第49話:堕天使と学校(彼女の授業篇)
「……で、なんであんた達が学校に?」
「ヒャハハ! まァそう堅ェこと言うなってー」
今日は教室からお送りしてます。ただ今授業中。……掃除用具入れに腰かけたやさぐれ堕天使様。
ベルゼブブさんがいるということはもちろん、
「またつまらない話を聞くのか」
堕天使長ルシフェル様もいるわけで。ぶつぶつ言ってるけど、「ベルゼブブには任せられない」とかなんとか言ってついて来たのだ。
「あっ、でもルシフェル、今日は退屈しないかもよ」
「何故?」
「楢崎先生の授業があるから」
「……?」
首を傾げたルシフェル。対照的に、食い付いたのはベルゼブブさんだ。
「マジ?! あの適当女だろ? うぁ、超見てェー!」
「……あ。あのチョーク投げの?」
ルシフェルもやっと思い出したようだ。そういえばチョーク当たったもんね。
「おいルシフェル、絶対見るぜ!」
「え、ああ」
どうやらベルゼブブさんは楢崎先生が気に入ってるらしい。
「なァ進藤、で、そいつは何の話をするんだ?」
「そ、それは……」
***
「水兵リーベ僕の船。ハイ!」
「「水兵リーベ僕の船」」
謎の大合唱で始まったのは化学の授業。教壇に立つのは我らが楢崎先生だ。
後ろから小声の会話が聞こえてくる。
「(……なんだ? あの呪文)」
「(さぁ?)」
堕天使さん達は語呂あわせは知らない様子。
楢崎先生は教卓の椅子に座り。
「んじゃ後藤、この“水兵リーベ~”の状況を説明してみな」
無茶振りした。
あてられた後藤君はちょっと考えて。
「“僕”が“リーベ”さんに船の所有権を主張してます」
アドリブで答えた。
「ちょっとリーベ、それオレの船だから!」みたいなシチュエーションなのかな。すごいどうでもいいな。
「はい正解ー。面白いから正解ー」
適当教師め。ぶっちゃけ笑ってないでしょ。
「じゃ、授業始める前に課題集めるぞー」
来たぞ来たぞ、課題回収。どうかみんなやって来ていてくれ!
……というのも。
「ここの列は全員出したな。で、ここは……湯島、出したか?」
「……すみません」
あたしの隣の席の男子が忘れた模様。マジかよ。
近くの子達がビビりつつ、湯島君を振り向いた。本人はひたすら申し訳なさそうだ。
……あ、楢崎先生がファイル片手に歩いてきた。
「明日ちゃんと出せよー」
《パコーン》
そして湯島君の頭を一発。それから、
《パコーン、スパーン、ぺしっ》
周囲の生徒も次々に叩いていく。
《ぱし》
「あうち」
もちろんあたしも。
被害:湯島君を含む周囲一帯の九名。
……お分かりいただけただろうか。課題を提出しないと、本人だけでなく周囲もこづかれるのだ。まさしく爆弾投下。
「次、ここの列は……」
「せんせー! 忘れてきましたぁ!」
だから、そう言って黎香が挙手した時は、みんな更にビビり顔だった。なんか知らんけど、あたしはまたしても範囲内ですねー。
《ばし、ペコーン、びしぃッ》
「ぎゃ」
またしても叩かれたんですねー。あたし悪くない……!
「今日忘れた奴は明日必ず提出な。それから――」
先生の話の途中でなにやら凄まじい殺気を感じて振り向くと、
「(ガルルル……!)」
「(落ち着けってルシフェル!)」
野犬ばりに唸る堕天使長と、羽交い締めにして引き留める蝿の王の姿。
「(あの女、真子を二度も殴った!)」
あ、いや。そんなに痛くないから大丈夫なんだけど。
「そんじゃ授業始めるかぁ。仕事だし」
こら。
ベルゼブブさんがルシフェルをなだめているのを横目に、あたしは教科書を準備する。
「教科書の……63ページか47ページか58ページ開けー」
結局どこだよ。
「あ、すまん。102ページだわ」
全然違ぇー!
「えーっと……、今は無機やってるわけなんだが。今日は《ハロゲン》を勉強する」
楢崎先生は黒板に、ハロゲン、と書いた。
「間違ってもハゲロンとか言わないこと。そういうこと言ってると、校長先生あたりが“リーベ23”もといリー○21にお世話になりまーす」
「(ぶはぁっ!)」
ベルゼブブさんが吹き出した。先生、怖いもの知らずだな。
「リピートアフターミー。ハロゲン。はい」
「「ハロゲン」」
楢崎先生の授業は単語を一斉に喋ることが多々ある。英語の授業みたいにね。
「○ーブ21。はい」
「「リ○ブ21」」
……まあ、かなりどうでもいい単語まで。
「で、このハロゲンってやつなんだが。ギリシャ語で《ハロ》が塩、《ゲン》が作るって意味なんだな」
ほぉー。
「だから大工の源さんの《ゲン》もギリシャ語が語源だ」
そうなの?!
「そうなんですか先生?!」
「いや、私は知らん」
適当ーっ!!
「あはははっ」
黎香達が爆笑。
「(ヒャハハハッ)」
それに重なり、後ろから聞こえた笑い声に再度振り向けば。
「(ヒーッ……!)」
「(……)」
ベルゼブブさんが蹲って震えてた。ツボなのか!
***
結局、一時限目の化学から始まった久々の授業。やはり堕天使二人は……
「Zzz……」「すぴー……」
……ほぼ一日中爆睡でした。しかもお昼ご飯は、また黎香と一緒に購買に行ってたし。羨ましすぎる!
今日の最後の授業はロングホームルームでした。いわゆる学級活動。
議長さんが教壇に立って、今日の議題は“文化祭について”。わくわくするねぇ!
