第55話:真子、悪魔を拾う?
「すごく混んでいたな」
「だねー」
買い物帰り、あたしとルシフェルは“戦利品”を持って夕暮れの道を歩いていた。
「恐ろしいな、“たいむさーびす”というやつは」
夕方といえば、ね。もうお母さん方のパワーが炸裂。混乱の中でどうにか商品をゲットしたのである。
「今日はお好み焼きだよ」
「やった……って」
はたと足を止めたルシフェル。
「ん? どうし――うわ?!」
び、びっくりした! 道の先に、大きな黒い物体が。
恐る恐る近づいてみる。真っ黒な布? かと思いきや、端の方にはたくさんの金色の糸が……って、髪の毛? ……人?!
慌てて助け起こしたルシフェルは、その顔を見るなり不自然に呻いた。
「……げ」
「何? 知り合い?」
「知らない知らない知らない!」
首をぶるぶる振るルシフェル。嘘吐け!
「さ、帰ろう真子」
「待て待て待て!」
あたしは、素通りしようとするルシフェルの腕を掴んだ。薄情だろがコラ。
「放っておくの?!」
「いいだろ別に、死にはしない。他の誰かが拾うさ」
うわぁ元天使とは思えない発言。
でも誰にも助けられてないし、騒ぎにもなってないってことは……この人もルシフェルと同じ“人外”だ。つまり普通は見えないから、他の人が拾ってくれる可能性は低いよね。
「連れて帰ろうか」
「えー?!」
堕天使長、大ブーイング。
「ダメ! 危険だから!」
なんで?!
だってこのままにしておくわけには……。良心が、というか人として。
「いいじゃんルシフェルー。あたしがちゃんと世話するから」
「いけません!」
いや、拾うのは子猫じゃないんだけどね。
それでもルシフェルは頷かない。むう。
「……ルシフェル」
「なに?」
「うんって言わないと、あたしルシフェル嫌いになるよ?」
「……!!」
効果は抜群。堕天使長様は慌てて屈み込んで、その倒れている人?を背負った。
「真子に嫌われるのは嫌! ……でも多分……こいつが家に来たら、真子は私を嫌いになるかも」
え?
***
そのままあたし達は帰宅。普段ルシフェルが寝ているソファーにその人を下ろす。
全身を包む黒衣はいつものこと。加えてその人は、大振りの石がはめ込まれた指輪をいくつか身につけていた。派手だなー。
……うん。やっぱり例外でなく綺麗な顔立ち。見た目の年齢はルシフェルとあまり変わらないようだ。見事な金髪は腰に届くくらい長い。顎が細くて中性的な寝顔。男? それとも女?
「ただ気絶しているだけだな。やはり放っておけばよかった」
まだルシフェルはぶつぶつ言っている。
「ねえルシフェル、知り合いなんでしょ? 一体誰なの?」
「……こいつの名は《アスモデウス》。万魔殿の幹部の一人で、悪魔だ。以上」
アスモデウスさん、っていうのか。どこかで聞いたような……。しかしまあ、ルシフェルは余程この悪魔さんが苦手と見た。
つーか幹部クラスの悪魔が行き倒れって!
『……ん………』
その時。微かな声と衣擦れの音。二人で振り向けば、ソファーの上で身を起こす悪魔の姿。
「……」
目覚めたアスモデウスさんは額に手を当て、ゆっくりと辺りを見回す。やがて硬直しているルシフェルの姿を認めると、すぐさまその表情が輝いた(ように見えた)。
「ル……」
目にも止まらぬ速さで飛び起きると。
「――ルシフェルぅッ!」
……いや、えーと。
アスモデウスさんは叫ぶなり、ルシフェルにガバッと抱きついたのです。
「会いたかったよーっ」
「はいはい……」
頭を抱かれながら、ルシフェルは慣れた様子で軽くあしらう。げんなりして見えるのは気のせいじゃなさそう。
アスモデウスさんは本当に嬉しそうだ。もし尻尾があれば、そりゃぁちぎれるくらい振っているだろう。
「ほら、離せ」
ため息混じりに、ルシフェルがそっとアスモデウスさんの肩を押したのだが。
「ダーメ♪」
「ぅわっ」
構わずアスモデウスさんはルシフェルの腰を引き寄せた。ルシフェルはバランスを崩して、密着する形になる。
「アスモデウス!」
「怒っても可愛い、僕のルシフェル♪」
悪魔さんはぎゅうと腕に力を込めた。
……えーと、この状況は? 美青年が二人抱き合っているという、なんともギリギリな状態なんだが?
