番号を交換っ。へへ、またひとり電話帳に増えたぜー♪


「あ、ありがとうッ! じゃあまた学校でな!」

「うん、またね」


 とっても嬉しそうに池田君は帰って行った。そんなにあたしのおもてなしが良かった?!

 ……って、んなわけないか。ま、気を付けて帰ってね。


 さて、居間へと戻ると……


 《カラーン♪》


 ……。


「……何やってんの?」

「え? ……、ああっ!」


 《カラカラーン♪》


 堕天使様はテーブルの上に色鉛筆を並べてました。立てて。

 でもそう簡単にはいかないよね。ちょっと凹んでる?


「新記録~……」


 どうやらあたしが話しかけたことにびっくりして倒しちゃったみたいだ。ご、ごめん!


「ほ、ほらルシフェル! 今日のご飯はルシフェルが食べたいもの作るから、ねっ?」

「本当にっ?」


 彼はあっさりとテーブルの上を片付けた。魔王のくせに、たまに子供みたいなことを本気でやるからなぁ。そしてあたしはルシフェルのしょげた顔にすごく弱い。


「じゃあ……ビーフシチュー食べたい」


 また手間のかかるものを……。まあ、なんとかしよう。


「わかったよ。ちゃんと作ってあげるから」

「やった♪ 前に作ってくれたのが美味しかったからな」


 嬉しいこと言ってくれるぜ!

 更にルシフェルは満面の笑みで。


「……これから毎日、色鉛筆を立てていようかな。そしたら毎日の食事が――」


 ちょっ、ちょっとそれはやめてね!


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