と言っても模擬店を出すのは三年生だし、あたし達は主にお客さん役だ。学年の展示はあるらしいけど。
……が。あたし達も裏方として働く時間がある。
「今年の文化祭の《アレ》ですが……誰か出たい人はいますか? 自薦・他薦は問いません」
議長の言葉に、みんなが一斉に奏太の方を見た。
「俺?!」
「お前しかいないだろー」
「奏太ならイケるって!」
あたしもそう思うー。
「では虎谷君、いいですか?」
「ま、まあ別に……どっちにしろ、他にも出る人いるもんね」
みんなで拍手。張り切る女子。俺も俺も、と手をあげる“男子”。
うちの学校の文化祭。毎年恒例の一大イベント、それは……
「真子ちゃん真子ちゃん!」
「え? 何、奏太?」
「知り合いに、もっとふさわしい人いるわよね」
「ふさわしい人……?」
《アレ》にふさわしい人?
……一瞬、ベルフェゴールさんが思い浮かんだ。だ、ダメだ! 命の危険!
「ほら、いるじゃない」
奏太が教室の後ろをちらっと見て、意味ありげに笑ってきた。後ろって……ああ! いるじゃないか!
「議長ー、あたしの従兄とその友達がぴったりです」
「本人の了解は?」
「多分オッケーだと思いまーす」
「では、一般の枠から出てもらいましょう」
ふはは。そうか、ルシフェルに出てもらえばいいのか。
「ぎちょー!」
当然、黎香も勢いよく挙手。その顔には凶悪な笑み。
「黎香の師匠が、出てもいいって言ってたよぅ!」
師匠……。ああ。
出てもいい、とか絶対嘘だろ!
***
放課後、堕天使二人を起こし、文化祭のイベントについて相談した。奏太も一緒だ。バスケ部の練習、今日はないんだってさ。
まだ眠そうな二人に《アレ》について話すと――
「はァッ?」「えっ?!」
飛び起きた。
でも二人の反応は大分違っていた。
「んー、ま、面白そうじゃん。祭りとか楽しそうだしよ」
「ベ、ベルゼブブ。本気で言ってるのか?!」
意外にも乗り気なベルゼブブさん。それに対して断固拒否の構えの堕天使長。
「わ、私は遠慮するぞっ」
「ンだよ、つまんねェな。オレらは元から別にそういうこと気にしねぇだろ?」
「それは、そうかもしれないが……大体私がそんなことしたら見苦しいだろう」
……。
「大丈夫よルシフェルさん! 俺も出るんだし。ルシフェルさんなら一躍スターになれるわよ!」
あたしの気持ちを代弁してくれた奏太。言うまでもなくやる気十分だ。さすが、去年も出ただけあるわ。
「じゃ、今から衣装を買いに行きましょ♪」
奏太はそう言うと、堕天使二人の腕を掴んで教室の外へと引っ張って行く。
「え、ちょっ、奏太?! まだ私、やるなんて一言も……」
「真子ちゃーん、少し二人を借りるわねー!」
「はいはーい」
ルシフェルがぎょっとした顔でこちらを見た。
「いや、ねえ真子助けて!」
……。
「真子ぉぉ」
「……いってらっしゃい、ルシフェル」
「そっそんな!」
許せルシフェル。あたしはルシフェルがイベントに参加してるのを見たいんだ。
それに、あたしより奏太が衣装を選んだ方がいいだろう。奏太のファッションセンスは素晴らしいからな。
「ああぁぁぁ……」
だんだん悲痛な声が遠ざかる。そのまま堕天使長様は、ずりすりと引き摺られて行ったのだった。
***
「た、ただいま……」
先に帰って待っていると、目に見えてテンションの低いルシフェルが買い物から戻ってきた。
「お帰り。どうだった?」
「どうだったもこうだったも……あんな露出の多い服を着るのか……」
しょっちゅう半裸の男がよく言うよ。
「あの服、ほぼ全裸じゃないか。いくらなんでも、大衆の前で裸を晒せるほど私の体は安くないんだぞ!」
奏太は一体どんな服を買った?!
っていうかルシフェルがこんなに嫌がるとは思わなかった。やっぱりプライドが許さない?
「あ、あのねルシフェル、ホントに嫌ならやめていいよ。あたしも無理矢理言っちゃったし」
「いや、だって、なあ……」
ルシフェルは困ったように顔をしかめた。
「その……例えばレヴィみたいな感じなんだろう?」
「まあ、ね」
「……気持ち悪いとか思われないだろうか?!」
堕天使長ってば弱気! プライドの問題ってわけでもないのか。
「心配ないって!」
ルシフェルはもっと自分の見た目を自覚した方がいいよ。
「それに祭りなんだから、楽しめばいいんだよ」
「楽しむ……?」
「ルシフェル、夏祭り覚えてる?」
ルシフェルはこくんと頷いた。
「あれは完全にお客さんの立場だったでしょ? でも文化祭はあたし達が作る祭りなの。自分達で楽しませて、楽しむ」
「うん……」
しばらく悩んでいたルシフェルだったが、やがてあたしの目をまっすぐ見つめて再び頷いた。
「これも、経験だよな」
なんだかんだでルシフェルは優しい。あたしの無茶にも付き合ってくれるんだもん。
まあ、そうでも思わないとやってられないかもね、《アレ》は。
「あたし多分仕事ないからさ、一緒に展示とか見てまわろう。いっぱいおいしいものがあると思うよ」
「ああ」
やっとルシフェルは笑ってくれた。良かったぁ。
恐らく黎香がアシュタロスさんを連れて来るだろうし。堕天使さん達もお祭りを楽しもう!
「楽しみになってきたよ、真子」
あたしもだぜー!