「離れろアスモデウス! 真子が変な目で見てるぞ」
「……マ コ ?」
瞬間、アスモデウスさんの声の温度が下がった。怖っ。
悪魔さんはようやくあたしに気付いたみたい。くるりと振り向いて、こちらに近づいて来る。解放されたルシフェルが息を吐いたのが聞こえた。
「マコ、っていうのは君のこと?」
あたしは答えられずにただ頷いた。目がめっちゃ怖いんだって!
「ふ~ん……君は僕のルシフェルの何なの?」
は?! 何、と言われましても……。いやそれよりも“僕の”って何?!
「……アスモデウス。真子は私の協力者。“女だぞ”」
しかしルシフェルがそう言った途端、
「……だよね♪ 冗談だから怯えないで、可愛いお嬢ちゃん♪」
アスモデウスさんの態度が一変。うっとりするような笑顔で笑い掛けてきた。
は、話が見えない……。アスモデウスさんは男なの? 女なの? そしてルシフェルの何?!
「ルシフェル、色々と説明して欲しいんだけど」
「どの辺?」
全部だ全部ッ!
「んん~、僕が説明してあげるよマイハニー♪」
言いながらアスモデウスさんが軽く頬に触れてきた。ひゃあぁっ。
つーかいつからあたしがあんたのハニーになった?!
「さっきはゴメンねハニー。僕はアスモデウス。万魔殿の幹部をやってる」
うん、手を離してくれたらありがたいけれども。
「ちなみにルシフェルの恋人……いや、みたいな感じ?」
ルシフェルの凄まじいオーラに、さすがのアスモデウスさんも語尾を曖昧にした。じゃあ多分違うんだ。
にしても、一応念のため。
「アスモデウスさん」
「なんだい?」
「アスモデウスさんって、男?」
悪魔さんはちょっぴり驚いたみたいだったが、すぐににこやかに微笑んだ。
「そうだね。僕の体は男性の体だし、僕としても男のつもりだよ。女に見えたのかい?」
アスモデウスさんは何やら引っ掛かる言い方をした。
でも本当に女性としても通用しそうではある。あのベルフェゴールさんも女顔だが、アスモデウスさんは更に全体的にひょろりとしているから尚更だ。
そして何より瞳。色は髪色と同じ金色。鮮やかな目は吸い込まれそうに不思議な光を帯びている。まさに悪魔の目。
彼をあたしの貧弱な語彙から一言で表すなら、“妖艶”。この言葉がぴったりだと思った。
「いえ、あの……綺麗な悪魔さんだから、ちょっと、女かなぁ、なんて」
意を決してあたしが正直に言うと、アスモデウスさんはより嬉しそうに笑った。
「綺麗だなんて、嬉しいことを言ってくれるね。そんな君にこれをあげよう♪」
そう言ってアスモデウスさんはあたしに、自分がはめていた金色の指輪を寄越した。
「いや、でも……」
「もらっておきなよ。僕と君が出逢った、今日という日の証に」
あたしはびくびくしつつも指輪を頂いた。気前良すぎだろ!
「あ、ありがとうございます」
「気にしないで、かわい子ちゃん♪ 女性は皆、輝く権利を持っているんだからね」
ちょ、ちょっと照れるぞ。キザだなこの悪魔。
「……で、アスモデウス」
心なしか不機嫌なルシフェルの声。アスモデウスさんは再び向きを変えて、ルシフェルを抱き締めた。
「ああごめんね、僕のルシフェル! どうしたんだい? あっ、もしかして……気持ち良くして欲しいの?」
「違う」
妖しく囁いたアスモデウスさんに、ルシフェルは憮然としたまま短く答えた。もう振りほどくのは諦めたようだ。
「ひとつ聞きたいんだが。何故お前があんなところで倒れていた? そもそも何故地上にいる?」
「もう、ひとつって言ったのに……」と、ルシフェルの黒髪を撫でながらアスモデウスさん。あたしは顔を引きつらせる他ない。
「僕、天界に行ってたんだよ」
「……天界に?」
「そう。あっちには美人がたくさんいるからね」
……あー。なんとなく理解。
この悪魔さん、恐らく好色なんだわ。いわゆる女たらしってやつ? くそう、照れて損した気分だぜ!
「で、フラれたのか」
「違うよ。ちょっとお茶してもらえなかっただけさ」
それを多分フラれたって言うんだよ。
こんな美しい悪魔さんに声かけられて断るかなあ? ……ということを考えると、思うに、アスモデウスさんはしょっちゅう天界とやらに行ってるんだろう。その、ナンパをしに、さ。
「それであんなところに?」
「いや……。あのさ、僕の従者の中に恐ろしい子がひとりいてね」
金持ちワード来たーっ! 従者って。さすがは幹部だわ。
「可愛い天使の子に声かけてるところを見つかっちゃったんだよ。そこから色々あって……ああなった」
色々ってのがとても気になるが。
その従者の子、すごいな。まあ、でもなんと言うか。
「自業自得だな」
ルシフェルが代弁してくれた。
「うわ、ひどいなあ」
アスモデウスさんは相変わらず笑っていたが、しばらくしてその笑みが急に凍り付いた。
「……あっ」
「どうした?」
「そろそろデートの時間だ!」
やっぱりかい。
「ああん、もう! せっかくルシフェルと可愛いお嬢ちゃんに巡り合えたのに!」
心底悔しそうなアスモデウスさん。堂々浮気宣言かよ。
「でもルシフェルが僕を助けてくれたのって、運命だよね♪」
「アスモデウス、お前な」
金髪の悪魔はクスクス笑いながらルシフェルから離れた。そしてあたし達に向かって軽く手を振る。
「また今度ゆっくりお話ししようねハニー♪」
声が聞こえるか聞こえないかのうちに、悪魔は姿を消してしまった。ふうー……。
ルシフェルも安堵の息をひとつ。
「だから言っただろ? 危険だって」
まあ、うん。主にルシフェルが、だけど。あたしも何かされかねなかったってわけ?
「真子、私のこと嫌いにならなかった?」
「いや、それはないけど。びっくりはしたかな。アスモデウスさんって、いつもあんな感じなの?」
ちょっとね、ルシフェルにそういう趣味あるのかと思ってしまったよ。ま、よくよく考えて見れば、ルシフェルは寧ろあまりいい顔してなかったからな。
「アスモデウスは、なあ。確かに常に周りに女性がいる気はする。男であんなことをされるのは私ぐらいだがな」
仕方ない、と言わんばかりにルシフェルは苦笑した。きっと、アスモデウスさんのことは嫌いじゃないんだろう。仲間だもんね。
あたしはふともらった指輪を見てみた。イミテーションみたいにごつい。金色の台座に埋まる宝石は黄緑色。ペリドット、とかいうやつじゃなかったかな。
悪魔からもらった指輪だなんて、魔力とかこもってそうだよね。
「アスモデウスは気前がいいんだよ。誉め言葉に弱いし」
マジで?! うわ、もっと誉めておけば……なんちゃってね。
「その指輪は取って置くといい。いつか役に立つかもしれないから」
「うん」
もちろん、大事にしまっておくよ。
「……さて。夕飯の用意するか」
台所へ行き、冷蔵庫を覗き込む。お好み焼き~、っと。
!!
ヤベー、ミスった! キャベツがない!
キャベツがないお好み焼きなんて、イチゴのないイチゴ大福みたいなもんだよ! それはもはやただの大福だよ☆
「きゅ、急きょ予定変更だよルシフェル。今夜はチヂミね!」
「チヂ……? うん、食べる」
慌てるあたしを気遣ってか、ルシフェルはあっさり頷いた。
また買い物に行こうとは思わなかったよ。だって出かけて、もう一度悪魔を拾うなんて勘弁だもんね!